アリスいわく
改訂・加筆・再構成の上で再投稿です。
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木々萌ゆるある日、姉さんが木陰で本を読んでくれる。けれどもアリスは、赤いチョッキのウサギに目を奪われ、ちょろちょろと追いかけてしまう。
ウサギ穴を覗き込んで、アリスはまっさかさま。暗い暗い、地底のワンダーランドへ。
数々の冒険を繰り返し、アリスはついに法廷でシロウサギと顔を合わせる。けれどもウサギは女王の下僕でしかない。
免罪事件のとばっちりで首を切られそうになったアリスは、悪夢から目を覚ます。
途中、アリスは詩を朗読する。詩は当時の青少年にとって、教養の象徴の一つである。
芋虫はワンダーランドの賢者だ。しかしそれを聞いた芋虫は、アリスの朗読を「間違っている」と一蹴する。
地上のルールは、ここではまったく通じない。
アリスは裕福な家庭の娘である。三姉妹の真ん中、エルシー、レイシー、ティリーこと、ロリーナ、アリス、マティルダの中のアリス。
気はそれなりに強く、好奇心は強いおてんば。
国は女王によって治められている。「パイを盗んだ」と死刑を迫る女王にも、アリスは屈しない。
地底の国はアリスの夢の中。アリスが、マザーグースの『ハートの女王』を知っていたのは確実である。
ハートの女王
タルトつくった
夏の日 1日中かけて
ハートのジャック
タルト盗んだ
タルトを全部もってった
しかし、しかし。
アリスが『ハートの女王』を知っていたのなら、それはこう続くはずなのだ。
ハートの王様
タルト返せと
ジャックを何度もむち打った
ハートのジャック
タルト返した
もうしませんと約束した
『地底の国のアリス』作中、ハートのキングこと地底の国の王様はといえば、“ちいさなおんなのこ”のアリスの後ろに隠れるくらいに器の小さな臆病者として描写される。女王の横暴にも屈し、反論するばかりか後ろから応援する。
この『地底の国』をアリスの夢とするならば、アリスの中では王様よりも女王様が強いというイメージがあるのだろう。
母か、あるいは姉か。幼い彼女の中では、父の立場は大変に弱い。
退屈な字ばかりの本を読み聞かせる姉と、赤いチョッキに時計を持った魅力的で不思議な白いウサギ、ウサギどころか国中の男を―――王様すらも屈服させる絶対の赤の女王。
アリスは結局、そんな女王いる地底から逃げ帰り、現実の姉の退屈な朗読を選んだのだ。
そして続編。
『鏡の国のアリス』では、再びアリスは夢の世界へ誘われるが、鏡の国は地底の国とは少し違う。ここの赤の女王も強いけれど、アリスが川を超えられず困っていると、助言して手を貸してくれる。
ただの女の子でしかないアリスは川を超えるごとに成長する。
そして最終的には“赤の女王”を屈するほどの、“第三の女王”として君臨したのだ。
さて、これらすべて、過去に飽きるほど交わされた議論である。
「つまりね」
こちらのアリスは、デスクの上に肘をついて指を組んだ。
「アリスが成長し、現実の困難に勝利したからこそ、夢の世界でも勝利を勝ち取ったのだわ。アリス自身の実り、現実の世界の成長が空想を豊かにしたのね。不思議の国は最初からアリスの国だけれど、決して理想の夢の国じゃあない。不思議の国が豊かになるには、彼女自身の成長が必要だったんだわ。私はこの国こそが、“もしもアリスが不思議の国を選んだら”のエンディング後、アリスが女王になった後の地底の国として、私の夢を叶えたいの」
※※※※
「えーと」
晴光は首をかしげて苦笑いした。
「つーまーりー」業を煮やして、アリスはデスクの上に足を乗せる。
「ここは地底の国よ。青空があるのは、このアリスちゃんが天上から引きづり下ろしてやったに過ぎないわ。……んもう、比喩的表現の効かない人ね! いやんなっちゃう」
アリスはデスクの上に乗り上がり、高みから晴光を見下ろして、背景のビル群を指した。
「あのね、この世界は丸ごと私の眼が及ばないところなんて無いわ。だって最初からこの世界はアリスの夢の国なんだもの。だから私は特別なの。異端なんだわ。だからこそ、だからこそよ! 異世界人やらが私をどうにかしようとして、私がいなくなった後に、この世界がどうなると思う? ホラ、質問よ。これなら応えられるでしょう? 早く答えなさいな」
