15 日向についてるのは誰だ
絨毯はあっという間に目的地に着いたようだ。見知らぬ町の住宅街のゆるやかな坂道に向けてするすると下降し始める。
へえ、結構高級住宅街じゃないか。一軒一軒の敷地が俺んちの周りより広いし、庭が綺麗だったり壁が立派だったりする。洋風の洒落た家と旧家のような古い立派な日本家屋が並んでいる。
その中の一軒のモダンな造りの二階建てに絨毯は近づいていった。
「ここか? 日向んち。すげー金持ちそう」
俺は教えてもらったスマホの地図を魔神に見せようとしたが、奴は地図なんかには興味なさそうに黙って前を見据えている。
「何かいるネ」
「奥さんか? 今度こそ当たりか?」
魔神は厳しい顔で黙っている。
怒ってんのか?
それにしても納得できないことがある。
「なあ、おまえの奥さん、いっくら綺麗だって言っても、さすがに相手、高校生だぞ。浮気とかすんのかなあ」
「あの少年、悟と違ってかっこいい。うちの母ちゃん、若い子好きネ」
俺と違ってって部分が余計だ。
「いや、でも、日向の方がさ、アラブ人のおばさんいきなり出てきて相手しようって思うかなあ」
もっとも日向の考えそうなことはさっぱりわからないが。
魔神はくるりと振り向いてすごい剣幕で怒りだした。
「おばさんじゃない! 悟、見たデショ、ワタシのほんとの姿。うちの母ちゃんもあのぐらいのことお茶の子さいさいネ」
「そうか、魔女なんだな。ってことは、すげー相手の好みの姿で現れちゃうってこともできるのか」
「そゆこと」
うーん、それはそれでなんか羨ましい気がする。日向の方が。
もし、魔女が清谷さんの姿で現れて俺を誘惑なんかしてくれたら? しかも魔術だから服とかエロかったりして。いや、いいなあ、そのシチュエーション。
いきなり両ほっぺをぎゅむーと魔神につままれた。
「悟、邪なこと考えてる顔だヨ」
「いてて、すいません」
絨毯は今回はゆっくりと家の二階の窓に近づいて行った。まだ九時頃だろう、窓からの明かりが外に漏れている。あんまり近くてもばれるといけないので、なんとなく中が見える距離まで近づいて目をこらしてみる。
俺の部屋と全然違って広いしすごい片づいている。部屋の真ん中でなんかしてるのが日向だろう。何やってんだ。
・・・腕立て伏せ? そして次は腹筋か?
しばらく見てたけど腹筋についで背筋とかやってる。何回やるんだ。こいつ、もしかして自衛隊とか警察官とか志願してんのか。こういう奴が国を守ってくれたら安泰な気がする。それなら頑張れ。
魔神はずっと絨毯の上に黙って立って部屋の中を見回していた。
すると日向が立ち上がってカーテンを閉めた。
「まずい、ばれたかな」
ささやくと魔神はちょっと首を傾げた。
「あの坊や、魔神に気がつくほど神経が細かいとは思えないネ」
出雲大社のしめ縄より神経太そうなおまえが何を言うか。
「しょうがないな、帰ろうぜ」
魔神は奥さんの存在がわかったのかわからなかったのか、少し不満そうな顔で絨毯にあぐら座りをした。
急におかしなことが起きたのはその瞬間だった。
絨毯が思いっきり、びよんと跳ねた。続いてぐるぐる回り始めたり、突然強風でも吹いてきたかのように日向の窓から遠く飛ばされた。暴れ馬みたいな絨毯に必死でつかまらないと落っこちそうだった。
「おい、どうしたんだ? おまえの絨毯」
絨毯にしがみつきながら、わずかに顔を上げてみると魔神はひどく難しい顔をしていた。
「おかしいネ」
「おかしいじゃないだろ! 早くなんとかしてくれよ。なんで急にこんなんなっちゃったんだ?」
魔神は揺れる絨毯の上にこともなげに立ち上がって日向の家の方を腕組みしたまま見つめていた。そうしている間にも絨毯はどんどん日向んちを離れていく。魔神の髭が夜風にたなびく。
ずいぶん離れたところまで飛んで、ようやく絨毯は動きを止めた。夜の町の空の上に。
「ふう、危なかった。言っただろ? 俺、普通の人間なんだからさ、落ちたら死ぬって。気をつけてくれよ」
魔神は真面目な顔で首を振った。
「ワタシのせいでも絨毯のせいでもないネ。やっぱりあの坊や、なんかついてるヨ。でも、もしかしたら母ちゃんじゃないかもしれない。うちののやり方はあんな風じゃないネ」
「奥さん、すごい怒らせたとか、そんな覚えない?」
念のため聞いてみた。夫婦喧嘩の激烈なやつってこと、ないのか。
「母ちゃん、怒ると怖いけど、こういうやり方はしないネ。物投げてきたりとか、叩いたり蹴ったりとか、普通の女性と一緒ネ。あと、うちの母ちゃんは関係ない人、巻き込むことはないと思うネ」
普通の女性って、それ十分怖いだろ。でも、関係ない人を巻き込まないというような道徳的な部分はいくら激怒しても変わらないような気がする。確かに、魔神の言うとおりどこか変なのかもしれない。
「じゃあ、何もんだ、日向についてるの、おまえの奥さんじゃなければ」
魔神は答えなかった。わからないのか、言いたくないのか。
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読んでくださってありがとうございます。
昨日は投稿できなくて申し訳ありませんでした。