とおせんぼ
お待たせしました。
「クリスが言った通り、ますます地下っぽいな」
「でしょ? 」
階段の先は暗闇に包まれている。光源はこの白い廊下から反射する灯りのみ。金属製の階段は、踏めば足音がよく反響する。しかし、先に進むには灯りが無くては心もとない。
「……戻るか」
「そうだね。戻ってランプを拾ってきたほうがいい」
ランプは白い廊下の入り口に置いてきている。そう時間も取らず、取りに戻ることができるだろう。
何せ、さっき歩いてきた道だ。たいした距離ではない……と、思っていた。
「なあ、歩いてどれくらい経ったと思う? 」
「……体感で三分」
後ろの階段への扉は見えている。けっして遠い距離じゃない。あちら側の扉だって見えている。目を凝らせば、扉の脇に置かれたランプだって見える。
階段側にはたどり着けるのだ。道を戻ることだけが出来ない。
「なあ、なんでだと思う。手品か? 」
「手品で出来ないことはないだろうけど……やるとしても、仕掛けが大がかりすぎると思う」
「そんなん今更じゃねえの。不可能じゃねえんだろ。仕掛けが分かるなら、打開策もあるかも」
「遊園地でもやらないよ、こんなの」
クリスは唇を尖らせた。
「それに、僕が仕掛けを口で説明しても理解できる? 」
「……たぶん無理」
晴光は渋々言った。
「じゃあ、ここで待とう」
「へっ? 」
晴光は目を剥いて、目の前の少年を凝視する。「今なんてった? 」
「ここで待とうって言った。―――――いいかい、お兄さん」
口を開けた晴光を制して、クリスは被せる。
「――――あのねぇ、今の状況分かってる? 誰かに見知らぬ場所に拉致されて、あげくホイホイこんな大がかりな仕掛けのある場所に誘い込まれてる。正直、何が起こるか分からないんだよ。僕らをここに連れてきたやつらは、こんな広大な土地で、多大な労力とカネを費やしてここを創ったんだ。今まで何もないのが可笑しいくらい。一寸先は闇ってやつだね。僕らはとっくに奴らの胎の中なんだよ」
「だからって、ここでじっとしてる訳にもいかないだろ」
「馬鹿か!!! あのねぇ、お兄さん。自分の命は大切にしなよ。ぶっちゃけ僕ら、だいぶヤバいんだ。胎の中なら消化されるのを待つしかない。へたに刺激したら余計に危ないさ」
「でもお前……友達を探すんだろ? 」
「あいつなら運が良ければ生きてる。自分の命の保証が出来ない状況で、誰かを助けようってのは無謀なの。そもそも、そいつが本当に危険かどうかも不明なんだからね。ただの馬鹿のすることだよ」
肩をすくめ、その場に座り込んだクリスを、晴光は目を丸くして見ている。
「――――おまえこそ馬鹿だな」
「はぁ? 」
聞き捨てならないと、クリスは晴光を見上げた。晴光は呆れた顔で、クリスの前に鎮座する。
「あのなあ、俺らがピンチってことは、他の奴らもピンチかもしれないだろ。命があるっていう保障もないわけだ。俺は五体満足、元気で動ける。でもほかの奴らはどうだよ。もし生き残れたとして、みんなが無事じゃあなかった時に良心が痛むだろ。俺は絶対後悔するね」
「だから後悔しないよう今動くって? お兄さん、ちょっと傲慢なんじゃないの? 自分の命が他の奴らより軽いとでも思ってる? それは勘違いだ。君がこの世に存在する限り、君が誰よりも自分の命を大切に想わなきゃおかしい」
晴光は溜息をついて立ち上がった。
「そんなの分かってるよ。俺が怪我でもしたら、他の奴らも助かった時に嫌な気分になるだろ。自分も守る、友達も助ける、それでいいじゃん。問題解決。立てよ、行くぞ」
(なんだこいつ)
クリスは呆然と目の前の男を見上げた。(絶対おかしい)
「……もし死んだらどうするの」
「死なねえよ。怪我くらいはするかもしれないとは思ってるけど……いちいち『死ぬかも』なんて考えてられっか。俺、馬鹿だもん。ほら、早く立たないと置いていくぞ」
「う、うん……」
つい、立ち上がってから考える。
(なんで僕、言いなりになって立ってるんだよ! )
癪に障る。こいつは絶対におかしいんだ。僕はマトモ。こいつが変なだけ!
「あー! もう! なんで僕がこんなことに! 」
「なっ、ど、どうしたんだ!? 」
声に驚いた晴光が、びくびく振り返る。クリスは応えない。
(……情報は鮮度が命、思考停止は死への道、情報の調理は早ければ早いほど良いんだ。考えるのをやめるな……)
アンブレラに教え込まれたことを反芻する。
忘れるな。死にたくないなら、忘れちゃいけない。
(くっそ、頭痛がしてきたぞ……変な汗が出てきた。これじゃあ僕らしくない。ペースが乱れる…)
アンブレラの教えを守るのだ。そうすることがクリスの生きる道になるはずである。何せ、情報屋アンブレラは未来を見るのだから。
「お兄さん、そうだね、あんたの言うとおりだ。ここを進んだところで死ぬと決まったわけじゃないし、アイツが運悪く死にそうになっているかもしれないし。でも、確率は五分五分なんだからね。僕は今回だけ、君の主張に付き合ってあげるだけ。危険だって分かったら、今度はすぐにでも僕に従ってもらうんだから覚えとけよ」
「クリス、おまえ性格変わってないか? 」
「君ってやつは本当に呑気だなぁ!? んなこと些細なことだろ! ほら行くよ! 考えてみたら、ここも安全って訳じゃあないんだよ! 」
クリスは晴光の腕を強く引く。
二人の靴が、階段にかかった。
※※※※
かつーん
かつーん
どこからか音がする。
男の“眼”には、暗闇と誰かの手。
手すり、目の前を歩く人間の背中――――(そうか、これを“視て”いる人は、階段にいるのか)
ではこの階段はどこにある? こいつらはどこにいる?
男はラジオを廻すように、“眼”のチャンネルを切り替える。そこには本当の暗闇しかない。
(……もうここには誰もいないな)
男にはそれだけが分かる。それしか分からない。
頭のチャンネルを切り替えて、もとの“視界”に戻る。彼らは未だ、どことも知れない階段を上り続けている。
「……こっちへおいで」
男の眼は、厚い布で覆われていた。




