04
「まさか、名前を騙っておいてそんなことも知らないの?
勇者っていうのはね、髪が銀色で左右の瞳の色が違うものなのよ」
彼が勇者でない証拠をはっきり示したエスラゴだが、ツォッポが彼女に向けた眼差しは何故か可哀そうな人を見るもので、
「……なによ?」
彼の生暖かい視線にえも言われぬ不安を覚えたエスラゴは、それを覆い隠すべくツォッポをきつく睨み返す。
「いや、だって銀髪にオッドアイって、」
「近世以降に召喚された五勇者の、共通した身体的特徴ですね」
「マジで?」
「はい、大マジです」
もっとも王国成立以前、先史時代の勇者については記録が残っていませんが、と補足するヴラミル。彼女の発言が自身を肯定するものであることにエスラゴは胸を撫で下ろし――しかしすぐ、何かに気付いたように視線をツォッポへ移す。
「大本気、ですか……大本営発表ならよかったのに」
「ヴラミルの言うことは信じるのね」
頭を抱えて呻くツォッポに、冷たい口調で言う。その行為が不安の裏返しであることは、教えられるまでもなく理解できた。
己に対する絶対的な自信を、常に溢れさせているツォッポ――彼の態度の根拠が何なのか、エスラゴには全く掴めない。けれどヴラミルは、彼の在り方をそのまま受け止めているように見えて。そして今またツォッポも、ヴラミルの言葉を受け入れた。その事実は、二人が互いに互いを認め合っていることを示しているようで、胸の不穏なざわめきは、エスラゴの言動に棘を含ませる。
「そりゃ清楚なメイドさんといかにも厨二っぽいガキとじゃ、信用度は全然違うだろ」
「十二っぽいって、そこで歳を持ち出すの? まったくこれだから最近のオジンは」
ため息交じりに首を振るツォッポに、エスラゴは更なる挑発で応じ、
「世界を救った元勇者を、言うに事欠いて汚塵かよ?」
「私みたいな少女からすれば、ハタチ以上の男なんてみんなオジサンよ」
「はぁ、たちの悪い理論だね、そりゃよお」
彼女の子供らしい横暴さに、ツォッポは大人げなく言い返す。
「けどだったらヴラミルさんはどうなんだ?
俺がオジサンなら彼女もやっぱりオバサンなのかよ」
「何馬鹿なこと言っているの? 彼女、私より年下よ」
「は? エスラゴ、お前こそ何を言っているんだ。どう見たってそんなわけ……」
「事実です。私は魔法プログラムですから」
「……ないだろう、って、マジ?」
「はい、大マジです」
微塵も表情を変えぬまま、頷くヴラミル。その頭髪に付けられたフリル付き装身具から白エプロン・黒ドレスの下に覘く足首まで、彼女を無遠慮に眺め回したツォッポの顎がカクリと落ちた。
「彼女の元は、勇者召喚儀式のサブ機能だった魔法プログラムよ」
ヴラミルを凝視するツォッポへの攻撃用呪言詠唱をギリギリで我慢したエスラゴが、勝ち誇ったように言う。
「プログラム起動のタイミングは召喚魔法の発動と同時、ですから魔法の発動媒体である姫様のほうが、生まれたのは先のはずです」
エスラゴとヴラミルの説明に、ツォッポは一応の頷きを見せた。考え込み、なおも半信半疑気味の顔を上げ、
「ってことはヴラミルさんって、今いったいお幾つで……」
「女性に歳を訊ねるのは、あまり感心しませんね」
窘めるように言うヴラミルに、恐縮して姿勢を正す自称・元勇者。そんなツォッポの様子に、ヴラミルが珍しく悪戯気な微笑を浮かべたような気がして――彼女の表情を聢と捉えたエスラゴが、不機嫌そうに顔を歪める。
「そもそも此処で年齢なんて、分かるわけないじゃない」
「? ――ああ、時間の感覚がないのか」
苦虫を潰したような顔をしたエスラゴの言葉に頷いたツォッポの、表情がすぐに顰められる。
「てことはエスラゴたちって、いつから勇者を待ってんだ?」
「さぁ」
「さぁ、って」
「だって、知らないもの」
「でも待っているんだろう、ずっと」
「ええ、ずっと」
「じゃあどれくらい」
「分からないわよ、そんなこと。知る必要もなければ興味もない。そもそも刻を測る方法がない」
ツォッポをからかうような口調。だがそこには自身の境遇について自嘲も含まれていて、何より根底にはヴラミルの在り方を作り上げたモノたちへの怒りがある。呪うように、嘆くように、或いは諦めたように、上を向いて吐き出されたエスラゴの声を、真っ黒い空は余さず飲み込む。暗黒色の、一切の光を吸い尽くす空。そこには昇る太陽はなく、輝き巡る星もなく、もちろん満ち欠けを繰り返す月などあろうはずもない。
「一年は一四ヶ月、一ヵ月は二五日。一日は百剋で、一剋は千寸。知識としては、知っているわ。だけどそんな時の法則、ここで何の役に立つの? そんな時を記録して、いったいどんな得があるの? 何時からが今日で何時までが昨日だったかなんて知らないし、あなたが此処に来たのが何寸前だったかだってもう分からない。そもそも此処で、時が正常に刻まれている保証もない」
「それでも――待つのか」
「ええ、それでも待つの」
「来る保証は?」
「知らないわ」
「来てもらわねば、困ります。
魔王を倒して世界を救えるのは、伝説の勇者様だけという伝承ですから」
投げやりで当り散らすような態度のエスラゴを、ヴラミルが窘める。彼女の眼差しは、本来のプログラムでは絶対にありえない慈愛に満ちていて、ゆえにエスラゴは彼女に甘えて不貞腐れた態度でそっぽを向く。その意を過たず読み取って、仕方ありません、と穏やかな微笑みを浮かべるヴラミル。全てを見透かしているような笑顔が腹立たしくて気恥ずかしくて、エスラゴはなおもツンツンと彼女から顔を背け……そんないつも通りのやり取りを、
「伝承、か」
無粋な闖入者の呟きが邪魔をする。
「何よ?」
今度は本心から不機嫌そうに問うたエスラゴに、底の汲み取れない笑顔を浮かべて応じるツォッポ。
「いったいどこまでが本当のことなのか、って思ってね」
「少なくとも、伝承とともに王家に伝えられている『伝説の勇者召喚魔法』は正常に起動しています」
「肝心の勇者は来ないけどね」
金色の髪を払いつつ、皮肉気に言うエスラゴ。そんな彼女の傍らに、ヴラミルが苦笑を浮かべつつ佇む。
二人を見つめるツォッポは何かに思いを馳せているようで。けれど彼が浮かべた優しげな微笑は、その「何か」を振り捨てようとしているようにエスラゴには映る。
エスラゴが向ける胡散臭げな視線。ツォッポがその軸へと自身の眼差しを無造作に合わせ、彼と目が合い見詰められたエスラゴは、瞬時に狼狽えて顔を背ける。
恥辱で顔を赤くしたエスラゴを、追い駆けるツォッポの言葉。
「じゃあ、俺が救ってやろうか」
「はぁ?」
生じたエスラゴの困惑が、彼女の口からそのまま洩れた。