Answer?~アンダワ~
※※※※
「なぁ、シオン」
「……ん? 」
シオンは綺麗な顔にとぼけた表情を浮かべて、窓から振り向いた。何を熱心に窓の外を見ているのか。流るる雲を眺めて、無い暇を潰せるような性分でもあるまいに、何より、今日の天気は雨天である。
「……楽しいのか? 」
「いやぁ」
シオンは肩をすくめる。
「ちょっと考え事をね」
「お前が? へぇえ……」
「なんだそれ、馬鹿にしてるだろ」
「いやいや、顔に似合わず緊張感のないやつかと思ったら、実は考えすぎるタイプなんだとか、そういうところが俺にも分かってきたところだ」
「よし、馬鹿にしてるな」
「へっ、喧嘩を買う気も無い癖に。エセ平和主義者め」
吐き捨てる。
「口が悪いなぁ」と、シオンはへらへら笑って、また窓の方を向いた。俺もまた、ペンをとって机に向かう。しかしすぐに、愚痴が口から出た。
「はぁ……一度くらい、お前と喧嘩してぇなあ」
「それは嫌だ。君は強いし、絶対に怪我する」
「怪我で済むと思ってるお前がすげぇよ……まっ、そうか。お互い、殺し合いが本業だからな」
後ろ頭に、シオンの視線を感じる。不本意、確かにそうだろう。けれど事実だ。
こいつと俺は似たもの同士だ。奴の方はどう思っているかは知れないが、俺はそう感じている。
違いは、流血を好むか、好まないか、の違いでしかない。
――――なぜ戦うか。
守るため。
――――敵は誰か。
あいつを害する全て。
分かりやすい図式の元、俺もこいつも戦っている。生えている根っこは同じ、枝葉は分かれているが、なんだかんだで同じだ。『袖すりあうも多生の縁(Even a chance acquaintance is decreed by destiny)』とは、あいつが好きな言葉だが、“縁”とやらも必然に思えてくるほどだ。
この世界で生まれ、異世界とやらに落っこちて、帰ってきたらしい男。アリスはいたくこの男を気に入っているが、嫉妬も感じない。この女みたいな顔のせいもあるだろう。女のような色気はまったく感じない。かといって、同性の感じもいまいちしない。けれども、話すとよくよく通じるのだ。変な奴だった。
良くわからないやつ。でも、わかりやすい奴だった。一緒に居て気兼ねない他人というのは初めてだ。
“あの”クイーンですら、白ウサギという友人がいる。俺にとっては、こいつが初めての友人と言えるかもしれない。つまりは、初めて見つけた、F以外での“同類”だ。
『類は友を呼ぶ(Birds of a feather flock together.)』、いや、『蛇の道は蛇(It takes a thief to know a thief.)』か。
手持無沙汰に辞書をめくってみて、ようやく俺はペンを机に置いた。
「あ、チェシャー、俺も気付いたよ。チェシャーはクールの皮を被った馬鹿に見えて、実はすごく頭がいい」
「…喧嘩売ってんのか」
「う、売ってない売ってない。それもアリスのための勉強なんだろ? いいじゃんか、一途でさぁ」
シオンは眉を下げて笑う。気の強い女みたいな顔をしているくせに、ことごとく顔に似合わない表情をするやつだ。
2.
