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「ですが姫様も、本来の専門は戦闘用魔法ではないのでは?」

「へ!? いや、だってそれは――」

「そうなのですか?」


 ヴラミルに振り向いたエスラゴの上擦った声を、キーラが遮った。


「ええ。もちろん攻撃や防御用の魔法も習熟されてはおりますが、姫様が最も得意としているのは心理系の魔法です」

「違うわよ! あれは、その、趣味、みたいなもので……」


 張り上げた否定の声を、徐々に萎ませ口篭もる。ヴラミルが投じる視線から極まり悪げに顔を背け――だが逸らしたはずの眼差しの先には、好奇心を湛えたキーラの双眸が回り込んでいる。


「心理系というと、意識や精神の解析および操作、なのですか?」

「なんだ、知ってるんじゃない」

「はい、抽象的な概念だけは。

 ですが実際に使うことができる方に会うのは初めてです」

「初めてって、あなたほどの魔法使いが?」


 キーラの意外な回答に、首を傾げるエスラゴ。キーラはまず間違いなく、最高位に位置する魔法使い。彼女の元にはありとあらゆる魔法技術が集まってきておかしくないはずなのだが――


「私たちの世界では、既に失われた伝説の魔法として扱われていますので」


 六百年ほど前の魔導戦争時代に禁忌として葬り去られたらしいです、そう語ったキーラの声には、恥じるような響きがあった。

 禁忌、などというわけのわからない理由で、失われてしまった魔法技術。それを忌々しく思うキーラの気持ちは、同じ魔法を使う存在であるエスラゴにも理解できる。同時にその悔しさを、素直に表わす彼女に驚く。自分よりずっとずっと魔法を上手に操ることのできるこの女の子は、同時にやっぱり自分なんかよりもずーと純粋で真っ直ぐなのだ。


「やっぱり、見たい? 心理系魔法を使うところ」


 キーラの在り方がふと羨ましくなって、エスラゴは意地悪気な視線を彼女へと向ける。見詰められた少女はその意図に全く気付く様子無く、慌てた様子で恐縮する。


「あっ、はい! もちろん……いえ、でも失礼にならなくて、もし可能であればいいので……」

「そうよね。キーラの魔法も、強制的にとはいえたくさん見せてもらっちゃったわけだし」

「ァウゥ、それは~~~」


 ますます小さく縮こまるキーラに、気付かれぬよう小さく笑う。正直先ほどの彼女の暴挙に思うところはもう無いのだが(だってそもそも此の疑似世界では、どんな大怪我も一瞬で修復されるのだし)、こうやって彼女をからかうのは面白い。


「まぁ見せるぶんには構わないけど、魔法を掛ける対象はあなた自身でいいのかしら?」


 心理系魔法の基本は、対象人物の心理分析……つまり考えていることをのべつ幕無く明かすということ。とはいえ魔法を見せる方法は他にもいくらでもあるので、これは先ほどの意地悪の続きでほんの冗談、のつもりだったエスラゴだが、


「もちろんそのつもりです」


 と当然のように言うキーラに、逆に目を見開いた。


「まさかヴラミルさんに頼むなんて不躾な真似は出来ませんし、それに魔法を習得するには、この身で受けて感じ取るのが一番ですから」

「本当に、いいの?」

「はい――もちろんエスラゴさんがよろしければですが」


 こうも素直に頷かれては、今更ダメとは言いにくい。縋る視線を送った先のヴラミルはやっぱり素知らぬ顔で、それが拗ねているように見えるのはきっと自分の勘違い。


「なら……さっそく掛けてみていいかしら?」


 視線に気付いたヴラミルに何故かツィとそっぽを向かれ、彼女の態度にムッときたエスラゴは当て付け気味にキーラに言う。


「は、はい! じゃあちょっと待ってください、魔法障壁をすぐに解除しますので」


 パッと顔をほころばせたキーラが両手を杖の真中に据えて――途端、周囲の霊素が一斉に活性化した。

 キーラの周囲に湧き起こる、膨大な魔力の奔流。広域破壊用呪文の予備動作と比べても遜色ないその霊素反応の正体は、解除された魔力障壁の残滓に過ぎない。想像を絶する膨大な霊素量と、それを完璧に制御する緻密な術式。ヴラミルと自分の攻撃をあっさり防いだのも当然だと納得したエスラゴは、けれど壁を撃ち抜くのではなく擦り抜けることを旨とした心理操作の魔法ならは、と考えて――


