僧侶探偵~遭遇編~
1.
招待状が届きましたのは、ほんの気持ちばかりだった、短い大学の夏季休暇から、一月ばかりたったころ。私の傷も、癒える兆候がやっと出てきたころあいでした。
今年の帝都の残暑はひどく、一足先に秋の色合いを出した夜風の涼しさもあり、どうやら秋風邪なるものが流行っているのだそうでした。
友である彼は、私にとっては誰よりも長く時を共にした友人であるかと思われます。
先の、夏季休暇の折も、故郷から出てきた彼と、件のサーカス見物へと足を運んだのです。
お恥ずかしいことに、この年になっても未だ学生というものをやっている私と違い、同級でありました彼はとうに世へ巣立ち、帝都でしばらく講師職を務めたのち、実家に戻って家業を継ごうとしているのでした。
そしてこのたび、懇意にしていた娘さんと結ばれるという本懐を遂げたのです。
自分の事の様にうれしく思いますのは当然のことで、私は便せんが黒くかすむほどのお祝いの言葉を連ねて、投函ポストに思わず手を合わせました。私には何にでも拝んでしまう癖があるのです。
ポストのある郵便局は、緑多い私の通う大学の傍にありましたので、ビルの立ち並ぶ帝都の大通り方面よりずっと涼やかです。
郵便局の脇に植えられた橙の金木犀が、暑さに負けず例年通りに、ぷんと香っておりました。
「あっ探偵さんだ」
金木犀の甘い香りを突っ切って、弾んだ声と共に、私より頭一つぶん背の高い若者が、二人でかけっこをするようにやってまいりました。
友が帝都で夜間にやっている塾講師を務めていたころ、教え子だった子供達でした。
彼らは帝都のお金持ちの間で流行っている、大きな犬に似ています。黒い揃いの制服は、帝都のちょっとおカタい(私が言うのもなんですが)私立高校のものでした。
「もう、久々じゃないですか。夏休みぶりですよ。探偵さん、ちょっとは俺らを気にしてくれませんと、まさか夏のアレコレを気に病んで、大川にでも浮いてるんじゃないかって話してたんですからね」
「僕はまさかって言ったんですよ。便りの無いのは息災のあかしだって」
「それがまた、レポートが溜まってまして……」
私は白状して、坊主頭を掻きます。
「まったですかぁ」
「仕方ないと思いますけれどね。半分は僕らのせいですよ。トラブルをあれやこれ持ち込むのは僕らなんだから」
しかしながら、彼らと出会う前から、私は毎週のようにトラブル続きなのです。
「このままでは、今年も留年しそうで……年末年始には片づけないといけないことが山の様にあるんです。教授の温情も、今年ばかりは期待できません」
「その教授のせいで一年留年したんじゃないですかぁ。あの事件を解決したのは探偵さんなんですから。単位が足りないっていっても、探偵さん頭はいいじゃないですか。授業に出られていないだけで」
「でも探偵さんは、卒業しちゃったらまた故郷のお山に帰るんでしょう。それならまだまだ留年しほしいなぁ」
「ああ、それはそうだな。探偵さんが帝都にいなかったら困ります。卒業しないでください」
「でも、お金がかかるんですよ」
「うっ、そうですけど……でも、淋しいじゃあないですかぁ」
「それを言われちゃあねぇ、僕らスネカジリの学生は」
二人はしゅんと萎れてしまいました。頭の中で想像しては、また気落ちしているようです。
「そういえば」
私は場の空気を換えようと、懐からあの招待状を出しました。
「あっ、それ、僕らにも来ましたよ」
「あのサーカス見学の時に連れていた女でしょう。良かったですよねぇ」
しばし、初々しい二人のことで盛り上がります。綺麗な女性の話なら、若い男の会話は盛り上がるものです。
そんな私たちを観察する姿があることなど、私はまったく気が付いておりませんでした。