Answer~アフターナイト・ワンダーランド~
今回は色々趣向を変えて、いきわっしょい。
おじいさまは、私のことを『神様の子』と言った。
真実、私は様々なことが出来た。成し遂げられない事は無かったし、私に悪いように転がることも絶対に無く、思うがままに、この世界は変化した。
唯一、私が思い通りにならない人間が二人。
おじいさまと、チェシャーという幼馴染である。
あの頃のチェシャーは、無邪気を絵に描いたような私とはまた違うベクトルで、たいそう子供らしい子供をしていた。
気に入らないことには必要以上に激昂し、癇癪をおこす。なまじ普通の人間より力が強かったものだから、手は付けられなかった。
ついでに彼は、血が好きだった。破壊衝動、その“破壊”の欲望の先にある、流れる血に興奮する性質だった。
欲望の赴くままに壊すために壊し、壊すと流れる血を見たくて壊し、そのうち、血そのものを見るためだけに“壊す”。
おじいさまいわく、チェシャーのそういいった本能的衝動は、“成功作品”に至るまでの、失敗作ゆえのものだという。
幼いアリスが、信じるものはただ一つ。
―――おじいさま。
愛しているよ、という言葉を、疑う時は無かった。私はなんでも覚える頭を持っていたけれど、本当の愛というものも知らず、真実の無償の献身というものも知らず、ただ笑っていた。
私はチェシャーよりずっと体が弱く、けれどその分頭が良かった。目の前の風景を変える不思議な力があった。
私の力は、イメージが大事である。私が『黒』を『白』と思い込めるよう、強いイメージで補助をする。
そのために、おじいさまはよく私に色々な話を聞かせた。
だから、無いことを在るようにできる空想は、今でも一番得意だ。
「アリス、●●という国のお話をしよう」
おじいさまは、たまに強請る。
「アリス。憐れだ可哀そうだと思うだろう? ねぇ? お前は優しい子だ。神様の子なんだから。そうだ、お前、やってみておくれ。この人たちを助けてあげようじゃあないか」
「おおアリス、さすがだ。お前は素晴らしい神様の子だよ。神様がお前だけに、その力を与えたもうたのだ。この世界を変えることを、お前は許されているのだよ」
でも神様から許されているから、あの力を使っていたわけではない。私は一度だって――――そうただ、おじいさまが喜ぶからだ。
その力は、何度この世界を捻じ曲げたことだろう。
生まれながらに、この世界を握っていた。まさしく神様の子のようだった。
チェシャーだけは変わらない。彼だけは、相変わらずの癇癪持ちの大将気取り。いつもにやにやしていて、いつも何かに無意味に怒っている。
でもチェシャーは、一度だって私にその凶器を向けたことは無かった。よく怒って、悪い言葉も時には口にしたけれど、せいぜい子供の言うことだ。私は彼よりもずっと酷い言葉を、知識として心得ていた。本気になれば、傷つけるべきところに傷をつけられる。口で彼には負けるはずがない。そもそもこの世に、私に凶刃を向けられるものは無い。
それでも彼は、いっぱしに私を守りたがっていた。医学の勉強を強請ったのは、私のためだって知っている。私の身に何かがあっても、わたしを守られるように。
チェシャーは私を守るために、強くなろうと鍛錬して、何もできないことがないように勉強した。そんな彼を、私はどうしようもなく愛しく思っていた。
彼のそれがまさしく愛情だった。真実の愛というのなら、彼の愛情がまさしくそうだと教えてもらった。
おじいさまから向けられる“愛”との違いは、明らかだった。
頭のいい私は、そのうち悟る。
私はこの世全てを呪うジェームズ・フェルヴィンという男のために、対世界兵器として、この世を破壊するために生まれたのだ。
“神様の子”を求めているのは、他の誰でもない――――おじいさまだけだ。
嗚呼、アリス、アリス。
お前は神様の子だよ。神様が私にくれた、素晴らしい子供だ。
アリス、嗚呼、アリス。
この世界はお前のためにある。
お前が望めば、なんだって手に入るだろうね。
お前ほど、素晴らしい子供はいやしない。
さあ、何を望んでくれるんだい?
