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IRREGULAR  作者: 陸一じゅん
⇒フィールド:名前の無い森にて。少年は自らの名を探す。
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 僕は魔法使い。

 名前はまだない。

 望むものは、君の願いと、僕の名前。


 さて――――。


 彼女にかわり、彼にかわり、『語り部』として、読者の皆々様に物語をお届けしようかと思う。

 舞台となるのは図書館。

 物語で囲まれた、この狭い木箱の中で、僕とあの子は出会った。

 それは『僕ら』にとってのお約束の夏ではなく、冬にも近い、秋の終わりのことだった。

 僕は『本』として、物語の一冊として。

 彼女は一人の子供として、『魔法使い』に夢見る子供として。


 ※※※※


 “僕”はその時、赤い表紙に、少しすすけたページをした、古びた一冊の本だった。自分で何度も何度も読み返していたから、読み癖はほとんど均等にどのページにもあるというくらいに、僕は年季の入った姿をしていたと思う。

 なぜ僕がそんな姿をしていたかって、それについては、この物語を長く読み進めてくれると分かるだろうな。たぶん、書く機会はこれから出てくるはずだから。

 “僕”を拾い上げた彼女は、首を傾げ、まずページをめくってみようとしたようだった。

 この時、僕自身も初めて知った発見があったのだけれども―――――どうやら“僕”、他の誰かには読むどころか、開くことさえ出来ないようで。

 これは後から知ったことだけど、彼女はべつに読書家っていうわけではない。“今の”僕とは逆に、活字が嫌いというわけではないけれど、偏ったジャンルしか手に取りもしないタイプだった。ただ、彼女は良い子だったから、“僕”を不憫に思って、本棚に戻してやろうと思っただけだったのだ。

 この時の僕は、中途半端な昼寝から目が覚めてしまったような、そんなもやもやとした頭でいた。時間も、季節も、今がいつの時代なのかさえ、彼女が教えてくれるまで分からなかった。

 “僕”を開いて読もうとする人に、まず驚いた。

 なにせ、今まで“僕”を読もうとするのは自分だけだったのだから。“本”の役割、本分なんて、あってないようなものだろう。


 彼女はそんな変な本(僕)を、なんでか気に入ったようだった。彼女は変なものが好きだから――――いつだって、外部からの刺激に飢えているような子だったのだ。

 僕の意思に沿わずとも、僕を手にする指先からは、彼女のことが良くわかった。

 ――――ああ、僕は、そういうふうに出来ている。

 特にそれが子供なら、なおさら。

 “今の”僕は、『魔法使い』だからね。この良い方をすれば、きっと君には意味が分かるだろう。


 さて、分からない人のために「おさらい」をしよう。魔法使いの法則である。

 一に、魔法使いは魔女から生まれた“意思ある病気”である。

 二に、魔法使いは、子供を愛している。故に、子供を選んで“感染”する。

 三に、魔法使いは、感染源の願いを叶えることが目的である。

 四に、魔法使いは、なんでも願いを叶えることができる。

 五に、魔法使いは、願いの代わりに“取引”として対価を取る。その対価を取る行為を、“呪い”と呼ぶ。

 六に、魔法使いは、願いを叶えなければ、次の感染者へと憑りつくことはできない。なお、感染は風の吹くまま気の向くまま――――つまり、ランダムである。


 その時の“僕”は、たぶんお察しの通り、前の感染者に“感染”している状態だった。

 彼の願いは純粋ゆえに途方も無く、だから僕は、今までの感染者とは破格の長い遥い永すぎる時間を、彼と共に過ごしていた。

 病気としての僕は、考える頭を持っちゃいないし、もちろん自我なんて砂粒ほどもない。生きるための本能しかないプログラム――――そんな、そこらで交尾を終えてくたばってる蝉と同じような生き物だ。(“彼”の頭は、こういう言い回しがするりと出てくるので、とても助かる)

 魔法使いとしての僕に、明確な形なんてない。(と、僕は思っている)

 “本”になっていたのは、“彼”がそう望んでいたからだ。僕もまさか、冊子としてこの世に存在する時が来るなんて思わなかった。

 名誉のために書いておくと、別に彼は“本が好きだから本になりたかった”だとかいう願いを持った、破滅的な変人ではなかったよ。

 ただ、彼の“願い”には必要なプロセスとして、“本”になることがあったのだ。つまり僕は、彼の願いを叶えるための旅路の途中だった、というわけだ。


 彼女は、僕のことを拾ったはいいものの、それからずいぶん長い間、鞄の中に入れて忘れ去っていたようだった。僕も、そのまんまでも眠ることはできたし、間のことはよく覚えていない。彼の願いを叶えるには、とても長い時間を待つことが必要だったのだ。

 彼女が再び僕を手に取った頃には、冬も過ぎてすっかり花咲く春になるころだった。

 彼女の手の平が触れて、彼女の“願い”を感じて、僕は飛び起きた。

 なんでって――――そりゃあ、彼女の“願い”が、彼と勝るとも劣らない強いものだったからだ。

 素晴らしい!

