18 俺、イケメンじゃないし
「悟、ワタシのこと、考えてたデショ。雇い主のこと、なんでもわかるようになってきたネ」
魔神は胸を張る。うーん、主従関係、嬉しいような嬉しくないような。
「チャンスを生かす気になってきたから、ワタシの力が必要なのかな?」
お気楽に魔神は言うが、そんなに世の中甘くない。
「いや、チャンスってほどのこともないじゃん。ただのクラスの仕事だしさ。別に清谷さんと同じ係でもないし」
「そこで、チャンス生かさないとだめネ。頑張って活躍してみたら、彼女の見る目も変わるかも、だヨ」
言いながら魔神は身を乗り出してどんどん寄ってくるが、俺はかえって身を引いた。
「そんな下心丸出しにするなんて、みっともないだろ。だいたい普段やる気ない俺が、いきなり張り切ってたら変じゃん」
普通でいいんだ、いつもどおりで。クラスの仕事って名目でちょっとだけでも清谷さんと一緒にいられる時間が増えるなら、それで十分なんだから。
しかし、魔神は無邪気に目を丸くした。
「何言ってんの、悟。青いねー。恋愛で相手に自分のこと、よく見せたいのは当たり前のことネ。きれいな女性は誰もかっこ悪い男とつきあいたくないネ」
「いや、多少は見栄も張るけどさ。でも、かっこいいって、おまえの場合はちょっとやりすぎじゃないの? ありゃ、絶対詐欺だって。まるで別人じゃないか」
魔神は、違う違う、と首を振った。
「あれはワタシの若い時。別に違う人じゃないヨ」
「えっ!」
また百びっくり。いや、十億びっくりぐらいだ。
「七番目の息子がワタシの若いとき、そっくりネ。見せてあげようか、幻影だけど」
「へーえ。幻影で出せるのか。写真みたいな感じ? 見たい、見たい」
魔神は得意げに、ぽん、といきなりアラブ人を浮かび上がらせた。
「あっ、あのー」
思わず、こんにちは、と言ってしまいそうにリアルな幻影だった。確かにこないだのイケメンそっくりだ。
幻影は挨拶もなく、すぐ、どろん、と消え去って、あとには誰もいない学校の階段だけが残った。
「マジか。確かにイケメンだった。あれは偽物じゃなくて、ほんとに息子さん?」
「そう。かっこいいデショ。ワタシもほんとはかっこいいネ」
「ほんとってのは、普段からその姿でいるのが本物だって。もしかして、奥さんの幻影も出せるの?」
「ん?」
魔神は急に疑わしそうな目で横睨みしてきた。勘ぐりすぎだ。
「いや、俺、アラブ人趣味じゃないから。ちょっと見てみたいだけだよ、ほんとに綺麗なのか」
「綺麗って言ったネ」
魔神はしぶしぶなのか、本音では自慢したいのかよくわからない表情でぽん、と空中に全身を黒いベールで隠した女性を現した。顔といっても目しか見えない。でも、その二つの瞳は、大きくて艶やかで確かにとても綺麗だった。
幻影はすぐに消え、魔神はぱんぱんと、煙を払うように手をはたいた。
「わかった、確かに美人みたいだった。目しか見えないからよくわからんけど。そっか、アラブ人、いつも人前ではベール被ってるから顔とか見えないんだな。いつ、顔見るの?」
「結婚したら見えるヨ。日本人、いつも見えるからつまんないネ」
えっ。
つまんないとは。だって、見えなきゃわからないじゃないか。ベール取ってみたら、出っ歯でびっくり、とかだったらどうするんだ。
「ま、悟はメガネちゃんに頑張ることだネ。今んとこ、あんまり脈ないネ」
うるさい。
おまえなんか昔は、イケメンだったんだからいいじゃないか。
平凡な俺はどうすればいいんだ。
消えかかってたら(多分)、また魔神にぽんぽんと肩を叩かれた。
「ダイジョブネ。男のかっこよさは顔だけじゃないヨ」
「それって、遠回しに俺の顔が悪いって言ってないか」
「そんな失礼なこと、言ってない、言ってない」
言いながら笑うな。失礼な。
そんなわけで、俺の夏休みは去年より断然忙しくなった。
でも、ちょうどいいと言えばちょうどいい。うちには浪人生と中三受験生がいるので今年は夏休みの旅行もない。母さんはお盆の三日以外毎日仕事だし、もちろん父さんもほとんど仕事。家にいてもやることはない。
文芸部の方はサボローサボローと、ぬらりくらりしてると、モグラたたきのごとく予測不可能に出没する水口につかまる。こいつは、部活が仕事なのか、さぼり部員を狩り集めるのが仕事なのかどっちだ。
大道具の方は美術部員が、なぜか火がついて燃えだし、大変な力作を作ろうという話になりつつある。たかが背景なのに、なんで、こんな部分に芸術魂を注ぐんだろうな。
もちろん、俺の仕事は下請けの肉体労働だ。
「在田君、ここ塗ってー」
「へーい」
「ここ貼ってー。そう、液体のりを薄めて刷毛で」
「へーい」
「ここ釘打ってー」
まったく人使いが荒い。でも、できあがるといちいち喜んでくれるのでちょっと嬉しい。
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