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IRREGULAR  作者: 陸一じゅん
⇒フィールド:名前のない森にて。イモムシは煙に巻く。
42/77

ワールドパターン2 賢者いもむしの場合

加筆編集して再投稿

 3.


「ジャンケンしましょう! 」


 虹が拳を握って振り上げた。

「いやでも、ジャンケンはさすがに……」

 はしゃぐ彼女を、ニルがやんわりとたしなめた。

「ジャンケンほど公平な審査方法も無いのですよ? 」虹はけろりとそう吐く。

(……あれ? )

 ビスは胸中に浮かんだぼんやりとした感覚に、胡乱に首をかしげた。

「ビスくん? どうしかしましたか」

 そんなビスに虹が目敏く反応する。しかしビスには、これといって何ということも無いのだ。『ちょっと頭の仲がモヤッとしまして…』なんて云えるほど、ビスは開けっぴろげに正直ではない。

「……ジャンケンが、どうして公平なのですか? 」

 ビスが苦し紛れに口にした疑問に、虹は嬉々として語り始めた。

「そりゃ、勝率が限りなく平等だからですよ。個人を分析していたら、三つのうち一番出しやすいやつは分かりますがね。でも普通、そこまでしませんでしょ? 」

「ですが、ようするに反射神経と動体視力が優れていれば、分析も運も必要ないのではないでしょうか。相手が出す直前の手の筋肉の動きを確認できれば……」

「あっは! ビスくんたらぁ、普通、ニンゲンはそこまで目は良くないですよぅ~」

 からから笑い飛ばす虹に、ニルは控えめに横入りする。

「……いや、あの、虹ちゃん言いにくいんだけど……それがね、僕とこの人は出来ちゃう側なんだよ」

「へ? 」

「だからね、こう、パッ、と出す前の手の筋肉の動きから予想するんでしょ? 僕らのもといたところでは、そう珍しいものでもないんだ」

「へぇ、目が良いんですねェ、って――――あんたらマサイ族ですか! 」

 虹がツッコんだ。


 異世界へ直接派遣され活動する実動員――――局員が生き残る術として受ける訓練の、通過点としての技能の恩恵は、途方もないといえる。あらゆる能力を、飛躍的に向上するために訓練する。もはや、肉体改造と云えるレベルである。

 ニルも『本』とはいえ、相棒と同じ訓練を受けているのだから、当然治めている技術の一つになる。

 そういえばそうだった。盲点だった。虹が一般人のくくりに入ることを、ビスはすっかり忘れていた。

 この少女は、やけにこの場に馴染むのだ。そこが穴だった。

 ビスは小さく安堵の息を吐いた。――――そして、また首をかしげた。

 先程の『モヤッ』としたものが、虹の(意味の理解しがたい)叫び声を合図に、音を立てて遠ざかる感覚がした。それにひどく―――自分でも予想外に――――安堵してしまった。


「ううむ……では、さらなる公平な選抜手段を考え出さねばいけませんね……」

「もう立候補制でいいんじゃないですか? 僕、やりますよ」

「そうですね…ニル君にお願いしましょうか。あちらを待たせるのもいけませんし……」

「えー! 結局話し合いで決定っすかぁ 面白くなぁ~い」

 虹が唇を尖らせる。

 イモムシはそんな彼女を見下ろし、口の端で笑って言った。

「いいですよ。私は待ちましょう……どうぞ、ご存分に」

「……そのサービスは無償でしょうか」

 いつにない棘のある声が出たことに、一番驚いたのはビス自身である。ニルは一瞬不思議そうな顔をしたが、疑問を口には出さなかった。虹は言うまでもなく、許可が出たことを喜んでいる。


「もちろん、無償です。個人的に彼女のパフォーマンスが気に入ったので」

「えーっ! うさんくさいお兄さんに気に入られても嬉しくなーい―――もがっ」

 ニルの手が、虹の上あごと下あごと引っ付けた。「虹ちゃん、もうちょっと口を閉じとこうね」

 ビスは悶々としながら、脳みそを捏ね繰り回す。体調面以外でコントロールできない自分は、久々にも過ぎて戸惑ってしまう。

(いつも居るべき人がいないから―――? )