ビス・ケイリスクは、性根が真面目な人間である。そして、異世界においてしても、奇特に過ぎる生まれである。
出身世界は、“本の国”。過去に異世界人に滅茶苦茶にされ、とっくに筋書きが崩壊し、管理局の援助と保護によって生き永らえている現代の“本の国”だ。
先住民たる本の一族は、温和で気性の緩やかな民族である。過去に拉致に誘拐に奴隷という歴史を以ってして、現在その異世界人達と友好な関係を築いているところからしても、基本的に過ぎたことは水に流す主義というか、深く考えた末にも行く着くところは同じというか、いらないものも捨てられない主義とも云うのかもしれない。とにもかくにも、彼らの器は大陸のように広く、大海原よりも深い。
そんな彼らが、禁忌と定める法が一つある。
“夢人と交わるべからず”
夢人とは、彼らの謂う異世界からの民族たちの総称である。“彼らと交わってはならない”つまりは―――“異世界人との婚姻を禁ず”。
本の一族の能力は、“強化”である。ありとあらゆる力を強化する。増幅する。しかし彼ら自身は、ただの温和な気性の、小柄な体を持った民族でしかない。陰惨な過去の原因が、まさしくこれだった。
さて、異世界人に侵略をうけながらも、暴力という交流の中でも、だからこそ、男と女がいれば自然に芽吹くものがある。その結果か、いや“きっかけ”か。“過程”でか。
生まれた子供を、“禁忌の子”などと呼ばれるようになったのは必然だった。
異世界人は、本の一族の血を自分の民族にも取り入れようとした。それに伴い、てっとり早い野性的な方法を取ったわけであるが、彼らの血は凡庸性ある強大な力故に、絶対的に他の民族とは合わなかった。
生まれた子供は白髪を持って生まれる。頭が白いという以外、生まれた時だけは普通の子供に見える。
“禁忌の子”が禁忌故なのは、成長するたびに謙虚になる。生まれ持った半分の本の血が、もう半分の血を“喰う”のである。
それはじわじわと、病の様に侵食していく。温厚篤実な人格の本の一族の血が、“強化”という特性を以って片親の血の能力を摩耗させていく。症状を具体的に述べるのならば、五感が視力から先に、聴覚、嗅覚、触覚、味覚、と磨り潰されていく。
故に、禁忌。
故に、法。
ビスの奇特な生まれとは、まさしくこれであった。しかも前代未聞なことに、彼には両親ともに揃った兄がいる。
一度ばかりか、二度も禁忌を犯した両親はすでに亡い。
ビスその人は、子供の肉体を保つことで、未だ五感を保っているという現状である。
そんな彼は、真面目である。非道徳的な生まれと、同族から後ろ指を刺されるからこそなのか――――温厚篤実、小ぶりな体、そして鉄仮面という、本の一族の顕著な特徴をまるまる受け継いでいた。
ビス・ケイリスクは白い頭を右手で抱えて、よろよろと起き上がった。鼻先に、伸びた前髪がちくりと刺す。指先が冷たくなっておぼつかない。
今しがた倒れ込んでいた足元は、短い雑草が芝の様に生え茂っている。頭の上で萌ゆる緑は広葉樹。思いつく最後の記憶は、空の上で体調に悪い話を聞いたところで、ぶつりと切れている。
頭が痛い。
ビスは濡れた草の上に膝をつき、ようよう自分の体を検分した。服装は機内で着せられた、この世界の通常服である。――――懐に、“本”は無い。文字通り、着の身着のままだ。
飛行機から、意識の無いまま叩き落されたわけではないようだ。
では、ここはどこだろう。
ビスは――――空を見上げて―――――ああ、ここは目的地ではないな、と結論付けた。それどころか、知らぬうちに世界を渡ったのかもしれない。頭蓋骨の裏から、金槌で杭を打たれているように、頭が酷く痛む。
加え、こんなにも湿気が多い森なのに、喉がいがらっぽくていけない。
ビスは細い息を吐いた。
ああ、空が――――空が―――――……
空は見事な青。浮かぶ雲は黄色。なぜか太陽の代わりに月があり、今日は三日月、その月には何故か――――目と口が、そして見事な鉤鼻があるのだった。
こころなしか、月と目があった気がした。満足げに(月の、)鼻の穴が広がる。
(ここはどこだろうか)
“本”の無いビスは、ただの子供同然である。それも、虚弱体質で、平均よりも小柄な子供だ。
遭難、の文字が躍り、ひたひたと死の足音すら……。
「ふぅ―――――」
けれどもそんな足音は、ビスは幾度となく聞いているものだった。とりあえずは膝を叩いて立ち上がり、泥を払う。
足音を殺してのったりとした速度で歩き出すれば、何かに出会うこともあるだろう。
ぶるりと震えたビスは、静かに自分を鼓舞してフードを頭にかぶり、ジッパーを首まで締めた。
しばらく林中を行くと、水辺に出た。
