34 ほんとにいなくなったのか
翌朝目が覚めると、いつも隣にある魔神のベッドがなかった。
「おーい、おっさん。ええっと、アシュファク?」
そっと呼んでみたけど返事もない。また世界の捻れを直しにこんな朝早くから出かけてるんだろうか。息子が来たらなんか急に真面目になったな。
別にいないのはあいつの勝手なんだけど、ちょっと気になったので朝食の時、母さんにも聞いてみた。
「おはよう。母さん、あいつ来た? アラブ人」
「仁さん? ううん、来てないよ。まだ寝てるんじゃないの?」
確かにいつものあいつなら、俺が学校に行くときはまだベッドの中で、いってらっしゃーいとかお気楽な声かけてまどろんでるよな。
学校の方は文化祭も済んでいつもの日常に戻り、普通の授業が終わって帰ってみても、まだ魔神はいなかった。
いなくても困ることが起こってるわけじゃないんだけど、気にはなる。また突然ウェディングケーキなんかが現れたわけでもないので、呼び出すほどのことでもない。でも、気になってランプを探してみた。
ない。
ランプがどこにもない。
どこ行ったんだ。俺の部屋、いくら散らかってるっていっても、狭いからある程度探せば物は出てくる。
昨日は急にたくさんの息子達に会って、そのことで頭がいっぱいでどこにランプを置いたのかよく覚えてないけど、部屋にあるのは確かなのに。
あ、そういえば、魔神はランプを持ち歩くことはできるんだったな。あの、屋上で昼寝したとき、あいつはランプを袖の中から出したんだった。ということは、今日もランプを持ってどこかに行ってるのか。
どうして俺に内緒でランプ持ってどこかに行ってしまうんだ。
雇い主だろ? 俺。
なんか妙に気になってランプが出てこないか部屋の中を徹底的に探してみた。そしたらずいぶん部屋が片づいて変な感じだ。気持ちはいいけど。
こんな部屋にあいつが戻ってきたら目を丸くして言うんだろうな。
「どうしちゃったの? 悟」
って。
そんなことを楽しみに夕食も済んで風呂も済んだのにあいつはまだ戻ってこない。遅い。絨毯に乗って帰ってこないかと窓から外を見たけど、いつもの町のぼんやりした星空の他に何も見えない。
いつのまにか秋になってたんだな。もう外も暑くない。こんな夜だって格好の飛行日よりだと思うんだけど。
朝になったら、いつものように隣にベッドがあって、ふわー、おはよう悟、と欠伸混じりでおっさんが声かけてくれるんだろう、そんな期待を裏切られ続けて数日経った。
いなくなったのか? 本当に。
そりゃ別に、いなくなったからって困る訳じゃない。もともと突然現れた奴なんだし。いたからといって役に立つことをしてくれてたわけじゃない。ちょっと面白かっただけで。
あいつがいない数日、世界の捻れも起こってない。どこか俺の知らないところで息子たちと一生懸命修復の仕事に励んでてくれてるんだろうか。見えないだけで、世界を護ってくれてるんだろうか。
つまり、俺の日常はまったく魔神が現れる前と同じになった。
毎日学校に行って、時々部活をさぼり、友達とバカ話をして。
少し違うのは清谷さんと目が合うと微笑んでくれるようになったことだ。そこだけが、これまでの日々が嘘じゃなかった証拠のように思えた。
そういえば透明化。しばらくすっかり忘れていた。清谷さんは相変わらず怪力なんだろうか。魔神の奥さんに話してみてくれたのかな。残念ながらあれからほとんど会話をする機会もなく、かといってわざわざ近づいて話をするほど親しくもなれたわけでもない。
母さんは魔神がいなくなったことを、突然現れた時と同じように当たり前に受け入れているようだ。おばさんになるとタフになるんだな。
俺だって別に、寂しいわけじゃないけど。もともといなかった奴なんだし。ただ、せめて別れの挨拶ぐらいしたかっただけなんだ。あんな尻切れトンボな別れ方じゃ、いつまたひょっこりと戻ってくるかわからないって、つい期待してしまう。でも、その期待が、いつまで待っても叶えられなかったら、悲しくなるのかもしれないな。
部屋の隅にはトレーニングに使ったダンベルとエキスパンダーがそのまま転がっている。ここ数日トレーニングも忘れていた。
そういえばこれって、魔法で出したんだったよな。買ってはいない。ということは、幻影なのか?
久しぶりに濃灰色のダンベルを手に取ってみた。やっぱり重い。なんだか最近、魔神がいたことすら夢じゃなかったかと思うようになってきていたけど、あいつとトレーニングしてたのは事実だったんだ。それに、これがまだ残っているということは、まだどこかにあいつの魔法の影響があるんだろうか?
もう、トレーニングなんか意味がないことなのかもしれない。魔神はいなくなったし、俺の周りに奇妙なことも起こらなくなった。
でも、俺はもう一度ダンベルを手にとって、魔神と一緒にやっていた通りのトレーニングメニューで筋トレを始めた。
途中でやめたくない。せっかく自分の力でやるって、ぼんやりわかってきていたんだ。あいつがいなくても、清谷さんと話をするきっかけは作ってもらった。ほしい物があるなら自分で頑張らないといけないということも学んだ。あとは自分で頑張るしかないんだ。
筋トレして消える練習もして、ついでに、中間テストも近いので、珍しく早めに勉強まで始めた。
どうせできないからって言ってちゃだめなんだろうな。できないからやらない、やらないからできない。それでいいんだって諦めてた。
「悟は願いを叶えたいのか叶えたくないのかどっちなのかな」
尋ね方は優しかったけど、あいつの言ったとおりなんだよな。
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