 妙に軽く感じる肩をすくめてみても、何かが根本的に違う気がする。

 頭で疑問符を浮かべながらも、口から出てくるのは攻撃的な内容だ。

「詐欺の手口に騙されるわけにはいきません。我々はこの後、身を軽くして任務に合流せねばならない。ここには一般人もいる――――この不可解な状況で、懸念の芽は一つも残したくはありません」

「……用心深いことで結構」

 イモムシは顎をジャージの襟に埋めた。そうすることで、彼の鉄仮面がより深みを増す。

「いいでしょう――――では迅速に、回答者を選別してください」

「僕が行きます」

 即答だった。


「ビスさん! 」ニルもついに、咎めるように叫んだ。

「いったいどうしたんですか」

「…僕がやることで、何か不都合でも? 」

「そんなことありませんけど……でも……不都合があるのは、ビスさんの方じゃないんですか……」

 渋い顔で、ニルは困惑を露わに頭を掻いた。

「このままでは自滅してしまいますよ……ビスさん、落ち着きましょう」


(落ち着く? )

 ビスは目を丸くする。改めて周囲を見渡せば、確かに今、自分は何事かに動揺していたようである。ニルでさえ、先ほどの怯えなどは、どこかへ吹き飛ばしているのだ。

 ビスはゆっくりと目を閉じた。一瞬後に開いた目は、もう平静を保っている。ニルは驚いた。


「……ニルくん、虹さん、やはりここは、僕が回答者になりましょう。恥ずかしながら、自分は口がうまくないので、うまくは言えませんが……」

「いいっすよぅ。なんかこの場は、ビスくんがリーダーみたいだし」

 どうということもなく虹が言う。

「僕も異存はありませんよ」

 まだ不本意そうな顔をしながらも、ニルもそう応えた。

 粛々と、ビスは目を伏せる。胸に浮かんだのは、彼らへの感嘆と、そして感謝だった。

 ――――子供のように、自分は駄々をこねていた。彼らはそんな自分を、なだめて許してくれた。

「……ありがとうございます」



 落ち葉を踏みしめ、ゆっくりとイモムシと相対する。

(……どんな顔をしているかと思ったら――――)ビスの顔を一目見て、彼は内心、鼻で嗤った。

(酷い顔だ。まるで餓鬼じゃないか)





『分からないことを分からないままで許されるのは、子供と弱いやつだけなのよ? あなたは強くなりたんでしょう? 』

 幼いころ、まだ『イモムシ』が【イモムシ】では無かった頃、アリスが言った。

『知恵が無い生物と、ある生物の差は歴然よ。特に人は、考えないと死んでしまう生き物だもの。知恵がないやつは高みには行けないの。――――あら、でも馬鹿でいるっていう知恵もあるわ。あなたはどんな大人になりたいの? 』


(私は貴方にふさわしい大人になりたい)

 大人になれば全て叶う。そんなことは無いという事だけは、赤ん坊の頃から知っていた。貧しさは病気だ。身体も心も食いつぶそうとする。全ての人がかかる疫病は、そこにあることが罪だ。

 身が貧しい貧乏人も――――心が貧しい金持ちも―――――彼らは等しく病人で、病をまき散らす罪人である。日の当たらない地獄に繋がれている。地獄の水は、汚いくせに存外甘いのだ。

 病を甘受して抜け出そうとしないのは、もっと罪だ。

 では豊かさとは何か? イモムシにとっては、豊かさの究極の象徴はアリスだった。

 豊かさの頂点にいる彼女は、いつだって恵みの雨を、貧しいものに降らせている。女神は前髪だけしかない、なんて、けち臭いことは彼女は言わない。チャンスは等しく、彼女の見る世界全てに振っている。

