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「もしかしてツォッポさんは、魔王個人と魔王軍……いえ、軍だか国だかは分かりませんが、魔王の陣営とを混同していませんか?」

「それだ!」


 進退窮まった所で掛けられたヴラミルの提言に、ツォッポはポン! と手を打った。


「言い訳?」

「違う! 魔王っていうのは結局、魔物や魔族によって構成される組織のトップなわけだろ? 俺の世界じゃ最終的に、その組織の支配地域が魔王領ってのになったんだけど、俺が知っているのはその魔王領による統治の出鱈目さ加減とか、他国への理不尽な干渉や外法組織支援なんだよ。で、その魔王領の中で、魔王がどういうことをやっていたのかっていうと、そこまではちょっと……」


 あ、でも魔王が組織を支える絶対的な統率者だったってことは聞いたことあるぜ、と、言い訳気味に付け加えるツォッポ。


「……どういうこと、ヴラミル」

「はい」


 早々に理解の為の匙を丸投げしたエスラゴに、ヴラミルは優しく微笑んだ。


「その前にツォッポさんに、一つお聞きしてよろしいでしょうか」

「あ、はいヴラミルさん。なんでしょう」


 ヴラミルに対し、口調を改めるツォッポ。魔法プログラムだという彼女がヴラミルより更に年下であることを、頭では理解している。だがヴラミルの雅さすら感じさせる話し方や物腰、そして何よりも完璧に着こなされているメイド装束が、彼の反射と本能に畏まる必要性を訴える。

 ツォッポの態度が自分に対するものと変わったことに、眉を顰めるエスラゴ。視界に入っているはずの彼女に、しかしヴラミルは格別の反応を示さない。


「この空間にいらっしゃった時、私たちがツォッポさんのことを知らなかったというところから此処が元の世界ではないと判断していらっしゃいました。ということは、ツォッポさんはやはり元勇者として有名な存在だったのでしょうか」


 ツォッポの人気を測るようにも聞こえるその質問に、優美なはずのエスラゴの眉はさらに傾斜を急にする。


「そりゃ、もちろん。魔法で変装でもしない限り、顔を見ればほとんどのやつが俺を元勇者だって認識するぜ」

「では、ツォッポさんの性格など個人的なことも皆さんご存知で」

「ああ、噂にもなったし王国広報が盛んに宣伝もしてたからなー。もちろんプライベート情報は隠してるけど、趣味とか好きな食べ物とかなら」

「あと、女癖の悪さとかも?」

「そりゃ誤解だ! 親しい友人や仲間のことを、広報部の連中が面白半分に流しただけで……ってエスラゴ、なんで知ってんだ?」


 やっかみ半分で掛けたカマに、返ってきたのは見事な反応。エスラゴの軽蔑したような目つきにツォッポがジリリと後退り、その様子に構うことなくヴラミルは考えを整理する。


「国家が主導して勇者のプロパガンダを行っているような世界なら、情報伝達に難があるとは考え難いです。にもかかわらず、魔王の個人的な特徴を元勇者であるツォッポさんでも把握していなかった……これは『魔王領』という組織内での、魔王の役割を表していると考えられます」

「役割も何も、魔王は魔王領のトップだろう?」

「トップ・リーダー・指導者、それらの在り方にも様々な形があります。たとえば自身が先頭に立って皆を引っ張っていくもの、組織が目指すべき指標を明確に示すもの、象徴という形で皆の精神的支柱となるもの……」

「叙事詩の中のイメージだと、『魔物たちよ我に続け、世界を征服してやるぞー!』っていう感じよね」

「ですがそうであったならば、横暴や貪欲と言った情報が伝えられるはず。けれど魔王の個人的情報は、勇者とは異なり取り沙汰されていませんでした。これはつまり、魔王個人の意向や特色は重要なものでなかったということです。しかし勇者に倒されねばならなかったということは、単なるお飾りでもあり得ません。このことからツォッポさんの世界の魔王は、個人の意思を押し付けるのではなく組織全体を見渡してこれを取りまとめる、調整タイプであったと推測されます」

「なるほど」

「ええと、ちょっと待って。ツォッポが魔王を知らなくて、だけど魔王はリーダーで、そこから魔王のリーダータイプが分かって、それで結局何になるの?」

「勇者に求められている役割――払うべき『闇』の正体が導き出せます」


 平素と表情を変えぬまま、ヴラミルの講義は続く。どちらかといえば理論より実践型であろうエスラゴは、「?」マークを浮かべつつ内容に付いていくのがやっと。彼女に比べれば若干は思考に余裕があるツォッポは、ああこれが、全てのことを論理的に解釈する人間なのだと感嘆しつつ――同時に確信する。


 これは魔法プログラムだったとかは関係なしに、純粋にヴラミル個人の特質だ。


「勇者に求められている役割とは、究極的には世界を救うことです。その過程、あるいは手段として魔王を倒すことが重要視されているのは……」

「魔王によって、世界が救われない状態に陥っているから!」

「では、ありません」


 自信満々に答えたところをヴラミルにバサリと切り捨てられ、エスラゴが雨に打たれた子犬のようにしょぼくれる。


「世界が危機にある原因は、魔王個人ではなく魔王がトップに収まっている組織・集団によるものです。もちろんその組織が、魔王の意志を忠実に実行する類のものであれば、姫様の御答も間違いではありません」