 己を押し殺し、窓の外の景色の小さな変化に喜びを感じる――――そんな子供にある願い事は、やっぱり些細で、だからこそ叶うことが難しい願いで、だからこそ――――あんなにも、強く願うことだった。


 素晴らしい!!


 “彼”の意思は苦渋の顔をしたけれど、僕の魔法使いの本能が、高らかにファンファーレを鳴らす幻聴さえ聞こえた気がした。




 ※※※※





「私が捨てられたと気付いたその日は、私の誕生日でした。七月七日。あの人たちは毎日働きづめで、曜日の感覚も崩壊していましたし、たぶんその日が何の日かも忘れてしまっていたと思います。あの人たちにとっては一年という節目なんて、過ぎてしまえば過去ですから。だから一人娘が、一人ぼっちで誕生日の夜を寝ずに待っていたとしても、何の感慨も無かったでしょう」


「だから、その日が世間で七夕って呼ばれることも、すっかり忘れていたはずです。お空の向こうで織姫と彦星がよろしくやっている夜には、あの人たちも愛する人と、手と手を取り合って逃避行に出ていました」


「駆け落ちで定番なのは北ですが、なんとなくあの人達も、北に行っているんじゃないかと思うんですよね。ほら、今の季節で北海道あたりはずいぶん過ごしやすいと思うんです。そうじゃなきゃ、神戸あたりじゃないですかね。ここから遠くて、都会的で、交通の便もいいし、実家にも帰りたい時に帰れる距離でしょう? まあ、実家に顔を出すにしても、自分の仕出かしたことを言えほど面の皮は厚くないと信じています。世間様はわりと気にする人たちでしたから。あれだけのことが出来ちゃうんだから、世間を気にする以上に情熱的なんですけどね」


「そうそう、情熱的と言えばね、私、あの人たちがそんなに行動力があるなんて、ちっとも知らなかったんです。近所のコンビニに電池を買いに行くのさえ億劫がる人たちだったはずなんですけどねぇ――――」


「夢がありました。だって、まだ十四歳ですもん。無い方が不健康ですよね。私、この街が好きなんです。愛着があるんです。この家が好きでした。今は――――ちょっと、前向きな回答は、出せそうになさそうですけど」


「私が悲しかったのは、私が何も知らないと思われていたことで、実際に何も知らなかったことです。ついでに、あの人たちが、私のことを何にも知らなかったことです。母は母で、父は父でいてほしかった。子供はね、親にも夢を見るんですよ。あの人たちは、それを知らなかった。あの人たちだって、女の子、男の子、なんて呼ばれていたころがあったはずなのに。生まれた時から、男と女じゃなかったでしょうに」


「私が怒ったのは、あの人たちが努力しなかったことです。諦めたことです。私を忘れやがったことです。ちょっとカッコよく言うと、彼らが強欲の果てに、傲慢にも憤怒し、無知に気付かず嫉妬して、色欲に溺れて、怠惰にも思考を止め、こんな紙切れ一つで、すべて“なかったこと”にしようとしたことです」


「……私は、よく考えました。勤めて冷静に、とても、とても考えました。考えて、まず大事なのは、『私はどうしたいか』ってことです。子供は、親に夢を見ます。人を一人こさえたからには、そんな夢の一つくらい、守る努力をしたって良かったじゃないですか。『忙しい』は言い訳です。現実逃避をするのなら、それに溺れ、現実を捨てないでいただきたい。私には、将来の夢ってやつもあるんです。子供は大人になります。貴方たちはいいですよ? だってもう、十分育ってるじゃないですか。どこにでも行けるじゃないですか」


「現実的な例をあげますとね。私、来年は受験ですよ。志望校も、実はこっそり決めてるんです。貴方たちは育てるために子供を産んだのでしょう? 責任の放棄は重罪ですよ? 何を考えて“そう”したのか、私には少ししか分かりません。そうです、分かるんですよ。そう『したい』って思う気持ちも、ちょっとだけなら分かります。分かるけど――――普通やりますか? 馬鹿じゃねーのって思います」


「彼らの言葉を引用すると、『リセットしたい』『人生をやり直したい』――――そういうことなんでしょうね。でもそれは、『したい』けど、『出来ない』ことなんじゃあないんですか。私がおかしいの? ねぇねぇ」


「そうです。私、怒ってるんです。絶望して、失望も致しました。けれど――――彼らの死を、望むことはできません。ええ、私、良い子なんです。――――そんな自分にも、失望しています」