(え、ええ~……)
とりあえず、ビル群を見た。次に脇に控える白衣の男前に、視線を向ける。
目が合った男は小馬鹿にしたように鼻で笑いなさった。
(……ええ~)
どうやらこれは、彼女の護衛には恒例の面談らしい。誰もかれもこんな質問を投げているのだろうか。
こういうのもなんだが、この質問は晴光のちゃちなオツムには轟速球にも程があった。完全にデッドボールを狙ってきている。白衣の奴が、やたらとニヤニヤしているのがいい証拠である。
「いいこと! この世はわたしの治世によって平和が保たれてるわ! それがどんな方法であろうと、それは事実としてゆるぎない現状が証明しているの! 揺るがすとしたら、それは貴方たち異世界人でしょう! 」
ビシィイ、とアリスは今度は晴光に人差し指を向ける。
「そも! 世界は平和を求めちゃいないわ! 競争はすべからく本能よ! 大半の人間が、自然というサイクル、それを人間の作った文明ってやつを込みで無駄なくデメリットなく行いたいの! それには貧困も病も、それの引き金になりそうな戦争だって邪魔なのよ邪魔。メリットがあるのは一部のみじゃない。でも競争は生きるための本能なのよ! 生きるために武器を取る、それを否定はしないわ。ロマンティックでドラマティックじゃない。でもでもでもね、娯楽じゃないのよね。娯楽で終わらないのよ。鶏が先か卵が先か? ――――いいえ、卵が割れちゃあ意味がないの! でも割れなきゃ始まらない物語もある! ――――うっさいわねぇ、私はそんなストーリー求めちゃいないのよ! 」
前のめりの熱弁は、さらに続いた。
「争いは文化! 人殺しの上に成り立つ歴史だもの! でもそれじゃあ二番煎じよね、三番煎じよね、私はそろそろセオリーに飽きたわ。いいえ、たまには王道もいいけれど――――それは“たまに”でいいのよ。毎日毎日、繰り返す必要なんてないわ。でもそんな歴史こそが、私たちの本能に組み込まれてるっていう証明なのよ。
だから私は! 世界が倒すべき敵として! この世全ての悪になる! 」
ひゅーぱちぱちぱちぱち……
若干一名の拍手喝采が、空しく響いた。
「……意味がわからねぇよ」
「でもそれを実現しちゃってるから、あのアリスって人はすごいんだよ」
カップを片手に、僕は言った。
集められた会議室は、木目の美しい巨大な円卓と、高級感あるオリーブグリーンの絨毯が敷かれており、椅子も背もたれがフカフカの一級品である。その端っこだけを使うというのは、庶民肌の僕にとってはなんともくつろぎ辛かった。
ただ、びっくりするほどお茶がうまい。社長が“アリス”を名乗るだけはある。
この大きな円卓も、もしかしてアーサー王伝説からだろうか。なんて勘繰っては、少し楽しくなる。
そんな僕をよそに、晴光は広い背を折り畳み、ずべりとテーブルに突っ伏して唸っていた。
これは……「なら説明してくれよ」とでも言っているのだろうか。行儀が悪いなあ。
「それなら、まずアリスの能力について説明しないとね」
「……おーりょく? 」
「そう。その能力があるから、アリスは管理局に保護されているんだ」
やっと彼は顔を上げた。
「それって、本の一族の“増幅剤”みたいなのか」
「それよりもっと、なんでもありって感じかな」
僕は本を出して、ページを開いた。
「まず、この丸が、アリスが統治する前の世界だ」
円を描いただけの図を見て、晴光は頷く。
「で、次のこれが、アリスが“世界征服”した後の世界」
僕はその隣にもう一つ円を書いて、黒く塗りつぶした。
「……それってどうゆうこと? 」
「アリスの能力は、そうだな、“実現”っていえばいいのかな。思ったことが現実になるんだ」
「現実になる? そのまんまの意味で? 」
「うーん、というか、彼女が白を黒だと思い込んだら、それが“黒”って世界に認められるんだ。例えば――――『これは現代では白と呼ばれておりますが、実は古代では黒と呼んでいたことが判明しました。これからは黒と呼びましょう』って感じに、過去のことも全部捻じ曲げて、つじつまが合うように本当になる」
晴光は目を剥いた。「チートじゃねーか! 」