 フォローを入れたかに思えるヴラミルの言葉に、エスラゴが顔を持ち上げるが、


「ですがツォッポさんの世界では、魔王は調整型リーダーだったはずだと、つい今しがた言ったはずです」


 お元気なのもよろしいですが、人のお話をきちんと聞かないからこういうことに……、とのヴラミルの追撃ちで、更にショボンと項垂れるエスラゴ。予想通りのその様子に殺そうとした笑いの一部を思わず漏らしたツォッポは、俯いたままのエスラゴに目線だけでギロリと睨まれて、誤魔化すように背筋を伸ばしてヴラミルの説明に集中する。


「魔王が調整型リーダーであるなら、その個人的意志は魔王領という組織にほとんど影響を与えません。魔王領の行動が世界を危機に向かわせているとしても、それは魔王の意向とは関係ないわけです」

「世界の危機が、魔王と関係ない……」

「じゃあ誰のせいで、勇者を呼び出さなければならないような危機が発生しているのよ?」

「姫様の疑問にお答えする前に補足しておきますと――」


 言葉を切ったヴラミルが、向き直ったのはツォッポに対して。動揺を隠そうとしたツォッポは逆に浮き足立ち、対するヴラミルは平静なまま。二人を訝しげに覗くエスラゴの視線に気付いたツォッポが、ヴラミルに対して抱いた疑念――もしかしてあなた、エスラゴをからかうためにわざとやっていませんか?


「世界の危機と無関係なのはあくまでも魔王の意向です。魔王の存在、特にそのリーダーとしての調整能力は、危機と大きく関係しています」


「つまり世界を危機に向かわせるような原因や意志があらかじめ散在していて、それを調整型リーダーである魔王が一つにまとめた結果、実際に世界を破滅させるだけの力を持った組織、魔王領が創られたわけですね」

「はい。ゆえに誘因が何か、という観点で見れば、魔王のせいで世界の危機が生じたともいえます。ですが危機の真因は――」

「魔王が現れるより前から既に存在していた、無数の意志や要素ってわけ?」

「さらに言えば、それら無数の事象というのも世界に属しているものです。魔王という個人が取り纏めるだけで世界が危機に陥るほど、負の要素が世界に蔓延しているという状態――いわば世界そのものが、世界の危機の原因だった」

「……それ聞くと、なんか魔王を倒しただけじゃ何の問題の解決にもなっていない気がするんだけど?」

「ええ。ですから『勇者』は、世界の外から召喚されなければならないわけです」


 いかがでしょうか、と目線で問われ、ツォッポの表情が微妙に歪む。つまり勇者とは、自力では回復不可能な病に侵されている世界に対し、投与される特効薬だ。あまり面白くは思えない考えだが、ツォッポの過去にはそれを肯定する事象があちこちに転がっている。


「私の仮説が正しければ、ツォッポさんがその世界に召喚された時と魔王を倒した時点とでは、社会構造などの点で大きな変化が生じているはずです。思い当ることは……」

「ああ、あるな」


 たとえば生れた世界で身に着けた知識によって実施した、農業改革。たとえば転移魔法を応用した、遠距離間における通信の商業化。たとえば亡国の王女の働きかけで成立した、諸国間連合会議。自らが起点となったもの、中核に位置していたもの、遠回しにではあるが確かに影響を与えたもの。それら多数の変革は鎖のように連なって、人を、国を、世界を繋いだ。だからこそ最後の決戦で、自分たちは魔王を倒せたのだ。


「ということはやはり、真に勇者に求められている役割とは、危機の原因となっている世界自体を変えることなのでしょう」

「じゃあ魔王を倒すっていうのは?」

「必要とされている変革を達成したという象徴、あるいは変革によって必然的にもたらされる結果かと」

「で、世界が望む変革を引き起こす要素を持った存在を異なる世界から探し出すのが、勇者召喚魔法の役割――この召喚魔法に選らばれていない俺じゃ、たとえ魔王は倒せても世界は救えない可能性が高いってことか」


 論に頭が追い付かず、混乱状態にあったエスラゴ――だがツォッポの最後の言葉に、挙げた顔を綻ばせる。


「安心したか?」

「べ、別に!」


 何かを振り払うように顔を背け、誤魔化す。含み笑いを浮かべたツォッポの顔が気に入らない。でもそれ以上に、全く表情の変わらないヴラミルが何を考えているのか気になる。

 ツォッポには、もう完全に気付かれている。ではヴラミルには? 自分の身勝手な欲望に彼女もやはり気が付いて、それでも教育係という立場から何食わぬ顔をしているのではないか……。

 もう一度強く首を振り、悲観的な考えを追い出すエスラゴ。


「いい暇つぶしにはなったかなあ、って思っただけよ。そうだ、あなたも食べる?」


 そう言った彼女は懐から、先ほどヴラミルが食べたのと同じ紅い果実を三つ取り出した。


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