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「私が有する意志や想いは、須く姫様から戴いたもの。なのにそれに報いもせず、どころか抱いた欲望の為に姫様を弄ぼうとしていたなんて! そんな自分が情けなくて、自分自身で許せなくて、だから、」
「だから、見捨てるんですか?」
――ツォッポが、自分たちのことをそうしたように。
ヴラミルの顔を正面から見据え、奇妙に冷たい声で言う。抑揚を欠いたその声は、悲鳴のように澄んで響いた。
「見捨て、る?」
「そうです」
「だって、わたしは」
「あなたなんて、関係ない」
そう、ヴラミルが何を考えようと、それはエスラゴとは関係ない。生まれた世界に戻ると決めたツォッポが考えていたことが、キーラたちに何の慰めも与えなかったのと同様に。
「そこにあるのは事実だけ。大切な人が自分のことを捨てて、何処かへ去ったっていうただそれだけ」
なのにそんな簡単なことをツォッポは少しも理解せず、一人で勝手に思い悩んで自己満足のために行動した。
「自分に好意を寄せている人を顧みることもしないで、それで『情けない』⁉ 『自分自身が許せない』⁉ 勝手なことを言うのもいい加減にして!」
曝け出した胸の内。本当はツォッポに言いたくて、だけど怖くて言えなかったこと。だからこれは、代償行為。果たせなかったツォッポへの復讐を、代替しての八つ当たり。
無論キーラの過去の想いなど知る由もないヴラミルは、けれどエスラゴに起こり得る未来に白い顔肌を蒼くする。
「でも……なら、どうすれば……」
「意気地なし!」
それでも煮え切らぬヴラミルを、キーラは一喝。苛立たしげに両の腕を伸ばし――ヴラミルの頬をギュギュムと摘まみ、慈しむように抱き寄せる。
「好きな人のことくらい、自分で幸せにしてください!」
慌てるヴラミルに構うことなく続けた言葉は、ヴラミルに向けたのか、ツォッポに向けたのか、それとも自分に向けたのか、キーラ自身にもわからなくて。
「フ、ファい」
と強引に頷かせたヴラミルの頬に流れた涙の痕を、親指でそっと拭い取り。瞳をジジッと覗き込んでから、寄せた彼女の耳元で言う。
「勇者は、このまま来ないかもしれません。勇者が来て元の世界に戻っても、そこはもう魔王に滅ぼされているかもしれません。完全に滅んでいないとしても、生き残っていた人々は、『戻ってくるのが遅すぎた』ときっとエスラゴさんを責めるでしょう」
優しい声音で、語る未来。それはキーラを恐怖させる、重苦しくて陰鬱な予想図。けれどそこから逃げるなと、向き合えとキーラはヴラミルに強いる。
「その事態に、直面したら。エスラゴさんは酷く苦しんで、自棄にさえなってしまうかもしれない。それでもあなたが傍に居れば、彼女はきっと立ち直れる」
「私が、姫様を――」
キーラが示し出したのは、ヴラミルにとって全く新たな可能性。『絶望した姫様』というバッドエンドの、更に向こうに広がる世界。
「姫様を立ち直らせるだなんて。そのような大それたことが、私に可能なのでしょうか?」
「出来るはずだし、やらなきゃいけないんです――エスラゴさんには、あなたしかいないんですから」
だから他に変わりなどおらず、ヴラミルがエスラゴを支えなければならない。助けてくれる人、頼れる人など誰もいなくて。自身の行動・選択は全て、そのまま結果に反映される。
示された未来図にたじろぐヴラミルへ、微笑を浮かべたキーラは、
「それはきっと大変でしょうけど、結構羨ましくもあるんですよ」
と、確かにやっかみを含んだ声でそう言った。




