13 日向と清谷さんって
突然、俺の中で何かがひらめき、ショートした。
人間業じゃないこと、俺もやってるってことか? 日向みたいに目立たないだけで。
ってことは、もしかして。
俺は気づかれないようにそうっと自分の周囲を見回した。
うわ!
こんな近くにいるな! 魔神。
なんと、俺の隣の椅子にいやがった。
「おい、見たか? 今のあいつ。日向っていうんだけど」
「ヤローは見たくないネ」
ぷい、と魔神は顔を背けたが、俺は奴をつっついた。
「いや、差別しないで見ろよ。大事なことかもしれないんだ」
「何が大事?」
振り向くのも億劫そうに魔神はちらりとコートを見た。
また飛んでる。
「あのさ、おまえ、魔神がつくのは人間としてはちょっと変わったとこがある奴って言ってただろ? あいつ、違うかな。ほら、どう見ても飛んでるぜ」
魔神はようやく真面目な顔で日向を見つめた。
「確かに飛んでるネ」
やっとわかってくれたか。
「ってことは、もしかして、おまえの奥さんがいるのは、清谷さんじゃなくて日向んちってこと、ないか?」
魔神は、まるで目の前で奥さんの浮気現場を見たときのように真っ赤になって立ち上がった。
「ありえないネ」
口から火を吹いてるかと思った。
「ありえない、ありえない。ワタシ、絶対許さないネ。何? あいつ。どうしてあんな飛んでる。おかしいデショ。変だネ。絶対、後悔させてやる」
おっさんの目の光がメラメラ燃えている。
日本人だったら、さしずめ、今夜の丑三つ時は五寸釘を持って神社に向かっているんだろうが、アラブ人の許さないはどうするんだ。「剣かコーランか」って民族だから、こんなおっさんでも熾烈な報復とかするんだろうか。
「いや、待て。まだ決まったわけじゃない。奥さんがいるかどうか確かめるのが先決だろ。俺が言ったのは、日向が普通じゃないってだけで、まだ指輪持ってるかどうかわからないじゃないか」
俺の言葉に少し落ち着いたのか、魔神はまたぺたんと椅子に座った。
「悟、今夜、早速行くネ」
まだ目がマジだ。
「あ、ああ、わかった。今度はちゃんと住所調べて行こうな」
清谷さんは女子だから難しかったけど、日向なら調べられなくもなさそうだ。友達多いし、俺と違って。友達が多いほど情報も漏れやすいもんだ。
スタメンは少し交代したが、あっという間に前半は終わり、圧倒的な点差で後半に突入。一応、俺も少しは出たけど、後半はつなぐだけで試合終了し、D組の圧勝で終わった。
やったやったと大喜びするクラスメート達。コートに出てきてハイタッチしたり、肩を抱き合ったり。試合終了の挨拶もそこそこに日向がみんなに囲まれる。
まぶしいってこういうことなんだな。
悔しいけど、負けたC組と圧勝したD組の差ぐらいはっきりしている。俺と日向の間の人気の差は。だから、悔しいと思うのも馬鹿らしいぐらいだ。
ふと、その人の輪の中にどきりとするものを感じてその方向を見てみると、視線の先に見つけた。
清谷さん。
体操服姿でコートに出てきて日向に惜しみない賞賛の言葉をかけている。日向の方も顔が救いようがないほどほころんでいる。
やっぱり、本当だったんだな、あの矢印。
耳の中、みんなの声が入ってくるようで入ってきてない。二人の会話は聞こえる距離じゃないけど、何を話してるんだろう。どこまで、もう、親しいんだろう、あの二人は。
球技大会だけじゃないのか。クラスメート以上の存在なのかな。
それ以上考える気も起こらない。
もう帰りたい。ここから早く立ち去ってしまいたい。
ぽん、と肩を叩かれて、また戻った。あの感覚だ。霧のようにぼやけたところから、急に現実の色も形も質量もある世界に戻ってくる。
「また消えてた?」
周りには誰もいない。魔神にだけ聞こえる声で俺は尋ねた。
デブの魔神は大人びた表情でひとつうなずいた。
なんとなくわかってきた気がする。俺の心が現実を離れて夢想の世界に飛んだり、この場にいたくないと感じるときに俺は消えているんじゃないか。つまり、心と体が分離したいとき、心が飛び去ってしまった体の方は
存在感をなくして消えてしまっているんじゃないだろうか。
とにかく日向の住所を早く探らなければ。でないとこいつ、まさかとは思うが暴挙に及んだら大変だ。
そんなことを冷静に考えて、ようやく俺は自分の気持ちを落ち着けた。考えることがあるのは、気持ちが高ぶりすぎてるときには役に立つ。
「えっと、日向と仲のいい奴で、俺とも話ができる奴探さないとな」
なかば魔神に、なかばひとりごとのようにつぶやいて、俺はクラスメートの顔を見回してみた。
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