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IRREGULAR  作者: 陸一じゅん
アリスの不思議な世界~本と異世界人と最終兵器彼女~
35/77

藪在住の蛇さんいわく

 飛行機の中は豪華だった。

 絨毯が敷かれ、座席は肩幅の倍はある。三〇席ほどしかない小さな機体だったが、後方には旅客機には無い娯楽スペースのようなものも設備されていて、逆に高級感が強調されていた。

 “本”の僕らにも、座席は用意されていた。

 ファンちゃんなどは、飛行機なんて知らないのだろう。そもそも、あの国で暮らしていて、座席に拘束され、あまつ空を飛ぶなんていう乗り物には縁は無い。

 僕は“飛行機”のイメージが頭にあるだけ、まだましだった。

 僕は背中に垂れるパーカーのフードを、背中に手を回して引っ張る。

 民族衣装を脱いで、異界の服を纏うということは、どこか居心地が悪かった。


「とっても、とっても可愛いですよ」

「あ、ありがとうございます……」

 ファンちゃんはすっかり委縮して、晴光の陰に隠れている。

 “三月ウサギ”の女性は、いくつもの衣装ケースを、細腕に抱えて機内にやってきていた。

 ウエーブのかかったオレンジがかった金髪。肉感的な体系を、まったくカヴァーできていない振袖姿。――――本業は、遺伝子専門の学者らしい。

 僕らを着替えさせるのはいいが、やはり女の子のお色直しには気合が違った。まず、服の枚数からして、明らかな差が生じている。

 男のおしゃれなんてこんなもんだよなぁ――――と、自分を見下ろして思う。

 ファンちゃんは、晴光の“本”である。

 年は晴光より一つ下の十四歳。珍しい長い桃色の髪をして、丸い栗鼠のような目が印象的な小柄な少女だった。気は優しく、少し臆病。

 けれども使われる側の“本”にもそれ相応の訓練は必要なので、見かけの印象よりもずっと優れた女の子である。

 彼女の華奢で清純派のイメージそのままに、淡い色のフリルのスカートが可愛らしい。桃色の髪はいつも下ろされているけれども、大きめの飾りのついた帽子まで被って、十四歳のデート前の女の子……みたいに見える。

 普段はしないおしゃれをしている晴光とを見比べて……頬を染めているファンちゃんは、とっても微笑ましく、確かにかわいかった。

 普段、彼女が禁欲的な生活を心がけているだけに、幸せそうな妹分が見られて、僕としてもなんだか嬉しい。


 ビス・ケイリスクは――――。

 端に座るビスは、頭を隠すためだろう。大きなキャスケットをかぶって、膝に“本”を抱え、うつむいてボンヤリしているように見えた。

 我関せず。

 そんな態度だ。

 彼のパートナーの“本”は、姿を見せる気は更々無いらしい。


 そして、エリカは―――――。

「ぶはっ」

 機内に入ってきたアリスは、指を指して噴出した。視線と指先には彼女。

 ……いや、今この格好で、“彼女”でいいのだろうか。エリカはエリカだから、彼女でいいのだろうな。

「そ、そっくり! シオンそっくり! きゃははははは」

「……やめてください」

「いやーっ! シオンと同じ顔でその女の子ボイス! 逆にすっごく違和感! すっごい面白い! 」

「………」

 今度こそエリカは黙ってしまった。

 エリカの衣装だけ、なぜだか趣が違っていた。黒のフォーマル、差し色にタイのブルー、髪はまとめてうなじのあたりに流して、かっちりとしたブーツがスラックスの裾から覗いている。

 アリス他が、“東シオン”を見知っているというのは本当らしく、アリスの横にいるチェシャーは、ずいぶん目つきを険しくしてエリカを見ていた。彼女を通してシオンの影を見ている。

 エリカはそれに対し、全面に嫌な顔を押し出して、さっさと窓際の席に座る。

(……機嫌、悪いな)

