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15

 

「っ、! いい加減に、しなさい!」


 羞恥と怒気が半々に混ざり合った顔で叫びつつ、もどかしい呪言詠唱を強引に破棄してエスラゴは術式を構築。結果、最短記録を大幅に更新した共鳴式収束火炎呪文が、エスラゴ自身も破壊半径に含めた大爆発を引き起こす。

 押し寄せる、膨大な熱と衝撃波。破壊された常時展開型障壁が霊素に還元され、その反応を利用して爆発威力を減衰させる。それでも衰えぬ高威力を、慌てて張ったエスラゴの魔法障壁が防ぎ止める。とはいえ無論完全に防ぎ止めることはかなわずに、ツォッポの腕から吹き飛ばされたエスラゴは――そのまま空中でバランスを制御し、宙返りを打って着地を決めた。


「おお、お見事!」


 掛けられた満足げな声は、爆発のちょうど中心から。土煙が晴れて姿を現すツォッポは当然無傷のまま――かと思いきや、頬のあたりを若干ながら煤で燻らせていた。

 自身の魔法障壁を一部解除することで、爆風の逃げ道を作りだしてエスラゴへの被害を軽減させたのだろう。彼の行為とその意味をほんの一瞬で看破して、それに感謝すべきだと頭では理解して、けれどエスラゴは眉を顰める。


「……また、よけいなことして」


 彼女がツォッポに抱いたのは、ヴラミルに守られたときには感じなかったもどかしさ。その原因は彼が男性だから――などでは当然なく、自分を子ども扱いするせいだとエスラゴは正しく理解した。

 今にしろ、先ほどエスラゴを抱きかかえていた時にしろ、ツォッポはエスラゴを女として全く意識していない。だから抱きかかえても気にしないどころかそのまま揺すってからかうし、どうということもない魔法爆発からも過保護に守ろうとする。それはそれで好ましいことではあるし、二人きりというこの状態で女として意識されたらむしろそちらの方が問題。けれどそう分かっていても、納得できないものはできないのだ。


 ――だいたいツォッポの恋人であるキーラさんにしたところで、年齢は私とほとんど変わらぬはずなのに。身長だって、体格だって……いやまあ、胸の大きさとか魔法技量とかバストサイズとかは置いといて!


 己とキーラを比較して、劣等感に苛まれ、八つ当たり気味にエスラゴはますますツォッポに腹を立てる。

 考えてみればこの男、世界を救った英雄で。容姿も整っている上に振る舞い一つにも洒脱があり。おまけに違う世界にまで追い駆けて来てくれる女性だって隣に控えさせていて……しかも昨日の手作り重箱弁当を、持たせたのは彼女と違う女性!

 ああもう本当にこんな奴爆発してしまえばいいのにと、本気で考えるエスラゴ。けれどあいにく彼女ではその全力を費やしても、彼の魔法障壁を突破することはきっとかなわない。だから代価手段として、エスラゴが選択したのは呪詛。


「そういう気障なことやっているから、モテすぎて困ることになるんじゃないの?」

「………………何のことだ」


 エスラゴの放った言葉の槍に、ツォッポはぎこちなく振り向いた。


「ふーん、なるほど。つまりあなたはそうやって、誤魔化し続けてきたわけね」

「だから、何の話だよ」

「あなたに寄せられている思慕と、その対応方法についての話」


 当然分かってるんでしょ、と傲岸不遜に問うエスラゴ。


「それともまだ、そうやって誤魔化し続けるつもりなのかしら」

「……いや、誤魔化すつもりはねぇけどよ」


 睨み付けられたツォッポが気まずそうに目を泳がせて、


「けどやっぱり、そういうことなのか?」

「じゃなきゃ、何だっていうのよ」


 なおも未練がましく逃げ道を探そうとする彼を、鼻で笑ってエスラゴは言う。


「何とも思っていない相手にお弁当を手作りする女性はいないし、そもそも王女の地位にある人は特別の理由がない限り料理の練習なんてしないはずよ」

「(王女様のことを想い出して)ヴッ――」

「それに向き合うと顔を赤くしたりとか、顔を合わせると口篭もっちゃったりっていうのも、相手に特別な感情を抱いている証拠じゃないかしら?」

「(僧侶のことを想い出して)ヴゥッ――」

「商売をやっている人なら、そういう自分の特別なひとにはきっと特別なサービスを用意したくなるものよね」

「(宿屋の女将と酒場の看板娘を想い出して)ヴゥヴゥ――」

「あるいは何か特別なモノ、たとえば初めて作ったアイテムとかを贈るのも定番じゃないかしら?」

「(商工ギルドの見習い女職人を想い出し)ヴォゥ――」

「でも人によっては素直になれなくて、ついつい乱暴に振舞っちゃうなんてこともきっとあるわよね」

「(女格闘家を想い出し)ヴァィ――」


 エスラゴが述べる内容は、心理魔法で暴走したキーラが口走っていた事柄を元にした推測。つまりほとんど当てずっぽうだが――どうやらツォッポにはその悉くに、心当たりがあるらしい。

「(女戦士を想い出し)ヴグ――――(森の聖霊を想い出し)グォ――――(吟遊詩人を想い出し)ギュミュ――――(村娘を想い出し)ミュギュァ――――(踊り子・遊び人を想い出し)クキゲキィ――――(湖の主を想い出し)ゲァィ――――」


 ――というか何これ、面白い。


 石を投げれば当たるかの如く、悶絶を繰り返すツォッポ。彼の姿はエスラゴの嗜虐心を強く刺激して、このまま虐め続けようかという思いを彼女に抱かせる。囚われかけたその誘惑をエスラゴが自制できたのは、元々抱いていた目的を辛うじて思い出せたゆえ。

 そう、ただ虐めるのでは気が済まない。いけ好かないこの男には、もっとガツンと思い知らせたい。だから発するのは、エスラゴの全力を込めた呪言。霊素に拠った魔法ではなく、思考へと刻み付ける呪い(いやがらせ)


「『生れた世界』に逃げ出したあなたを、時空跳躍技能を習得していたキーラさんが迎えに行って。結果あなたは彼女の想いを認めさせられて今が在るわけだけど――でもあなたが認めなきゃいけない想いは、彼女のものだけなのかしら?」


 純真な子供を偽ったエスラゴによる問い掛けは、ツォッポをペチャンコに叩き潰した。

『落ち込み』の擬態文字でも背負ったかのように、俯き沈んで動かぬツォッポ。対して高笑いでも響かせそうなエスラゴは、勝ち誇って決めポーズ。


「まぁ、怖いからって回答を先延ばしにして、どころか問題の存在にさえ気付かぬふりをし続けた、あなたの自業自得よねー」

「……………………………………くせに」

「え?」

「さっきは、泣いてたくせに」

「ん、な、なぁんですって!」


 俯いたままのツォッポが呟き漏らした一言は、エスラゴが張っていた薄い胸と虚勢を見事に打ち崩した。

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