さあ、何を私に望んでくれるんだい?
この世界は、お前のための夢の国。
何をしたってかまいやしない。
嗚呼、アリス――――。
だから殺した。
おじいさまの研究所から、研究実験体たちを連れ出した。彼らは力が強く、体が丈夫で、チェシャーのような破壊衝動があった。
彼らは私を創るまでに生まれた子供達。魔女の胎から生まれ出でた、世界を変える怪物たちだ。
いわば、私とチェシャーの家族になるべき子供たち。私が愛すべき、真実の人間たちだ。
その力は、何度この世界を捻じ曲げたことだろう。
生まれながらに、この世界を握っていた。まさしく神様の子のようだった。
私はおじいさまの物語の中にある世界が、とても好きだった。
今でも愛している。きらきらとしていて、理想と夢と希望だけがあって、空は青く、水は美しく、緑は萌えて、空気は綺麗だ。
けれど、どんな傑作が生まれようとも、この世界そのものほど美しいものは、この世には存在しない。
異世界があるというのなら、この私の世界こそが、一番美しいに違いない。
ねぇ、おじいさま。
兵器が世界を愛してしまったら、いけないのでしょうか。
世界を壊す怪物が世界を愛してしまったら、いけないのでしょうか。
貴方を殺す人間が、世界を愛していたとしたら、いけないのでしょうか。
とっても悲しい三角関係だ。まず、私は世界を愛している。おじいさまも愛している。おじいさまは、世界を憎んでいる。どうしようもなく滅茶苦茶にしてしまいたいと思っている。そして私は世界を壊すために、おじいさまに創られた。
――――そして世界は、わたしに服従している。
私から世界を開放できる人間がいるのなら、その人はきっと、私よりもこの世界を愛す人に違いない。そんな人を世界が産んだのなら、その時が私の運命の時だろう。
そんなまだ見ぬ運命の人を、ずっと私は待っている。
私が神様の子供じゃあなければ、いったい世界はどうなっていただろう。
私に他とまったく同じ、平等で理不尽な幸福を強いるのだろう。
私はこんなにもこの世界を愛しているというのに、世界は私に応えてはくれない。ただ、服従し、媚びを売って、私の眼に綺麗なものだけを魅せようとする。この世界ですら、私が望まなければ、真実の半身を露わにはしてくれない。
私が神様の子でなければ、いったいこの世界は、どういうふうに見えるのだろう。やはり美しいのだろうか。
ふと思った。異世界でなら、こんな私も普通の女になるのだろうか。
チェシャーが破壊衝動に支配されているかわり、私は好奇心に支配されている。楽しいことを捨てられない。私にとっては、この世はすべてが娯楽に満ちているのだから。
だから私は、いつだってこんなにも楽しい。毎日こんなに人が苦しんでいても、毎時ずるい人が湯水のようにお金を使っていても、毎秒こんなに人が死んでいても。
――――ああ、この世はなんてエンターテイメント。
私はアリス。
この世に選ばれし、最強の悪者だ。
1.
