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IRREGULAR  作者: 陸一じゅん
⇒フィールド:名前のない森にて。イモムシは煙に巻く。
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語り部さんの最初の話2



 これは、『佐藤幸一』が、『幸』になるまでの短いハナシ






 目の前に現れた少女に、俺は眼を瞬いて首を傾げた。紫の目、白い肌、秀麗な顔立ち。ただ本と違うのは、“彼女”は黒い髪をしていたことだ。

 ちょっと猫に似た顔立ちをしかめて、彼女は俺をじぃっと……値踏みするような、しつこい視線で見た。

 ここは市立図書館。俺は本棚に今、背を向けて、振り返ったところで、彼女がいたスペースなんて無いのだけれど、そんな小さな不思議には、俺はさして心躍らなかった。

 ―――――きっと勘違いに違いない。

 たまたま、綺麗な女の子が俺の死角にいて、たまたま、俺の背後に滑り込んだのだ。

 しかし彼女が、俺を驚かそうという意図でそうしたのだというのなら――――だから俺は、不思議そうな顔のまま、彼女の顔を見返した。


 下心など無い。ただ、ちょぅっとした遊び心で、こちらも返してみただけだ。


「……なによ」

 彼女はいかにも気分を害しましたと云わんばかりに、唇をひん曲げて腰に手を当てる。理不尽。

「ほんっとうに、普通そうで……逆に普通っぽくないっていうテンプレートよね」

 ……ん?

「そう、あんたのことよ。あんた、ワルイ意味で普通っぽいのね。予想以上だわ……まるで将来犯罪を犯しそうなボンヤリした顔しちゃって」

 彼女はたっぷり息を吐いて、今度はヤレヤレ頭に手を当て、いかにも頭痛を抑えるように肩をすくめて、上目使いにジットリこちらを見て――――――そこで俺はようやく、ああ、初対面の女の子に貶されている…と、びっくりした。


 自慢ではあるが俺『佐藤幸一』という、とっても地味で素朴な名前だけに他人に理不尽な敵意を向けられることに免疫がない。

 平和な世に十四年ちょっと生きてきて、ちょっとしたイジメには経験があるけれど、こんなふうにナチュラルに淡々と自己を酷評されるのは初めてだった。

 すごいや、まるでラブコメの冒頭みたいだ。

 彼女自身、舞台女優か天性の女王様と呼ばれていそうな堂の入った罵倒だった。きっと、毎日友達にこういうこと言ってるんだろうなぁ。いや、そもそもこんな人に友達いるのかな。

 瞬きの合間にそこまで考えて、俺は魔女さん(仮名)を見つめ返した。

 すると、色っぽく魔女さんは言う。

「ねぇ、今、とんでもないこと考えたでしょう。私には言えないようなこと」


 重ねて言うけれど、俺にヨコシマな心は無かった。その方面に関しては、俺はまだまだ幼いと自負しているのだ。

「……誘導尋問ってやつ? 」

 おそるおそる、次はどんな言葉が返ってくるかと期待にドキドキ胸を高鳴らせながら――――俺は、魔女さんの挙動を待つ。

「ふん」

 魔女さんは鼻息ひとつ鳴らすと、腕を組んで、ちょっとニンマリしたように見えた。お眼鏡にかなったのだろうか。

 彼女はすこし頬を紅潮させて、嬉しそうに、「ふふふ」と笑う。……どういうこったい。

 そこで俺は、なんとなく手元の本に視線を落とし、なんとなーく、こう聞いた。

「あなたは魔女? 」

「そうね、魔法使いかしら」

 ふふふ、と、まだ彼女は笑っている。


「ねぇ、この前の金曜日、九時から映画がやっていたんでしょう? 」

「……え」

 急激な話題転換に、俺は脳みそをかき回した。

「やってたね。金曜ロードショーでアニメ」

 そして、この話題を広げたいのかと察した俺は、さらにステップアップにかかる。「この時期になるとやるよね。夏休みだから」

「ふぅん、そう……」

 こけた。


 しかしこれは俺が悪い。見るところ、彼女はガイジンさんじゃあなかろうか。……なら、日本のテレビっ子の夏の風物詩なんて知らないよね。仕方ないよ。

 そう自分をなぐさめていると、魔女さんはまた、「ふふふ」と笑った。


「……思いだし笑いかい? 」

「ええ、そうね。あんた見て思い出したわ」

「そういえば、思い出し笑いする人ってスケベらしいね」

「あら、あんたいつから私にセクハラできるほど偉くなったの? 」

 それは内容はまるで罵倒のはずが、やけに柔らかい声で返ってきた。……びっくりした。まるで、子供に母親が出すような、優しげな女性の声だったんだから。


 実は俺は、この人を知っているのだろうか。

 ―――――いやぁ、知らないんだなぁ。残念なことに。

 そういえば、俺はいつまで図書館の奥まった場所で、謎の美人と立ち話してるんだろう……。これはきな臭いぞぉ……。

ゾクゾクした。もちろん、ワルイ意味でだ。


「君は俺を知ってるの」

「ええ、よーく知ってる」

 ざんねんだったな……その答えは予想済みだ。

「どこで? 」

「じゃあ、こう言ってあげるわ。『未来で待ってる! 』――――ってね」

 そりゃあ、呪いをかけられた女の子が、お相手の魔法使いに言う台詞だ。――――って、あれ?

 彼女は嬉しそうに、満足そうに笑って、俺の両肩を掴んで、顔を寄せてきた。

 どきん! 胸が高鳴る。―――――額に、柔らかい感触が。ちょっと残念、と思うくらいには……俺も男だ。


「……いいこと教えてあげる。一世一代、もう一度だって言わないから、これからの人生よーく覚えときなさい……」

 魔女さんは俺の耳元でささやいた。



「……私はあんたが、だーいすき、よ」

 ちゅっ



 ほっぺたに柔らかいものが当たった! と思った後、浮遊感が俺を襲う。彼女が俺の肩を押したのだ!

 どすん!


 盛大に尻もちをついた俺は、床に手をついて、図書館の絨毯じゃないことにびっくりした。……フローリングだ。

 顔を上げて、またびっくり。

 お店だ。

 バーカウンダ-がある。けれど、お酒を出すって雰囲気じゃない。

 ―――――喫茶店だった。


「き、きみ、凄いとこから入って来たけど……大丈夫かい? 」

 男の声がしたので顔をあげて、三度びっくりした。

 あの、『自称・魔法使い』の魔女さんにそっくりな顔の男が、俺を見下ろして眉を下げているのだから。

 彼女を大人の男にしたら、こんなふうだろうな、というような男だった。和服の袖をまくって、似ても似つかない情けない下がり眉だけれど。

「す、すいません…すぐ帰ります! 」

 しゃっきり立ち上がって、俺はあたふたしながらも、出口のドアノブをひねった。

 ―――――そして四度目びっくり。

 ごうっと風が俺の頬をビンタしたのだ。市立中央図書館は、いつからラピュタに移転したのか!


 俺は四苦八苦して扉を閉め、後ろでおろおろしている男に向き直った。

「……あの、ここはもしや動く城ですか? 」

「い、いやぁ、俺の店は動かないよ」

「あの……俺って、どんなところから入ってきました? 」

 男は無言で、指で上を指した。天井で平和にファンが回っている。


「あ、あなたはもしや……魔法使いですか…! 」

「えっ」

 男は驚いた顔をして言った。





「そうですけど……それが? 」

 それがって!



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