10 やだやだ三者面談
次の日も一人で普通に学校に行き、部活をまたサボって帰ってリビングのドアを開けたとたん、時間が止まった。
イケメンが食卓で母さんと和やかにご歓談している。しかも一瞬で消えてねえ。昨日の俺の前の、あの0.一秒はなんだったんだ。
幻覚を見てるのか、夢の中なのかよくわからなくて、とりあえず、そうっと隣を通り過ぎようと思ったら、母さんに普通に、
「お帰り」
と声をかけられた。
全然いつもの魔神と違うじゃないか。顎はすらりと細いし眉もきりっと上がっている。ちょっとタレ目なのはそのままだが、情けないというより甘いマスクという印象を与えるのに役立っている。こんなイケメンだったらたしかに美人の奥さん、射止められるかも。
ってか、違いすぎるだろ! いつもの姿と。
「ただいま」
「あっ、悟、明日、三者面談だからね。忘れないようにね」
そうだった。地獄の三者面談が待ってるんだった。
「うん。何時だっけ?」
「四時、四時。温の中学の面談が二時からだから、掛け持ちで行くから」
「わかった」
近くを通って二階に向かいながら何をしゃべっているのか耳を傾けると、
「日本の女性を奥さんにしたいアラブ人、多いデス。日本の女性、優しくて肌がきれいデス。みんな、若く見えるネ」
なんて歯の浮くようなことを言っていた。口説いてんのか、お世辞なのか。母さんも結構嬉しそうなのが、なんとかしてくれって感じだ。ダイエットの話を聞く予定はどうした。
あきれたので、ほっといて、さっさと二階に上がってると、間もなく、おっさんがご機嫌で戻ってきた。
「悟のお母さんの作ってくれたクッキー美味しかったネ。まだあるヨ。食べてきたら?」
「おい、ダイエットはどうしたんだ」
そういう話をするはずじゃなかろう。
魔神は気楽に、ん? と振り返り、ふんぞりかえって自分の胸をばん、と叩いた。
「自信ついたネ。女の人の前ではかっこいいワタシに簡単に戻れること、わかったヨ。悟の前じゃ戻る気にならなかっただけネ。これで母ちゃんの前でもダイジョブ」
あっさり問題解決したらしく、また鼻歌歌いながら俺の部屋にどーんとソファを広げた。俺のカバンや制服の上だっつーの。
「カバン潰れる! やめろ」
「ええー。ワタシ、くつろぐとこ、ないネ」
「だからランプに戻れってば! 日本の住宅事情を考えろ」
ぶつぶつ言いながら、ようやく魔神はソファを片づけた。なんでランプに戻らないんだ、こいつ。
「ランプに戻るためにもダイエットしてほしいんだけど」
「めんどくさいネ」
「だから、そこがダメなんだと思うぞ、おまえ」
だめだ、母さんに会う前よりやる気なくしてるわ。
その日は夕食にケバブっぽい料理が出た。
「おいしいね、これ。初めて作るよね?」
弟が三個目を頬張りながら聞くと、母さんは、
「そう。悟のお友達が今日、教えてくれたの」
と答えたから、噴きそうになった。いつの間に友達になってんだ。だいたい、なんで突然出てきたアラブ人が友達なんだ。
隣で魔神がマイテーブルでご機嫌にケバブを食べながらウインクする。確かにスパイスが効いてて美味しいのは認める。でも、そういう問題じゃない気がする。
「おまえ、なんて言って母さんの前に現れたんだ」
部屋で問いただすと魔神はなんでそんなこと聞かれるのかわからない、という顔できょとんとした。
「悟の時と一緒ネ。別にびっくりしなかったヨ」
「いや、俺は十分びっくりしたけど」
「そうだっけ?」
俺の百びっくり、ぐらいをおまえが感じてないだけだろ。
「悟だって、ワタシが魔神って言ったらすぐわかったネ。みんな魔神のこと、ホントは知ってる」
魔神はにこ、と、笑って見せた。不思議なことに、情けない、じゃなくて人懐っこくてどこか魅力的な表情だった。
ほんとは知ってるって、どういうことなんだろう。俺が、奴が出てきたとき、アラジンの魔法のランプから出た魔人みたいだ、と思ったのと一緒ってことかな。母さんだって、もちろん知っている。子供の時は絵本を読んでもらったものだ。そんな、ファンタジーを母さんも受け入れたってのか。あの現実的な母さんが、と思うとなんかちょっと和む気もした。
次の日は三者面談だった。先生、親、俺の三人で成績表を見せられながら話し合うというあれ。
話し合いって言っても、俺の発言権はほとんどない。一方的に言われっぱなしなんだから、別に三者である必要はないと思う。先生が親と適当に話し合っといて、あとから怒るなら怒ればいいと思うんだが。
成績がよければ楽しい面談にもなるんだろうけど、俺の成績は見事に中の中。最低辺で赤点だらけというほどでもないけど、決してよくもない。ほんとに特徴無いな、俺。
「今回、どうだった、在田君。え? 頑張ったか?」
「はあ。一応」
「一応か。で、この成績どう。納得できてる感じか?」
「あー、いいえ。もうちょっと、とは・・・」
だいたい、いつもこのパターンだ。だめならだめってはっきり言やいいのにな。
母さんがため息混じりに訴えた。
「お兄ちゃんは何も言わなくても勉強したのに、ほんとにこの子はやる気がなくて・・・。何考えてるんでしょうね、高二にもなって」
俺の兄貴は、どう間違えたのか成績がいい。多分、遺伝子が宇宙から降ってきたんだと俺は思っている。父さん母さんだって平凡なんだから、俺こそ正真正銘、うちの子じゃないか。なまじ兄貴が突然変異だもんだから、母さんはなんか勘違いしている。
兄貴は、地元の大学なら楽々受かると言われていたのに、高望みして東京の某国立大学に行きたいと言って、今、浪人中だ。もったいない。俺がいつでも代わってやるのに。
「いや、お母さん。在田君はやればできると僕は思うんですよ。まだ目標が定まってないのかな。でも、そろそろちゃんと考えた方がいいぞ。あと、一年と・・・、ええ、半年ぐらいかな、受験まで」
ああ、やだやだ。
やればできる、ってのは結局やってないから、もっとやりなさいっていうのをオブラートに包んだ言い方だ。あるいは親へのリップサービス。ぶっちゃければ内容は一緒なのに、こういう言い方されると親は喜ぶんだろな。ほんとはできない子じゃないって錯覚して。
やれないってのはできないのと一緒だ。
と、以前、小畑と話していたことがある。
そもそも、勉強する気が起きないのは学校の勉強がつまらないからだ、日本の学校教育が悪い、そうだ、勉強が嫌いなら勉強しなくてすむような生き方を考えればいいのだ、
と小畑と二人で盛り上がって、なんか結論が出た気がしてすっきりして、それで終わってしまっていた。
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