ワールドパターン1 本の虫の場合~Rebirthing~ ※中篇※
※イモムシの三問クイズ※
・出題者はイモムシ
・回答者は三名のうち一名のみ、交代なし
・問題は三問のみ
・一度に限り、他の仲間との相談ができる
・一度に限り、また返答に難しい問題だった場合、回答の拒否を実行できる
「ジャンケンしましょう! 」
虹が拳を握って構えた。先程まであんなに青い顔をしていたのに、何を想ったか、けろりとして意味もなくはしゃいでいる。
「いやでも、ジャンケンはさすがに……」
「ジャンケンほど公平な審査方法も無いのですよ? 」
しぶるニル。虹は唇を尖らせる。
「ジャンケン……? 」
耳慣れない単語に、ビスは静かにニルの顔を見上げた。
謂わずとも何かを訴える視線。この短時間での信頼の証か。ニルはしぶしぶ口を開き、頭と口と手を動かし始める。
「……あー、えーっと…ジャンケンっていうのはですね、運試しの簡単なゲームなんです。こう、拳を握るのが『グー』といって石を表して、こう、二本指を突きだすのが『チョキ』鋏で、手の平を出すのが『パー』紙となります」
そこまでの説明で、なるほど、というように頷くと、引き続いてビスが朗々と、
「つまりこういうことですね? 『石』は『鋏』に挟まれても、刃こぼれするので勝ちますが、『鋏』は『紙』なら切ることができるので勝利し、『紙』は……この流れなら、『石』に勝つのですね? 」
虹とニルは目を瞬かせる。
「……はい、その通りです」
「三すくみのルールですか……最後の紙が石に勝つ、というのが解せませんね。ただ包装されただけで負けとは……」
考え込むビスに、ニルは心なし肩を落とす。
(……何なんだろう……この人は)
鉄仮面でぶつぶつと考え込むビスに、不覚にも和んでしまった。見下ろした白い旋毛に、ニルはそういうえばこの人は疎うべき禁忌の子なのだ、と思い出す。
はっとする。そして自分もまた、“本の一族のニル”なのだった。
(……落ち着くべきだ)
ニルは喉を鳴らして唾をのむ。(今は落ち着くべき時なんだ…! )
「いいですかビスくん! ジャンケンは『最初はグー! 』から始めるのがナイスなのですよ! かの志村御大が普及した公平的なルールっす。『最初っから! 』はナシっすよ! 」
「はァ……最初はグー、の掛け声で始めたらいいんですね? 」
「理解が早くて助かります! 」
虹はそこで、なぜかビスに向かって敬礼している。彼女の天真爛漫すぎる奇行に、ビスのみならず、あちらで見ているイモムシも、鉄仮面がより硬く強固になっているように見えるから不思議だ。
「ま、まぁ、ルールは分かりましたよね? 早く決めてしまいましょう」
「……私も、そうしてもらえると助かりますね」
イモムシが憮然と言った。
最初はグー! ジャンケンぽん!
拳を握るビス。
指を二本差し出したニル。
……同じく、指を三本(親指と人差し指と小指)差し出した虹。
「……虹ちゃん」
「なんですか、それ」
説明されたルール外の戦法に、ビスは大いに困惑した声を出す。
「………最強の一手です」キリッ
「……ふふ…惑う観衆たちよ……とくと見るがよい。――――グー、チョキ、パー、相反すべき三つの矛――――それすべてが融合し、何物も貫けぬものは無いと謳われる。これぞ最凶の最終兵器―――あいたぁっ! 」
温和で通っているさしものニルも、手を出したことに後悔はしなかった。
※※※※
仕切り直しの末、イモムシと対峙したのはニルだった。強張った表情で、ニルは無表情を貫く少年の動きを見守る。こうして並んでみると、彼らはほとんど同じ程度の目線だ。ニルの方が、いくらか背が高いか。
イモムシもニルも、童顔が際立っているが背はそう低くは無いし、体躯もけして貧弱ではないように思えた。
ビスは脳内で、彼について記述されたファイルをめくる。
――――ニル少年は、武道を収めた“本”だ。
“本”はけして、矢面に立たない。補佐担当を貫き、相棒の強化に徹する。任務中は原則として、書物の姿から人としての姿へは戻ることはない。
それは、かれらは自分自身への“強化”は出来ないからだ。彼らは人に戻れば人でしかなく、身体をいくら鍛えようとも、人としての能力からは逸脱しない。持っているのは、一般人程度の体と、他者に人並み外れた力を宿す能力、それだけだ。外見も、多くが小柄で手足が短く、脂肪も筋肉もつきにくい。
ニル少年は、エリカと共に成長したと云っても過言ではない。異世界人といっても、最初は誰もがただの“人間”である。
