arachnoid
挿絵あります
一度目。回答者・ニル。
不正解・二
正解・一
未回答(見送り)・一
うち、一問ニルの錯乱により不正解。
ニル死亡(毒殺)。
二度目。回答者・ビス・ケイリスク⇒ニル
不正解・一
正解・二
未回答(見送り)・一
二問目正解後、ビスからニルへ回答者が移る。
延長戦により、見送り一、不正解一。
三問目終了後、虹が人質にとられ、ニルが自らの腕を切る。虹はイモムシに首筋を切られ出血死。ニルは凶器の毒で死亡。イモムシはニルと虹の『魔法』により、刺殺。
ビスが生き残る。
三度目。回答者・ニル
不正解・二
正解・零
未回答(見送り)・一
最初の一問目で不正解。二問目で見送りを使用するも、三問目で不正解。
ビス、冒頭でイモムシに刺殺。イモムシ、ビスの遺体を楯に脅迫、ニルが回答する。虹錯乱。
ニル毒殺。虹が生き残る。
四度目。回答者・虹
不正解・零
正解・零
未回答(見送り)・一
一問目を見送り。二問目、ニルが錯乱。虹を人質に取ったイモムシの脅迫を受け、ビス、ニル、両名服毒。
虹が生き残る。
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十五度目。回答者・虹
不正解・三
正解・三
未回答(見送り)・零
立て続けに二問正解。しかし『本』によってビスが行動不能、人質に取られ延長戦に入り、不正解三問、正解二問。イモムシが勝つまで終わらない泥仕合に突入。
ニル、魔法で応戦。ビスを奪取するも、虹が死亡。また、ビスも衰弱死。ニルが生き残る。
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二十三度目。回答者・ニル
不正解・一
正解・三
未回答(見送り)・一
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(――――今が…三十、いや、二十九回目……か? )
地面に伏しながら考える。隣には、ニルと虹も転がっているのだろう。
(大丈夫、まだ本当の彼らは死んでいない)言い聞かせて、深く息を吐いた。
三十回、展開を追うのに必死で、ゆっくり頭を使える時間は皮肉なことに最後のこの時だけだった。着実に四肢を奪っていく感覚を捨て置いて、ビスが『次』に備える時間である。
状況は回を増すごとに変化する。
最も顕著なのは、回を増すごとにビス自身の知識が増えていくことだ。ビスが『思い出した』三度目から、『ビスが人質になる』パターンと、『ビスが先に死亡する』パターンが出てくるようになった。
それに対応して、ビスへの対抗策案として、『ビスが行動不能になる』未来が出てきたのかもしれない。
偶然か…あるいは必然か。イモムシはビスの能力を知って、この『黒い本』の罠を仕掛けたのだから。
変化しないこともある。
まず、イモムシは『負け』を認めない。
(……これは勝てない)
ゲームとしては、この勝負もはや機能していない。『勝つ』には、状況が許してくれない。最初から、ルールなどあって無いようなものなのだ。
しかしイモムシは、回答者側のルール違反は許さない―――――それが今回、二十九回目で立証されたことだった。
果てにあったのが、全滅の未来だ。
イモムシを先に片づける未来もあった。
しかしイモムシは自分が死んだとして、まずその身に毒を仕込んでいる。彼を先に倒そうとした時、毒が流出する。それでニルが死亡。
『全員生還』の未来が遠のくことになる。
(……頭がグラグラする)
しかし、頭痛はいつのまにか遠のいていた。これが長年遠のけていた能力を使用したためか、あるいはあまりに能力を使いすぎて死期が近く、肉体との繋がりが外れかけているためなのか。どうかはわからない。
けれど“二度目”だと気づいてから、持病の頭痛が消えてなくなったのは事実だ。
意識が遠のく。『次』が始まる。
こればかりは、慣れることが無い。
――――ああ、疲れた……。
長い夜だ。もうずっと、太陽の光を見ていない。それどころか、本物の空すら記憶の中では遠い。
猿のように叫んだとしても、自分で腸をえぐったとしても、“次”は変わらずやって来る。
前回を共通の箇所を見つけ、落胆し、新しい展開に憂鬱になり、そうして最初の頃は長く長く伸びているように感じたゲーム中が、だんだんと短く感じるようになっていく。
ビスは“慣れ”始めている。
その事実に気付いた時、襲ったとてつもない虚無感と脱力感。昏い、地獄の淵に立っていることに気が付いた。
垣間見た、終わりの見えない穴の暗闇……イモムシはここを『地底の国』と謂ったが、なるほど確かに、ここは『底』である。ビスの脳の『底』だ。ビスは未だ、『底』から這いあがる術がない。
このまま何もせず、ただ精神だけをすり減らして誰知れずのたれ死ぬのか。
(……抗わなければ)
筋書きの流れに抗う。そしてもし『戻った時』に、最善の未来を選択する――――ビスにできるのは、それだけだ。きっとこれが目的の無い繰り返しならば、ビスはもう、十を超えたあたりで発狂している。
彼らを生かす――――!
