25 俺なんかただのクラスメート
練習が終わった後、みんな、ばらばらと舞台から降り、俺は大道具係と一緒に舞台に残って背景のオリンポス宮殿をどの辺に立てるのか打ち合わせていた。
ふと、舞台下の清谷さんが目に入った。
日向に何か大きめの紙袋を渡している。何を話してるんだろう、ここからじゃ声までは聞こえない。あんまり見ていると、他のクラスメートにばれるから、ちらりと視線を走らせるだけにした。
いったい何だ。プレゼントか? それとも学校で必要な何かか。そうであってほしい、でも、わからない。耳だけをあの二人のところへ飛ばしたいぐらいだ。今やっている作業が手につかない。
清谷さん、楽しそうだ。
この前、俺と話したときのあの笑顔。俺だけに向けられていたと思っていたけど、そんなの幻想に過ぎなかったんだ。
俺なんか、所詮ただのクラスメートのひとりだったんだ。
「在田君、ちゃんと持ってて」
美術部員に声をかけられてはっとした。床の上で俺がメジャーの片方を押さえて、彼女が舞台の上で、道具がどの辺まで到達するか長さを計っていたところだった。知らないうちに指が外れてメジャーがずれていた。
「ごめん。ここだった?」
彼女は歩いてきて、もう一度メジャーの出発点を決めた。
「しっかり押さえててね」
「わかった」
「どうしたのかなあ、在田君。さっきの演技、とってもよかったのに。慣れないことして疲れたとか?」
俺がただ、ぼうっとしてただけなのに、彼女は怒りもしなかった。悲しいことの後にはちょっとした優しさがありがたく感じる。
「いや、ちょっと寝不足。気をつけるよ」
「そうなんだー。毎晩、暑いもんね」
作業が終わったときには、もう清谷さんも日向もいなかった。あの後どうしたんだろう。一緒に帰ったのか、それとも清谷さんは女友達と帰ったのだろうか。クラスに戻っても二人に会わなかったので、結局わからずじまいだった。
カバンを持って教室を出たとこで、久しぶりに魔神にぶつかりそうになって、すごくびっくりした。
「うわ! なんだ、おまえ。もう学校にはついて来ないかと思ってた」
「わかった? メガネちゃんの住所、わかった?」
それか。こいつ、結局は自分の奥さんのことしか考えてないんだな。
「わかるわけねーだろ」
ちょっとぶっきらぼうに言い捨てて、魔神をよけて帰ろうとした。
「悟、ふられた?」
「うるせえ!」
なんでいきなり直球で来るんだ。あまりにも図星だったので魔神の方を振り返りもせず玄関に向かおうとした。奴は一、二歩後を遅れないようについて来る。
「ねえ、悟」
「うるさいって言ってんだろ!」
魔神はやっと黙った。
そしてしばらく、黙ってついて階段から廊下を歩き、一階まで来たところで、もう一度口を開いた。
「ワタシのうち、遊びに来る?」
「えっ?」
初めて聞いた提案に思わず振り向いた。
「うちって、もしかしてランプの中?」
うん、うんと魔神はうなずいて袖の中からランプを取り出した。
「持ち歩いてんだ」
「引きこもりたい時、便利ネ」
こいつも引きこもりたい時があるのか。こんなお気楽な性格のくせに。思わずふっと笑ってしまったら、魔神は少し嬉しそうな顔を見せた。
「じゃあ、来る?」
「そうだな・・・、いや、でも、どうやって? 俺、こんなにちっちゃくなれないし」
「ま、その辺はワタシの魔力で」
「当てにならん。自分すらちっちゃくできないのに」
「できるヨ。めんどくさいだけネ」
「で、どこで? 今ここで? それとも帰ってから?」
思わずわくわくして尋ねた。嫌なことの後でも面白いこともあるもんだ。魔神の意外な気遣いがちょっとありがたい。
うーん、と魔神は考えた。
「二人ともランプに消えちゃうことになるから、人通りの多いとこじゃまずいネ。でも、悟のうちも飽きちゃったし」
「あっそうだ。学校の屋上とかどうだ? 今日は曇りだしそんなに暑くないと思う」
「いいねえ」
俺と魔神は四階より上にある屋上への階段を登ったが、魔神はふうふう息を切らしながら、
「絨毯使えばよかったネ」
なんて言う。
「このぐらいは運動しろよ。メタボになっちまうぞ、おっさん」
「魔神は不老不死だからダイジョブ」
「不老不死でも五階までも登れないのはだめだろが」
屋上に出る扉には鍵がかかっているが、窓の鍵は壊れている。みんなそれを知っているので、屋上に出たいときは窓から出るのだが、しっかり窓を閉めておかないと、先生にばれて鍵を直されてしまうので気をつけている。
夏休みの屋上には誰もいなかった。
屋上に続く階段室の窓から見えないように陰に隠れて、俺は早速ランプを見せてもらう。
「前から思ってたんだけどさ、これって、どうやってランプにすんの? 俺には急須みたいに見えるんだけど」
ランプは確かにアラジンと魔法のランプに出てくるイラストそっくりなのだが、水差しのような形なので、日本の提灯や行灯とは違うイメージだ。
魔神はランプを手にとって注ぎ口のところを指さす。
「中に油を入れて、ここから芯を差し込んで火をつけて使う」
魔神は袖の中からこよりぐらいの細い紐を取り出し、注ぎ口から差し入れた。そして、袖からペットボトルを出し、ランプの蓋を開けて中身の油をそそぎ入れた。
「へえー、これが魔法の油なわけ?」
アラビアの神秘を見た気持ちで厳粛に尋ねたのに、魔神の答えは冗談みたいだった。
「サラダ油ネ。悟のおうちにあったからちょっと借りてる」
「おいっ! 大丈夫か!」
「超油っこくないから健康にいいヨ」
「そういう意味じゃなくって!」
ほんとに大丈夫なのか、サラダ油で。
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