※実験レポート番外 セイズの仮説
私はセイズという。管理局に創立時から所属している、数少ない職員である。
管理局設立より、千年とちょい。今や、残っているのは私と、現局長を除いてはほかに居ない。
現局長――――フルネームをロメロ・パスカル・ミル・エラ・ピーター・アンジュ・アントン・S・Z・ミアロ・二世……私がちゃんと覚えていることに、奴は心から感謝御礼するべきだと常々思っているが、その話題は今は関係がない。
私はセイズ。他でもなんでもない。どこかの誰かと違って、ただのセイズ。『振りまく大いなる現象』という意味であると、名付けた奴は言う。つまりはそれが、私である。
管理局では、様々な能力者を所有している。私はその中でも、特記して希少かつ、貴重で特殊な能力を所有した生命体である。自画自賛? いいや、事実だ。だから今まで生きている。
私の実年齢は申すまい。読者諸君とて、おぎゃーと生まれた時のことは覚えていないだろう。私が生まれた時なんて世界に面白味も何にもなかったし、そもそも祝福する生命というものが存在していなかった。つまり私が自我を持ち、こうして話していること事態が、名の通り『大いなる現象』なのである。
前置きが長くなったけれども、今回話題に取り上げたかったのは、アリスという生命体についてだ。
私は彼女の存在に、大いに興味を持った。それというのも、私と彼女の能力は、性質として似ているものを感じたためだ。
彼女の能力を一言で表すとすれば、『世界を変える』ことであるという。
その意味を、突き詰めてみるとする。
まず、能力の発動は、彼女の認識において成される。彼女がⅩをYである、と認識する。すれば、ⅩはYである、と変容する。
……以上である。
これは黒と白で考えた方が分かりやすいだろうか。アリスが、黒について「これは白でしょう」と認識する。すると、黒は白となる。
お分かりいただけただろうか?
『世界を変える』能力のことを、管理局はこのように理解し、公式にもそう記しているのは確認した。しかし私は、それよりさらに踏み込んだ見解を述べる。
彼女の能力は、此れよりさらに強力で、広大である。
アリスは独裁者として、一つの惑星を支配する人物である。
彼女配下の組織(『F』という)は、『世界を変える』能力によるものだ、と説明を述べたけれども、その能力のみでの世界掌握は、極めて困難ではないかと私は考える。
この能力は、世界を変える。うまり、これまでの歴史にも介入し、彼女は『白』を『黒』と書き換える。
この能力を使えば、確かに理想の世界の創造は可能であろう。しかし、現状の彼女の『世界』を見れば、首を傾げざるを得ないのである。
まず、彼女が支配の手を伸ばしたのは『彼女の世界』で、十五年前と断定されている。アリスが祖父を殺害し、成り代わって『F』を率いた十五年前である。
世界の各権力者に手を伸ばし、覇権を掌握し、世界を掴み取る……彼女は、戦争で世界を掴んだ。言い方を変えれば、『能力』ではなく、いわば正々堂々と喧嘩を売り、勝利の結果として今を手に入れているのだ。
彼女はこの世界を手に入れる戦争において、部下二名(当時、ディーとダムと呼ばれていた)に裏切られ、腹心の部下一名を重症に追い込まれている。いや、普通の戦争であれば、あまりにも少なすぎる犠牲だったが、それでも『犠牲』があったのだ。
彼女は世界をどうとでも出来る『能力』があるというのに、である。
私が彼女の能力を持ち、世界を掌握するとするのなら。
まず、歴史を変えるだろう。しいていうなら、そう……神を名乗り、奇跡でも起こすか、あるいは世界を救った覇王として、武勇伝でも自作自演するか。
都合のいい歴史を偽造し、都合の悪いことが起これば書き換え、やがては神と等しく世界創造を遂げることができるだろう。
しかしアリスは、そうしなかった。
彼女自身のポリシーがあったのか、それとも……?
