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IRREGULAR  作者: 陸一じゅん
⇒フィールド:イースターランドにて。出口のない回廊、遊園地の迷路は刺激的。
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How Do I Survive?

 ※※※※


「はぁ――――――――――――――――!!!!? 」

 モニタの前で上げられた奇声に、白ウサギは、不覚にも肩を揺らしてしまった。

 ふだんナルシストに整えてある髪を引き抜く勢いで搔き毟って、「ぎゃー」やら「うひゃー」やら、いい年をした男が甲高い声で、きんきん喚きたてている。伊達ではなくも『ウサギ』であるからして、大変聴覚に優れた白ウサギは、痛む鼓膜に顔をしかめて、ハンプティにグラスの水を叩きつけた。

「きゃー! 」

「うるさい。どうしたんです」

「どどどどーしたもこーしたも! とんでもないんだよアイツら! 」

 ハンプティはモニタを指さした。

 モニタは二つある。一つは監視カメラ。最新の精細な画面である。

 二つ目は、白ウサギには、黒い画面にたくさんの四角の線が重なっているようにしか見えない。これはどうやら、あの列車の解剖図らしい。リアルタイムに起動状態などを図に表すモニタなのだという。うちのひとつの四角のゾーンが、赤くピカピカ点滅していた。

「見てよこれ! 」赤い四角を指さして、ハンプティはヒステリックに頭を抱えた。

「ひどいじゃない! 壁をぶち抜きやがったんだ! それも! 二つも! ひどいっ! あのバケモノどもがっ! 」

「ぼくもそれくらいできると思いますけれど。クイーンとキングとチェシャーあたりも…頑張ればイモムシあたりもたぶん……」

「ぎゃー自覚させないでよ! 知ってるよ! キミたちもバケモンだってことはさぁ! 今の話はそうじゃなくて…そうじゃあなくてさぁ! 違うじゃない! ねぇ!? 」

 頭ごなしに叫ぶハンプティに、むっとして白ウサギは言いかえした。イモムシは白ウサギにとっては、弟のようなものである。仲間内で一番年下だった彼女には、初めてできた末の弟だ。


「イモムシは普通の人間でしょう。あの子たちも、別にバケモノじゃない」

「ふつーの人間が! 鋼鉄の装甲をぶち抜くってーのかよ! 馬鹿かっ! そんなんが“ふつう”だったら、今ごろは地球が卵の殻みたいにバックリ割れてるっての! あーもう! やだねーこれだから! 常識が通じない“異世界人”やら“ホムンクルス”やら“キメラ”やらバケモノってーのは! そいつの世界の常識を持ち込まれちゃあ、基準ってもんが迷子になっちまう! 」

 白ウサギは、白熱するハンプティの後頭部を見ながら、細い溜息を吐いた。

「俺たち“科学者”ってのの仕事はさ、目に見えない世界の仕組みのあれこれを、後世のために分かりやすく残すのが仕事なの! わかる? ねえ白ウサギちゃん! だから全部を目に見えるよう数字化して、それを計算して、図にして―――――ああもう! ぜんっっぶ、パーになりそうだ! 」

「あなたが何を言っているのか、ぼくにはよく分かりません」

「くっそ! この脳筋共め……暴力とアリス以外のことも頭に入れろってんだよ………」

 ぶつぶつ呟いている言葉は一語一句漏らさず、この白ウサギの耳は拾っていたが、「なるほど、独り言か」と、彼の名誉のために右から左へ聞き流した。


 すると、散々ぶつぶつ言った挙句に、溜息をついて黙り込んだハンプティが、いつになく低い声で言った。

「……“異世界”の存在を認めちゃったらさ、世界はひっくり返るよ」

「でも、あるんでしょう」

「あるさ。ああ、あるね。あるけどさ……ねえ、『ウォーターワールド』って映画を知ってるかい」

 白ウサギは首を傾げた。

「あの、ほら……まいいや。あのね、その映画の世界じゃ、世界に陸は無い。いや、あるにはあるけれど、南極も北極も溶けちゃって、ほとんどの陸が海の中だ。その世界には海しかないんだ。するとどうなると思う」

「さあ。水には困らないとは思う…かも」

 それよりも、この男が映画なんて高尚な趣味があったことに驚いた。いや、十分すぎるほどに俗物な男だけれど。

「その世界には、自然の“土”ってもんが無い。人工島の上で生きて死ぬから、土すら誰も見たことがないんだ…故に、真水、淡水ってもんも、機械でろ過して作るわけだから、生活に必要な水は、むしろ不足している。もちろん金で買わなきゃいけないから、機械も水も金持ちが独占する。格差社会が完全に出来上がっていて、船も買えない脆弱なる一般人には、島と島への行き来も過酷だ。中にはそんな海の星で進化した人類もいて、エラ呼吸が出来上がっていたりする」

「へえ、おもしろそうな映画ですね」

「そんな真顔で言われてもな……実はこの映画、一応『環境破壊されつくして温暖化が進んだ地球』とは設定されているけれど、リアルじゃあ北極・南極・シベリアの氷が解けたとしても、映画みたいに陸が全部沈むってことは考えられないんだ。地球が素晴らしく暑かった頃なんて、今までにもあったことだしね。だから『ウォーターワールド』は、完全な空想世界、異世界ってことになる……でもさ、もしここが“そういう世界”だったらどうする。想像してみてよ」