「でも、彼のちょっとした不幸を願うくらいは、私は悪い子です。私は、欲深くも罪深い、彼らの娘でした」


「……これは復讐です。成功するかどうかは、運に任せます。彼らがどうなったか、私は結果も知らなくていいんです。自己満足ですから」


「例えば――――例えばですよ? 未成年の女の子が、ある日から学校に来ないんです。するとですね、彼女の信頼していた人――――報道で謂う、『関係者』のところに手紙が届くんです」


「それはどうやら、学校に来ないその子からのようだ。さて、電話をしてみるが通じない。家を訪ねると、そこには誰もいない。ただ荒れた家があって――――どうやら、その子の両親は育児放棄して愛人と逃げたらしい。現場の状況から見るに、彼女は驚いたことに――――ひと月以上を一人で過ごしていたのだとか? さて、その子はどこに行った? 」


「彼女の手紙の文面からは、自殺をほのめかす言葉と両親への恨み言―――――」


「……ふつうの人なら、通報しますよね。現場から見つかる、証拠、証拠、証拠―――――もちろん、その子がどれだけ孤独に耐えていたか、悲惨で過酷な状況だったか、って証拠です。警察は行方を探すでしょう。祖父母は祈るような気持ちで、娘や息子に電話をするでしょう。もしかしたら一緒にいるんじゃないか、ってね」


「熱にうかれた女と男は、すぐに見つかります。もしかしたら、報道とかで知るかもしれませんね。それで、自分から出てくるかも。でもその子は見つかりません。その子だけは見つかりません。両親は責められるでしょうか。責められるでしょうねぇ……」


「――――――と、まあ、だいぶ極端に話しましたけれど、ようするにこれが私の復讐です」


「どうでしょう? うまくいきますかね? でもしょせん、中学生が考えた作戦ですから――――別に、失敗ならそれでいいですけれど。そうしたら両親が何の気がかりも無く幸せを謳歌できるようになるっていう、それだけですからね。娘としては喜ばしいことでしょ。ねぇ? 」


「……だからこれは賭けなんですよ。自分を賭けた大博打。成功のためには、貴方の――――『魔法使い』の協力があれば、ぐっと成功率が増します。この日本で、中学生の女の子が逃げ続けるっていうのは難しいですから、いっそ別の世界に行けるのなら、そのほうがずっといい」


「窓の外を見ながら、思ったんです。虹のたもとには黄金があるといいます。また、聖書じゃあ再び洪水を起こさないっていう、神様からのしるしなのだそうです。つまりは、平穏と幸福の象徴ですよね。中国では、虹自体が龍で、下界に水を飲みに首を下ろしているのとか。降りてきた龍に酒を献上すると、酒を入れていた壺に黄金を残していったそうです」


「虹は科学的にいっちゃえば、ただの光の現象です。でもそんなの、つまらない。虹を光の屈折だと言い切るような、こんなところは嫌だ。黄金がほしいってわけじゃない。けれど虹の下に宝がある世界があるのなら、私はそこで生きたい」


「………故郷の愛着? ありますよ。あるからこそ――――離れるんです。私を知る人が誰もいない、空すら繋がっていない、そんな場所に行くんです。これ以上、嫌いなものが増える前に」


「私、誰も憎みたくない。これ以上、好きだったものを汚濁のように嫌いたくない。好きなものだけを増やしていく――――そんな人生がいい。私って、忌々しくもあの両親の娘ですからね。これでも根は情熱的なんですよ」


「お願い、魔法使いさん」



 子供は首を垂れて、うなだれていた。

 懇願の声は震えている。

 この細い首は、とっくに縄をかけられているのだと僕は思った。縄の先を握っているのは両親か、それともこの世界というものか、もしかしたらこの子自身なのかもしれない。

 とうに限界なのだった。

 子供が、ひとりきりで生きていける世界がどこにあるのか。生温い加護に守られてきた子が、どうやって。

 このままではこの子はやがて、自分で自分の縄を引くだろう。何も憎みたくないと思っているうち、明瞭な言葉を失くし、鈍った舌すら切って、自分で自分の言葉を飲み込むのだろう。飲み込んだ言葉で膨れた腹の中身を吐き出さないために、自らその手で首を絞め、やがて世界を憎みながら、憎しみ捨てられない自己を攻め続けるのだろう。

 これを逃せば、この子はそんな憐れな生き物に成り果てる。

 この子はそれを確信している。僕もまた、そうなるだろう――――などと、と考えている。

 


「虹のたもとにいきたい……幸せになりたいの」


 ああそうだね。君が、みんなが、誰しも幸福になれたとしたら、どんなにいいだろう。それは誰でもなく、僕もかつて望んだ願い事だ。




 僕は魔法使い。

 名前はまだない。

 さて、君が望むのなら、では取引をしようか。

 望むものは、君の願いと、僕の名前。

 君は僕に、その名前をくれる?



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