2話め
身体が震える・・・。
歩みを止めることなくエリナは、必死で呼吸を整えた。
言えた。
結婚してほしいと言えた!
ブライアンは固まっていた。
当然だ。
女王である私と結婚したいと思うような人ではない。
拒否の言葉が出る前に、言葉を重ねた。
今頃、混乱の中にあるだろう。
叩き落としたのは私だ。
執務室に戻ったエリナは、すでに落ち着きを取り戻していた。
ブライアンからのどんな仕打ちも受けよう。
憎まれることは百も承知だ。
女王の言葉どおり、ブライアンに拒否権はなかった。
理由も教えられないまま、怒涛のように日々が過ぎていった。
女王との謁見後、何もかもが変わってしまった。
そもそもブライアンは騎士であったが、王族の警護ではなく、街の治安部隊に所属していた。
仲間にまともな別れも告げられないまま、騎士号を取りあげられ、王族になるための知識を叩きこまれた。
気づいた時には結婚式を挙げており、王妃の寝室にいた。
ここで何をしろと?
我に返ったブライアンは、自嘲的な笑みを浮かべた。
「陛下がいらっしゃいます」
知らされても、ブライアンは突っ立ったままだった。
「今日は大義であった」
エリナは女王の仮面をかぶったまま訪れた。
ブライアンの非礼を咎めることもなく、自分の夜着を躊躇なく落とす。
見る人が見れば、いや国民全てが感嘆の息をもらすであろう、白磁のような裸体を見ても、ブライアンは何とも思わなかった。
それどころか、その女王の態度がブライアンのスイッチを押した。
「何なんだ、これは!」
今にもつかみかかってきそうな激昂を前に、女王は一度だけゆっくりと瞼を閉じた。
ベッドの上で、挑発するようにブライアンを見ながら、エリナの心は冷静だった。
もしブライアンが正気に返ることがあるとしたら、二人きりになった時であろうとエリナは思っていた。
そのため、有り得ないことではあるが、人払いを命じていた。
扉の向こうには誰もいない。
それくらいのことができる程には、女王は権力を持っていた。
そもそもブライアンとの結婚ですら法外の出来事ではあるが。
「何で、俺なんだ?」
怒りをあらわにするブライアンを見て、エリナはよかったと思った。
このままブライアンが何も言わず、人形のようになってしまうことを、エリナは何よりも恐れていた。
ブライアンが本当の意味で自分を害することはないだろう。
ずっと見ていたから、それくらいのことはわかっていた。
思う存分、私を傷つければいい。
エリナの覚悟はとっくに決まっていた。
「なぜ、とは?」
ことさらゆっくりと、火に油を注ぐように、エリナは心がけた。
これから、ブライアンと交渉しなければならない。
彼の義務と、そして自由を。
「おかしいだろ! 一介の騎士である俺が王族に? 意味がわからん」
「意味、なんてないわ」
エリナの言葉に、ブライアンは殺気すら漂わせた。
「あなたは私を抱くことが仕事よ」
ブライアンは怒りで身体が震えた。
「俺は・・・種馬か?」
「一週間に一度でいいわ。私を抱きなさい。その代わり、あなたが何人女を囲っても文句は言わない。そのための資金も場所も用意します」
「はっ。ありがたいね。涙が出るくらいだ」
いきなり、ブライアンが夜着を脱いで、ベッドにあがってきた。
小さくエリナは息を止める。
「抱き方は? なんかあんのかよ」
くるまっていたシーツをはがされる。
「お好きにどうぞ」
エリナの声は震えなかった。
「そうかよ」
覆いかぶさってきた男の体温を感じながら、エリナは天井を見ていた。
涙を、流さずにいられるだろうか。