なぜかニルという少年は、彼女が学ぶことを一緒に学び、彼女と同じだけ鍛錬し、彼女以上に本を読み、冬越し前の栗鼠のように、あらゆる力をその身に貯めこんでいるのだ。
ドングリ眼の温和そうな顔をしているが、能力値のどの面から見ても、このニル少年は一隊員の専属補佐で終わる人材ではないのは明らか。誘いもそれだけ多いはずである。何のために、と謂われれば、エリカのためなのだろう。
エリカ・クロックフォードは、彼女自身が特異な存在だった。東シオンの娘―――先天的に、付属された“特異点”。
彼女に行き過ぎともいえる献身をするニル少年の行動は、さしずめ後天的な“特異点”。
――――もしかするとニル少年の方が、より根の深い特異点なのではないか。
最も、今回は『クイズ』なのだから、使うのは身のこなしではないのだけれど、知恵の面だとしても心強いのは変わりなかった。
最初の“勝負”が開始する。
※※※※
出題者と回答者を取り巻くように、どこからともなくモクモクと周囲に黄色の霧が湧いた。地をぬるぬると這うような雲に、ビスと虹はニルと分断された形となる。
イモムシはジャージのジッパーを下げ、首元をわずかにくつろげた。
「問い壱」
動いたイモムシの舌からも、吐息のようにぬらりと動く黄色の煙が立ち上り、文字として視覚からも出題する。口から極彩色の煙を吐き出しながらも、イモムシはいたって涼しい顔だ。
【問壱 君の魂の出生を、正確に述べよ】
「……生年月日を言えってことでしょうか」虹がつぶやく。「いやでも、んな面接みたいな質問……」そして、自分で取り消す。
「これは個人の解釈による問題なのではないでしょうか」
「つまり――――これという正解の無い問題……ずばり国語の問題、ってことっすか? 」
「そうですね……ニル君がどう解釈するのか」
虹は分かりやすく渋い顔をする。ビスは静かな目で、状況を見守った。
「…………」
ニルは沈黙している。
「回答は」
イモムシが事務的に急かした。
「……すいません。計算してました」
ニルはそう前置きし、口を開く。
「出身は本の国の南部、生年月日は、こちらの暦に換算して七月一日、家族構成は――――」
「不正解」
黄色い雲が言葉をぶった斬るかのように、大きな大きなバッテン印をかかげた。
虹が悲鳴を上げる。
「素直に答えちゃった! 」
「………大丈夫ですかね」
ビスの頭痛がことさらに痛んでくる……気がした。
問題三問、うち、一問不正解。あと一問不正解でゲームオーバー。
引くも行けず、進むも難し。
――――いきなりの崖っぷちである。
※※※※
【問弐
ライオン
小鹿
ヒツジ
カキ
ユニコーン
ドードー鳥
グリフォン
息子
今回のゲームにて、回答者側の特性である。これらそれぞれの配役を、正式に述べよ】
(これは正解できる)
ビスはイモムシの顔をうかがった。この問題は引っかけではないだろう。必要なのは記憶力と推理力だ――――ビスは右手で、ポケットにあるルールブック、【ブックマーカー】の表紙に触れる。
(難関だとしたら、この次ではないだろうか)
イモムシの表情筋は、いくらビスが睨み付けてもぴくりとも動かない。
これは【ゲーム】なのだ。そして彼は、確かに敵陣である。【敵】として、このイモムシという男は最初の敵としてあまりに理不尽すぎた。
「すいません、質問いいですか。ルールには回答者に対しての質問は、原則禁じられてはいませんでしたよね」
ニルが律儀にも、片腕を上げて言った。
「……一度ならいいでしょう。なんですか」
「ルールの確認です。僕は、自チームの人間を若干二名知りません。面識もない。正確に名前を知らなくても、呼称がそれ本人のことだと分かれば正解になりますか」
「ええ、名前でなくても、私が理解できれば名前でなくてもかまいません」
「じゃぁ――――【グリフォン】はエリカ。【小鹿】は僕。【ライオン】は晴光、【ヒツジ】はファン、【ユニコーン】がビス・ケイリスク。【息子】が虹……」
ニルはきちんと覚えていた。
【ブックマーカー】に書かれた記述、順番、ニル・ビス・虹、そしてエリカという確定している特性。
そしてこれからが、“ニルの知らないこと”になる。
「残りは【カキ】【ドードー鳥】ですか……あっ、そうだ、ニルさん知らないじゃないっすか! 」
虹が頭を抱えた。
「絶望した! これは絶望的っすよ! 俺、ニルさんに俺の相棒の名前を教えてません! 」
「……そうですね」
そう、だから先ほど、ニルはイモムシに確認したのだ。
「イモムシは言いました。本人の名前でなくてもいい、彼が認証できればそれでいい、と」
