語り部いわく
改訂・加筆・再構成の上で再投稿です。
2.
彼女は言った。
「やっちゃ駄目って誰が決めたのかしら。それが魅力的なんだとしたら、きっと他の人にとっても、それは魅力的なんじゃないのかしら。例えば、状況にはよるでしょうけれど。ファンがいるってことは、それだけの人が好む理由があるってことだもの。そりゃあ個人でどうしようもない好き嫌いはあるでしょうけれど、だからって、他人の好みを否定する理由にはならないわよね? ねえ、なんであれも駄目でこれも駄目なの? 」
「精神科医みたいなことを言うんですね」
「人間の内側を見ようとしているんだから、そりゃあそうなるでしょう? 私はねえ、人殺しがいけないとは思わないわ。そりゃあ、同種殺しと言うと悲劇でしょうけれど、私は銃をバカスカ打ちまくる映画やアニメは大好きだし、実際この手は人を殺してるし、殺せと命じたこともあるものね。でもあれを必要なことだったと感じてる。悔いもなければ、言い訳もしない。もし、もうちょっと違う状況なら、あの人たちが生きているパターンもあったのでしょうけれど、でもまあ、『そうなってしまった』んだもの。仕方ないわ」
「誰もかれもが、そんな風に考えるわけではないですよ」
「知ってるわ。でも何事も変えられるのよ? 私が出来ることは、みんなにも出来るわ」
「それが出来るのが、貴方だけとは考えないの? 」
「じゃあ、私が出来ないことをあなたは出来るとも考えないの? 見ての通り、私はチビな女よ。腕力も体力も無いし、妊娠する機能もない。ほら、こんなに弱い女の子なの」
「でも貴方は強い」
「そうね。でもあなたも強いわ」
「俺の、どこが」
「どこが? そんなの決まってるじゃない。あなたは男の子で、このアリスより背が高くて筋肉があるわ。何より他とは違うのは、あなたは魔法使いだもの。魔法って力が使えるじゃない。それだけじゃない、剣だって扱える。戦える。ほら、どこが弱いっていうの」
「……でも、俺は」
「泣かないで。あなたは優しいわ。それも魅力的。悩むって事は、考えをやめない力があるってことよ」
「あなたも悩みますか」
「私はまず悩まないわ。最初から正解が分かるから、悩む理由がないの。ほら、私の弱点はこれなのよ。だから貴方たちには、ずっと悩んでいてほしい。私に出来ないことで、私に勝ってもらわなきゃ」
「無茶なことを言うなあ」
「どっこい無茶じゃないのよ。言ったでしょう。私に出来ることを、他の人が出来ないわけがないの。この世界で誰かが私を打ち負かしてくれる――――そんな時を、私は待ってる。これが私の夢なのよ」
「……え、それって、死にたいってことですか」
「いいえ? 別に死にたいわけじゃないわ。だって私ってほら、好奇心の塊だもの。一億年たったって、この世界に飽きるわけがないのよね。物事は変わるものだし、新しいものはどんどん生まれるし。でもね、もし殺されるとしても、それが必要なことだったら私はそれでいいの。私がおじい様を殺したようにね。言ったでしょ? 人殺しがいけないことだなんて思わないって」
「……そうですね。俺も、あいつらを殺してしまった。でも……俺が殺めた中でも、どうしても必要なことだったと、そう思う人たちがいる。後悔がちっとも湧いてこないんです」
「私はいつでもそうよ」
「でも、なんで殺さなきゃいけなくなったんだろう、っていう人たちもいます」
「それは状況がそうだったのだわ。ちょっとの違いでその人を殺さない筋書きもあったんでしょうね。でも、その時はそうだったのよ。貴方もその人も、不運だったわ」
「……不運」
「でも幸運だったのは、殺したのが貴方だったってこと。あなたは絶対に忘れないでしょう? あなたはずっと、悩んでる。あなたの頭の中は、その人たちのことでいっぱいだわ。それって死者にとっては名誉なことよ」
「………」
「だからって、楽しむことをやめないで。いくらでも悩んで、そして幸せになるのよ。記憶、経験っていうのは財産なのよ? それが無いと今のあなたは無いのだもの。どんなものであっても、悔やんでも、今を楽しまない理由にはならない」
「………」
「ねえ、シオン」
「……はい、アリスちゃん」
「世界は、素晴らしいものじゃないといけないのよ。貴方もあなたの世界の一部だものね、あなたの世界を素晴らしいものにする努力をしなくちゃ。シオン、私はあなたが大好きよ。だからあなたが哀しいと、私も哀しいわ。それは、あなたも私の世界の一部だからなのよ。幸せになって、シオン」
「はい……」
「誰かを幸せにしなくちゃね、そうでしょう」
「……俺といて、あの人は幸せになるのかな」
「あなたが幸せになるのなら」
「………」
「あなたには、あなただけの力があるんだから。それで守ってあげられるでしょう? 」
「……はい」
「その人が幸せなら、あなたも幸せでしょう? 」
「はい」
ぱたん。
俺は本を閉じる。
悩め、か……。
俺は後悔ばかりだなあと思う。散々悩んだあげく、その結果でも後悔してばかりだ。
実に情けない。