 どん底である。

 正直、僕も今のエリカとは接したくない。それは、今のエリカがそれをヨシとしているからだ。突けば噛むぞ、と、大げさに威嚇している。

 しかし僕は、あえて藪を突きに行った。

 黙って、エリカの隣の席を陣取る。さすがの晴光よりも、ことエリカに関しては僕の方がいい。


 ―――――黙。


「……私は――――」

 アリスの声が、晴光達との談笑に移ったころ、エリカは口を開いた。


「――――めんどくさいのは、嫌いなのよ」

「知ってるよ」

「でも、あんたが居るから」

「……うん」

「面倒見がいいのも大概にしないと身を滅ぼすわよ。……もっと私のことを甘やかして」

「うん……」

 そこは、『私のことを甘やかさないで』じゃないのか。

「……ちょっと、何笑ってるの」

 いや、そりゃあ、にやけもしますよ。


「大丈夫だよ。僕らは家族だから」

 だからいくらでも甘やかすし、ずっと一緒なのだ。

「あんたの“大丈夫”は、肝心な時に不安になるのよね」と、エリカは窓の外を見ながら言った。



 ※※※※



 見失った。

「あ~っ! くそっ」

 俺以上にクリスは悔しがり、踊り場を見下ろして地団太を踏む。

「またぁ、そんな言葉づかい、アンブレラさんに知られたら怒られますよ。お仕置きですよ」

「なんだよ! じゃあお前は悔しくないってのか! ああ腹が立つ! あいつ、絶対気付いてたんだ。わざと階段なんかに逃げ込んだりしてさ! 姿は見えないのに足音は聞こえる。自分はここにいますよ~ってアピールしながら、わざと逃げ回ったんだ」

「どうどう、落ち着いてください」

「ああもう! ふだん頭がパーなやつが冷静だとか、もっと腹が立つんだよ! 」

 もうちょっといつも通り馬鹿狂えよ! と理不尽すぎることを言って、クリスは頭から湯気を出した。

 そして、ふと―――顔色を変える。

 クリスの年不相応に冷静な部分が、激情の下から露出する。


「……おい、コウ」

「あい、わかってますよ」

 クリスは右手の傘を広げた。

 クリスのそれは、十六本骨の丈夫な傘だ。柄の部分が普通のものより太く、石突(傘の先のとがった部分)がやけに長く、立派である。

 きゅっ、と、クリスの長靴が鳴る。青い目が、階段の上を睨み付けた。俺はその後ろでじっと見守る。


 恐らくの襲撃者は、思いのほかあっさりと姿を現した。

 大き目のくすんだ緑色のジャージ。眼の上まで隠れるニット帽。黒髪。たぶん男。

 ポケットに手を突っ込んだまま、行儀悪く相手は口を開いた。

「お帰り願えますか。ここはもう、閉鎖しております」

 声変わりすぐの、若い声だった。

「口調だけは礼儀正しいじゃないか。言われなくても、用事が終わればすぐ帰るさ。アリスに危害は加えるつもりは無い」

「そうですよぅ。俺たちゃ、ただの観光客みたいなもんなんですから~」

 若者は沈黙して、俺達を見下ろした。

「僕らはアリスと喧嘩なんてしたくないよ。でもあんたがそういう態度なら、僕らも怖くて動けない。背中からズブッ……なんてことになりそうだもんね」

「いいえ……この建物・・・・から出てくれさえすれば、私はここを動きはしません。どうぞ、お引き取りを」

「……この建物から? この世界・・・・からじゃなくて? 」

 訝しげにクリスは反芻した。青い目がきらりと輝く。

(あっ、まずい)


「それってどういうことなのさ? 」

「詮索は無用ですよ」

 クリスはいらぬ藪を突いてしまった。


 “情報は生もの”アンブレラさんの教育方針が仇になった。

 ただし俺は、クリスより空気が読める。俺の小動物的本能が警告するのだ――――この人は絶対にヤバい人だって!

「閉鎖だって? このデパートはさっきまであんなに人がいたじゃないか。僕らが知らない間に何があったんだ」

「今、もうすでに、他のお客様にはお帰り願いました」

「もう僕ら以外にはいないって?……それはおかしいな、だってせいぜい十分やそこらだ。それであんなにいた人が、もうすっからかんになってるっていうの。どんな手を使ったのさ」

「クリスぅ、クリスちゃん……ねぇ、帰りましょうよ……」

「コウうるさい。僕に任せてちょっと黙ってろ」

 もうやだこの子!


「詮索は無用、と申し上げたはずですが」

「詮索じゃない。情報収集だ。僕らが安心するための、ね」

 絶対違う。ただの好奇心だ。職業病だ。悪癖だ。教育の悪影響だ。クリスは笑っている。この子ったらおしゃべり好きなんだからもー!


 若者はそれ以上答えずに、すっとポケットから手を出して右足を引いた。クリスも傘を構える。

 血の気が引いた。

 俺はとっさに、右手を振り上げた。

「―――み、水でもかぶって反省しなさい! 」

 蒸気が視界を白く染める。

 クリスが腕を凪ぐ前に――――若者が階段を駆け下りてくる前に――――。


 クリスのセーターの襟首をひっつかみ、俺は手すりを飛び超えた。




 落下――――

 落下――――


 落下――――――







 そうして俺達は、地底の国へ――――――。




次回から新章突入です

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