「待って」


 浮かんだ考えを意識するよりも先に、エスラゴの口は動いていた。


「解除する必要はないわ」

「え? ですが」

「常時展開型の障壁程度で防げるほど、私の心理魔法は甘くないつもりよ」


 それは、言うなればエスラゴの意地。ヴラミルのために紡ぎ編んできた魔法への、何の根拠もない自信。盲信と言っても過言ではないそんなエスラゴの頑なな態度を、キョトンとした目で暫し見詰めたキーラは、


「分かりました」


 と、好ましげな微笑みと共に頷いた。


 彼女の笑顔は出来の良い生徒を褒める教師のようで、上から目線に思えるそれに頬を膨らませかけるエスラゴ。けれどよくよく考えてみれば、実際キーラは自分などより遥か高みの存在なのだ。ただ勇者を待ち続けているだけの自分に対して、キーラはツォッポと一緒に魔王を倒して世界を救った英雄。魔法全般についての技術でも、彼女は自分より数段上だ。それにツォッポへの思いを明確に自覚しそれを堂々と誇ってさえいる彼女に対し、自分は……


 自らが抱いた考えに若干ながら落ち込んで、でもだからこそ学べるし学ばなくてはならないのだと、エスラゴは魔法障壁を再構築したキーラを改めて眼界に据える。


「それでは、よろしくお願いします」


 エスラゴを見詰め返すキーラの瞳に浮かぶのは、六割の不安と四割の期待。不安のほうが多いのは、多分彼女の性格だろう。


「ええ、こちらこそよろしくね」


 逆に一切の不安を内心に封じ、不敵に笑ったエスラゴは細心を込めて呪言を紡ぐ。


 攻撃魔法より鋭く、防御魔法よりもしなやかに、対象の内に入り込み、貫くのではなく染み入らせる。


 強いず、導く。

 委ねず、誘う。

 掴まずに絡め、壊さずに、解けさせる。


「それじゃあ――」


 全ての呪言がキーラの内に収束したことを確認し、エスラゴは彼女の心理そのものに対して意志を与える。


「まずはあなたの、『考えていることを教えて』」

「――私の、考えていルこと……………………」


 エスラゴと視線を繋いだまま動かないままでいたキーラの双眸が、エスラゴの言葉に誘われるかのようにフラリと揺れた。


「あれ?」


 想定よりも薄い反応に、首を傾げるエスラゴ。


「失敗、でしょうか」

「ううん、手応えはあったしそんなことないとは思うんだけど……」


 同じく怪訝気なヴラミルに応えるため、彼女の視線がキーラから逸れる。

 エスラゴが目を離したその一瞬に、キーラの瞳がユラリと揺れる。


「考えテ、いるコと。考エてい、ルこト、考エ、テイル、コと、

 ―――――――そ  れ          は…………………………………」


 キーラの口が僅かに開かれ、途切れ途切れの言葉が紡がれる。吹けば搔き消えてしまうほどの小声に気付いて振り返り、そのまま硬直するエスラゴとヴラミル。二人が目にしたキーラの瞳は何処か虚ろで焦点も定かでなく、


「…………………………ぁ、…ォ………ぁ、ツ…ッ……ぁ、…ォッ…さま、ツォッポさま、ツォッポさま、ツォッポさま、ツォッポさま、ツォッポさま、ツォッポさま、ツォッポさま、ツォッポさま、ツォッポさま、ツォッポさま、ツォッポさま、ツォッポさま、ツォッポさま、ツォッポさま、ツォッポさま、ツォッポさま、ツォッポさま、ツォッポさま、ツォッポさま、ツォッポさま、ツォッポさま、ツォッポさま、ツォッポさま、ツォッポさま、ツォッポさま」


 その声からは、一抹の感情さえも窺えなかった。


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