「うん。まるきりチートだよ。だから彼女は管理局にマークされてるんだ。彼女の影響下に置かれているのは、今のところこの世界だけだけど、他の世界まで支配されちゃうと大変なことになるだろ。管理局的に云うと、彼女の能力はつまり筋書きそのものを改変する能力だからさ。これが一つ目の能力」
「一つ目?」
「二つ目の能力は、その頭脳だね。彼女は頭の中で、世界の仕組みをシュミレーションできる。だから彼女は祖父を殺してでも、その権力を乗っ取って、十年で独裁者にまでなっちゃったんだ」
晴光はまずそうに紅茶を啜った。
「なんか、変な世界なんだな。実際に会ってみたら、ちょっと変な子だったけどさ」
「彼女、ものすごく頭がいいって聞いたよ。なんでも、この世界の国民は誰も彼女の正体を知らないんだって。表向き、この世界各地の治世者は変わってない。王制なら王様が治めてるし、いくつかの政治家が代替わりしたってだけ。この世界の独裁者だって、まるで誰も知らないんだよ。でも確かに、ここ数年で各地の戦争は終息に向かってるし、子供の出生率は上がってるんだ。彼女は完全に裏方で世界を操ってる」
「あれ? そういうことって、アリスの“実現”じゃあ出来ないことなのか? 」
「出来ないんじゃないのかな? この発達した文明の世界じゃ、彼女だって血なまぐさいことの一つや二つは知識としてでも入ってくるだろう? 彼女が黒を白かってくらいに思い込まなきゃ“実現”はしないさ。能力が彼女を助けはしただろうけど、実力はあるんだよ」
「それでも弱点ナシの最強だな……なんで俺なんかを指名してきたんだろ」
晴光は第四部隊に所属する、期待のホープだ。だから僕としては、彼に目を付けたのは他に指名された二人よりかは、幾分分かりやすいと踏んでいた。
でも彼とアリスが面談で話した内容を聞くに、それもどうだろうかと首をかしげてしまう。
「アリスには“F”っていう私兵があるって聞くよ。もしかしてそれに晴光を引き抜こうと――――」
「いえ、それには異を唱えますね」
晴光がぎょっとしてのけ反った。僕も、目を瞬かせて本を閉じる。
やけに焦点の定まらない、ぼんやりとした青い目で、白髪の少年は会議室を見渡す。
彼の登場のインパクトに、僕はとっさに奥歯を噛みしめていた。
「三人目の面談ですが、彼女はどこに? 」
「えーと、もう出たけど……」
晴光が訝しげに応対する。
「そうですか……」
少年は、ふむと顎に指をあてる。
見ていて僕は気が付いた。彼の視線に焦点が定まらないのは当然である。だって彼の眼には、おおよそ瞳孔というものが窺えないのだから。
眼の中心にあるはずの黒い丸。彼にはそれが無く、目の中心からは、波のような光の輪が、波紋の様に次々と流れている。
そんな奇妙な目を隠そうとしているのか、長い前髪の陰になって右目は見えなかった。
彼が僕をちらりと見た。それだけで、僕は飛び上がりそうになる。
僕は大人しく、何も言わずに“本”の体の方に戻った。
彼は“あれ”だ。間違いなく、“あれ”だ。
白い頭をしているのに。なのに管理局の制服を着ている。
昔に一度だけ、彼を見たことがあった。姿はほとんど変わらない。なぜ? もう六年も前のことなのに。
エリカと晴光と、もう一人、第五部隊の人が来るとは聞いていたけれど、まさかあれだとは思わなかった。
アリスの意図が不気味さを増す。これはタイミングも悪かった。
僕は『本』になる。
彼は“僕ら”にとって、鬼門なのは確かだった。
僕が本である限り、僕はこのビス・ケイリスクを敬遠しなければならない。これはアリスにも改変できない、異世界のルールだった。
僕は無機物、僕は無機物、ぼくはむきぶつ、ボクハムキブツ……
こんこんと自分の脳に言い聞かせ、僕は会議室の片隅で無機物に徹する。晴光の懐にいるはずのファンちゃんは、彼が現れたこの状況に、相当に戦々恐々としているだろう。可哀そうに。
このやるせなさは、心ある無機物なんていう境遇じゃなければ分からない。理解ある使用者がいなければ、僕らっていうものはなんとも、心もとないものなのだ。
ビス・ケイリスクは、そんな僕をまたチラリと見て話しだした。
――――大変だ! 無機物は耳を塞げる手が無い!
