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24 また浮いてる

 魔神は俺が清谷さんと話したことを聞くと、どうして母ちゃんのこと聞いてくれなかったの、となじったが、それどころじゃなかったんだよ。

「せめて住所ぐらい聞いてくればよかったネ」

「無理だって。だいたいあんな時、会うなんて思ってもみなかったから心の準備もできてなかったし」

 言うと魔神は目をまん丸にして、ぐいぐいと詰め寄ってきた。

「悟、望みがあるんだったらいつも準備してないとだめネ。チャンスは突然来るんだから、準備してない者のことは見向きもしないで行っちゃうヨ」

「そんなこと言われても・・・」

「いい? 望みはね、待っている人のところにはやってくる。これ、信じなさーい」

 今度は怪しい宗教か。

「でも、無理なものは無理だろ」

 魔神は俺の目をしっかり見ながら首を振った。

「諦めちゃだめネ。難しいことは無理と思ったら絶対無理だから」

「でも・・・どうせ無理なら努力したって無駄じゃん」

「悟は望みを叶えたいのか叶えたくないのか、どっちなのかな」

 また、どきりとした。

 そうだった。川原の言ったことと同じだ。あの時は言い方がきつくてショックだったけど、結局同じことなんだ。欲しいものがあるなら、自分で熱くならないとだめなのか。黙ってて誰かが欲しいもの与えてくれるわけがない。

 でも、できるんだろうか。

 うつむく俺に、魔神はにっこりして、ぽんぽんと肩を叩いた。

「消えてた?」 

 うん、というように魔神は小さくうなずいた。

「別に叶えなくてもいいヨ。その辺、雇い主の自由ネ」

「いや、叶えたいよ。できえるもんなら。でも・・・」

 俺から離れて向こうに行きかけていた魔神はにこっとして振り向いた。

「でも、はいらない。その気持ちだけあったらいいネ」

  

 こんなに学校に出てきた夏休みは初めてだ。

 休みの後半には、劇の練習が軽く始まり、大道具もだいぶ完成してきた。もちろん、夏休みなので、メンバーの何人かは塾だの旅行だので欠席することもある。だから、まだ本格練習ではない。

 主役である日向の出番は多いが、俺みたいな目立たない脇役はいてもいなくても構わない。

 ほんとに日向はいつも熱いな。ただでさえ体育館は暑いのに、ますます温度が上がりそうだ。

 なにげなく日向を観察していたら、あいつが、なんだかいつもより大きいのに気がついた。気のせいではない。

 まただ。浮いてる。床から数センチほど。誰も主役の足元なんて見ないから気づいていないようだけど。

 別に、こんなとこ、ジャンプするシーンじゃない。ってことは、無意識に浮いてるのか。俺が無意識に消えるのと同じように。 


 急に俺の仲でバラバラだったパズルがつながった。

 清谷さんの怪力、日向の浮遊。そして俺の透明化。

 どれも人間業ではない。ってことは、指輪の精がついてるのは、やっぱり清谷さんさんで日向には何か別のものがついてるんじゃないだろうか。

 そう考えれば、日向んちで妙な邪魔が入ったのも納得がいく。あれは奥さんじゃなくてなにか別のものだったんだ。魔神も、なんか変だと言っていた。

 じゃあ何だろう? 奥さんではなくて魔神が日向に近づくのを邪魔する奴って? 正体はさっぱりわからないが、ランプの魔神並に怪しい奴なんだろうな。それこそ奥さんの浮気相手とか? あの時、絨毯はひっくり返りそうだった。恨みを持っていてもおかしくない態度だった。いったい誰なんだろう。


 隣の小畑につっつかれて、はっと正気に戻った。

「台詞、台詞」

 そうか、俺の出番か。出番はすごく少ないけど台詞が少しだけあるんだった。

「見ろよ、あんなところに金色の雲が近づいてくるぞ」

「本当だ。あの雲はゼウスじゃないのか」

 俺と小畑は全く棒読みに台詞を口にした。こんなくさい台詞考えたの、誰だ。

「在田君」

 いきなり日向が俺を呼ぶ。

「もうちょっと演技してもらった方がいいと思う。台詞は言えばいいってもんじゃない。近づいてくるのは大神ゼウスだろ? もし本当のギリシャ人だったら、ゼウスが来るのにはもっと特別な思いがあると思うんだ。そこを工夫してみてもらえないかな」

 演技指導か。ほんとにこいつ、模範生だな。俺、ギリシャ人じゃないし。

 鼻白んでいると、ふと、舞台の後ろにいる清谷さんが目に入った。こっちの方を見ている。日向の方じゃない、俺を。

 なんだかどきどきする。どうしたらいいんだ。日向の言うことを無視して適当にあしらうか、言われるまま指導されるか。

 いつもだったら、もちろん前者だけど、思い切ってプライドを捨てて後者を選んでみることにした。今までと同じじゃ何も変わらない。指導を受けたからって想いが成就する訳じゃないけど、何か変えなくちゃ。

「見ろよ、あんなところに金色の雲が近づいてくるぞ」

 恥ずかしかったけど、演技というのはこうだろう、と思えるように演じてみた。

「うん、いいよ、在田君。ずっとよくなった」

 日向に誉められても全然嬉しくないが、ちらりと横目で見た清谷さんが心なしかほほえんでいるように見えた。それだけで心が金色の雲の上に舞い上がるほど嬉しい。

 たかだかこんなことで、彼女の評価が上がる訳じゃないと思うけど、思い切ってやってみてよかった。かも。


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読んでくださってありがとうございます。





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