きのこアレルギー~月のワルツ~
1/7 修正
2.
無垢で曇りなき眉と
不思議の夢見る瞳の子よ!
時は駿く、我ときみとは
半生の歳の差があろうとも
きみの愛しきほほえみは確かに
愛の贈り物たるおとぎ話を勝ち得るはず
きみの輝かしい顔も見ず
銀の笑いも耳にせず
きみの若き人生の将来に
我が思い出の居場所もないはず――
でもいまのきみが、我がおとぎ話にさえ
耳を傾けてくれれば十分
別の日、夏の日差し輝く頃
始まりし物語
ボートを漕ぐリズムに
あわせた簡単なチャイム
そのこだまがいまも記憶中に生きる
ねたむ月日が「忘れよ」と言おうとも
では聞きなさい、辛辣な報せを携えて
恐怖の声がやってきて
歓迎されぬ寝床に
憂鬱なる乙女を召還する前に!
愛しい人、われわれもまた年老いた子供にすぎず
就寝時刻の接近を嫌うのだ
外では霜と目も開かぬほどの雪
吹き荒れる気まぐれな嵐風の狂気
室内では暖炉の赤い輝きと
子供時代の喜びの巣
魔法のことばが汝をしっかり捕らえ
汝は荒れ狂う風雨に気づくこともない。
そして過ぎ去りし「しあわせな夏の日々」と
消え失せた夏の栄光のための
そしてため息の影が物語を
一貫して震えぬけようとも
それが悲嘆の息もて我らの
おとぎ話の喜びに触れることはない。
(ルイス・キャロル著/『鏡の国のアリス』序文 『プロジェクト杉田玄白』http://www.genpaku.org/alice02/alice02j.html引用)
道なりは、ゆるやかに高低が出てきていた。木々の間の獣道を降りつつ、たまに月の方向を見る。月があるのに星は無く、月には何故か顔がある、という現状。ただし地上の木々はいたって普通の、すくすく育ったイチイの樹である。
そんな道中――――高さ2mほどの崖を、えっちらおっちら降りようとしている時、その人物は現れた。
「ばっかじゃないの。まだこんなところにいたんだ」
不遜な物言いのくせに抑揚の無い声は、ニルが六年前から毎日聞いているものだ。
木陰の暗がりから、月灯りが少しずつ、その相貌を浮かび上がらせる。
勝気な濃い紺色の眼、横にはねた前髪の癖、薄がりに発光するような色白の肌に、もちろん髪色は混じりけのない黒―――――。
しかし。
「―――――誰だ? 」
ニルは訝しげに顔をしかめ、そう返した。
「どどどどどどーいうことっすかぁ……」
虹に応える人はいない。
ビスもまた、後ろに二歩半下がる。
「……誰? 」
その人物は、ニルの問いを反芻した。
「見ればわかるでしょう? 」
「わからない。君は何者? なんでエリカと同じ顔をしてる? 」
「馬鹿だな、ここはアリスの国なんだから、鏡写しの“エリカ”くらいは出てくるさ」
エリカの長い髪は、彼の肩にはない。さっぱりと短く切られた髪型に、エリカが着ていたのと同じ、白いシャツとスラックス――――さらにはどこか知っている声色で、あの子と同じ顔をした少年は薄く笑った。
「そうとも、ここはまだアリスの国だ。あなた達はアリスの道楽に巻き込まれた。俺はルール説明役を仰せつかった。何せ、この話のルール説明はクイーンの役目だからね」
少年は崖を指さす。どこからかすうっと光が差し込み、崖をスクリーン替わりに、プロジェクターの様に画像が浮かび上がった。
虹が光の先に目を凝らすが、そこに映写機なんてものは見えない。真暗の森が見えるばかりだ。
「彼女みたいに、めんどくさいとは言わないよ。これが俺の役目だからね。いいか、ルールは簡単だ。“駒”を集めるんだ」
画像を凝視する彼らの頭に、少年は淡々と続ける。
「ここはまだまだ序盤だ。これからイモムシが来るだろう。雑兵のポーンは、最初だけ二駒進める特典があるから、スタートはこれでも二駒進んでいるんだ。このフィールドは『名前の無い森』という」
「ポーン? これはチェスなのですか」
「チェスっていうよりも、すごろくだね。これから“女王アリス”の軍政が現れる。君たちは彼らを仲間にして、駒を増やさなければならない。あちらは君たちに勝負を挑んでくるから、それに勝てば仲間になってくれるだろう。あちらの負けは、駒の数がこちらが上回った時だ」
「互いを駒に見立てて、勢力が大きくなった方が勝ち……ってこと? 」
ニルが少年に挑むように言う。
「その通り。さすがニル、理解が早いね。あちらの駒は、アリスをいれて十三人。ちなみに俺は入らない。俺はルールブックだからね。本当は女王の役目なんだけど、女王は他にいるから頑張ってね」
少年は軽く伸びをすると、気怠そうに脇にある木に背を預けた。
