愛国者いわく
改訂・加筆・再構成の上で再投稿です。
「前任社長のジェームズ博士……文書にある“ドクターJ”は、未知の生命として魔女の研究を生涯研究していました」
情報屋アンブレラの方針として、情報は基本的に口頭で行われる。ここで初めて、クリスは資料として紙を提示した。
古い、白黒のフィルムを引き延ばし、プリントしたものだった。近くで凝視するには向いていないものを、クリスは広げるようにしておじさんに見せる。
そこにいるのは女だ。長い髪をした白衣を着た女が、レンズを見て僅かに微笑んでいる。
「これが、ジェームズが出会った魔女です」
「魔女……? それはどういうものなんだ」
「おとぎ話にあるでしょう? シンデレラ、知ってます? 」
おじさんは不思議そうに、目を瞬かせた。
「お願いを叶えてくれる魔女、そのものの存在ですよ。彼は彼女を使って、アリスを作りました」
「つくる……」
おじさんは、まだイマイチ合点がいかないようだ。
「なんですか。まさか生き物を創るのに、粘土を捏ねるってわけでもないでしょう。作り方、知ってるでしょう? 」
そうして生まれたのがアリス。世界を変える力を持った、神様のような女の子。
「ジェームズは、アリスの洗脳教育を施しました。それもこれも、彼女の能力で世界を手に入れんとするため」
おじさんはぽかーんとしている。
「……ちょ、ちょっと待て。私は、その、なんだ? あんなに多額の……資産を使って、そんな世迷い事を聴きに来たのか」
クリスは肩をすくめた。
「じゃあ、もうやめますか。僕が語るのは、異世界人の眼から見た真実です。貴方たちがどうやっても見られない場所から、俯瞰して見た真実です。貴方の望む真でなければ、まれにみる無駄遣いをしてしまったとでも思ってください」
「あ、いや……」
すでに帳簿は真っ赤っかのはずのオッチャンは、躊躇う様子を見せる。
「では、僕はこれで……」
なんて言って、クリスは立ち上がる。オッチャンが焦ったように「いや、」と、左手を上げてクリスを制した。
こんな時のクリスに曖昧に言っちゃあダメだ。きちんと、口に出して、『私が悪うございました。お詫びいたします。どうぞお座りになってお話を続けてくださいませんか。お願いします』と言わなければならない。
「なんですか」
「…う、その……あの……」
根性悪のクリスチャンはこれ見よがしな溜息をついて、座布団に再び腰を下ろす。
「魔女の能力は、そのもずばり、“世界を変える”ことです。アリスは、そんな魔女の遺伝子を使って実験を繰り返され生み出された。まさに第二世代の“魔女”。そしてその能力を意のままに操るために、博士は彼女を洗脳し、特殊な英才教育を施した。まあ、この時代の異変には思い当たることもあるのではないですか。あなたがまだ、地方で知事をしていた頃です。1999年の、和歌山で起こった野犬通り魔事件」
1999年。和歌山を中心に、近畿一帯で起こった野犬の狂犬病大量感染事件。
「別名は、狼男事件でしたか」
夜道を歩く人間を、獣のようなものが強襲した事件だ。
「2002年に、地方都市で同じような事件がまたありましたね」
「あった。確かに、それはあった……だが、それがなぜ、日本のあの街だったんだ」
「知らないんですか? アリスは親日家として有名ですよ? ウェブマスコットの“アリスちゃん”だって、日本のオタク文化を踏襲したらしいじゃないですか。彼女が日本に興味を持ったことのもとを正せば、この国にはオリジナルのほうの“魔女”がいたからに他なりません」
あの事件を起こしたのは人間だった。“アリス”を生み出すまでに生まれた、試作品たちの生き残りが暴走した結果だ。
「ジェームズは、着々とアリスの能力で世界自体を改変し、手に入れつつあった。この世界を外から見ていた我々には、その変化は実に顕著でした。文化も歴史もなにもかもが捻じ曲がって、一度はジェームズ博士を神様として世界中がハハーッなんて、ひれ伏して崇め讃える……なんてことにもなっていたのです。……覚えていないでしょう? 」
度重なる“改変”。だからこの世界は、管理局の眼を引くことになった。今やこの世界は、アリスが支配すると同時に、管理局がアリスの手綱を握っている状態なのである。
しかしクリスはどうやら、“管理局”という組織の存在自体をこの依頼人に教えるつもりは無いようだった。
あくまでもこの世界の異変は、すべて『アリス』のせいにするつもりだ。
「……たちの悪い詐欺にあっている気分だ」
「もうアリス自身の手で無くなった事実ですから。この世界、この二十年ばかりで常識が二転三転としてますよ。そんなことも、長くは続きませんでしたが」
2007年、アリスは当時十二歳。祖父であるジェームズ博士を殺害。アリスは自らの手で洗脳を解き、その脚でこの世界の土の上に初めて立った。
「彼女が思いたてば、この世界は思いのままになる。この世界が掌握されるのは、驚くほど、奇跡の様に速かったはず。瞬く間に誰もが平伏し、白旗を上げた――――」