 アリスの世界に居る限り、彼らは必ず幸せになれるはずだ。


 ――――貧しさという罪を駆逐し

 ――――――罪人は悔い改め

 ――子供は死なず

 ――――――――正義のもとで、人々は安心して眠る

 ――――――人々が考え

 ――――――――――人々が等しい武器を持ち

 ―――――――――――――そして誰もが、武器を使わずに日々過ごす


 アリスが創るのは、そういう世界だ。

 知恵をつけよう。時には馬鹿にだってなる。――――アリスと世界のための、そんな知恵を。


 この身に隠し持った毒は、義父である我らがチェシャー猫の特製のものだ。今この場では、『本』のあの男にしか効かない特注品である。

 ニルを殺す。なんて愚策だと、自分でも嗤ってしまう。彼を殺しても、ゲームの勝ち負けすら決まらない。ただイモムシ自身が、『悪い芽は摘んでおこう』というだけの、それだけのこと。

 先のことをまったく考えていない無策な策だ。


 イモムシは、目の前の“敵”を見る。

 子供。貧小で貧相で貧弱で、見るままに貧しさに憑りつかれた子供。

 しかしイモムシは『知って』いる。彼は特別な子供だと。


 イモムシはアリスの真似をして大仰に腕を広げ、声高に、朗々と宣言した。


「さぁ、最初の“勝負”を始めましょう! 」





 ❤❤❤❤





 まずいもむしが口をひらきました。

 

「どんな大きさになりたいね?」とそいつがたずねます。

 

「あ、大きさはべつにどうでもいいんです」とアリスはいそいでへんじをしました。「ただ、こんなにしょっちゅう大きさが変わるのがいやなだけなんです、ね?」

 

「『ね?』じゃない」といもむしが言います。

 

 アリスはなにも言いませんでした。生まれてこのかた、こんなに茶々を入れられたのははじめてでした。だんだん頭にきはじめてるのがわかります。

 

「それでいまは満足なの?」といもむしが言いました。

 

「まあ、もしなんでしたら、もうちょっと大きくはなりたいです。身長8センチだと、ちょっとやりきれないんですもの」

 

「じつによろしい身長だぞ、それは!」といもむしは怒ったようにいいながら、まっすぐたちあがってみせました(ちょうど身長8センチでした)。

 

  「でもあたしはなれてないんですもん!」とかわいそうなアリスは、あわれっぽくうったえました。そしてこう思いました。「まったくこの生き物たち、どうしてこうすぐに怒るんだろ!」

 

「いずれなれる」といもむしは、水パイプを口にもどして、またふかしはじめました。

 

 アリスはこんどは、いもむしがまたしゃべる気になるまで、じっとがまんしてまっていました。一分かそこらすると、いもむしは水パイプを口からだして、一、二回あくびをすると、みぶるいしました。それからキノコをおりて、草のなかにはいこんでいってしまいました。そしてそのとき、あっさりこう言いました。「片側でせがのびるし、反対側でせがちぢむ」

 

  「片側って、なんの? 反対側って、なんの?」とアリスは、頭のなかで考えました。

 

  「キノコの」といもむしが、まるでアリスがいまの質問を声にだしたかのように言いました。そしてつぎのしゅんかん、見えなくなっていました。


 (ルイス・キャロル著/『不思議の国のアリス』『プロジェクト杉田玄白』http://www.genpaku.org/alice01/alice01j.html引用)





 ❤❤❤❤




【問壱 君の魂の出生を、正確に述べよ】

『回答』九月一日 本の国 西部地方 本の一族居住地区外れ 葦畑前の平屋

 父、ダイモン・ケイリスク 母、ロキ・ケイリスク 兄はスティール・ケイリスク 後見人、ロメロ・Z・ミアロ 

【正解】


【問弐 


 ライオン

 小鹿

 ヒツジ

 カキ

 ユニコーン

 ドードー鳥

 グリフォン

 息子


 今回のゲームにて、回答者側の特性キャラクターである。これらそれぞれの配役を、正式に述べよ】


『回答』

 ライオン…周 晴光

 小鹿…本の一族、ニル

 ヒツジ…本の一族、ファン

 カキ…虹の友人の少年

 ユニコーン…エリカ・クロックフォード

 ドードー鳥…スティール・ケイリスク

 グリフォン…ビス・ケイリスク

 息子…虹


【正解】



 ※※※※


「~~~~~っ三問中二問の正解っ! こ、これでこっちの勝ちっすよね! ねっニルさん! 」

「そ、そうだね! これで最初の勝負は勝ちだ! 」

 イモムシは、冷ややかに視線を彼らに向ける。

 ビスならば、正解すると思っていた。

(いや、むしろ勝ってもらわねば困る)