私は、“それとも”と考える。
彼女の能力は、『世界を変える』のみではない。別の何かがあるのだと。
そしてそれこそが、『振りまく大いなる現象』たる私と、似たものであると。
私は古代より、『情報』を糧とする生命体である。
生物には、それぞれに役割があるものだ。木々は大地を抑え、蜜蜂は蜜と花粉を運び、蜘蛛は蝶を食らい、鳥は虫を喰う。その役割を成すがため、種の存続という大いなる目的がある。
では私という生命の私の目的は、『情報』である。
全ての生物の役割を諳んじ、自然の流れを諳んじ、歴史の行く末を諳んじ、世界を最初から果ての最後までを知る。
世界に緻密に張り巡らされたルールを知る。そうすれば無数とあるこの『世界』、それらの秘密すべてを解き明かすことも可能のはずだ。異世界人がどこから生まれ、自身がどのように生まれ、どこへ行くのか。我々を許容する世界の創造のすら可能のはず。
それこそが、私の目的である。
私は考える。
アリスは、なぜ、能力を使って世界を掌握しなかったか?
これはたぶん、彼女自身の性質であろう。彼女の心が、言葉のままの『独裁』を善しとしなかったのだ。
彼女が世界を掌握した後、どのように『世界が変わったか』を考える。
静かに経済は活発になり、貧困は減り、戦火は小さくなり、病は着実に終息を迎えつつある。―――――しかし多くが…いや、ほとんどの者が、アリスの功績とは知らない。それどころかアリスがこの世を総べる王だとは、誰も思いもしていない。姿どころか名前すら、ほとんど認知されていないのだ。
事実を知るのは、極わずかな権力者たち。彼らもまた、その地位はそのままに、前と変わらずそれぞれの土地を収めている。
大きく見る世界が変わったのは、貧しかった者たちであろう。豊かな者たちは、世界が徐々に平らになっていることには気づかない。そうなるように、アリスはしている。
やがては、完全な平等を果たす時が来るのだろうか。その結果の果てが良いものか悪いものかという結論は、私にも分からないし、ここでする話題としては外れているだろう。
私は考える。そして、恐ろしい仮説に行きつき、その仮説がほぼ正しいものと、確信している。
それを確信したのは、アリスが『世界中のトラブルをリアルタイムで認知している』と聞いた時だ。
私は結論付けた。
アリスは、私が長年をかけて果たせなかったものを、生まれながらに能力としている生命体だ。
つまり、彼女は―――――世界の全てのルールを、掌握しているのである。『世界を変える』というのは、その能力の派生、副産物でしかない。世界の始めから終わりまで、すべてを理解しているからこそ、世界を変えるのだ。この世のすべてを見通せるから、あらゆる火の粉を着実に決していくことが出来るのである。
少女の姿とされているけれども、もしかしたら私と同じく実体のない存在なのかもしれない。眼も無く、鼻もなく、耳も無く、しかし無限の眼とかぎ分ける鼻、聞き届く耳のある……そういう存在。
彼女は自分の世界を出ると、ただの少女よりも脆弱に過ぎる子供に成り果てるという。まるでフラスコから出ると死んでしまうという、英知の人工生命、ホムンクルス。
いや彼女自身、科学の中から生まれたのだから、ホムンクルスと云ってもいい存在なのである。
これらの事実は、彼女の真の能力を裏付けることになるだろう。彼女が知るのは、自らが生まれ落ちた世界の理だけだから。全てを知る小人は、瓶の外へは出られないのだ。
私は知りたい。知らずにはいられない。
それと同時に、初めての感慨を抱いている。これはいわばシンパシー。共感、そして、求めている。
私はセイズ。振りまく大いなる現象。
どこにでもいる、実体のない存在。
管理局の第一部隊長、セイズである。
明日から年末大売出しと題しまして、連日で更新を始めます。
だいたい日に二度ほど、0時と夕方五時ごろに六日間、全10話、更新されます。
一日ずつ読むもよし、12日まで待ってまとめ読みするも良し、思い出した時に暇つぶしにでもどうぞ。




