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05

「じゃあ、俺が救ってやろうか」

「はぁ?」


 生じたエスラゴの困惑が、彼女の口からそのまま洩れる。一体全体、何をどうすればそんな結論に至るのか……正直、訳が分からない。そんなエスラゴの混乱を宥め落ち着かせるように、ツォッポは省いていた己の思考過程を説明する。


「要はその魔王ってのが問題なんだろ。そいつを倒すだけの力があれば、呼び出すのは伝説の勇者である必要はない」

「だから自分を召喚しろって?

 無理よ、どこの誰だか知らない人間を呼び出したって、王国は納得しないわ」

「だったら俺が勇者だと偽ればいい」

「言ったでしょ、勇者っていうのは銀髪でオッドアイって相場が決まって……」

「いえ、姫様。それは吟遊詩人たちにより広められた俗説です」


 苛立ちが混じりかけたエスラゴの声を、ヴラミルが遮る。


「正式な伝承では、勇者の容姿については触れられていません。

 確かに叙事詩には、『銀に輝く毛髪、左右で色の異なる瞳を神によって授けられた』と歴代の勇者が語る一節は存在します。ですがそれは姫様の仰るような、勇者であるための必要条件ではありません」

「つーことは、俺が伝説の勇者だってあんたらが言い張れば、何の問題もないわけだな」

「はい――プログラムである私は疑似空間から出られなくなる可能性がありますが、姫様がそのように主張されればおそらく何も問題は……」

「問題がないわけ、ないでしょうが!」


 ヴラミルの言うこともありなのではとほんの一瞬考えて、だからエスラゴはツォッポに向かって声を荒げた。


「いくら勇者だって偽ることができたとしても、魔王を倒せなきゃどうしようもないじゃない」

「いや俺だって、腕にはちょっと自信があるぜ」

「ちょっとって、どれくらいよ! そもそも王国の人間たちじゃどうしようもないくらいに強大な魔王だからこそ、伝承なんて訳分かんないものに縋っているんでしょ。なのにその伝承を捻じ曲げて、伝説でもなんでもない、少し腕に覚えのあるだけの男を呼び出したりしたら――それこそとんだ笑いものだわ」


 罵るように言葉を吐く、非難の矛先を何処に向けているのかも分からぬままに。そんな醜態を晒しつつ、弱い犬ほどよく吠える、というのは事実なのだとエスラゴは悟る。だって吠えている間だけは、忘れることができるから。自分の至らなさ、未熟さを認めずにいることができるから。

 ブロンドを粗雑に振るわせて、目にする全てを呪うように、吠え、噛み付き、牙を剥く。独り善がりで我儘な態度は醜悪とさえ言えるもの。見るものに嫌悪の感を呼び起こしても不思議でなく――そしてそれこそ、エスラゴが無意識ながら望んでいたことでもある。

 けれどツォッポは初めこそ驚いたように目を見開いたものの、昔よく遊んだ玩具を懐かしむような笑みを彼女へと向ける。予想外の反応に、戸惑うエスラゴ。その瞳に浮かんだ動揺が、騙すように残してきた異世界の魔法使いをツォッポに思い出させているなど、当然彼女は知る由もない。


 ――千年に一人と讃えられるほどの才能と、それに相応した強大な自負心。けれどその強固な鎧の内側は、想像もつかぬほど脆弱で、だから踏み込もうとする者には無差別に牙を剥いて威嚇する。何者をも寄せ付けず、誰にも寄り付くことをせず、常に独りだった彼女は才と努力のみで自身を成り立たせていた。


 もちろんエスラゴは彼女とは違う、とツォッポは考える。今のエスラゴという存在はヴラミルに大きく根差しており、そのことはエスラゴ自身もはっきり自覚している。けれどだからこそ、危うくも思える。自分と、自分を理解してくれる最愛の存在――孤独という恐怖からさえも無縁でいられるその関係は驚くほどに安定的で、けれどそんな二人きりで完結してしまう世界は、きっと寂しいものだろう。だから……。


 内に潜む躊躇いを誤魔化すように頷いて、ツォッポは肩に掛けていたナップザックを降ろし、腰に差した大刀をユルリと引き抜く。


「それじゃあ、これくらいの腕ならどうだい?」


 言葉と同時に振るわれた刀の速度は、音速を軽々と突破。振り撒かれた衝撃波の先で、鋭刃が大気を切り裂く。生じた真空は遥か地平の果てにまで及び、それに一拍の遅れを以て大刀に付与された魔力効果が発動する。

 大地が砕かれ、その破片が弾け飛び、残った塵芥さえもが燃やし尽くされる。僅か、一閃。ただそれだけで、眼前の光景のみならず地形までもが変わり果てる。無数の地割れ・落盤・陥没。まさに言葉を失くすほどの、圧倒的な破壊力。しかもこれでさえ、ツォッポの有する力のほんの一端に過ぎぬのだ。

 確かに彼は、召喚すべき勇者と等しい力を持っている……突きつけられたその事実は、エスラゴの不安を煽り立てる。自分とヴラミルが過ごしてきたこの疑似空間は、『伝説の勇者召喚魔法』によって作り出されたもの。勇者を召喚した暁には、無用になった空間は当然ながら破棄される。もちろんその時エスラゴは、召喚された勇者と共に元の世界へと戻ることになっている――だが、ヴラミルは? そもそも空間と同じ要素で作られた、サポート用人格プログラムに過ぎない彼女は一体どうなるのか。仮説は立てられる。それに沿って可能な限りの対策は立てたつもりだし、見落しが無いかの確認も数えられぬほど繰り返した。それでも、本当のところは、やってみないと分からない。


「……あなた、いったい何者なのよ?」


 つい先ほどまでは、ずっと続くと思っていた日常。その幻想を壊そうとしている存在を、睨み付けてエスラゴは問う。


「だから言ってるだろ。ちょっと世界を救ってきた元勇者だって」

「その世界を救った元勇者様が、どうしてこんなところで迷子に?」

「迷子じゃねえ、戻ろうとしている世界の方向が分からなくなっただけだ!」


 エスラゴの言葉は無自覚にもツォッポのウィークポイントを蹴飛ばして、思わず声を荒げたツォッポは極まり悪げに咳払い。視線を所在無さ気に泳がせ、振るったままになっていた太刀を鞘に収める。澄んだ鍔音を避けるために背けられた視線の先では、彼が打ち砕いたはずの大地がもう元通りに広がっていた。


「そう、俺は戻るところなんだ」

「戻るって、あなたが救った世界に?」

「いいや、その世界に勇者として召喚される前に居た場所にだ」


 極まり悪げなツォッポの言葉に、エスラゴの後ろに控えていたヴラミルが納得の頷きを打つ。

 エスラゴの世界に言い伝えられている過去の勇者たちも、各々が暮らしていた異世界から呼び出された者たちだった。魔王を倒した彼らはその後幸せに暮らしたと伝承は云うが、元の世界に戻りたいと願うものがいても不思議はないとはエスラゴも思う。けれど……


「じゃあなんで、あなたは迷ったような顔をしているの?」

「だから俺は、道に迷ってなんて……」

「ううん、道にじゃなくって。本当に其処に戻るべきなのかを」

「――っ……」


 自然と口に出たエスラゴの疑問に、ツォッポは寝耳に豆鉄砲を食らった鳩のような顔を浮かべた。


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