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「姫様を立ち直らせるだなんて。そのような大それたことが、私に可能なのでしょうか?」

「出来るはずだし、やらなきゃいけないんです――エスラゴさんには、あなたしかいないんですから。

 ……それはきっと大変でしょうけど、結構羨ましくもあるんですよ」


 示された未来図にたじろぐヴラミルへ微笑を浮かべたキーラは、確かにやっかみを含んだ声でそう言った。


「羨ましい?」

「ええ。だってツォッポさんには、『私しかいない』なんて状況滅多に起こりませんでしたから」

「ですが、今はお付き合いされているのでは?」

「ええ、今は」


 鋭くきつかったキーラの声音も話題と共にコロリと変わり、ツォッポについて語るそれは外見相応の可愛らしさ。少し鼻にかけた声で不貞腐れて見せる彼女に、ヴラミルは戸惑い考えて、


「もしかして、あのお弁当を作ったという『王女さま』のこと――」

「だけじゃ、ないんです!」


 頬を膨らませたキーラは、顰め面で溜息を付いた。


「他にも同じパーティーだった僧侶とか戦士とか格闘家とか、」

「へえ」

「旅の途中であった宿屋の女将とか鍛冶屋見習いとか居酒屋の看板娘とか、」

「え、えぇ……」

「元々は試練を課しに来たはずの森の聖霊とか湖の主とか王国の祖霊とか、」

「えぇぇ、えー………………」

「そういうのって、どう思います⁉」


 いえ、どうと言われても。エスラゴ以外の人間なんてキーラとツォッポしか知らないヴラミルには、そんな大人数の好意が一人に集まる状況なんて、魔法が存在し得ない世界と同じくらいに想像できない。


「つまりそれは――タラシ、ということなのでしょうか?」

「ええ。あのひとの生れた世界では、『ハーレム系主人公』とか言うらしいですけれど!」

「でも結局は、キーラさんが選ばれたのですから、」

「違います。私はたまたま彼のことを追い駆ける力を持っていて、だから彼と一番初めにそういう関係になれただけ」

「え⁉」

「私を選んだことを理由に他の人全員を振り払うなんて、きっとツォッポさんにはできませんから」

「キーラさんは、それでいいんですか?」

「あんまりよくはないけれど、それでも仕方がないんです」


 彼はそういう人ですから、と首を竦めてみせるキーラ。


「ツォッポが私だけを好きでいてくれることより、ツォッポが幸せでいてくれることの方が、私自身の幸せにとってもずっとずっと重要ですから」


 キーラが言うのが真実であると口調から解したヴラミルは、それでもどこか浮かない顔。それを眺めたキーラは悪戯っぽく微笑んで、


「それに私も、全部を諦めているわけではないんですよ」


 と、自信満々に宣言する。


「彼の唯一絶対(オンリーワン)にはなれなくても、序列第一位(ナンバーワン)の地位だけは絶対に譲らないつもりですから」


 その揚々なキーラの口調に、顰めようとした眉もほぐして思わずヴラミルも笑みをこぼす。


「ツォッポさんのこと、本当に大好きなんですね」

「ええ。あなたがエスラゴさんのことを、好きなのと同じくらいには」


 キーラの返しに赤くした顔を慌てて横に逃げ逸らし、僅かに頬を膨らませつつヴラミルは納得する。『好き』の気持ちもあり方も決して一様ではなくて、そのどれかだけが特別に優れているのでもないのだと。

 複数へ同時に向けられるツォッポの『好き』も、それを許容するヴラミルの『好き』も、自分や姫様が抱く『好き』に劣りも勝りもするわけじゃない。そしてだからこそ自身の『好き』には誠実でありたいと、考えてヴラミルは黒空を見遣る。空の先へと飛翔した想い人に気持ちを巡らせ――彼女を追っていったツォッポの存在に思い至り、ハタと静止する。

 そう、ツォッポは異世界で、何十人もの女性たちの想いをたった一人で集めた男。そんな物騒な存在と、今エスラゴは二人っきりで……ええと、それは、もしかして――恐らくきっと壮絶に、滅茶苦茶まずい状況なのでは?


「姫さ――」

「大丈夫だと、思いますよ」


 悲壮に満ちたヴラミルの声を、何処か面白がっている態度でキーラが遮った。


「ツォッポさんは、他に好きな人が居る人に手を出すほどは不躾じゃありませんから」

「そう、なのですか?」

「ええ」

「信頼しているのですね」

「少なくとも能力と――あと本命が別にいる女性の扱いに関してだけは」


 どこか憮然と言ったキーラは、ヴラミルを真似するように黒空を見上げる。

 そう、無意識のうちに惚れられるというあの悪癖を除くなら、女性に対するツォッポの態度は誠実そのもので。だから自暴自棄に陥ったエスラゴさんでも、彼に任せれば大丈夫。


「そろそろ、二人とも戻ってくると思いますよ」


 溜息混じりに、呟くキーラ。固いところの無いその声にはけれど確信が置かれていて、まるで予言みたいだと聞いていたヴラミルは思う。

 彼女の言葉に誘われるよう改めて仰いだその空には、飛翔魔法で帰還するエスラゴとツォッポの姿が……そう都合よく、跳び込んでくるわけなどなく。相変わらず一面真っ黒な空に、ヴラミルは溜息を吐き出した。


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