「【カキ】は、虹ちゃんの探し人だ。【ドードー鳥】は、ビスさんのパートナーの“本”の人のはずです」
【正解】
虹が歓声を上げる。分かりやすい少女である。
こんなのはただの消去法だ。少し冷静に考えれば、答えられない問題ではない。この問題で怖かったのは、ニルの記憶違いや聞き間違え、言葉間違えだった。
ビスは、イモムシの顔をもう一度うかがう。彼の表情を何度だって確認し、分析する。今この時にビスにできるのはそれぐらいしか無かったのだ。
むしろ、問題になるのは―――――……。
「……一問不正解、一問正解です。これで、二問消化されました」
にんまりと、イモムシは口角を上げた。
「……あと二問です」
「問題は全部で三問でしょう? 」
ニルが微笑み云う。彼がいつもするような、柔和で相手を安心させるための笑顔だった。―――――気丈である。
イモムシは性格が悪い。いや、手段を択ばない、というべきか。
「いいえ? あなたは次の一問を見送ります。だからあとは“二問”です」
まるで宥めるように、イモムシも言った。
「一問目、あなたは問題の真意を履き違えた。二問目、あなたは見事、正解した。三問目、あなたは答えられません。そして四問目も、あなたは答えられなくて敗北するでしょう」
「……僕は次で正解しますよ」
ビスはニルの横顔を見上げた。
(あの顔だ)
怯え、焦る表情。ニルがビスに晒した、もう一つの表情だ。彼は今度は、イモムシの言葉に動揺している。
(……共通点はなんだ? )
虹の存在と、イモムシの言葉。彼は何を怖がっているのか。
「……【問い、参】――――――」
【回答者ニルが、東シオンの娘、エリカ・クロックフォードに現在進行形で犯している罪の告白をせよ】
「えっ……」
ニルが呆けた声を出した。間の抜けた声色とは裏腹に、彼の顔色はみるみる色を失っていく。
そしてなぜかニルは、振り返って、虹を見た。
「な、なんすか……? 」
虹が上目づかいにニルを見返す。―――――彼女もまた、分からない。なぜ彼は【罪の告白】を強要されたこの場で、自分を振り返ったのか。その仕草はまるで、何かを確認するようで。
そう、ニルは確認していた。
前に向き直った彼は、しかし出題者とは視線を合わせられずに、俯いて震える。
「……ぼ、僕は、この問題には答えられません」
そして。
「この問題は見送ります……次の問題を、お願いします―――――」
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いもむしとアリスは、しばらくだまっておたがいを見つめていました。とうとういもむしが、口から水パイプをとって、めんどうくさそうな、ねむたい声で呼びかけてきました。
「あんた、だれ?」といもむしが言います。
これは会話の出だしとしては、あんまり気乗りするものじゃありません。アリスは、ちょっともじもじしながら答えました。「あ、あ、あの、あまりよくわかんないんです、いまのところ――少なくとも、けさ起きたときには、自分がだれだったかはわかってたんですけど、でもそれからあたし、何回か変わったみたいで」
「そりゃいったいどういうことだね」といもむしはきびしい声で申します。「自分の言いたいことも言えんのか!」
アリスは言いました。「はい、自分の言いたいことが言えないんです。だってあたし、自分じゃないんですもん、ね?」
「『ね?』じゃない」といもむしが言います。
「これでもせいいっぱいの説明なんです」とアリスはとてもれいぎ正しくこたえました。「なぜって、自分でもわけがわからないし、一日でこんなに大きさがいろいろかわると、すごく頭がこんがらがるんです」
「がらないね」といもむし。
「まあ、あなたはそういうふうには感じてらっしゃらないかもしれないけれど、でもいずれサナギになって――だっていつかなるんですからね――それからチョウチョになったら、たぶんきみょうな気分になると思うんですけど。思いません?」
「ちっとも」といもむし。
「じゃあまあ、あなたの感じかたはちがうかもしれませんけれど、でもあたしとして言えるのは、あたしにはすごくきみょうな感じだってことです」
「あんた、か!」といもむしはバカにしたように言いました。「あんた、だれ?」
(ルイス・キャロル著/『鏡の国のアリス』
『プロジェクト杉田玄白』http://www.genpaku.org/alice02/alice02j.html引用)
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