心中穏やかではないが、ここは物言わぬ一冊の本の役目として聞き耳を立てる。
「……周さん、資料に眼は通してきましたか」
「ああ、流し読み程度に……えっへっへ……」
晴光は誤魔化すように陽気に笑う。これは本当に、流すように読んだのだろうなあ、という情報が多分に含まれている。
彼は大切な話を、トイレの水かのごとく、豪快に流してしまう時がある。
ビスが心なしか、駄目な生徒を相手にするような声を出した。
「……アリスはじめ、その身辺を取り囲む複数人物を“F”と呼びます。彼らはアリスの手足で、前述のアリスの私兵集団もこれに含まれます」
「へぇ、その人たちもやっぱりスゲー人達なんすか? 」
「もともと、彼らはアリスの能力の恩恵を受けた、この世界の住民です。それぞれの分野で飛びぬけた若者が集められています。アリスになぞらえたコードネームで呼び合って、管理局の保護認定を受ける以前から、彼女を守り抜いてきました」
僕の頭にイメージが浮かぶ。ただ一人のお姫様を、閉ざされた城で侵略者から守る兵士達―――といった役割なのだろう。
侵略者とはつまり、異世界人達で。
「現在で“F”は、アリスを含んだ幹部十名です。当時は、もっと数が少なかったとか」
「……それ、無理じゃないっすか? 相手は未知の技術を持った異世界人すよ」
そう。晴光にだって分かる。両手にも余る人数で、異世界の技術に対抗する術なんて無い。彼らは未知だ。
“海底二万マイル”“十五少年漂流記”を書いたかのジュール・ヴェルヌはこう言ったとか。
『人が想像できることは、必ず人が実現できる』
彼らが物語の世界から来た以上、なんでもありなんだから。
「なんでもありなのは、アリスも同じですよ」
ビスは言った。
そう――――“F”がたった九人以下しかいなくても、そのうち一人はこの世界の女王様なのだ。この世界でなら、彼女こそが無敵なのである。
「現在、Fのメンバーは、全員が欠けることなく存命です。適性のある者が、異世界管理局の職員として活動しています。あとのメンバーはこの世界に留まっていますが、多くがかつての戦いの後遺症で、以前ほどの活気はありませんね」
「え、じゃあ、Fにとっては異世界人なんて敵なんじゃないっすか」
「蛇の道は蛇というやつですよ。管理局はもともと、アリスの能力で筋書きが崩壊してしまったこの世界をマークしていました。けれど、彼女の能力で踏み切ることが出来ない。……そんなところに、アリス自身から願い出たんです」
筋書きが予測不可能なまでに崩壊したらどうなるか?