「君たちの駒は、八人だよ。ゲームを進めるうちに、別れた他の仲間にも出会うだろう。それを回収して、ラスボスの“アリス”に挑むのが攻略法……っていっても、一番大切な駒は、一つアリスに取られてるけどね」
少年は大きな欠伸をした。
「どういう意味だよ」
「……そのままの意味だよ。ちょっと面倒くさくなってきたな……」
視線を空にやって、少年は頭を掻く。
「このゲームは陣取り合戦だ。あちらには捕虜として、君たちにとって重要な駒をひとつ盗られてる。ああ、あの子に兄弟はいないよ」
少年は、指を一つ立てた。
「年より上には見えるけど、」二本目、「背は標準くらいだし、ついでに情報屋でもない」三本目、四本目、「わりかし色んなことを知っているけどね」
少年は五本目の指を立てると、手のひらを反して拳を握り、自分の薄い胸を叩く。「――――何より、僕とそっくりだ」
「―――――捕虜はエリカか! 」
「……いちいち回りくどい言い方をしますねぇ、このお兄さん」
うんざりした口調で、虹は顔をしかめた。
「………」
ビスは黙ったまま、顎に指を当てて何かを考え込んでいる。
「最後に、君たちのこれからの“特性”を教えよう」
少年が、横凪に腕を振るう。――――いつのまにか握られているのは、ニルには嫌というほど見覚えのある白金の剣だ。
天上で、月がけたけたと笑い始めた。月光が差し込み、木々の枝の間を縫って、ニルらの足元に落ちる。
「さっき言った通り、これからイモムシが来るだろう。そうしたら、すぐに次のフィールドだ。そこで、君たちは片割れに会える。白いのに会うかもしれないね。ウサギだとか、卵だとか。ああ、騎士は親切だ。あの人、移動以外はあまり役には立たないけど。最後は女王になる。彼女には気を付けて――――殺されないよう、言葉には注意するんだ。ゲームに血の雨が降らないよう。あと、自分の役目は、死んでも忘れてはならないよ。――――以上が、俺が教えられる攻略法だ」
言い終わるや、月がふぅっと沈黙した。少年が剣をかかげると、細くなる月光と共に、彼の姿も霞になって宵闇に消えていく。
置いてきぼりにされた一行は、ぽかんと月を見上げるばかりであった。
「意味が分からないよ――――あいたっ」
虹が頭を押さえてうずくまる。ビスがすかさず、落下物を地面から拾い上げた。
『ブックマーカー』
黒い革表紙に、そう書かれている。
『ゲームマスター/チームアンダーワールド』
アリス
・女王
チェシャー猫
・毒
白ウサギ
・うさぎ
三月ウサギ
・恋する乙女。人間
帽子屋
・×
眠りネズミ
・×
赤の女王
・注意。怪物。
赤の王
・×話が分かる。臆病。
ジャック
・騎士。足が速い。
イモムシ
・何でも知っている。
ハンプティ・ダンプティ
・ひねくれ者
A
・下っ端。話が分かる。
■■■■■■■■■■■■■■■■
・?????
『チャレンジャー/チームイレギュラー』
ユニコーン
・捕虜注意
小鹿
・忘れないよう注意
ライオン
・
ヒツジ
・
グリフォン
・頭痛注意
ドードー鳥
・
息子
・ジャバヲッキー注意
カキ
・
「下が……僕らのことなのかな」
「全部で八人だし、空白がありますもんね」
「配役が無秩序ですね……」
頭を寄せて、三者三様の意見を言った。
「無秩序とは? 」虹がビスに尋ねると、代わりにニルが答えた。
「小鹿、ライオン、ヒツジ、ユニコーンは、鏡の国のキャラクター、グリフォンとドードー鳥は、不思議の国のキャラクターなんだよ」
「“息子”は、ジャバヲッキー注意、とある以上、ジャバヲッキーの詞に出てくる“息子”でしょうし、カキは“セイウチと大工”で騙されるカキだと思います。どちらも、『鏡の国』の作中詞に出てくるキャラクターです」
「……配役に意味があるんでしょうか」
ニルが声を潜めた。
※※※※
ルールブックが予告したように、イモムシはそれからすぐに表れた。
大き目のくすんだ緑色のジャージ。眼の上まで隠れるニット帽。黒髪―――――。
「あっ! 」
木陰から現れた“イモムシ”に、虹は指を突きつけて声を上げる。
「この人! さっき俺達を襲った人! 」
「……私は警告しましたよ」
イモムシは鉄仮面を崩して、重い足取りで、こちらへ歩みを進めた。効果音をつけるなら『とぼとぼ』と、大きなため息すら吐いている。
「小鹿さま」
イモムシはニルを見て言った。
「グリフォンさま」
ビスは眉をひそめた。
「そして、息子のポジションのお方……ようこそ、女王アリスの国へ。巻き込んでしまったことに、心から謝罪いたします」
はぁああ、と、イモムシは荒んだ目をして溜息をついた。
「では私が――――これより『イモムシ』として、最初の勝負を挑みます」




