29 文芸部の仮装
夏休みの残り数日、俺は毎日魔神と一緒に消える練習と剣の練習をした。不思議なことに、消える方はすぐ、できるようになった。
ちょっと気持ちを集中すればいい。俺はいないんだって。最初は薄くなる程度だったけど、だんだん透明になってきて、数日で完全に消えられるようになった。
そういえば小さい頃、テレビで忍者のアニメを見て兄貴たちと遊んでたな。忍法雲隠れの術とかいって。もちろん、その頃は消えられなかっただろうし、ただの遊びに過ぎなかったけど。
「うまいうまい、悟。さすが東洋の神秘」
よくわからない誉め方をするが、嬉しいことは嬉しい。
剣術の方が大変だった。まず、剣に重さがあるので、それを軽々と扱えるために筋力をつけないといけないと魔神が言う。不本意ながら、ダンベルやエキスパンダーで訓練をさせられた。
「めんどくせー。このままじゃ、俺、日向みたいになっちゃうよ」
「嫌いな奴でも、いい部分は真似しなきゃだめネ」
魔神は容赦せずハードなトレーニングメニューを組んでくる。最初の数日は筋肉痛がきつかったが、それはだんだん慣れてきた。そしてお腹が空く。
「なんか悟、最近よく食べるねえ。学校で頑張ってるの?」
母さんがお気楽に聞いてくるので、そういうことにしておく。
「でも、いいことね。今まで悟って、あんまり本気で頑張らなかったもんね。楽しいんだ、高校」
「ん? うーん、まあね」
「勉強の方もその調子でね。仁さんも、悟は頑張ってるみたいって言ってるし」
台所からなにげなくそんなことを言うので、飲んでたコーヒーを吹きそうになった。まだ会ってるのか、偽イケメン。
「何話してんの? あいつと」
「うーん、別にたいしたこと話してないけど。テレビの話とか。日本で前、放送してた女子高生の恋愛ドラマがアラブで人気だとか」
そんなミーハーな話をしてるのか。まったく。
夏休み明けはもう、一ヶ月後に控えた文化祭の準備で、てんやわんやになってきた。文芸部の方は部誌も仕上がり、展示をどうするかという話になっている。
今年は、お祭り気分で文芸部も仮装しようと水口が言いだし、圧倒多数の女子が賛成し、俺と小畑ほか数少ない男子の反対は少数意見として無視されて、その方向になってしまった。
「小畑の勇者はともかく、俺、檸檬の被り物なんて絶対やだ」
「じゃあ鮭フライつけてあげるから」
水口が目を輝かせて言う。
「食品サンプルの小説じゃないぞ。だいたい梶井基次郎の檸檬はフレッシュなレモンのジューシーさを楽しむ小説じゃないんだ」
「在田君のはそもそも原型とどめてないじゃん。なんで檸檬がSFでマンボウ型宇宙船から地球に向けて檸檬爆弾、発射してんの」
「いや、京都丸善、大爆発。梶井基次郎の叶わなかった夢を二十二世紀の文学青年が科学技術を使って成就させるってことで」
「よくわからん」
俺の作品をあっさり一刀両断した水口は、
「あたし、貞子やる」
と、はしゃいでいる。前髪をどろどろ下ろし、やつれた着物を着るそうだ。
「しかも、これ」
じゃーん、と嬉しそうに水口はカバンから薄だいだい色の長い風船を半端に膨らませて、ところどころ赤で汚した物を取り出す。
「なんだそれ」
「はらわた!」
とびきり嬉しいプレゼントを見せびらかすような笑顔で、水口は気色悪い、のめのめした風船をお腹に当てた。
「・・・貞子、はらわた飛び出してないだろ」
「そうか・・・。じゃあ、貞子じゃなくてナマコでもいい」
「おまえは、はらわた飛び出してれば海洋生物でもいいのか! 主眼は何だ、ホラーか、はらわたか」
「やっぱ、はらわたかなあ」
小畑がへらへら笑って俺と水口のやりとりを見てたので、本人に聞こえないように、こっそり、あいつはほんとに中身、変だと訴えた。
「水口の外見だったら、メイド喫茶とかやれば絶対流行るのに、そういう趣味ないんだよな」
小畑が水口を楽しそうに眺めながら口にする。こいつ、中身、変でもやっぱりあいつのこと好きなのかな。
「ホラー好きになる奴の気持ちがわからん。脳味噌、はらわた色してんじゃないか」
「してんじゃね? 脳味噌も内蔵だから」
「ああー、想像したくない、もうやめよう」
クラス演劇の方も完成に近づいてきた。
完成を間近に日向がますます熱くなってうっとうしい。そして、よく浮いてる。ほんとに誰も気づいてないのか。どう見ても大きいぞ、頭ひとつ分ぐらい。
ただ、ちょっと気になることがある。日向が、学校を休みがちだということだ。一学期は休むなんてほとんどなかったのに。
男子はあまり気づいてなかったけど、女子が噂していた。
「どうしたのかな、日向君。また休みだって。主役、大丈夫なのかなあ」
「頑張りすぎてるんじゃない? もうちょっと手を抜いてもいいのにね」
「頑張るの、好きそうだもんね。手を抜けないタイプなのかな」
ほんとに俺と正反対だな、「模範生の王子様」。ふん、と頭の中で鼻を鳴らして、教室を後にした。
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