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IRREGULAR  作者: 陸一じゅん
⇒フィールド:イースターランドにて。出口のない回廊、遊園地の迷路は刺激的。
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一斉の声



 男の容貌は異様である。

 座っていても、男が長身であることは分かる。しかしその体は不健康に薄い。着こんだ服の上からも、ごつごつと浮かび上がる男の骨の形がわかる。

 薄い体に着ているのは、中華服に酷似した裾に刺繍が施された民族衣装。肌の露出は顔しかない。

 その顔も、目元から眉間、鼻の半ばまでを覆う『目隠し』に隠されている。子供の落書きのような、それだけに緻密な刺繍がびっしり覆う、刺繍糸で布地を厚くされた目隠しだ。

 肌の露出は少ないというのに、足元は裸足に布靴を引っかけただけの装備である。くるぶしは夜目にも分かるほど青白い肌の色をしている。

 頭髪は白い。色が抜けきった白髪を、長く太い一本に編んで背中に垂らしていた。月夜にぬらりと浮かび上がる編み込まれた長い髪は、ずるりと肥えて長い白蛇に見違える。


 椅子の上に片膝を抱えて座る男は、見えない瞳を窓の外に向けて物思いに耽っている…ように見えた。一見すると。

 男の爪先がとんとん、と、床板を叩いている。それは徐々に、とんとん、が、たんたん、になり、終いには、だんだん、と振り下ろされるようになっていく。大の男が癇癪を起した様に地団太を踏む。

 ひとしきり暴れると、彼は『ふーむ』とばかりに顎に指を添え、静かになった。

「……音が聞こえるような位置にはまだいないのか」

 男の眼は、未だ『見えないもの』を追っている。壁の向こう、床の下、一人の少年の『目』からの景色を見ていた。

「おっそーい。なんだって俺はピーチ姫やってるんだってーの。餓死して本の干物になっちゃうよ~……ってそれ、ただの全回復アイテムか……」

 うなだれ、白い頭を掻いて、スティールは誰かにそっくりの溜息を吐いた。

「お城の奥の全回復レアアイテム、さしずめ『不老の薬』ってとこか……ふふふ…俺たち兄弟って、いつも都合良い扱いなのね。おかげでいっつも貧乏くじ……とほほ」


 男の名前は、スティール・ケイリスク。

「ビス~…早く兄さんを助けに来いよぉ~」



 ビス・ケイリスクの、唯一の血縁者たる実の兄である。



『本の一族』とは、その名の通り『本』の体を持つ生物だ。

 深紅の皮張りの装丁をされた豪奢な冊子。それが彼らのもう一つの姿である。

 もちろん、いくら無機物の姿でも生物だ。本を傷つけられれば『本体』も傷つく。手に収まる大きさに、人間としての体が凝縮されて詰まっている、と考えてもらうのが最も正しい。

 彼らは自由自在に『本』を本体から取り出し、または『本』の中に納まることもできる。そうすれば、どんな大男だって女の手でも持って運べるのである。

 故に彼らは、信頼した者にしかその身を預けない。管理局でパートナーとして採用される『本』達は、それぞれ本人が志願することのみで認められ、試験と審査を受け、リストに登録して、局員研修生たちとの『面談』を経て、ようやく相棒を選ぶのだ。


 ――――――しかして、ビスは“禁忌の子”であった。


 父は管理局員―――つまりは異世界人で、母はそのパートナー―――つまりは本の一族で。本の一族は、異境の民との婚姻は禁じられている。これといって制約を作らない彼らが、唯一はっきりと線引きしているのが、この禁令であった。

 その理由は、このケイリスク兄弟を見れば分かる通り。彼らは肉体的に脆弱である。

 人の形を持っていても、本の一族は、おそらく生物として異端なのだろう。なんていっても『本』なのだから。もともと他の生物と血を交わして生き残れるほど、しぶとい生物では無いのである。