 忌々しいことに、彼がここで負けるほどでは、他でもないアリスが困るのだ。

 彼には誰よりも強くなってもらわねばならない。そのために、あの“ニル”という少年は邪魔だ。“ニル”には不確定要素が多すぎる。あの少年の存在そのもので、これからどう転ぶのか分からない懸念がある。

 たった一つの命を奪うことに、何の躊躇いがあろうというのか。

 甘いではないか。事は始まっている。駄目になってしまってからの後悔では、“もう一度”は許されない。

 ビス・ケイリスクは、“ニル”という爆弾を抱えたまま、これからの戦いを生き延びることができるだろうか?

 答えは否。このちっぽけな子供の為りを見てみればいい。こいつはまだ、まっさらに何も知らないのだ。見たままその通りの、ちぐはぐさ。彼の運命は、いち早く渦中に放りこまれているというのに!


 いやはや、生まれというものは難儀なものだ。彼が【ダイモン・ケイリスク】の子供でなければ、せめて母が、本の一族でなければ――――それこそ、アリスの膝元、この世界に生まれてさえいれば、彼は自分の様に、血も運命も断ち切られていたのかもしれない。

 私は花売り女の母と、蟒蛇うわばみ男の父から生まれた。

 覚えているのは、毛玉だらけのセーターと、かかとの裾が汚れた長すぎるズボンと、ささくれた黒ずんだ指先、たまにだけ食べられた、ドロドロの甘すぎる蜜が入ったチョコレート。部屋の床に敷かれた絨毯は踏みしめられていてひどく固く、そこで転ぶと、肌にたわしに擦られたような傷がつく。裸でそこに寝転んだ時のありさまなんて想像もしたくない。

 だから花売りの母は、よく背中が痛いと愚痴っていた。風呂上りにその細かい擦り傷に薬を塗るのは、物心ついた時から私の仕事だったのだ。


 もうこの世界には、イモムシを【イモムシ】と呼ぶ人間しかいない。花売り女が呼んだ名前は、もう自分の頭の中にしかない。

 その事実を何となしに思い出すたび、イモムシ少年はスッと爽快な気分になった。彼が礼服として故郷の民族衣装を着る意味はそこにある。


(だから私は、アリスを至上とする。彼女が私を【イモムシ】にしてくれたのだから。


 私の勝負は、まだ終わっていない。

 これはアリスのための勝負。他でもない私自身が、私に負けを許さない。


 ※※※※


 ビスは吐き気をこらえていた。頭が常に揺れているような気がする、酷い頭痛だった。

 回答が始まったと同時に悪化した頭痛は、頭蓋を割って中身が出ようと反乱を起こしているようだ。勝利の実感より先に、意識すら朦朧としてくる。

 それでもイモムシから目をそらさないのは、自分の中の、何かの衝動によるものだ。意味不明、明瞭としない、言葉にならざる『こうしなくては』という想い。この頭痛は、自分に対しての何かの警告なのかとすら思う。

 イモムシを真正面から見据え、ビスはぞくりと悪寒を奔らせた。濃い影をしいた表情が帯びた色を、ビスと――――そして、ニルだけが知っていた。


 それはほんの一瞬の出来事。

 イモムシは大きく足を踏み出す。隣を風のように走ったイモムシを、ビスは見送ることしかできなかった。

 三人のうち、一番早く行動を起こしたのはニルだ。しかしそれも、一歩届くのが遅い。


「ひぎゃあ」

 間の抜けた悲鳴をあげて、虹がイモムシの腕の中に納まった。右腕で細い首を捉え、特徴的に小柄な虹の足が地面を掻く。

 イモムシが左の手首を反すと、袖口から、凶刃が飛び出した。


「……動かないように」

 虹の頬に、白刃があてがわれる。

 生暖かい夜風が、頭の上で木の葉を揺さぶった。真っ黒の木陰に縁取りされた空では、黄色の雲と三日月が哂う。

 ここは太陽ある現世ではない。アリス女王の君臨する、地底の国だ。

 アリスこそが法、アリスに従う者こそが法。




 ―――――さぁ、第三の問題です。





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