意味を見出したビスは、折れる心を持たない。
考えろ。ゲームの『穴』を、アリスが定めたルールの『穴』を、イモムシの言動の『穴』を。求める出口は、必ずそこにあるはずなのだ。
そして三十回目。
幕が開く。
※※※※
グリフォン
・鷲(あるいは鷹)の翼と上半身、ライオンの下半身をもつ伝説上の生物。
・語源は、ギリシア語のグリュプス(γρυψ)、曲がった嘴の意味。このことから、しばしばギリシア神話に登場するといわれることがあるが、これは誤りである。しかし、古くから多くの物語に登場しており(ヘロドトスの『歴史』など)、伝説の生物としての歴史は古い。
・鷲の部分は金色で、ライオンの部分はキリストの人性を表した白であるともいう。コーカサス山中に住み、鋭い鈎爪で牛や馬をまとめて数頭掴んで飛べたという。紋章学では、グリフォンは黄金を発見し守るという言い伝えから、「知識」を象徴する図像として用いられ、また、鳥の王・獣の王が合体しているので、「王家」の象徴としてももてはやされた。
・グリフィンは、「七つの大罪」の一つである「傲慢」を象徴する動物として描かれることもある。
(引用/ウィキペディア⇒http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3)
※※※※
「シャンケンしましょう! 」
(思えば、いつもここから始まるのだ)
「いやでも、ジャンケンはさすがに……」
「ジャンケンほど公平な審査方法も無いのですよ? 」
「ジャンケン……」
(それに何か、意味があるのだろうか)
ビスは顎に指をあてて考え込んだ。すかさずニルが、解説を加える。
「……あー、えーっと…ジャンケンっていうのはですね、運試しの簡単なゲームなんです。こう、拳を握るのが『グー』といって石を表して、こう、二本指を突きだすのが『チョキ』鋏で、手の平を出すのが『パー』紙となります」
「そんでもって鋏は紙に勝って、紙は石に勝って、石は鋏に勝つのですよ! 」
続けて虹が身振り手振りを交えて、ビスに説明する。「ほら、鋏じゃ紙は切れても、石は切れないでしょ? 」
「……そうですね」
相槌を打つと、虹は嬉しそうに破顔した。意外と彼女は返答が返ってこないというだけで、奇妙なほど委縮する癖がある。無法者に見えて、根は律儀で寂しがり屋なのかもしれない。
「虹さん、さっきまであんなに怯えていたのに、もう怖くはないのですか? 」
ビスが尋ねると、虹は目を瞬いて微笑んだ。
「そりゃあ、でもねぇ……俺にも、曲げられないもんってやつがありますからね。ま、ポリシーってやつっすよ」
「ポリシー? 」
虹はニルを見た。ニルは訝しげに…少し恐怖も交えて、ぎょっと身を引く。虹はビスを手招いて、彼の耳に口を寄せた。
「……もしかしたらあの人、俺が探してた人かもしれないんす」
吐息が耳をくすぐる。ビスが上目づかいに虹を見ると、彼女はくすくす笑って肩をすくめた。
「俺、あの人が“そう”だとしたら、聞きたいこと話したいことイッパイあるんすよ。夢見た邂逅、ってやつです。今年のおみくじは当たりましたねぇ…『待ち人来る』ってありましたもん」
「……いつ、気が付いたんですか? 」
「ん? うふふー、ついさっきです。まさかって思いましたけど、たぶん間違いないかなって」
虹は小さく笑って、ニルを見つめた。あまり彼女の印象にそぐわない、見守るような視線だ。ニルは居心地悪そうに身動ぎしている。
「……その人は虹さんにとってどういう存在なんですか? 」
虹は即答した。
「そりゃ、魂の兄弟、って感じですかね。生き別れの兄貴を見つけたキブン」
ビスは驚いた。
(…この会話は初めてだ)
では彼女はこの時点で、ニルが『佐藤幸一』じゃないかと疑っていたのだ。
「それは……彼もまた、『魔法使いの弟子』だからですか? 」
二人と、そしてイモムシも、ぎょっとしてビスを見た。
イモムシとニルにも聞こえるように言ったのだ。
「ど……どこでそれを……」
「魔法使い、つまり『東シオン』でしょう? ……ニルくん、君はだからエリカ嬢のパートナーになったのでは? 」
ニルはぎゅっと唇を結んだ。何かを言うまいと、また何かを言わんとしている仕草だった。
「……違う。エリカと出会った頃の“僕”は、エリカが東シオンの娘だって知ってても…知っていたけど……それで彼女と一緒にいることを選んだわけじゃない」
「では、どうして? 」
「……エリカがエリカだったからだよ。よくは…自分でも分からないけど、彼女がよかった。僕は彼女じゃなかったら、誰の“本”にもならなかった……あなたは何を知っている!? 」
「……何も知りませんよ」
答えを求める視線に、ビスは目を伏せた。ビスは三十回分の“記憶”から求められる答えしか、持ち合わせていない。
「…内輪揉めですか? 早く回答者を決めてほしいものですね」
イモムシは憮然と言った。ビスは冷静に、その様子を“観察”する。
こちらには、三十回分の繰り返した記憶がある。既知の場所で、既知の人物の既知の言動―――――差異は明らかに、ビスの目には映った。
―――――イモムシには確かに、動揺が走っている。
握りしめられた手の平が、それを顕著に表していた。
虹は明らかに、疑惑のまなざしでビスを見る。
「ビスくん、きみも、もしかして―――――」
「君も? 」
「――――きみも、【コウ】なんすか……?」
ビスは二重の意味で驚いた。
まず、『そうか、そうきたか』という展開自体への驚き。
そして、【コウ】とは恐らくは、幾人かいるのかという驚愕である。
【コウ】とは、複数名の人物が名乗る称号のようなものなのだろうか。
虹はじりと、ビスから距離を取った。
そして虹は、ニルは『魂の兄弟』と称したにも関わらず、『【コウ】かもしれない』と自分の口で言ったビスに対して、警戒をしている――――?