世界にはそれぞれの、“ルール”がある。例えば、月は一つで太陽は一つ。夜は空けて日は昇る。毎日制服を着て、学校に行く。世界中で食事を誰もしない日はないし、誰もが目を覚まさない日も無い。どこかで、新しい物語が生まれている。
筋書きが崩壊するっていうことは、そんな当たり前の“ルール”に別の“ルール”が捻じ込まれてしまう、っていうことだ。
明日、陽が上らなくなるなるかもしれない。永遠の冬になるかもしれない。星の回転がいきなり狂って、生物の住めない灼熱の地になるかもしれない。
物語の中なら、異界の者を召喚して世を混沌に染める……なんていうのは、ラスボスの魔王の専売特許だ。
なるほど、アリスはこの世界にとっては魔王様なのか。魔王様自身も、異界の魔物なんていうのは門前払いしたい存在だったけれど。
じゃあ彼女は、この世界を守るために、管理局に身を差し出したことになる。
――――あれ?
「でも彼女の能力があれば、この世界丸ごと、そんな酷いことにはならないんじゃないか? だって、この世界を平和に変えたのはアリスの力だろ? 必要ないじゃん」
僕が思ったことを、晴光が質問した。
そうそう。彼女の能力は実現することなのだから。
するとビスは、冷徹にも聞こえる冷めた声色で言った。
「彼女がなんのために、管理局に出頭したか? それはこの世界のためではありません」
「へ、じゃあなんのために」
「『家族』……のためだそうですよ」
「なあんだ、そういうことか。イイ人なんだな、あのアリスって子」
晴光はあっけらかんと言った。
僕は、家族のために犠牲を払う人が、必ずしも善人ではないと知っている。
そして。
世界全体を憂いて世界を変えようとする人間なんて、いるはずがないとも思っていて。いいや、いるのかもしれないけれど、僕はそんなニンゲンがいるなんて信じたくはない。
だって彼らにも家族や友人、その人生に関わった人間がいるはずなのだ。彼らを想うのではなく、世界そのものを想って動く人間なんて、過程をすっ飛ばしているようで僕はいけ好かないだろう。
なんだかとても、ルール違反な気がする。アリスという人物の能力があまりにも突飛だから、それもアリなのかな、なんて思っていたけれど。
アリス一人でも、この世界は守られるのだ。
じゃあなんで、彼女がこのどうしようもなかった世界を変えようとしたのか? 身を削って守ろうとしたのか? 敵のはずの異世界人を、招き入れるようなことを選んだのか?
そんなのは、誰でもない“アリス”という女の子を守ろうとしてくれた人のためだったという筋書きは、なんだか素敵な気がする。
うん。なかなか素晴らしい魔王様である。
僕は本である前に人間なので、彼女が愛される理由が少し分かったような感じで、なんだか嬉しかった
。
※※※※
しばらくして帰ってきたエリカは、少し機嫌が悪いように思えた。
僕の隣に座ったエリカに、小声で尋ねる。
「どうしたの? 何か言われた? 機嫌が悪いような……」
「別に。大したことじゃないわ」
ため息交じりに、エリカは視線を下に向けた。君がそう言うのなら、僕は口をつぐんでいよう。
「あれー? エリカ、なんか機嫌悪いな! 」
と、僕が彼女の横で沈黙モードになった側から、ふらーとやってきた晴光がエリカの肩をバシバシ叩いて喚き散らす。
「ハァ? 悪かないわよ。ばっかじゃないの」
エリカの黄金の脚が鋭く冴える、冴える。
晴光は聞き苦しい悲鳴を上げて、絨毯の上をのた打ち回った。なにぶん、体が大きいので、あちこちぶつかって余計に痛そうだ。
おいおい、ポケットの本を潰すなよ。本でも人間。痛いんだから――――。
さて、語り部こと本のニルは、まさかこの時にどこか知らない異世界で、大変なことが起きつつあるとはまったく思っちゃいなかった。
やけに広い会議室。相棒のエリカはなんだか機嫌が悪いし、晴光はそんなエリカにちょっかいを出しては痛い目にあうのはいつも通りだし、そんな彼の懐で、桃色の髪をした本の女の子はいつも通り黙ったまま。
ビス・ケイリスクは、まだ僕らには弱みなんて見せてくれない。彼はこの時、酷い偏頭痛に悩んでいたのだとか。ケイリスク家の長男は、見ての通り沈黙を守っている。
独裁者は摩天楼の世界を見下ろし、楽しそうに笑っている。側らには、少し意地の悪い性格の最愛の夫を添えて。