「しかし……しかし……あの女が、祖国にしたことは許されることではない」
「そんなことは国民は知りませんよ。アリスは世界的に見て、そこまで酷い治世者というわけではないはずですよ。むしろなんだか景気が良くなって万々歳じゃないんですか」
「これからもそうとは限らない。問題というものは、あとからあとから出てくるものだ。完全な治世、完璧な世間なんてものはあり得ない。もしあの女一人が躓けば、世界全てが共倒れではないか。やり方が問題なのだ。あの女がすべてを隠しているのがいい例だ。兵器の発射ボタンに手をかけて、国民すべてを人質として危険にさらしたんだ。あの時、日本は震災で弱り切っていた。そこに付け込んで――――国という、一つの山の頂にいた私たちだけが、その事実を覚えている。だからこそ……だからこそ、あの女をそのままにしていくことは出来ないのだよ」
「……そのままにしておいた方がいいと思うけどなぁ。現に、他国はFに喧嘩なんて売ってないじゃないか」
偉いオッチャンは、眉間にしわを寄せて言う。
「我々は日本人だ」
「では、勝てば官軍、という言葉を知っていますよね」
クリスは『やれやれ』というように、ハリウッドチックに肩をすくめた。クリスはヨーロピアンな外見の癖にたまにこういうことをするので、俺の効率的な腹筋運動になっている。
「――――この世はアリスの天下です。強者が勝者。勝者だけが、正義を定める権利がある。異世界なんていう存在を、信じても信じなくてもいい。でも、アリスが何か得体のしれない存在だというのは分かっているでしょう? 不毛ですよ、彼女はね、訶梨帝母なんです」
「訶梨帝母……鬼子母神か」
「あれ、神様の名前なんて知ってるんですね。そうです、鬼子母神。五百人の子供がいるのに、よその子供を攫って食べる女神です。仏に子供を失う悲しみを諭されて、子供を守護する一柱になった女神……って言われてますけど、もともとはインド神話の夜叉ですから、人を喰うし、ものも盗む鬼神です。
鬼子母神は全ての子供を我が子として改心しましたけれど、アリスは違う。僕らが彼女を恐れるのは――――彼女が、盲目的にこの世界を愛してるってところです。
アリスは自分が育て上げた愛するこの世界のためなら、害ある他に容赦なんてしません。たとえ、他の世界を滅ぼしたって止まらない。彼女を止められるとしたら、それは異世界の未知なる強大な何かです。この世界では、アリスへの決定的な抑止力になるような兵器は生まれない。アリス自身、凄まじい兵器です。意志ある兵器が反旗を翻したら……結果が、彼女の生みの親の末路です。
さらにはその上で、若くして“世界”というフィールドで縦横無尽に横暴ができるほどの能力があるプレイヤー。だから僕らは、アリスに媚びるならまだしも、害を与えたくない」
おじさんは唸った。
「……最初から交渉決裂、というわけか」
「いいえ、僕は別の交渉に来たんですよ。忠告として、お聞きください。彼女はあなた方に抑えられる存在じゃあない。誰があなたに入れ知恵したかは存じませんが――――あなたがこの世界の住人である限り、彼女はあなたも守ってくれるでしょう。余所者の僕らの方が、よっぽど危険なんです」
そして、そんな“害あるもの”と接触していた“悪玉”もまた、身の安全なんて無い。「どうでしょう、ここらへんで手を引いて、件の被災地被害者の支援にでもそのお力を使うのは? アリスは親日家です。きっと、そういう努力をすれば、何か恩恵もあるかもしれませんよ」
おじさんは真っ赤な顔で、鬼のような形相になるとぶるぶる震えた。――――クリスの挑発はすさまじい。
「そもそも、それを起こしたのは誰のせいだと思っている。それは私の仕事ではない! 私はあの女を――――」「……“私の仕事じゃない”? 」
クリスがきゅっと眉間にしわを寄せる。
「そんなだからアンタ、首を斬られたんじゃないの? 」
おじさんは、ヒョットコのような珍妙な顔をして、それきり黙り込んだ。
※※※※
「……俺の故郷の“日本”も、こんなんだったんでしょうかねぇ」
我ながら珍しくも、どんよりとした気分だった。
「知らないよ……でもあんなの、極端すぎる例だ。ほとんどフィクションの存在さ。普通はああいうのが大臣なんて地位にいるはずがないんだ。この世界がどれだけ、アリスの都合のいい世界かっていうことだ」
「慰めてくれてます? 」
「……そんなわけないだろ」
クリスはそう言って、そっぽを向いた。そのままなぜか、空を見上げている。俺はちょっとだけニンマリした。
「次は俺のお使いに付き合ってもらうんだからね! 」
「ああ、はいはい……まったく、僕はキミと違って忙しいんだから、早く終わらせてよね」
懐かしのアスファルトの照り返し、空を切り裂く電線、景観を統一する気がまったくない建築物たち――――異世界だとしても関係は無い。ああ、懐かしの日本!
