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IRREGULAR  作者: 陸一じゅん
アリスの不思議な世界~本と異世界人と最終兵器彼女~
34/77

酔狂ものいわく

6.


「ジャックの名前を貰ってます。今日はよろしくお願いしますね」

 ビルを後にし、少し車に乗せられて走った先にあったのは、これがまた広大な滑走路だった。まさかの個人所有だという。ここだけで、いくつ我が家が入るのだろう。……お金の力ってすごい。

 柔和に微笑む日系人らしき男は、右手を差し出した。ビス・ケイリスクはその手を取って、二言三言言葉を交わしている。一応彼が我々の責任者なので、この構図はまったく間違えてはいないのだけれど、なんだか違和感ばかりの光景だった。

 ジャックはあまり身長の高くない、細身で筋肉質な男だった。頬に傷跡があるが、面立ちはいたって普通、短い黒髪をしていて、『学生時代は運動部で活躍してました』という感じの、礼儀正しい普通の好青年だ。

 ビスの外見にも臆することなくさらりと流し、礼儀正しく頭を下げる。割り切っているのか、大人の対応、っていうやつなんだろうなぁ。


「……ニル」

 声を潜め、エリカが僕の肩を叩いた。

 ……そう、僕ら“本”は今、普通に人間の姿でいる。アリスの要望で、「一緒に楽しみたいの」らしい。

 ビスは、いざという時に本が近くにいなければ対処できないから、とやんわり主張したが、それなら二人一緒にいれば済むことでしょう? ということ。

 まぁ確かにそうなのだけれど、管理局には管理局の事情、本には本しかわからない感覚というものがある。無機物の時の体と、人間としてそこに“在る”時の感覚は別物で、ぶっちゃけると、生理現象には抗えなくなる。僕はエリカ、晴光はファンちゃんと、異性がパートナーなので、ご不浄の時は辛い。

 あと管理局側の事情としては、戦闘能力のない“本”もまた保護対象。何が起こるか分からない異世界では、原則として僕らが歩き回ることは避けなければならない。

 ま、「この世界にある危険はアリスの近くにしか無いから」と論破されてしまうと……あれ、これって論破されてるのかな。


 閑話休業。


 僕らはそっとその場を抜け出し、額を寄せ合った。

「どうしたの? 」

「……アリスに言われたこと、あんたにも話しておこうと思って」

 ずっと渋面を崩さないエリカは、淡々と、簡潔に話し出した。“話す”というよりは、“説明”という感じだ。感情は含まず、あくまで事実のみを述べていく。


「―――――あと、これを」

 エリカはポケットから、小さいノートのようなものを差し出した。革張りの表紙で、どことなく埃っぽい。

「なに、これは」

「Fの創立者――――ジェームズ・フェルヴィンの手記、ですって」

 僕はぱらりとめくり、折り線の付いたページを数行読んでやめた。

「……エリカは、もう読んだんでしょう? どこが気になったの」

 エリカはいっそう表情を渋くする。

「……ここ」




 “ 彼女は美しい女だった。紫色の不思議な瞳をしていて――――――”




「……私の世界の、故郷の国を拓いた始祖の魔女も……紫の眼をしているの」


 “後に国土となる一つの島に、一人の“魔女”が降り立った。王となるものを選別し、玉座へと導いた彼女は、最後の時までを王と連れ添う。”

 “魔女は才知と美貌に優れ、時に未来すらを予知して、永劫国を守護する魔法をかけたのだという。

 “彼女はそうして、魔法使いの始祖となった。”


 “紫の目を持つ偉大なる魔女。”


「じゃあ、君のお父さんは……」

「もしかしたら、父が私の国に来たのは偶然じゃなかったのかも。この魔女が、本当に異世界を渡る……私達みたいな異世界人だったのなら、父がこの世界の魔女と関係があったなら、もしかしたら」

