33 魔神の息子たち
やっぱり俺んちよりランプの家の方がずっと広い。
この前、魔神が招待してくれた赤い絨毯の上に、息子達はすでに敷物を広げ、飲み物を準備して銘々座って待っていた。
「悟、ここに座ったら」
何番目か忘れたが、今の魔神にちょっと似た人懐っこい感じの息子の一人が自分の隣をぽんぽんと叩いて呼んでくれるので、そこに座ることにした。
「よろしく。私、アナス。アラブ人の名前って、日本人には覚えにくいでしょ」
アナスと名乗った青年は流暢な日本語でにこやかに挨拶してくれる。
「アナスは親しみって意味なんだよ。みんな名前に意味があるんだ。悟は、理解するとか気がつくとか、心の迷いが解けるって意味なんだよね? 父さんが言ってた。とてもいい名前だね」
「はあ、どうも」
初対面なのに満面の笑みでぺらぺらしゃべれるところが、あいつそっくりだな。おっさんより、いい人そうだけど。
アナスは日本人のところで魔神として時々働いているので日本語が上手なのだそうだ。
話をしていると、敷物の上に人数分のサンマ、ほか副菜汁物が現れた。どろんと上座に現れた魔神は、俺が息子達の真ん中に座ってるのを見て目を丸くした。
「悟、そこでいいの?」
「うん。アナスがここにおいでって呼んでくれた」
「ああ、そう。アナスはお客様大好きだからネ」
魔神は上機嫌でみんなに食事を進めた。
「悟のお母さんの料理はとっても美味しい」
食べるのか、アラブ人。この純和食を。見ていると魚は結構、嫌がらず食べている。箸も使わないで器用なもんだ。味噌汁も切り干し大根も不思議そうな顔をして食べているが納豆はだめなようだ。
飲み物を注いでくれた、向かい側に座るひときわ体の大きな息子が、野太い声で挨拶する。
「よろしく、悟。私はジャッバール。戦いと聞いて馳せ参じたよ。剣の練習をしてるんだって? 今日から私が相手しようか」
「ジャッバールは、最も強い者って意味だよ。戦闘や剣術だったら父さんより強いかもしれない。彼に訓練つけてもらったらすぐ強くなるよ、悟」
隣からアナスが言う。
いや、別に強くならなくてもいいんですけど。こんなマッチョな人相手するの、怖いし。
「いいネ、ジャッバール。おまえの方がワタシより適任だヨ。そういうわけで、よろしく、悟」
おっさんが上機嫌で指名する。
「えっ、いや、いいよ、おっさん、じゃなくて、ええっとアシュファクさんで」
ジャッバールは、わっはっはと大砲のような声で笑い、俺の肩をバンバン叩いた。
「大丈夫だ。いきなり本気ではやらない。ちゃんと君のレベルを見ながら訓練するよ。楽しみだな」
参ったな。いきなりハードな提案をされて食欲がなくなった。
どうやら、魔神が今日とっても疲れていたのは、世界の捻れがあちこちで起こり、それを修復してきたらしい。一人では手が足りないので、息子達を呼び寄せた、というわけだ。
「なにが起こってるんでしょうね。このような捻れがいきなり始まったというわけですか」
細い顎でやや神経質そうな息子の一人が思慮深い声で魔神と話していた。
「最初ワタシが見たのが八月の終わりだった。九月からだんだん増えてきてる」
その話を聞いて、つい口を挟んでしまった。
「あのさ、俺たちが日向んちに行ったとき、絨毯が変な動きしたじゃないか。あれも、もしかして関係あるってことない?」
急に全員の目がいっせいに俺に集まってどぎまぎした。
「よく思い出したネ、悟。そうだった、それ、忘れてた。確かにあれは怪しい」
「そのヒュウガという者のところに何かいるということでしょうかね?」
「悟はどう思う?」
いきなり魔神が俺に息子の返事を振ってきた。
「え? いいの? 俺なんかの意見で。いや、ちょっと思っただけ。ああ、そうだ。ついでに言っとくけど、やっぱり清谷さんのところに奥さんいるらしいぞ」
急に全員がおおいにざわめいた。
「ありがと、悟! ついに探ってきてくれた」
魔神が身を乗り出してお礼を言ってくれる。
「いや、たまたま、今日、聞けたから。で、だから、日向んとこにいるのは奥さんじゃないと思うんだ。思ったんだけど、なんか敵とかいる? たちの悪い知り合いとか。そういう奴がいてもおかしくないんじゃないかって思ったんだ。あの日、ハンモックが真剣に落ちそうになったし」
「敵ネ」
驚いたことに全員が、今度はしんと静まりかえった。
まさかとは思うけど、ほんとに敵がいるのかな。こんなお気楽に見えるけど、「剣かコーランか」って民族だから、実は怒ると怖かったりして。
「んー、恨まれてる人はいっぱいいるかも。ワタシに貰ったと思ったケーキ食べちゃったら、恋人にあげるつもりの大事なケーキだったとか、ワタシが昼寝してたら売り物の高級ベッドだったりとか」
「おい、おっさん」
そんなことか。
「お父さん、ごまかしても無駄ですよ。彼は見抜いている」
さっきの賢そうな息子がくすくす笑いながら俺の方を横目で見た。とたんに魔神はしゅんと静まった。
「いや、別に・・・それ以上なんにもわかんないけど」
「・・・もし、そうだったら、ワタシの責任。悟に迷惑かけたくないネ」
「え? いや、迷惑だなんてそんな。大丈夫だよ、俺。それだから毎日消える練習とか剣の練習とかしてるんじゃないか。ここまで来たら、毒を食らわば皿まで、だ。水くさいこと言わなくていいよ」
「悟はほんとに優しいネ」
心なしか、魔神が涙ぐんでいるように見えた。おっさん、久々に息子達に会えて、ちょっと感傷に浸りすぎてるのかな。
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