飛行機は、八時間ほどで目的地に到着するという。
「八時間? ……短いわね」と眉をひそめたエリカは、毛布をねだると、離陸直前に蓑虫になって冬眠してしまった。どうやら「短い」というのは、「たった八時間で海を越えるのか」という驚愕と、「睡眠時間にするには短い」の意味だったらしい。彼女も飛行機はほとんど乗ったことがないだろうに、目玉の『離陸』と『着陸』は清々しいばかりに興味が無いらしい。
この世界に良く似た『日本』出身で、経験者のはずの晴光ですら、離陸時には誰よりも高い歓声をあげていた。おっかなびっくり窓から景色を見下ろすファンちゃん相手に、ずっと口を動かしている。
僕はエリカの頭ごしに、夕日の頭が地平線そのものに沈んでいくのを見届けた。そんなころ、アリスはヒールを鳴らして立ち上がると、マイクを手に取った。
「さぁ皆々様方、このたびは当機をご利用いただき、まことにありがとうございまぁぁああす」
一部、盛大な拍手が起きる。
「シートの座り心地は如何でしょう? 飛行機は初めてというお客様も多いようで、アリスちゃんはドキドキのワクワクです。さて、ホストとして小粋なジョークも交えて、お客様にお楽しみいただきたいと思います。
当機のパイロットは、本名は辻 公平クン。22歳独身、陸上スポーツが得意な、彼女募集中のわが社の爽やか担当です。お名前で理解なさった方もいるでしょう。彼は目的地の日本出身、諸事情により、母国から遠く離れた我が社に入社いたしました。ですが、彼に故郷の案内を頼むのは、いささかお薦めできません。諸事情と言いますのは、現在彼は、殺人の容疑で指名手配されているからでございます」
アリスは続けた。
「えー、お話は六年前、いや五年前? …ああ、五年前でございます。とある築四十年の『住めば都』のワンルームアパートの一室にて、30代女性の遺体が発見されました。死因は失血性ショック死、背中を昨日のご飯を作ったであろう包丁でめった刺し、現場は凄惨を極め、まさしく地獄絵図。そこで、ぱったり姿を消した一人息子の公平くんが、容疑者として未成年ながら指名手配されたのでございます。十月十日をその身に宿した我が子の手にかかるなど、不憫な最期でございましたが、彼女の本性はまさしく悪烈と言って相違ないものでした。掘れば掘れば出てくるわ、過去の記録に残された息子への虐待疑惑、職場やご近所親戚の評判、今はなき元夫への執着たるや、まるで鬼の様だったと。……ちなみに辻くん、お父さん似という豆情報です。
うふふ、さぁて、この真実を含んだうえ、改めて問いましょう。お客様、当機のシートの居心地はいかがでしょうか? 」
……いかが? と、云われたって。
飛行機の外は、すっかり星が瞬いていた。
誰も何も言わない。シートに隠れて(相棒は毛布に隠れて)、誰の顔も見えなかった。ただ誰も、何も言わない。
あの好青年に見えた人のそんな過去、誰も聞きたくなかっただろうに。この状況は不可解で、何より哀れだ。誰がって、いきなりこんなことを暴露された辻さんも、聴いてしまった僕らも。
この飛行機はとっくに空の上。運転しているのは殺人鬼。
いかが? と、云われたって……。
「うふふ。沈黙なんて、お客様はたいそうお優しいこと。そう、この問題に答えはございません。パイロットは彼、私たちは乗客、彼を空の上でお役御免にすることはできませんし、帰るにしても着くにしても、ハンドルは彼のものなのは変わりない。お分かりですか? あなた方は、最も優しく賢い判断をなさったのです。――――すなわち、沈黙」
ふん、と、横から不機嫌そうな吐息が聞こえた。隣でいつのまにか起き出したエリカは、やっぱり不機嫌そうな顔で、半分しか開いていない目をして、前方を睨み付けている。
「沈黙、すなわち、保留です。答えを出さず、現状を現状のまま、様子をうかがっている、という状態。実に賢いですね。まことにすばらしい。これも辻クンの日ごろの行いの良さでしょうか。しかしながら、事は常に受動的です。あなたの周りも、あなた自身も、変化しないことはありません。今この時にでも、罪を知られた辻クンが、我々共々あの雲の彼方へダイブするかもしれません。“選択をしない”という一つの選択で、すべてがおじゃんになるという事態だってあるのです」
「ど、どういう意味……」
僕が漏らした言葉に、エリカはちらりとこちらを窺うだけでまた前を向いた。
困惑する僕らを眺め、マイクを片手にアリスは満足げに頷く。
「さて、もう一つ質問しましょう―――――ねぇ君たち、ホイホイついてきて、本当に良かったの? 」
――――おかしな匂いが鼻についた。
と、思ったとたん、僕らの視界は、まっさかさまに落ちて行った。
下へ―――――
下へ――――――
下へ―――――――――
そして僕らは、地底の国へ―――――――。