 僕もまた、沈鬱とする。

 彼女は恐れているのだ。父は家族を捨てるような人だったのか。待ち続けることは無駄なのか。

 少なくとも彼は自分から望んで、両親や友人の記憶を消した。念入りに戸籍や公的な記録も、故郷にあった自分の残り香を、全て。

 異世界人の運命は過酷である。管理局のバックアップの無い生活は、帰る場所の無い生活というものは、急速に憔悴する。

 “東シオン”がそんな過酷な生き方を選ぶような、稀有な人物だとは、僕には思えない。けれどそれが事実だとは、彼に会ったことが無い“僕”にはけして断言できない。

 彼は家族のいる世界に帰ることを望んでいないから、あの日――――エリカが生まれたその日に、姿を消したのだろうか。

 自分は望まれていなかったのか。顔も知らぬ父とはいえ、血は繋がった実の親の話だ。

 エリカなら、こう考えるだろう。『本人に会った事が無い私は良い。でも、母や祖父は――――』

 それが事実だとしたら、それを彼女一人が背負うことは――――いかにも、重い。


「ねぇ、エリカ。いいように考えよう。考えても分からないことを想像したら、悪い想像のほうが止まらなくなるのは当たり前だ」

「……ええ、そうね」

 エリカは細く、長い溜息を吐いた。


「もう行こう。任務先で、おおっぴらに君と歩いて楽しめる機会だ。この先もうあるか分からないんだから」

「そうね……そうだわ」

 自分に言い聞かせるように、エリカは繰り返し頷く。

 エリカは物事を冷静に見られるが故に、まず最悪の事態を想定しがちである。それが今回では仇になっている。

 父の本当の感情を推し量るには、今ある情報はあまりに不明瞭すぎたし、当事者の彼女もまた、あまりに家族への情が深いばかりに思考に精細を欠く。一緒に考えることの出来る僕は、彼女の家庭どころか、郷里の風景さえ、エリカの主観でしか知らない部外者だ。

 部外者である僕には、話を聞くだけで答えを出せないし、答えを出すべきエリカもまた、真実を掴める域に達していない。

 頭を二度軽く叩いてやると、エリカはいつも通り背筋を伸ばした。

 凛とした横顔が、小さくつぶやく。

「何もかも、めんどくさいことばかりだわ」

「あはは、そうだね」

 いつも通りのエリカだ。




 ……と、思ったんだけどな。




 ※※※※




「ふぃー……買った買った」

 流れてもいない汗をぬぐって、俺は腕に下げたビニールの締め付けにホクホクである。


 この街は中心都市とはけして言えないけれども、しかし人が安息の眠りを取る街である故に、“都会”と“田舎”の、両面の姿を見せる土地だ。

 都市部の人口が流れる街だけあって、このショッピングモールを少し出るとすぐに住宅街があり、さらに百メートルと行かず、昔ながらの田園風景すら広がっている。これだけ人が多いのだから、きらびやかなショッピングモールも十二分に需要があるのだ。

 人々のニーズに応え、このショッピングモールはあらゆるものが揃っている。食料品は商店街と競い合うように質を上げ価格を下げ、服飾品は流行りを提供する場所に、その中で、娯楽は外せない一つだろう。