「なんて――――せまっくるしい空でしょうね! 」
「……本当に狭苦しい街だね」
「それが良いのです! ちっちゃ分だけ密度の濃い、味わい深い国なのです! 」
クリスは半眼でふはぁぁああと、聴いたことが無いほど深い溜息をこれ見よがしについた。
「味わい深いかどうかは知らないけど……ちっさくてマニア向けなのはコウそのものだね」
「そうですか? それは嬉しいお言葉ですねぇ」
「……褒めたつもりは無いんだけどな」
ふはーっ、とまたクリスは溜息をつく。
「でもこんなところに……何があるっていうの? 」
周囲は閑静な住宅街。真昼間の往来は、人影なんてどこにも無い。萌ゆる緑はガーデニング、空を飛びかう鳥は害獣代表の鴉、踏みしめるのは真っ黒のアスファルトという、典型的なベットタウンである。
下調べは済んでいるのだ。あの大臣がこの辺を指定してきたのにも、俺は納得する。
「この辺はですねぇ、特に派手な観光地は無いですが、そのぶん人が住む設備の整った街なのですよ。夜になれば、人口は中心都市よりもぐっと増えます」
「……余計にそんなところで何をするのさ」
「ふふふ……さっきクリスは、ここをマニア向きと称しましたね? では、全力でマニアックなお楽しみ方をするといたしましょう。そう!それこそが、この国を包み込む伝統文化の最先端! その名もサブカル、究極のエンターテインメントッ! 」
「ちょっと! 店長に頼まれたお使いってのはどうしたんだよ! 」
「もちろんのこと抜かりはありませんとも! 」
どちらが本命かは重要なことではない。結果的に完遂できれば万々歳、誰も迷惑しないだろう。
この世界の独裁者、“アリス”の親日趣味のおかげで、ここは俺が知るよりも少しだけ、そういう“文化”がより栄えているようだ。
その文化は、もはや自己表現というそのものが娯楽になっている。否、自己表現が高じて娯楽になったのか。どちらでも良い。楽しむときも働くときも、死ぬそのときでさえ、いかなる時も全力で事に興じるからこそ、世界に認められた大和魂なのだ。
参ろうではないか! さあ、我らが聖地へ!
「待ってろよ、二年ぶりのアニ●イト! 」
「なにそれ、テーマパークの名前かなんかか? いかがわしい場所じゃあないだろうな」
「やだなー、クリスをそんなところへ連れて行くわけじゃないですか」
棚によってはいかがわしいが、基本的にはまれにみる健全なる魂が宿る“素敵なお店”である。
「意味が分からないよ! 」
「おっとぅ……教えてもいないのに、そんなセリフ……いいのかい、ホイホイ着いてきちまって。まあいいさ……こいよ、ア●ネス」
「それ誰だよ」
「若いころに、丘の上で花占いをした人です」
顔に似合わず、割と硬い皮をした手を引いて大通りへ歩き出す。今日ばかりは、俺達もただの青少年である。法治の元で正しくあれとするこの国では、未成年というだけで守られる対象だ。
最低限のルールさえ守れば、俺達異世界人の日常なんていうしがらみは無い。
異世界人の日常は、イコール現地人の非日常だなんて、誰も決めてはいないのだから。
……良さげな表現をしても、ようするにただ遊びたいって言ってるだけだけどね!