済んだ水がこんこんと湛えられた泉の淵には、野花が控えめに咲いている。対岸には崖と滝。“絵にかいたような”というか、“絵に描かれそうな”どこかで見たような美しい場所だった。ただし空では、黄色い雲を纏った ごつい顔の三日月が笑っている。
畔沿いを、気味の悪いほど透き通った水中を覗き込みながら歩いた。
ふと、ビスは一時足を止める。
しかしすぐに、野草を蹴って駆け出した。
※※※※
目が覚めたとき、そこは水の中だった。
ごぼごぼごぼ
自分の穴という穴から、酸素が逃げていくのが見えて、コウは大変に焦った。
しかしこの状況は、コウだから良かったのだ。
コウにとっては、水というものは親友である。パニックになって、水に沈むということは万が一にも無い。浮かんだのは―――――同行人の少年の顔だ。
(やばい)
先程、大技を決めたばかりだ。“いけるか”なんて、冷静に考えている暇も余裕も無い。
コウはあえて水をいっぱいに吸い込んだ。
力の加減はしなかった。規模も分からない。―――――全力で、暴発させる。
この泉は間欠泉だったのか――――と、ビスは立ち上る水柱を見上げた。
水柱はみるみる濁流になって淵からあふれ出して、ビスの膝までを濡らした。打ちあがった水滴が、粒になって頭上からも降り注ぐ。ビスは頭の上と下からの水攻めに、一瞬にして濡れ鼠になった。
ビスは歩みを早め、泉の底を覗き込む。布のようなものが揺れているのが見えるや、ビスは躊躇なく泥濘に自ら嵌まって、両手で裾を掴んだ。
「……うう」
掴んだのは、上着についた帽子だったようだ。首元を絞められて、その人物は唸り声をあげる。半分覚醒しているのか、もがきながらも先導するビスの腕を取り、よろよろ自分の脚で岸に上がったのは僥倖である。
“彼”が、朦朧としながらも、荒い息を吐いているのを確認すると、ビスはまた泥濘に走った。――――さきほど、黒いものが見えた気がしたのだ。そう、ちょうど人間の頭のような。
もう一人は、どうやら意識を飛ばしていた。ビスより少しばかり大きいくらいだから、気絶しているその人を運ぶのは実に難儀した。
水辺からなかなか足が抜けない。気を抜くと、前のめりに倒れそうになる。
その時、ひょいとビスの体が、泥濘から浮いた。
「――――君は」
「早くその子を! 」
けして、屈強とは言えない体格の少年だったが、ぐいと引き上げてくる腕の力は、ビスに比べれはずっと強い。
三人が三人とも濡れて青い顔をしながらも、泥の中に倒れ込んだ。
いち早く回復した“彼”は、すぐに身を起こしてもう一人を診察する。息も絶え絶えになりながらも、ビスもその子供の肩を支え、彼に手を貸した。
ビスが彼に問いかける。
「……医療の心得が? 」
「いいえ……ただ、分かることがあるかもしれない。無いよりはましだ―――――一度、地面に寝かしますよ」
少年はその子供の懐を探り、患者の腰のポーチを開けた。目当てのものを見つけるや、勝手にそれを取り出して、飲み口をその子供の口に当てる。
「それは」
「この子が持っていた水です。……たぶん、脱水症状だ」
「溺れていたのに? 」
「さぁ……それは分からないけど……でも、この沼の水を飲ませるわけにもいかないし」
少年、ニルは、左腕で子供を支えながら、右手で飲み口を傾ける。ボトルが目に見えて減ったころには、彼女はうっすらと目を覚まし、自分で容器を持つほどにはなっていた。
少女はボトルを空にすると、掠れた声を発した。
「……あの子は」
「ここにいるのは、自分たちだけですよ」
「金髪の、そばかすの男の子はいませんでしたか」
コウは、張り付く髪もそのままに問いかけた。
「いいや、見てないな。君と溺れてたのは、なんでか僕だったんだ」
「……そうですか。いや、貴方でも助けられて良かったです」
「じゃ、あの水柱はキミが? 」
「はい」
真っ黒い目が見上げてくる様子に、ニルがたじろいだようにビスの眼には映った。
「そ、そう……ありがとう。助かったよ」
「いいえぇ……助けた方がこんな有様で、申し訳ないです。俺、コウっていいます。幸せの“虹”で、“虹”と読みますんで」
「僕はニル――――っていうんだ」
「あらぁ、ガイジンさんなんすね。通りで珍しい目の色をしてらっしゃる。そこのあなたは? 」
ビスは少し悩み、フードは取らないことにした。
「ビス・ケイリスクです」
「あららら、みんなガイジンさんですか」
「ああ、そもそも最初に助けてくれたのは彼だよ」
「あららららら! そりゃまた、ありがとうございます」
虹は「ははー」と大げさに頭を下げては、相手から反応が無いことに居心地悪げに座りを正し、片手で濡れて垂れた前髪を撫でつけた。
「あのう…そのう」
虹はもじもじ、ボトルを握りしめる。
「どうしたの? 」
「そのですね、質問はよろしいでしょうか」
「もちろん」
「―――――して、ここはどこなんです? 」