「やっぱりいいですねぇ…痒いところに手が届くラインナップでした」

「よくもまぁ……そこまで無駄なものに財布の紐が緩むよね」

 クリスの視線が痛いが、今の俺にゃあ屁の河童、というやつだ。まったく、無趣味はこれだからいけない。日々の楽しみが無いというのは、実は健康にも悪いんだぞ。

「趣味くらい、僕にだってあるさ」

 クリスは憮然と言った。真面目な顔をしているのに、背景に黄色と青の看板がちらついて格好がつかない。

「あったっけ? 」

「あるだろ、ほら」

「……イタイケな依頼者の、(精神的に)イタイケな部分をいじめるっていう、そういう趣味ですか? 」

「ちっがう! 」

 傘を振り回して地団駄を踏むと、長靴の底がきゅっきゅっと鳴る。かわいい。

「――――ああもう! お前の中じゃ、僕はしょせんその程度なんだね! 」

 いや、本当に見当が付かないぞ。これはまずい。クリスがめんどくさい女のテンプレートみたいな台詞を口に出し始めた。

「えっと、あれだっけ。えーと……あっ、あれですね、あれ。よくうちの店でやってるあれ」

「……おい、わかってないだろ」

「わ、わかってるよう。やだなぁ……あの、あれでしょ? その……折り紙」

 クリスの口がへの字に曲がる。うっすら頬が赤い。

「な、なんだよ。わかってるならさっさと言えばいいだろ」


 まじかよ。


 このクリス少年、たまに紙ナプキンを拝借して遊んでいるのは知っていたが……いや、教えたのも俺だけどさぁ…なんというべきか。

「奥の深い……ものですよね、折り紙って」

 世が世なら世界大会だってあるんだから……うんうん、あれは職人芸として極められる技術なんだ。

「そ、そうかな……あ、あとは、この前お前に教えてもらった糸使うやつも、ほとんど覚えたぞ」

「えーと、あやとりですか……」

 養い親が引きこもりだから、育ちざかり遊び盛りのはずの彼の趣味も、こんな遍歴を辿ってしまったのだろう。

 アンブレラ女史は、あまりそういう娯楽を与えてくれる人ではない。自分にも人にも、相応の厳しさとセンスを求める人だ。礼儀にも厳しく、クリスも彼女の前だと、まるで言葉遣いが違う。

 どちらも金がかからない一人遊びなだけに、それを一人、部屋で練習していると思うと……なんというか。

「クリス、本屋に寄りましょうか。その、本買ってあげますよ」

「なんだよ突然。お前、僕がこの国の文字が読めると思ってんの」

「いえいえ、折り紙の本なら絵と図がメインですから、クリスなら文章の解説は必要ないでしょう。写真付きのを選びましょうね」

「じ、自分で買うよ……そんなの」

 俺は彼の懐は、年相応なことを知っている。ああいう本はフルカラーなだけに、総じてそれなりの値段がするものだ。

「いえー……はは、これでも年上ですからね」

「僕よりチビのくせに、年上ぶって生意気だな」

 ……いえいえ、クリスはそのまま、にょきにょきすくすくとタケノコのように育ってください。

「埋め合わせは是非とも、こんどしてくださいよ」

「わ、わかった。………ありがとう」

「うふふ。いえいえ」

 俺は慈愛に満ちた笑顔で、右手を差し出す。

 クリスはその手を見て、俺の顔を見て、きゅっと眉根を寄せた。

「……何ニヤついてんだよ。気持ち悪いな」


 右手を払い落とし、クリスはさっさと先だって歩き出した。そしてふと、思い出したように立ち止まると、俺の右手の荷物をさらう。

「ほら、本屋行くんだろ」

 お、おおう……。

「いっ、今のそれは亭主関白ですか。無言の関白宣言ですか! 俺より先に寝てはいけないってやつですかっ 」

「また意味が分からないことを……」

 クリスはまた、恒例の大きな大きなため息を吐いた。たぶん今、めずらしく俺の顔は真っ赤だ。

「うぐぐ…そりゃ反則です。うっかり惚れ直しました……」

「ばっ……バカ言ってんじゃないっての! 」

「い、今の俺に何を言っても無駄っすよ……攻撃は全部、自らの糧として吸収できるモードなんです……残念なことに、もう何を言われてもクリスへの愛が増すだけです」

「ちょっ、ちょっと黙れ糞チビ! 」

 はう。駄目だ、頭が沸騰しそうだ。

「こっ、ここは、体を動かして汗を流して欲望を発散させましょう! じゃあさっそく……」

 殴られた。


「酷い。今のは言葉のあやだったのに……」

「うるさい。変態ショタコンマゾヒストの性倒錯者め……みにくい弁解をしやがって」

「ショタコンって……みっつしか違わないのに」

 これは嘆いてもいいだろう。今こそ中学生と小学生、でも大人になれば三つの差なんて、むしろお似合いのカップルである。頭が良くて現実主義のクリスが、そんなふうに思っていたなんて寂しいではないか。

