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「あなたが認めなきゃいけない想いは、彼女のものだけなのかしら?
――まぁ、怖いからって回答を先延ばしにして、どころか問題の存在にさえ気付かぬふりをし続けた、あなたの自業自得よねー」
「……………………………………くせに」
「え?」
「さっきは、泣いてたくせに」
「ん、な、なぁんですって!」
俯いたままのツォッポが呟き漏らした一言は、エスラゴが張っていた薄い胸と虚勢を見事に打ち崩した。
「そりゃ、まあ、確かにちょっと欠伸した時みたくなってたけど――それの、どこが悪いのよ!」
「いや、べっつにー。悪いとは言ってねーぜ」
見つけた反撃の糸口を当然ツォッポは見逃さず、嫌味口調で切り返す。
「ただ、あんなにしょぼくれていた奴がなー、って思って感心しただけだ」
「それを言うならあなただってさっき、ちょっと涙目になってたじゃない!」
「はぁ⁉ なに勘違いしてんだよ! ありゃ……ちょっと夕日が目に染みただけで、」
「それなら、私だって同じよ!」
ちなみにこの疑似空間に、昇り降りする太陽など何処にも存在しはしない。
「本当はヴラミルのことも諦めて、自分の殻に引きこもりかけてたんじゃねーの?」
「はぁ⁉ それを言ったらあんたなんて、告白も受け止められないヘタレじゃない」
「臆病者の引きこもりに言われたくはねーぜ」
「意気地の無いスケコマシよりはマシよ」
「勝手に自己完結して落ち込み続ける、面倒臭い女と比べてもか?」
「ニヒル気取りで『相手の人生』とか言っちゃってる、虚勢だけの男よりはね」
「放っておけばウジウジウジウジウジウジウジウジ幾らでも悩み続けてる、根暗な奴にはかなわねーよ」
「そう言うあなたは悩むことすら考え付けないで、その場の勢いだけで行動している脳筋なんじゃないかしら?」
「行き詰るとすぐに爆発に頼る魔法脳がよく言うぜ」
低次元な、言い争い。まるで餓鬼の喧嘩……などと言ったら、餓鬼に申し訳ないレベルである。とはいえここまで感情を隠さず互いを曝け出せるのなら、それはそれである意味では、仲が良いのかもしれないが。
「ったく! そうやってぐちゃぐちゃ悩む余裕があるんなら、さっさと逃げずにヴラミルさんに告白でも何でもして、白黒つけりゃあいいだろうが!」
「ならあなたも元の世界に戻ったら、好意を寄せる女性たちの想いを全部受け止めて、ちゃーんとハーレムを作るんでしょうね?」
「ぁ、あーあ、作ってやるさ! とびっきりドデカいハーレムを!」
売り言葉に買い言葉。エスラゴが口走った暴論を、ツォッポは会話の勢いのままに思いっきり肯定し――
「で、調子に乗ってはっちゃけた結果。見事キーラさんには愛想を尽かされましたとさ、と」
「い、いや、それは……困る!」
途端、声音を平素に戻したエスラゴのジト目に晒され、慌てて首を横に振る。あまりに正直なその狼狽はエスラゴのツボを直撃し、硬直した彼女の背中をプルフルフルルと震わせた。
「こ、ここ、困るって、言うに事欠いて困るって……ップ、ハハ、」
「わ、笑うことねえだろうが!」
「だ、だってこんなの。笑わずにいられないじゃない」
耐え切れず、腹を抱えて身を捩らせるエスラゴ。躍起に言い返そうとしかけたツォッポはけれど言葉を見付けられず、不貞腐れ顔で溜息を付く。やはり勢いに任せてとはいえ自分の言った内容に、論理も道理も無いことは十分自覚しているらしい。
ちなみにもう一方の当事者であるキーラがツォッポによるハーレム形成を既定路線と捉えていて、どころかそのトップに君臨する決意まで固め終えているなど……当然ツォッポもエスラゴも、これっぽっちも知る由は無かった。
「でも真面目な話、あなたの女性関係を綺麗にまとめる方法なんて、それこそ後宮でも築き上げるくらいしかないわよね」
「だからってそれは……男として最悪だろう」
憮然と、眉を顰めるツォッポ。けれど彼の呟きは上位の凍結呪文が如く、エスラゴの表情を固まらせる。
魔王ににらまれた村人のような、驚愕。唖然に満ちた面持がぎこちない動作で振り向いて、見開かれた双眸がツォッポの姿に据えられる。目の前にある存在が信じられないかのように、顔を蒼白にしたエスラゴは僅かに声を震わせて、
「まさか……あなたこの期に及んで、自分が最低だってことにすら気付いてなかったの?」
「って、ヲイ!」
「と、いうのはまあ、半分冗談ではあるけど」
「……つーことは、半分は本気なのかよ?」
「だって今まで好意に気付かないふりをして、どっちつかずのぬるま湯にヌクヌク浸っていたんでしょ?」
ヴラミルの人格プログラムでも誤インストールしたように、冴え渡るエスラゴの毒舌。
「なら、やっぱり最低じゃない」
「別にぬるま湯じゃあ――っつってもキーラや他の奴らからすりゃ、んなこと全く関係ねぇか」
蹴落とされた谷底で更に踏み躙られたツォッポは、けれど黒空を仰いで言った。
悔恨の混じった彼の声は諦めのようにも聞こえたし、逆に開き直ただけであるかのようにも思われる。溜息に紛れた彼の変化を敏感に察知したエスラゴは、へえ、と僅かに口を窄めた。
――これは……本気で決めたのかしら?
飄々と肩を竦めつつ、苦笑を滲ませているツォッポ。けれども態度とは裏腹に、眼差しに迷いは感じられない。此処とは別のどこか遠くへ向けられているにもかかわらず、彼の瞳はぶれることのない確かな焦点を有していて。それは他者の評価による煽りから脱しなければ、持ち得ぬものかと思われた。
「じゃ、やっぱり作るの? ハーレム」
「さぁ」
顔を覗き込むエスラゴに、素っ気なく応じるツォッポ。
「具体的にどうするかは、向こうに戻ってから考えるさ」
はぐらかすような、物言い。けれどだからこそそれは、彼の偽りない回答だ。
「なによ。なるようになる、とでもいうつもり?」
「いいや、なるようにするんだよ。それでどうしようもなくなった時には、正直にキーラに相談する」
「だらしないわねぇ。結局、彼女頼みなわけ?」
「しょうがねえだろ――何しろ俺は、男としちゃ最低なんだから」
真顔でのたまうツォッポに、エスラゴは堪らず吹き出した。
「でもまぁ、これからは惚れられた責任くらいは果たすつもりだよ」
「キーラさんの許す範囲において?」
「そゆこと」
今まで散々流されてきたんだ、これからも流され続けるさ――ツォッポが嘯く内容はエスラゴの理解範疇外で、けれど悪びれのない態度はいっそ清々しいものだ。
己が信念に従って導き出した解ならば、ただ流されるまま生きるというのもそれはそれでアり……なのか? 判断に窮したエスラゴは、理解能わず相も容れぬ相手を八つ当たり気味に睨み付け、
「やっぱり、あなたってサイテーね」
「そーゆーこと」
罵倒なのか賞賛なのかエスラゴにも分からぬその評価を、あっさりツォッポは受け入れた。




