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寒さ

作者: 藤竹つきか

 「寒さ」

             藤竹 つきか

 昨晩、仕事に疲れていた私はアルミサッシの窓に遮光カーテンを引くことなく、布団に潜り込んでしまったようだった。朝十時、目覚まし時計に叩き起こされて、それに気がついた。

 布団は窓に面して置かれていて、寝ながら空を見上げることができた。

 どんよりとした空があった。太陽は分厚い雲に覆われてしまっていて、日差しがかすかに拝めるばかりだ。私は暖かい布団の中で思考を巡らしていた。このまま布団を出て目覚めのコーヒーでも飲んでしゃきっと目を覚ますか、せっかくの休みをのんびりと布団の中で過ごすかを真剣に三十分間ほど考えた。

 結局、なし崩し的に布団の中から空を眺めていることにした。

 窓は外との気温差で少しづつ曇り始めていた。そうすると、うっすらと人工的な線が浮かび上がってくる。私はそれを注視して、なんだろうかとひたすらに考えていた。半分寝ぼけた頭は思ったほど働かず、どこを捻っても答えは出る気はしなかった。

 そのまま、まどろんでいると家のチャイムがけたたましく鳴った。私の家のチャイムは古臭く、今主流のメロディータイプじゃなくて押すとジリリリリリ、と蝉の如く泣き喚くのだ。

 私はせっかくの暖かさを手放したくなくて抵抗していたが、仕方なく出ることにした。布団の外はまるで別世界で氷河期のようだった。八畳のリビングには服が脱ぎ散らかしてあって雑然としている。体をガタガタと震わせながら、途中で二人掛けのソファーにかけていたトレンチコートを着込んで玄関を開けた。

「お届けものです」

 玄関先にはダウンジャケットのファスナーを首元まであげた配送会社の男性が立っていた。彼も酷く寒そうに体を震わせている。

「ここにサインを」

 伝票の一部をかじかんだ指で叩き、急かす。彼はとにかく早く終わらせたい様子だった。私もこれ以上、外の寒さが部屋に入ってこないようにさっさとサインを済ませると、彼はお辞儀をして早足で去っていった。

 さっきよりも冷えてしまった部屋にため息を吐いた。息は白く、長く伸びた。石油ストーブに火をつけ、上に水の入ったヤカンを置く。台所でお気に入りのココアの粉末をカップに流し入れ、ヤカンが煙を吹くのを待った。

 荷物は故郷の静岡県から送られてきたものだった。送り主はお父さんだ。毎年一人じゃ食べきれないというのに、たくさんのみかんを送ってくる。去年は食べきれたけれど、今年はどうだろうか。また指先が黄色に染まるのだろうか。箱を開けて、一つ食べてみた。みかんは冷凍みかんみたいにキンキンに冷えていたが、とても甘くておいしかった。

 ヤカンの水が沸騰するまで私はソファーに横になる。暇つぶしにテレビをザッピングしていると、適当なバラエティ番組の再放送を流すように見ている間にヤカンが鳴った。その頃、部屋は暖まっていた。私は沸騰したお湯をカップに注いでマドラーでかき回した。何度か息を吹きかけて舌火傷をしないように慎重に口に運ぶ。温かくほんのりと柔らかな甘さが喉を滑っていく。

 私はすっかり満足していた。暖かい部屋においしいみかん、ココアもある。それにコタツでもあれば最高だった。

 番組は終わって、今度は恋愛ドラマが始まった。あまりにもベタベタな設定に嫌気が差してテレビの電源を切った。

 部屋には静寂が訪れた。私は自分ではまったく集めていない間に埋まった本棚から適当に本を抜き取る。アニメ風味のイラストが書かれていて、あらすじを読むに冒険小説だった。こんなものを買ったっけと首を傾げながら、ソファーに戻って読み始めた。

 不思議な力を持つ少女が追われている話だった。主人公の少年は何度も生死を伴うような危機に遭遇しながらも必ず少女を守りぬいていた。読書にあまりに熱中するあまりココアはすっかり冷めてしまっていた。

 本にしおりを挟んで、大きく伸びをした。壁にかけた時計は、もうそろそろお昼を指し示そうとしている頃だった。さすがに空腹感を感じてきた私は冷蔵庫に入っていたクラッカーをかじりながら、目の覚めた頭で色々なことを想い出していた。

 私には一年前まで彼氏といえる存在がいた。彼はとても優しくてお調子者で大人といえる年齢なのに子供みたいな本を買ってきては私の部屋に置いていった。さっきの冒険小説も彼のものだろう。私はそういった本は買わないから。

 私達の関係は冒険小説の物語のように波瀾万丈ではなかったし、私に何か不思議な魅力もなければ彼にもそういったものはなかった。自他共に認める平凡なカップルだったのだ。そして平坦なお付き合いだった。

 この部屋には彼が去った後も彼の残滓が残っていた。それは私がただ単に面倒で片付けていないからであって、意図的に残したものではなかった。

 お気に入りのココアは彼が教えてくれたのもので、二人で買って座っていたソファー、二人で送られてきたみかんを食べて手が黄色くなったと愚痴をこぼし、コタツを買うために二人でお金を貯めていたことを思い出した。コメディ番組をよく見るようになったのも彼の影響だ。以前の私は恋愛ドラマの方が好きだった。

 いつの間にか窓は曇って真っ白になっていた。まるでキャンバスのようだ。それを見てもう一つ彼が残していったものに気付いた。

「俺、ネコ上手く描けるんだぜ」

 なんて得意そうにしている割に窓の下の方に小さく描いていた。

 その線がまだ残っていた。

 その線をなぞり、より鮮明にわかるように息を吹きかけた。彼の描いたネコはまた部屋の隅に住み着いた。

「来年まで残るといいんだけど」

 私はそれを懐かしく思いながら、部屋で一人でいる我が身を思った。


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