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31 魔神が見える?

 「在田君、あの・・・」

 清谷さんは俺と魔神を見つめたまま立ちすくんでいる。

 ほんとに見えてるのか、清谷さんには。俺以外に魔神が見えてるのは、母さんだけだし、あの時は俺の許可を取ってからだった。

 ミューズの一人がちらりと、俺に話しかけている清谷さんに目を向けた。清谷さんは気まずそうに、

「あの、後でね」

 と、小さい声で言って踵を返すと、他のミューズたちと一緒に行ってしまった。

 俺の周りに誰もいなくなってから、俺はもう一度魔神を振り返った。

「どう思う? さっき、清谷さん、おまえのこと、見えてたのかなあ」

 魔神は清谷さんの方を見ながら深くうなずいた。

「見えてたネ、多分。あの子んとこに母ちゃんいるの、間違いなさそう」

 あっそうか。

 清谷さんのところに指輪の精がいるんなら、清谷さんは魔女を見ているってわけだよな。ということは、魔神の存在自体を知っていてもおかしくないわけだ。それが俺のところにいるかどうかは知らなかったとしても。

「一歩、近づいたじゃないか」

 ぽんぽんと魔神の腕をたたくと魔神はまだ清谷さんの方を見たまま、うなずいたが、思ったより嬉しそうじゃない。どうしたんだろう。いよいよ振られた奥さんにご対面しなきゃいけないのが不安なのかな。でも、今まで絨毯で何度も近づこうとしてたんだから、今更行きたくないってのはないよな。


 魔神はその後、また母さんと行ってしまったので、俺は文芸部の方に顔を出した。

 水口は結局、はらわたの誘惑に勝てなかったらしく、黒いニット帽と長袖Tシャツにオレンジの粒々をつけたナマコスタイルで、喉元からはらわたをぶら下げている。

 わかっているとグロテスクだが、訪れる人のほとんどは、ナマコだとわからないのだろう、別に嫌がられてもいない。首から変な風船が下がっている黒い服の女子高生、とでも思っているのだろうか。リアルじゃなくてよかった。等身大のナマコいたら、ほとんどお化け屋敷だ。

 小畑は、恥ずかしい、と、ものすごく嫌がっていたのだが、女子の熱狂的な要望で段ボールで作った剣と盾に鎧を着させられ、せめて顔も隠させてくれ、と鎧兜風のお面もつけて文芸部展示教室の端っこに立って、訪れる子供たちに、ねえ、これ、段ボールでできてるよ、などと、さんざんいじくられ、盾に小学生パンチを食らったりしている。

 

 俺の檸檬れもんの被り物は、誰も作る暇も情熱もなかったので免除された。普通に制服で部誌を売ったり、展示の案内をする。

 イケメンと母さんもちらっと現れたのでひきつりそうになったが、誰も魔神には注目せず、そのまま通り過ぎた。俺もあえて話しかけなかったし、向こうも、悟は思春期だからねえ、と遠慮して話しかけないでくれて助かった。


 教室に戻って片づけも済んで、帰ろうとした靴箱のところで、急いで走ってきた清谷さんに声をかけられた。

「在田君、ちょっと話していい?」

「ん? ああ、もちろん」

 もちろんいつでも歓迎だけど、清谷さんなら。しかも俺のために走って近づいてきてくれたのか? 急に胸の鼓動が速く感じられる。

「あの、今日はありがとう」

「えっと、なんだっけ」

 とぼけたつもりではなく、本当にとっさには思い出せなかった。

「助けてくれたでしょ? あの、サモトラケのニケの石像が倒れてきたとき」

「ああ、あれか」

 やっぱり見えてたのか。どこから切りだしていいものだか迷っていると清谷さんの方から話を振ってきた。

「あの時、在田君、なんか透けてた。・・・ううん、っていうか、透明だった。なんだったの? あれ」

「見えてたの? 清谷さん。俺、あれは誰にも見えないと思ってた」

 清谷さんは片手を自分の頬に当て、少し考えていたが、ためらいがちに口に出した。

「あの・・・ちょっと思ったんだけど、あれは在田君の特技? その、あたしの怪力と同じように」

 気がついてたんだ。俺は周りに人が見てないことを確かめて、深くうなずいた。

「うん、多分。同じようなことが起こってるんだと思う。清谷さんのあの力はいつ頃から?」

「うーん、気がついたのはこの夏ぐらいからかなあ。もしかしたら、前からあったのかもしれないけど」

「俺と一緒だ」

 目が合った清谷さんとの間に、急に秘密めいた仲間意識が目覚めた気がした。本当は日向も仲間なんだけど、この際黙っておく。

 せっかくだから俺と清谷さんだけの共通の秘密にしておきたい。


 「それから、あの、アラブ人みたいな人。あの人も在田君についてるの?」

 魔神のことも清谷さん、見えてたんだな。

「うん。この夏ぐらいから。ね、もしかして、清谷さんとこにもいない? ああいう女の人」

「いる」

「それ、うちにいる魔神の奥さんらしいよ」

「えっ? そうなの?」

 話してないのか、奥さんの方は。こりゃ、やっぱり嫌われてるな。

「あのさ、あいつとしては奥さんに会いたいらしい。一回、話してみといてくれないかな」

「うん、わかった。聞いてみる。名前とかわかる?」

 言われてはっとした。

「えー、そういえば、名前聞いてなかったな」

 清谷さんは初めて、ふふっと笑った。

「でも、きっとわかるよね。そんな、日本に何人もいないと思う、魔神なんて」


 清谷さんの笑顔で俺の緊張も一気にほぐれた。

 そのまま俺と清谷さんは話しながら校門の方へ一緒に歩いた。

「それにしても、いきなり劇中にあんな入れ替わりがあると思わなかった。こっちもびっくりだったけど、向こうの方も、いきなり女神像の代わりにハリボテのオリンポス宮殿出てきたら観光客びっくりだよな。フランス行ったはずなのに、写真見た人からギリシャじゃないかって言われたりして」

 俺のくだらない冗談に笑ってくれる清谷さん。なんて幸せなんだろう。こういう瞬間を夢見ていたんだ。

 清谷さんの方にも、俺のウエディングケーキの時のような入れ替わりがあったらしい。

「あたし、小道具で日向君の月桂冠とか作ってたでしょ? あれが、完成間近の時、本物の月桂樹の木と入れ替わっちゃって。部屋の中、天井まで届く木が出てきちゃって困ったことあるよ」

「そりゃ困るね」

 相づちを打ちながら、心の中で尖った冷たい氷の固まりがすうっと溶けていくような安心を覚えた。

 清谷さんが日向に渡していたもの、あれはプレゼントなんかじゃなかったんだ。劇に使う日向が頭にかぶる月桂冠だったのか。そういえば、その前に、頭のサイズ測ったり手芸を見せたりしてた。あれも全部、劇のためだったのか。

 なんか踊り出したいような気持ちだ。神様って本当にいたんだな。いや、魔神のおかげか? どっちでもいいや。運命、ありがとう。


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読んでくださってありがとうございます。

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