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01

 殺風景な舞台のような疑似空間の真ん中で、身を横にしたヴラミルの黒地ドレスを風が揺らす。肌に感じた空気の動きに躰を起こしたヴラミルは、うっすらと開けた瞳で辺りを見回した。


 右――に見える小木の枝先で、二枚の闊葉が揺れている。

 左――に向けた視線を遮るものは何もなく、広々とした地表が寂寥を醸し出している。


「姫……さま?」

「あ、ヴラミル。起こしちゃった?」


 まだ幾分か寝ぼけているヴラミルの呟きに、応じる声は頭上から。視線を上げた黒空に、寝ている間に戻ったのだろうエスラゴが魔法で浮いていた。


「ね、ね、ちょっと見てて」


 何時もと変わらぬエスラゴの声に、昨日を思わせる色はない。それが少し残念にも思えるのはきっと気のせいだと、小さく息を付いたヴラミルは黒地ドレスのスカートについていた土埃を払う。


「えーと、ここをこうして……ドーン!」


 緊張感皆無なエスラゴの掛け声。だがそれに呼応する霊素の動きを感じ取り、改めて空を見上げたヴラミルは思わず目を瞠る。エスラゴより彼方の上空で小さな閃光が声に応え、一拍の間をおいて轟音が周囲を震わせた。


「姫様……今のは」

「もー、エスラゴでいいって言ってるでしょ」


 頬を膨らませるエスラゴに、しかしヴラミルは応じない。たとえ意志や自我を与えられようと、彼女はあくまで魔法プログラム――その役割は、王国を救う勇者の召喚を補佐すること。名前ではなく地位と尊称によってエスラゴを呼称するのは、定められた務めを忘れぬための彼女なりの枠切りである。


「今のがキーラさんの言っていた、呪言の共鳴現象ですか」

「うん。術式に組み込んで威力を底上げしてみたんだけど……どうかな?」

「――お見事です」


 漏れ掛けた感嘆を抑え込み、代わりに冷静な評価を告げる。エスラゴが生み出した爆発は従来とは一線を画する規模と威力で、少なくともヴラミルの目には、キーラの魔法と比べても何ら遜色がないように見えた。

 唇を尖らせていたエスラゴが、一転して顔を綻ばせる。


「けれど発動までの時間は、今までより少し伸びましたか?」

「うん、通常の魔法を共鳴させると術式が複雑になっちゃって。だから共鳴を前提として簡易化した詠唱式についても考えているところ」


 慢心を危惧したヴラミルの戒めも、どうやら無用の心配だってようで。あくまでも生真面目で厳しい顔を崩さぬまま、ただ内心でだけヴラミルはエスラゴを誇らしく思う。


 口にしたことなど無いしこれからするつもりも無いが、こと魔法に関してはエスラゴは明らかに天才だ。基本技法は物心付く前に全て習得済みで、それを研鑽した魔法攻防術は一流呪術師をも上回る。得意とする心理魔法に至っては、幾重にも重ねた改修のために殆ど異能と化している。彼女に比肩しうる魔術師は、ヴラミルが内蔵する歴代魔術師リストにすら数えるほどしか存在しない。しかも既に歴史上の存在となっている彼らに対し、現在のエスラゴが位置するのはあくまでも通過点――まだまだ伸び白を存分に残していることは、昨日キーラと交わしていたやり取りからも明らかだった。

 ヴラミルにとってエスラゴは、極めて優秀な愛おしき教え子で――同時にそう思うための感情を与えてくれた創造主ですらある。故にヴラミルは、彼女が自身のものではないという事実を己に刻み込む。ルランド王国王女であるエスラゴの傍らにヴラミルが居られるのは、あくまでも勇者召喚のため。王国を救う伝説の勇者が召喚された暁には、エスラゴはその勇者と共に歩むこととなる。至極当たり前の、分かり切っているはずの未来図。けれどそれを強く意識しなければ、エスラゴと共に在ることが自分の有する権利なのだとヴラミルは勘違いしてしまいそうだった。


 自嘲めいた溜息を右手に落とす。人差し指と中指で空間を弾き、そこを構成している要素を自身の意思へと絡め取る。いつも通りの空間干渉。再構成した白エプロンには染みの一つも見当たらず、広げたそれが立てた音に上空のエスラゴが振り向いた。

 胸元で高さを調節し、エプロンの肩紐を掛ける。緩みが無いよう前掛け部を伸ばし、後ろに廻したリボンはきつめに蝶結び。地面に降りたエスラゴの視線が少し気恥ずかしい。もちろんそんなことはおくびに出さず再構成したカチューシャを頭部に据えて、手櫛で後ろ髪を軽く梳くことでヴラミルは身繕いを完了させる。


「本当に凄いわね、ヴラミルって」


 何の脈絡も無く漏れだしたエスラゴの呟き。純粋な賞賛のみが込められたその声に、袖口の折り返しを整えていたヴラミルは首を傾げた。


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