表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

カップアイス

作者: みつ

 エアコンを稼働させていない部屋の窓は開け放たれ、ときおり微風がカーテンを揺らした。初夏の熱気を含んだ微風はかえって暑さを感じさせる。


 彼はカップアイスのふたに手を掛けた。下からカップを持ち、片方の手のひらを上から乗せてふたを外す。カップアイスを持つ両手は白い手袋をつけていた。

 紙製のカップの表面は内部と外気の温度差で霜がまとわりついている。ちょうど冷蔵庫から出したばかりで、アイスの温度はマイナス12度。彼の好む温度である。マイナス12度よりも冷たくしてしまえば、人間の味覚で感知できないのだ。冷たいアイスを最適に味わうべく、味蕾が感知できるぎりぎりの温度に保たれている。

 だが室温はマイナス12度ではない。アイスが溶けないようにと室温を下げると、体感温度が低すぎてアイスを美味しいと思えなくなる。それでは本末転倒だ。気温が22~23度のときがもっともアイスを美味しいと感じる。高い室温の影響でアイスクリームが溶けてしまう前に、彼は速やかにふたを開けなければならなかった。


 ふたを外すと、内ぶたのフィルムが現れた。先に外した外ぶたをテーブルへ置いて、内ぶたのベロをつまむ。カップのふちとフィルムの接着面をゆっくりと外していった。じょじょに真っ白なバニラアイスが見えてくる。

 彼はふたが一つのカップアイスを好まない。ふたの裏にアイスが付いていると許せないのだ。スプーンでこそげ取ってもすべては取れない。ふた裏をこそぐためだけにスクレーパーを出してくるのもばかばかしい。直接嘗め取るなど言語道断だ。

 だからといってふた裏に付いたアイスを放っておくと、ひどく損をした気分になる。記載の内容量は、ふた裏に付くアイスの分量を引いておくべきだと考えていた。内容量180ml正味178mlといったふうに。ならばふたの裏に付いたアイスクリームの存在も認めることができるというものだ。


 フィルムをはがし終え、外ぶたの上に置いた。

 カップをテーブルの上に置いて、テーブルの上に用意していた銀色のボウルに手を伸ばした。ステンレスのボウルの表面は薄く曇っている。中にはドライアイスが入っており、極度な低温がボウルの表面に空気中の水分を凝固させていた。

 ボウルにスプーンが林立していた。

 シンプルなデザインで柄が太く、すくう部分の形は丸みを帯びたスクエア、アイスクリーム用スプーンであった。その中の一本を無造作に取る。

 ステンレスでできたこのスプーンは熱伝導率が良く、直接ドライアイスに接触していない柄ですら、触ると凍傷防止でつけている手袋越しにも冷たく感じた。

 太い柄をしっかりと握って、アイスクリームの表面の、カップの側面からおよそ一センチのところへ斜めに突き立てる。冷たいアイスクリームは固い。力を入れてカップの側面へスプーンを滑らせた。


 厚く削られたアイスクリームがスプーンの上で、削り節のように半周巻いた。

 口元に運び、唇に触らないよう歯をむき出してスプーンの根元を軽く噛むと、固い音がした。歯でアイスクリームを削り取る。ドライアイスで冷やしたステンレスは、唇につけると凍傷を起こしてしまうのだ。

 危険と隣り合わせの甘味は口の熱でもすぐには溶けない。彼は舌の中央に置いたアイスの欠片を頬の近くに転がし、奥歯で噛み砕いた。細かに砕かれたアイスクリームは溶けてのどを冷やしながら流れ落ちる。


 スプーンを片手に彼はアイスクリームの表面へと視線を落とした。削った部分がざらついた表面を晒している。固いアイスクリームを力技で削り取るのだから、表面の毛羽立ちは起こるべくして起こる事象であると、彼も理解はしている。だが感覚は別だ。アイスクリームスクープのように、柄の中に不凍液が入ったタイプのスプーンであればもう少しなめらかに削れるのであろう。しかし不凍液のタイプはアイスクリームとの接触面をわずかに溶かすことによって滑らかな表面を実現している。溶けてはいけない。


 持っていたスプーンをアイスのふたの上に置いて、新たなスプーンをボウルから抜き取った。スプーンの背でアイスの毛羽立ちをなめらかになるように均すと、スプーンを新たなものに交換した。

 彼はふたたびスプーンを突き立てた。一回目のところのすぐ横に刺して、最初と同じく削り取る。口に入れて咀嚼し、スプーンを交換してまたアイスクリームに突き立てて削り取る。

 一周するとまた最初の位置から円を描くようにアイスクリームを削ってゆく。頂点が鋭角になるべく調整しながら側面を削った。なんどか繰り返せばカップの中央にアイスクリームの山が出来た。

 スプーンの背で均した表面は、スプーンに冷やされて低温を保っている。

 彼は一度手を止めて、山の出来具合を確かめた。山はカプの壁と底の接触面から始まる、左右対称の三角錐を形作っていた。この三角錐を作り上げるために使用されたスプーンもまた山を築いていた。


 真っ白な山の姿に納得した彼はカップを持ち上げ、顔をうずめるようにして頂きにかぶりついた。スプーンを拒んだ固いアイスクリームは彼の切歯でたやくす切り取られる。アイスクリームの山は、頂き部分だけ削り取られていびつな歯形が付けられた。


 カップをテーブルに置いて、彼は初めて満足げな表情を浮かべた。

 傾斜角度20度、全体の10%におよぶ頂き部分を削り取られたアイスクリームの山は、頂きがいびつな平らになり、霊峰富士のシルエットに酷似した。



 /^o^\フッジッサーン

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