「どうなるんです」

「面倒臭がらないで自分で想像してくれよ! 例えば衛生状態がとんでもないことになるかもね! そんで、中世に流行った熱病なんかが、また大流行するのかも! アリスはそんな世界になったら、いったいどうするのかな」

 白ウサギはちょっと考えた。アリスならどうにしろ、“世界を変えるだろう”。

「実はかれこれ十年考えてることなんだから……異世界ってものを世の中が肯定して、常識は変わる。いや、…常識ってもんが無くなるのかな。そもそも、アリスっていう存在自体が常識知らずなんだけど。

 いいかい、いろんなものの価値が変わるだろうね。“カネ”“紙幣”ってものの価値自体が無くなるかもしれない。紙幣は今の経済が出来上がってこそ、信頼ある“どこでも使えるチケット”なわけだから。そうすりゃあ紙幣はちり紙以下、物々交換しか出来ない原始人に逆戻りだ。常識が無くなるってことは、基準が分からなくなるってことだ。秩序が無くなるってことだ」

 若い政治家のように、ハンプティは拳を握って語った。

「……こんな、俺らしくない真面目なこと、Fに入るまでは考えちゃいなかったんだ」

 次には項垂れて、ハンプティはモニタの前で顔を覆った。白ウサギは、ハンプティの後頭部の上にある監視カメラモニタを見あげる。

 ハンプティの独白は続く。

「……例えば俺より五十倍の腕力がある人間が、街中を歩いてたりするんだろ。そんなの、街をゴリラが歩いてるのとおんなじだ。ゴリラ、わかる? 猛獣だよ。しかも相手は猿じゃない、能ある人間なんだろう。コミュニュケーションが必要なんだ。目を逸らして無視すると怒るんだ。でも、そんなの握手するのも危険じゃあないか。無理だよ無理。分かり合えない。いまだにおれは、正直にいっちまうと、白ウサギちゃんにもビビってる。でも君たちは、“一応”はこの世界で生まれた、この世界の技術の結晶だ。ちょっとオーバーテクノロジーっていうだけ……もし、これから異世界人がこの世界に踏み込むような世の中になっていくんなら、俺はどんどん研究して兵器開発に勤しむね。奴らを一発で仕留められる武器を作らなきゃ、俺は安心して眠れないよ。アリスに認められたこぉーんなに優秀な頭脳が殺りく兵器の設計図に終わるなんて……ああ、なんて悲劇的なんだろ。百年後にオペラになるね」


 白ウサギは、ハンプティの言葉についてちょっと考えた。

「……いや、先にアリスとチェシャーの今までじゃないですか? それでなければ、三月ウサギの長年の片思いの方が感動的なような……いや、イモムシの激動の人生経験のほうがドラマチックでいいかも……」

「人が珍しくシリアスなのに! なんだって君らは! 本当に! だからFってのは! アリスに選ばれたやつってのは変人しかいない! 頭狂ってやがるんだ! 」

 テーブルを叩きながら、ハンプティは額を打ちつけて嘆く。その発言は、ブーメランのように自分に帰ってきて刺さるとは考えないのか。


「最初の話に戻りますけど」

 白ウサギは、ハンプティの頭上のモニターを見て言った。

「そもそも、この列車を突破できなかったら、彼らはゲームオーバーでしょう」

「『じゃあ壊れちゃっていいじゃん』って? 馬鹿だなぁ! わが子が勝つ方が嬉しいに決まってんじゃん! アイツらなんてオレのハニーを傷物にしたケダモノだよ! 」

 ハンプティは中指を立てて吐き捨てる。

「でも彼ら、勝ちますよ」

 白ウサギは言った。

「――――なんだってぇ? 」

「だって、アリスがそう思ってるんですから。あの子たちは勝ちます。そして、ぼくらは負けます」

「アリスがそう言ったの」

「言わずとも、でしょう。ほら、もうこっちに来ますよ。ぼくらは迎え撃たなきゃ。全力で。―――――殺す気、で」

 ハンプティは思いっきり不快を顔に描いて、側らのマイクのコードを引きずった。面倒くさげに頬杖をついて、だらけた声で喋りだす。


『アーアー、エホンッ………マイクテス、マイクテス。みなさん準備はいいですカー』

 〈えっ、もうそんな時間!? 〉

 スピーカーから三月ウサギの慌てふためく声が聞こえたため、ハンプティの気分は少しだけ浮上した。

 〈も、もうちょっと待てませんか……〉

『無理無理。だってもう、こっち来ちゃうもぉん』

 〈うう……名残惜しいですけれど、仕方ない。了解です。準備はできてます〉

『おーけーおーけー……じゃあやろう。すぐやろう。そして終わらせよう。ここで、俺たち“チーム・イースター”が、がきんちょ達の未来ってやつをサ』

 “チーム・イースター”とは、今更ながら安直なネーミングだなぁと白ウサギは考える。なんてったって、メンバーは三人だけ。『白ウサギ』と『三月ウサギ』と『ハンプティ・ダンプティ(卵)』だ。

 しかも、マザーグースの“ハンプティ・ダンプティ”は、【ハンプティを元に戻せなかった】で終わる。幸先悪いこと、この上ない。

 たぶんアリスは、この三人で『チーム・イースター』と名乗らせたかっただけなのだ。せっかく卵と、ウサギが二匹もそろっているのだから。


 でもなんだか楽しい。


 白ウサギは弾む胸と帽子の鍔を押さえ、『久しぶりに誰かと全力で殺しあえるかしら』なんて、こっそりスキップした。




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