俺は頭を掻いて、その本の背表紙を指でなぞった。小脇に転がるペンをインクが垂れないように蓋をして、ペン立てにしまう。
東シオンはいつだって、誰かのために戦っていた。その誰かのために他の誰かに刃を向けて、時に殺めた。
戦いが終わった後、彼はいつも涙を流していたのだという。俺がその現場を見たことが無いのは、あの人が俺に見せないようにしていたからか、それとも……。
……うん。
少なくとも、俺はあの日だけは後悔していない。
空は晴れているのに、冷たい雨が降る。そんな不思議な夕立の日だった。
市立中央図書館。魔女に出会ったその場所から、俺は夢から覚めたようにあの喫茶店を訪れる。
そして、東シオンという、世界を変えるために生まれてきた魔法使いに出会ったのだ。
話を巻き戻そう。
これでは、全部の話が終わってしまう。それはずいぶん駆け足すぎるだろう。
“僕”の話は、まだ終わっていないのだ。
その日は、一足早い春を告げる、小雨の降る暖かい日だった。
桃色の花をつける木々が、山々を雪とは違う白に彩っている。本の国は一年の大半が温暖で、湿気を孕み、冬の粉雪さえまれだった。
この話は、僕らが第六部隊になるほんの三週間前のことになる。
可愛そうな探偵さんも、機械の体にされた淋しい双子の亡霊にも、まだ出会っていない頃。
僕らが始めて、ビス・ケイリスクに会った時のこと。
僕らが“第六部隊”になった理由の話。
前置きはともあれ、本の国の季節は春であった。
初夏には多くの雨が大地を潤わせるが、この季節で雨と言えば、霧ともつかない蜘蛛の糸のような、雨天というには中途半端な天気である。
この雨の前後には強い風があり、冬の置き忘れを吹き飛ばしていく。ついでに、あの散りやすい春の花びらも一緒に、無残に散り飛ばしてしまう。芽吹きの春の象徴は、愛でる前に無法者に散らされるのが常である。
そんな、市街から望む峰々のひとつ。
ひときわ高い、白雪の帽子をかぶった峰のうちで、エリカは桃色の花びらをたっぷりした黒髪に含ませ、枝と枝の間をすり抜けるように駆けていた。
雨が肌をべったりと湿らせる中、魔女の足取りは軽やかとは言い難い。
脇腹には、重い銃火器が左右それぞれ一つずつ。彼女は足場を選び選び、木々が枝を向ける斜面を登っていく。
不思議なことに、木の葉を踏みしめる音はしない。鉛の金属音もしない。衣擦れの音さえも。
無音の呼吸音、エリカは口の中で、声無く――――絶えること無く――――呪文を呟いている。顔には汗の滴が流れ、疲労の色も濃い。
ふと、彼女は、森をぬったりと動く影を遠望し、傾斜に身を伏せた。
……――――ピピッ、ピピピッ
円柱の体に丸い頭をつけた、手足のない珍妙なロボットが、上下に浮き沈みしながら道なき道を進んでいる。
シルエットこそ間抜けだが、森に溶け込む迷彩柄がボディのプリントされ、丸い頭をぐるぐると回す姿は奇妙故に恐ろしい。
エリカはロボットから視線を逸らさぬままに、そっと立ち上がり、次の瞬間に傾斜を駆けだした。
――――ピッ
レンズが魔女の背中を捉える。標的を追う動作に、一切のぶれはない。迅速かつ的確に、彼女と機械の間は縮まっていく。
エリカはもう、呪文を唱えてはいなかった。荒い息で、花を踏みしめながら、上を目指す。
――――木々の切れ間が見えた。
青空を背に、エリカは振り返ると、脇腹に差した武器を手に構える。ベレッタという、恐らく日本人が最も思い描く“銃”の形である。
その丸い頭を狙い、エリカは引き金を引いた。
※※※※
「なぁなぁ、試験、どうだったんだ? 」
「さぁ……それはどうかしら」
「なんだよそれ。他人事みたいにさ」
「六度目ともなると、ね」
エリカはうんざりとした口調で、最後に溜息を吐いた。
管理局で職員となるためには、研修期間というものが与えられる。これはいわば、慣れない異世界ライフでの自分の身の振り方を模索する期間だ。
基礎知識や、戦闘訓練を主として、異世界の突飛なルールの状況下でも生き残る力をつける。
『第五部隊』は、そんな研修生たちの所属する教育・育成のための部隊。
そして最終試験を経て、一から四までの自分に適性のある部隊に振り分けられる。
平均して、研修は三年で修了。ちなみに晴光は、例外中の例外で、一年の研修の後に第四部隊に引き抜かれた。
エリカの研修期間は、十歳の時から現在まで、六度目の試験である。
「不思議だよなぁ。だってエリカ、実技も座学も俺の倍は成績良いのに」
(能天気だこと)
エリカは生温い目で、隣に陣取る晴光を見上げる。異世界で生き残る力なら、エリカは確実に晴光より優秀だろう。エリカは感情を抜きで、そう自己評価する。
「それはね晴光、大人の事情ってやつが、私の就職に絡まってきてるのよ」
エリカは諭すように教えてあげた。
「お、大人の事情? 」
晴光は赤い顔でもぞもぞする。
「……何を想像しているのか知らないけど、ヤラシい意味じゃないわよ。いえ、ある意味ではヤラシいかしらね」
エリカは一息ついて、語りだした。
「――――私の父親はね、管理局に指名手配されてる違法異世界旅行者なの」