 温暖な地に住む彼らにとって、冬は忌むべき季節であり、『白』は退廃と老いを司った。本の一族の慣習では、『瞳が白濁し白髪混じる老人となれば、剃髪すべし』とまである。

 必ず白髪を生まれ持って生を受けた禁令破りの子供らを、『本』達はこう呼ぶ。

 “禁忌の子”と。


 兄弟の“禁忌の子”は前例がない。それすなわち、幾度もの禁令破りが行われたということだった。

 兄弟には、禁令破りの両親はもうとうにいない。

 兄のスティールは『本』が出現したが、ビスに『本』は無かった。その代わり、父譲りの異世界人としての能力が強く色濃く出たようだった。

 ビスが父と同じ道を選んだのは、自然なことだったのだろう。

 当時十九歳だったスティールと違い、ビスは十三にも満たなかった。外見は十一にも見えない。そんなひときわ小柄で幼げな弟は、目の前で母が家が炎に捲かれるのを見ていた。

 もとから薄かった表情を死人のようにした弟が、素直すぎる良い子の弟が、あの時に慣れない『お願いわがまま』を頭を下げて頼んできた。

『一緒に、管理局に行ってください』

 どうして突っぱねることが出来ようか。


 頭のいい弟は、現状の変化に混乱する兄よりもずっと分かっていた。

 母の生家は頼れるはずもない。禁忌の子が生きていくには、この世界は厳しすぎた。

 しかし管理局に従事したところで、ビスは幼い。そして学生の兄一人では、すぐには兄弟の食い扶持は稼げないだろう。

 危険が伴う異世界に行く『管理局員いせかいじん』としてならば、保証金が受けられた。管理局は常に『|異世界人(人員)不足』だ。子供であっても十分な教育と訓練が受けられて、文字通り死ぬまでの生活が保障される。

 けれど、“禁忌の子”であるビスとパートナーを組みたがる“本”はどこにもいない。兄弟が離れず、共に生きていくためには、そうするしか他に無かった。


「……ビス」

 スティールはその面相に、兄らしい心配の色を浮かべた。とはいっても、目隠しが表情のほとんどを隠していた訳で、誰が見ているわけでもなかったのだが。逆を言うと、スティールはそういう時でしかビスを素直に案じる態度を取ることはない。

 兄としてのスティールは、へらへらした大人げない駄目兄貴なのだ。『スティール・ケイリスク』は、そうでなくてはならない。

 波間を漂うくらげのようにフヨフヨと、空を流れる雲のようにプカプカと。

 心の底では、いつ何時も弟を案じていたとしても。



「ん? 」

 スティールは思わず顔を上げた。『目』の先……『彼』の視界が暗い階段を上り切り、真新しい景色を映している。

 廊下だ。

 暗褐色の絨毯、まっすぐ伸びた廊下。窓からは、不気味に顔の付いた三日月が。

 月明かり、視界はぐんとクリアになった。スティールは椅子からのっそり立ち上がり、その場に跪く。床にぴったりと耳をつけた。

 ……足音がする。


 ずるりと這うようにして、スティールは壁まで寄って行った。スティールは誰かの『目』を借りないことには、耳と手を頼るしかない。

 壁伝いに手探りで歩く。

 両親が死んで六年――――こういう時、自分たち兄弟がいかに長い時をともにしているのかを実感する。仕事も相棒になってしまった以上、同じ空間にいないことが無いのである。スティールは自分のことながら、身を震わせて慄いた。

(なにそれ超こわい…成人した兄弟がべったりって……)

 このままじゃあ自立はできなさそうだと思う。良い人の一人もいればいいのだろうが、ふだんの生活と自分の体調がままならないので、女のことなんてここしばらく頭に無い。できたとしても日常のこういった不便さを相手にも味わせると思うと、申し訳なさが先に立つのである。弟の方もあの成りにあの性格なので、下世話な話、アッチに興味があるのかも怪しい。


 そもそも、いい年した男の頭の中が弟の心配ばかりというのもどうなのか。


「やっべえ俺! 気付いちゃいけないことに気付いちゃった! 」


 スティールは青くなる。青白い顔がさらに青ざめて、ちょっと洒落にはできない顔色になる。

 身の内に湧き上がる未来への不安―――――そういえば、今を生きるのに必死で未来設計なんて何もしちゃいない。

 ……もう二十五歳なのに。同世代なんて、結婚どころか子持ちも珍しかないのに。


「……うふふ、ふふふふふふふ………」

 うすら寒く一人自嘲しながら、スティールはその細腕で、あらんかぎりに目前の壁を殴った。

 病弱と言っても、成人男性の拳は良く響く。ついでに足でも蹴ってみた。今度は本当の、心からの地団駄であった。

「ふふふふふふふふ…………―――――くっそぉ! 」


 もう一丁、ばしーんと壁を蹴りつける。

 壁の向こうから野太い悲鳴が聞こえた。慌ててスティールは、『視界』を確認する。

 あっ、やばい、逃げちゃう。


「ちょ、ちょっと待ってよ! お兄さんもついでに助けておくれよ! 」

 ばんばん壁を叩く。この向こうに、あの少年たちがいるのだ。

 あらん限り、スティールは叫んだ。

「た、ったすけてぇー! ヘルプミィーッ 」



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