「……【コウ】とは、なんなのです? 」
だからビスは、正直に疑問を口にした。するとニルはあからさまに胸を撫でおろし、虹は「なあんだ」と口笛を吹いている。イモムシもまた、こっそりと息を吐いていた。
(…なんなんだ? )
そこでピンと、一つの仮説が浮かんだ。ビスの脳裏に浮かぶ可能性は、あるいは正解かもしれないが、しかし荒唐無稽な話である。…いや、今更か。
「回答者を決めてください」
痺れを切らしたように、イモムシが急かした。
※※※※
イモムシが首元のジッパーを下げ、首元をくつろげた。
どこからともなく、ぬるぬると地面を這う黄色い煙が、彼らの周囲を舐めるように取り囲む。
「ニル君」
第一問に挑まんとするニルに、ビスは声をかけた。
「……回答に、嘘はつかないでください」
ニルは不思議そうに、そんなことを言いだしたビスを見下ろした。
「そんな、もちろんです……あの、どういう意味ですか? 」
ビスは頷く。しかし続けた。
「ニル君……虹さんはもう、あなたが【コウ】であると気が付いています」
ただでさえ大きなニルの目が、さらに丸く大きくむき出しになった。
「……誤魔化しはすでにききません」
ニルは唾を飲む。ややあって彼は、小さく頷いた。
イモムシの舌からも吐息のようにぬらりと動く黄色の煙が立ち上り、文字として視覚からも出題する。口から極彩色の煙を吐き出しながらも、イモムシはいたって涼しい顔だ。
【問壱 君の魂の出生を、正確に述べよ】
「……生年月日を言えってことでしょうか」虹がつぶやく。「いやでも、んな面接みたいな質問……」そして、自分で取り消す。
「これは個人の解釈による問題なのではないでしょうか」
「つまり――――これという正解の無い問題……ずばり国語の問題、ってことっすか? 」
「そうですね……ニル君がどう解釈するのか」
虹は分かりやすく渋い顔をする。ビスは静かな目で、状況を見守った。
「…………」
ニルは沈黙している。
「回答は」
イモムシが事務的に急かした。
「……すいません」
ニルは俯いて、またしばし沈黙した。
「どうしたんでしょう……」
虹はおろおろと、戦況を見守る。
「――――僕の、魂は」
そこでまた止まる。じりじりとした時間が過ぎた。
「………」
虹がはっ、と息をのむ。
「回答を」
イモムシが急かした。
少年はうなだれていた顔を、ぐいと上げた。その丸い目が目の前の“敵”ではなく、背後の、ずいぶんと小柄な少女へと向く。
虹は挑むように、彼を黄色の目を見返した。
「……僕の魂は、日本、C県桜群、七月一日生まれ、1999年に公立中学に通っていた二年生。十四歳の夏休み、図書館から、気付いたら知らない喫茶店にいて―――――」
彼は語る。
「そこで、魔法使いに出会った。僕の魂は、魔法使い――――東シオンに師事した時のまま……」
虹はまっすぐに、少年を見ている。
「僕の魂の名前は、佐藤幸一。――――【幸せ】の一文字で、【幸】と、呼ばれていたんだ……! 」
視線の先、虹がにっこりとして、右手を差し伸べた。
「偶然ですね! 俺も魔法使いの弟子でして、喫茶店アルバイトの【虹】と申します! 【幸せ】の象徴、【虹】と書いて、虹ちゃんっす! 」
ビスは虹とニルの肩越しに、イモムシを見つめた。吹きつけてきた風が、ざわざわと小枝を揺らした。 ビスのフードを流した風は、隠し続けてきたビスの金色の目を露わにする。
―――――これがビスが導き出した、一つの回答だ。
イモムシが耐えるように目を瞑る。
【正解】
『arachnoid』、ドラマティックな元気の出る楽曲です。




