アリスとマリア
「さて、どこまで話したかしら」
「この世界の仕組みについて、よ。アリス」
「そう、そうね…ええと、ちょっと話が脱線してもいい? 」
「あら、いきなり? ええまぁ、いいわ。お好きなようにしてくださいな。この世界は貴方のものだものね」
「それは貴方が言うとすごい皮肉ね、マリア様? 」
「あら、貴方こそ皮肉は止して。そうやって呼ばれるためにあるんじゃないのよ、その名前は」
「ふふふ。では、魔女さん…とでも呼ぼうかしら」
「お好きなように」
「では魔女さん。この議題は、おそらくは予定してた議題にも絡んでくるでしょう。…そうね、発端は、私の祖父と、貴方の祖父から」
「ドクターJ? 」
「そう。さしずめ悪の大幹部、素顔のしれぬ仮面の男、野望の科学者ドクターJ…やだ、なんだか小物っぽくなっちゃった。まあ実際、我が祖父ながら小物だったけれど」
「わざと小物っぽくしたんでしょうに……でも、先見の明は優れてたじゃない」
「そう、そうなのよ。勘だけは良いというか、妄想だけは豊かというか……そんな人だったわ、おじいさまって。だからこそ、私の優秀な脳みそが、あの人をこの先の世界の脅威とみなしたの…正直、最初から最後まで、あの人の特別なトコロってそれだけだったのよね。だから貴方のおじいさまに出会ったのよ」
「『あなたはまるで知識の神のようだ』――――って、言ったんでしょう? あなたのおじい様。……間違っちゃいなかったわよね。だって、他でもない魔女に、つがいに選ばれた男だったんだもの。知識の神っていうよりも、火薬の代わりに好奇心が詰まった爆弾なんだけどね、あの人って。それも不発弾だわ」
「おじいさまみたいに、地位やら栄光やらを求めないだけ素敵だわ」
「それはただの人間染みた願望だわ。だからこそ祖父は化け物になったのよ。あの人、もうすぐ六百歳を超えるのよ? 」
「あら魔女さん。また議題が脱線してるわ」
「……あ、そうね。話を戻しましょう、アリス」
「私が思ったのはね、魔女は何か、ということなの」
「あら、魔女は魔女でしょう? 異世界から来た生命体、あるいは知恵を与える女神、あるいは人類を進化へ導く道しるべ、あるいは戦を先導する戦乙女…ってところじゃないかしら」
「いいえ、そんなことを言ってるんじゃあないの……あのね、Jが“魔女”に出会ったのは19世紀でしょう? 」
「ええ、それは確かね」
「魔女って、いつからこの世界にいたのかしら」
「……どういうこと? 」
「“魔女”って言葉ができたのは、いつなのかしらって思ったの。魔女はそもそも産婆や薬師の知識を持ったただの女性だった――――って説があるのは知ってる? 」
「魔女狩りの目的が、男尊女卑からくる“優秀な女性”を狩る口実で、行き過ぎた弾圧運動だったって話から来るやつでしょう? 」
「そう。中世の男共は許せなかった。女は自分たちに出来ないことが出来て、自分たちの知らないことを知っているってことを認めなかった。仏教の一部の宗派ではね、かつて女は必ず地獄に堕ちると考えられていたのよ。血を流す女は穢れているから、ってね」
「それが? 」
「私、思想にはそれぞれ、根付いた理由と意味があると思っているけど、こればっかりは偏った古い思想だと思うわ。もちろん、私は自分が女だからって、女性の神秘性を崇拝しているわけじゃないけれどね。ただ魔女狩りは、女性――――それも、優秀な知恵ある女を根絶やしにしようとした運動だったわけよね。知恵というのは例えば、薬草の知識だとか、天気の予報だとか、星を読めたり、病気の対処法だとか、それこそ裁縫や料理が上手いってことまでね。女がその知識を使って、お金儲けをしようとしたり、コミュニティの中で地位を築いていくことを否とした。そんな説は一部では本当だったのだろうし、根っこでは違ったのかもしれないわ。今となっては分からない」
「貴方らしくもなく回りくどいのね」
「あら、これはとってもデリケートな話なのよ。そう――――今となっては分からないけれどね、魔女はいつからこの世界にいたのかしら? なんで彼女らは、自分を『魔女』と名乗るのかしら? 」
「いつから……? 」
「現代では男のシェフの方が多いけれど、古代は違うわ。子供を産めるのは女だけ。多くは家で子守をする女が料理をするでしょうし、子供が結婚して家を出れば、やっぱり嫁が料理をする。……料理って科学的よ。小さな手間で肉を柔らかくして、硬い根菜を煮るだけでとろとろにする。調味料で味を付けて、あっというまにハイ、出来上がり。これが呪いのかかった大なべを掻き回す魔女のヴィジョンに繋がったっていうのも、あながち間違いじゃないと思うの。彼女らの知識は、多くが脈々と母から娘へ祖母から孫へ受け継がれてきて積み重なった、女達の日々の研究の成果だわ。その研究は、今だって日常の中で続いているんでしょう。でも――――そんな女たちの最初の“魔女”は、いったい誰だったのかしら? 」
「……魔女は知識を与えるもの 」
「そう。魔女は知識を与えるもの。そもそも、彼女らはなぜ『女』なの? 異世界から来たというのに、彼女らはとっても“人間”だわ。私自身が異世界に触れて、より疑問に思う。なぜ、彼女らの姿は『ニンゲンの女』なの? なぜ彼女らは知識を求めるの? 何が知りたいの? 今までどうやって来たの? 彼女らは、いつからこの世界にいるの? 」
「………」
「神話では最初の人間の女は、神がアダムに与えたという。アダムの最初の妻は、イブではなくてリリスだという説があるのは知ってる? 最初の女、リリスは、アダムと離縁して園を離れた。そこで悪魔と関係を持ち、無数の淫乱な悪魔の子を産む。そんなリリスの別名を、夜の魔女―――――ねえ、マリア。私の言いたいことがわかる? 」
「私に真実は分からないわ」
「ええ、そうでしょう。でもおじい様は、“魔女”を使って“神様の子”を創ろうとしたのよ。私、神様の子をね。私はさっき言った通り、それぞれの思想には、それだけの意味と理由があると思っているわ。もちろん、神話にもね」
「そうね。おおむね、私達も考え方は同じよ」
「魔女は神か? それとも悪魔か? ―――――不思議ね。私、こんなにも知りたいの。これは魔女の血が流れているから? 」
「いいえ、自分のルーツを知りたいと思うのは、当然のことよ、アリス」
「マリア、この世界はいつから始まって、いつどうやって終わるのかしら? 私は神様の子にはなりたくないけれど、魔王にだったらなってもいい。この世界が倒すべき敵として、稀代の悪女になってみせるわ。だから私は、世界の本当の姿を知りたいの。私の世界はフラスコの中なのかしら――――私は魔女かしら、マリア? 」
「……いいえ。貴方は魔女にはならないわ、アリス」
「それは、知識の神様の孫としての確信? それとも、異世界の魔女ソフィの孫としての分析? 」
「いいえ……貴方の友としての言葉よ、アリス。魔女は世界の敵にはならない」
「でも私は世界の敵だわ」
「私は貴方の味方よ」
「……今回の“計画”の途中で、私は死ぬかしら? 」
「さあ……でも、貴方を死なせないために、あの子たちがいるんじゃない」
「私の世界は終わるかしら? 」
「…私が終わらせないわ、アリス」
「…そう」
「世界は変わるわ、アリス」
「そう……」
「……人は、必ず悪夢から覚めるのよ」




