19 チャンスの女神の前髪
清谷さんとはたまにしか会えない。でも、学校に出てくる日はお互いに増えた。これがチャンスってやつか?
でも、チャンスっていったい何をするんだ。
思いを実らせる奴って、どうやってチャンスを生かしてるんだろう。
チャンスの女神には前髪しかないとかよく言うけど、前髪しかない女神ってどんな風なんだろ。頭頂部と後ろはどうした、ハゲか刈り上げか。
あんまり好みじゃないなー。っていうか、ちょっと怖いぞ。
なんて言ってる間にチャンスの女神はあっという間に行き過ぎてしまう。その一瞬の間に、前髪をがしっとつかめって言うことなんだろうけど、見知らぬ人にいきなり前髪つかまれたら、普通むちゃくちゃ嫌だろうな。
このたとえ話、考えた人は、無理矢理女神を捕まえて言うこと聞かせようってつもりだったのか。
ふと、魔神の言ってた、雇い主が嫌いだったら魔法を使うのも嫌々なんだ、ということを思い出した。
もうちょっと穏便に女神様に言うこと聞いてもらうにはどうしたら、とか考えてると本物の女神が俺の前を通っていった。
ふわり、とシャンプーの清潔な香りが過ぎていく。
やっぱり綺麗だ、清谷さん。
短い高校生活の間、思い切り楽しんでおこうとみんな思っているのだろうか。なにかと学校にも出てきているのに、さらに、球技大会の打ち上げをC組と合同でやろうという話も出てきた。
C組といえば川原麗夏がいる。なんか憂鬱だ。
どうしてあいつは俺を見るとなにかとつっかかるのかな。
気になる相手はいじめるってやつか、と一瞬思ったが、そんな奴はこっちから願い下げだ。いや、多分、向こうは願っちゃくれないんだろうけど。
その川原が呼んでいる、と女子から聞いて何事だろうと覚悟をして話に行った。
教室の机を囲んで何人かのクラスメートと打ち合わせをしていた川原は長いまつげのくるんとした目を上げて俺の姿を認めると手招きした。
どうせ、ろくな話じゃなかろうと近づくと、川原はそこにいたメンバーに、在田君、知ってるでしょと紹介した。
「打ち上げの幹事やってほしいの。できるよね? どうせ暇でしょ」
・・・思いっきりカチンとくる言い方する奴だな。何様だ。
むっとして俺が答えないでいると、その集団にいた小畑が、よっ、と声をかけた。そうか、小畑が俺を指名したのか。
わざと迷惑そうに小畑をちらりと睨んでみた。小畑の、すまんな、という感じの顔。こいつも川原の横暴につきあわされたのか。わかってはいるけど、言い返すと、百倍ぐらい文句が返ってくるのを過去に経験していたので、今日も泣き寝入りをする。それにしても腹が立って、みんなの言葉が耳に入ってこない。
「聞いてるの? 在田君」
きんきんと高い声に怒られる。いや、聞いてません。
「あのさあ、いつも気になってるんだよね、在田君って。なんでもかんでも人任せで、誰かがやってくれるだろうって感じで無責任で。少しはみんなのために役に立とうとか、社会のために何かしようとか思わないわけ? ろくな大人にならないわよ」
ああ、またか。
どうしてこいつは、他の奴ら以上に俺につっかかってくるんだろう。ほかにもいるじゃん、そういう奴。例えば小畑とか。なんで俺にばっか喧嘩売ってくんのかな。売られても買わないけど、エネルギーの無駄だから。
「ちょっと、聞いてる?」
「ああ、はあ」
ほんと、無気力になるわ、こいつの説教は。
「いいんじゃない? やりたくなければ、無理にやってもらわなくても」
後ろから聞き覚えのある声が。
出た、王子様。
「あ・・・、日向君」
川原の表情も口調もころっと変わる。
「人手足りないなら僕、やってもいいよ、幹事」
ったく、なんて模範的なこと言うんだ、いつもいつも。
「ううん。だって日向君、忙しいもん。劇でも主役なんでしょ? バスケ部の方もあるし、生徒会だって。無理しないで」
俺は無理しろってか。
日向が俺の方を見て、すっきりと晴れやかな笑みを見せる。別に見たくねえ。なので、ちょっと顔を背けた。
日向がどう出るか。このまま俺、リタイヤしてもいいなら、それが一番いいけど。花より団子、つまんないプライドより楽な方がいい。
ちょっとは日向の言った「僕がやる」というのを期待してみたが、その前に川原が満面の笑みで日向の肩を押して教室の外に導きながらかわいい声で勝手に仕切ってしまった。
「ね? だから日向君は心配しなくていいよ」
仕切ったのは川原だが、押されるままに教室から出て戻ってこなかったところを見ると、さっきの言葉は、みんなに聞かせるために言ってみただけで本心から幹事をやりたい訳じゃなかったんだな。
日向って、ちょっとそういうとこあるよな。
パフォーマンスがうまいっていうか。要領の悪い俺と真逆だ、いろんな意味で。
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