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07

「ヴ、ヴラミルさん……俺のこと虐めて、楽しいですか?」

「はい、わりと」


 膝を地に着きかけたツォッポの問いに淡々と答えたヴラミルが、ツォッポを咳き込ませてエスラゴの目を瞠らせる。


「そ、それで……ちょっときいていい?」


 コホンと小さな咳払いで動揺を誤魔化して、それでもまだぎこちなさが残る声でエスラゴがツォッポに問いかけた。


「やっぱり、戻りたいって思うものなの? 元の世界って」

「ああ……そりゃ親や兄弟もいるからな」


 同じく動揺を押し隠し、当然を装ったふうに頷くツォッポ。その表情からはもう、叱責を乞うような空気は消えている。懐かしむように空を見上げ、それから少し考えて、


「でもまあ、だからこそ怖いっていうのもあるけどよ」


 目を遠くに向けたままでツォッポは言葉を濁す。


「なにせ、下手すりゃ十五年以上。

 俺の知っている人間がどうなってるかなんて分かったもんじゃねえ」


 生まれ故郷の人々に、思いを馳せる彼の言葉。それは確かな真実ではあるが、決して全てではありえないとエスラゴは悟る。


「それに?」

「ああ、それに、だ――」


 ツォッポが濁し、隠そうとした言葉の先を、エスラゴは当然のように促して。渋いものに向ける視線を彼女に送ったツォッポは、鼻を鳴らしつつ言葉を続ける。


「今までいたトコロと、俺が生れたトコとじゃ世界の常識が違う。召喚されたときはそれでずいぶん戸惑ったもんだが、『違う』ってことを知っている分だけ今回はいっそう恐ろしい」

「そういうもの、なのでしょうか」

「ああ、そうさ」


 ヴラミルの疑問に頷くツォッポ。口の端を僅かに引き攣らせている彼の恐怖は本物で、それが述べられた内容と繋がらずにエスラゴは顔を顰める。

 彼女の困惑は、当然と言えば当然。ツォッポが抱く恐れの本質は、複数の異なる世界と接して初めて分かるものだ。それでもエスラゴは分からないなりに、彼の感情の経路だけでも掴もうと頭を悩ませる。


「おれは勇者だった、勇者として世界を救った。それは召喚された世界ではすごいことだとされていたし、そのことに俺も誇りを持っている。

 けどそれは、俺の生れた世界じゃあ『間違い』とされるかもしれない」


 そんなエスラゴの様子に思うところがあったのか、ツォッポはゆっくり、考えながら、己の恐怖の原因を述べる。


「世界によって、通用する常識や良識が異なるってこと?」

「ああ。しかもそいつらは、昔は俺自身が慣れ親しんでいたものだ。

 だからその世界に戻れば、きっと俺はまたその良識に染まり直っちまう」


 自分の信じている価値観・それに基づいて自身が成してきたことを、自分自身で肯定することができなくなる――その恐怖を、怖いとすら感じられなくなる可能性を想像し、生じた震えにツォッポは全身の毛を竦ませる。


「もしそうなったら、俺は絶対にあいつらに顔向けできねぇえからな」


 彼の言う『アイツラ』が誰なのか、当然エスラゴは分からない。けれどおそらく、一緒に戦った仲間なのだろう。

 理解できた、とはいえない。それでもツォッポの迷いの理由に頷いて、ゆえにエスラゴは責めるように言う。


「じゃあどうして、戻ろうなんて決めたのよ」

「自分のやってきたことが間違いではないと、証明したかったからではないでしょうか」

「多分、そうなんだろうな」


 ヴラミルの推測に、ツォッポは曖昧に頷いた。


「一度生まれた疑念というのは、検証を行わない限り消えることはあり得ません。『もし生まれた世界に戻ったら勇者としての自分を肯定できなくなるのではないか』と考えたツォッポさんは、そう考えること自体が『勇者としての自分』を支えてくれた人々への裏切りであると思い、自らの疑念が誤りであることを証明するため実際に『生れた世界』へ戻らなければいけない、との結論に至ったのでしょう」


 よく分からないという表情のエスラゴに、説明を補足するヴラミル。だがそれを聞いたエスラゴの首は、傾きを大きくするばかり。


「正直サッパリ分からないんだけど。こいつの考えが破綻してるのか、私の理解力が足りないか、どっちなのかしら」

「そこは、どちらにも(マル)を付けるべきところであると思います」


 ヴラミルの答えにつんのめりかけ、ギリギリで踏みとどまるツォッポ……少し、学習したらしい。


「全てのことを論理的に解釈できると勘違いした頭のいい馬鹿は、ツォッポさんのような思考の迷路に捉われがちなものです。男性には特に、その傾向が強いようですが……」

「男女差別的な発想だなあ」


 ツォッポの抗議を完全に無視して、ヴラミルの言葉は続く。


「ですから姫様には、ツォッポさんのような論理偏重の考え方をも包み込めるような柔軟さが必要ではないかと」

「必要ないわ、そんなもの」

「そうでしょうか?」

「ええ。こんなバカのことを包み込むなんてゴメンだもの」


 ツォッポを一瞥したエスラゴはフンと小さく鼻を鳴らし、散々な言われようのツォッポが諦めたような溜息を付く。


「でもすごいわね、ヴラミルは。こんなバカの考えていることまで説明できるなんて」

「いえ、私の思考回路はそもそもツォッポさんに近いものがありますから」

「そうなの?」

「はい……少なくとも魔法プログラムとして起動した当初の私は、論理的に理解できるもの以外は理解しないよう設定されていました。今回もツォッポさんの論理的なものの考え方を論理的に分析することまではできましたが、それをどのようにして感覚的に解釈すべきかについては、まだ学習中です」

「へー」


 ヴラミルの言葉を意外そうに聞き、思案顔を浮かべるエスラゴ。

 ヴラミルを、包み込むように、なら……と何やら呟いて、


「前言撤回、やっぱり思考の柔軟さって大切よね」


 僅かに顔を赤く染めつつ堂々宣言したエスラゴに、ツォッポは先ほどとは意味合いの異なる溜息を付いた。



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