4話め
子供ができない。
当たり前だ。
愛がないのだから。
家臣たちは何度も新たな夫を迎えるべきだと進言してきたが、エリナは全て跳ね返した。
ブライアンには検査までさせてしまい、胸が痛んだ。
あれから一年。
最初は数十分だった行為が、数時間に変わった。
それは、女王の仮面とエリナ自身との境目がなくなるような、わけのわからない感覚に持って行かれる時間だった。
けれど、エリナにはわかっていた。
エリナを辱め、酷い言葉を吐く。
それがブライアンにとって慰めになっているのだ。
ならばできる限り、体を差し出すしかない。
そんな行為に、神様が子供を授けてくださるはずがない。
そんな時だった。
エリナの影から情報がもたらされた。
ブライアンに女ができた、と。
ブライアンの兄が亡くなった。
急死だったが、女王も哀悼の意を表し、ブライアンは数週間実家に帰った。
その時、葬式のため集まっていた人の中に彼女はいたらしい。
スミレ。
会ったことはないが、花の名前を持つ彼女は、可愛らしいに違いない。
その次の夜。
いつものように服を脱ごうとする彼を止め、着席させた。
「何のプレイですか?」
笑うブライアンに告げた。
「東に使っていない宮殿がある。そこに移るがいい」
「とうとうクビですか」
「いや。悪いが、勤めには来てもらう」
「では、もう一人旦那さんを?」
「違う。そなたはスミレと住むのだ」
ブライアンの顔から血の気が引いた。
「な、ぜ。それを・・・」
「すまない。そなたには監視がついていた」
ブライアンは呼吸を整えた。
「なるほど。俺がスミレと会ってるという報告があがったわけですね」
「そうだ」
「それで? あなたはそれでいいのですか?」
エリナは言われたことの意味が理解できなかった。
「それでいいとは?」
「俺が他の女と住んでもいいのかっていうことです」
「ああ。そのことか。もちろん。最初からそういう約束だ」
私を気にしてくれたのか。
エリナは思った。
いや、女王の体面か。そんなもの、気にしなくていいのに。
「そうですか。承知いたしました」
ブライアンは直立してから、深く礼をした。
いつも一緒にいるわけではないが、もうこの宮殿にいないと思うと、いつも以上に遠くに感じる。
エリナは窓に近づき、東の離宮を見ながら、ブライアンとスミレを想った。
今頃、二人でいるのだろうか。何を話しているのだろうか。
何にせよ自分には関係のないことだ。
離宮に移ってから、週一で部屋を訪れるブライアンの態度が変わったように感じる。
当然か。好きな女を抱いてから来るのだ。
私の身体が貧相に思えて仕方ないのだろう。
義務だから抱いてくれるのだ。
抱いてくれるだけ、有難いのだ。
愛の言葉はもちろんだが、蔑む言葉すらなくなり、ただの義務だけが残った。
それでも。
こんなに近くに感じる。
やはり、この瞬間だけが幸せだ。痛みしか伴わなくても。