 それに外見だけなら、童顔の自分はそこそこクリスの横でも、そう違和感はないと思っていたのに。

 頭のいいクリスは、すぐに自分の失言に気付いた。目を逸らして何か言いたげに唇をとがらせている。

「……べっ、べつに、僕は……」もごもご。……くっそう、意地っ張りがかわいい。

「もう、クリスは仕方ないですね。ほら、本屋にいきますよ。俺もまだ、買いたいものがあるんです」

 だからついつい、甘やかしてしまう。なんだかんだ言っても、クリスは十二歳なんだものなぁ。この年代の三歳差は、クリスにしても実に大きい。

「なんだよ……まだ買うのかよ」

「ふふふ、底なしの物欲ですよ。買える時に買うのです」

 エスカレーターに足を乗せた。

 その時だった。


 対向の上りエスカレーターで向かってくる人物がいた。

 黒髪で、ちょっと釣り目の丸い目をした背の高い人。その人は色白の端正な顔立ちで、黒いスラックスをすらりと着こなしている。

 俺は気付けば、目をまあるくして“彼”の背を見送っていた。そんな俺の頭を、衝撃と痛みが襲う。

「……おい、どこ見てんだよ」

 低い声で、一段下に立つ彼が睨み付けてくる。

 ……ううん、でも、あの人は。

 俺は首をかしげかしげ、あの人物の容貌を埋もれないうちに掘り起こした。

 ……うん。照明で分かりにくかったけれど、俺が見間違うはずがない。

 あれは確かに、黒では無くて紺色の瞳の色だったのだ。目尻の上がった猫のような目も、無駄にある目力も、横に跳ねる前髪の癖も、あの人の顔を、俺が間違えるはずがない。


「あれは―――――――シオンさん……? 」


 俺がどれほどシオンさんのことを好きか、クリスもよくよく分かっているのだろう。あの人のためなら火の中水の中、あの子のスカートの中……ごほんごほん。なんていうのは、けして誇張ではない。

 クリスは俺の肩を強く叩き、ぼんやりとする俺の手を引いて、エスカレーターを駆け上がった。

「ほら! 行くぞ! 」

「……え、でも、本屋は」

「ばか、何言ってんだよ」

 切迫した声色に、こちらの方が面を食らってしまう。

「いいか、本は寝かせるものだけど、情報は生ものだ。鮮度が悪いと味が落ちるんだ」

 なるほど、しかしそれは、誰の言葉だ。

「アンブレラさんがよく言ってる」

 どこか誇らしげに彼が胸を張った。しかし俺は、アンブレラ女史に反論を申し立てたい。

「本は糧にしてこそですよ! そして何度食べても現状によって味が変わるものなのです! 」

「ようはタイミングが大切ってことだろ! 駆け足だ! 」

 エスカレーターを逆行して駆け上がる。二階は服飾エリア―――紳士服売り場で、バーゲンでもしているらしい。人が多い。

 礼服のような服装の人もそれなりに居て、どうにも子供二人の目線では難しい。

 ――――けれど。


「いた! クリス、あそこです」

「ああもう、お前って、あの人のこととなると本当に――――」

 渋面をしながらも、クリスはいち早く駆けだした。俺の脚なんかよりもずっと強靭に出来ている脚力は、あっという間に人ごみを潜り抜けていく。

 俺も駆け足でクリスの白いセーターを追いかけながらも、周囲に目を凝らすことをやめない。

「――――くそっ、どこだ! 」

「クリス、あっち! 」

 無人の非常階段を駆け上がる。

 あんなにたくさんいた黒髪でも、シオンさんのは違う――――以前そう言ったら、クリスは一言、「お前、きもちわるいな」と言った。そんなちょっとアレな特技が、初めてこうして発揮されている。

 かつーん

 かつーん

 足音が響く。

 俺は叫んだ。

 声高に、あの人を呼んだ。






「てんちょぉぉぉおおおおお」




ふぉぉおお連続☆更新!これにて終了です。

何度も何度も何度も何度もすいませんでした。また改訂です。加筆してあります。それだけです。すいません。泣きそうです。

また書いていきます。アリス編、よろしくお願いします。

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