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IRREGULAR  作者: 陸一じゅん
アリスの不思議な世界~本と異世界人と最終兵器彼女~
24/77

魔法使いいわく

改訂・加筆・再構成の上で再投稿です。

 ごぼり

 口から泡がゆらゆらと立ち上っていく。

 恐る恐る目を開けると、霞んだ視界は一面の青だった。わたしは、青い水の中にたゆたっている。

 不思議。ふしぎ。

 ちっとも苦しくない。

 わたしはプカプカ水の中に浮かびながら、目だけを動かして周囲を見た。

 黒いものが、わたしの浮かぶ水槽の前をうろうろしている。じっと見ていると、それもわたしに気が付いたようだった。

 それは小さい、小さい子供。

 視界はやっぱりはっきとしない。けれど、覗きこんでくる目が、綺麗な金色をしているのが分かる。

(―――ああ、彼と同じ色の眼―――)

 碧がかった金色の瞳は、愛しのマイダーリンと同じ色の瞳だ。子供は水槽越しに、何か言っているようだった。

 ごめんね、聞こえないの。この子がとても、可愛く愛しく思えた。

 プカプカ、プカプカ。

 ごぼり


 ごぼり……




「ママ……」

 ジジは、水槽をなぞりながらうっとりと呟いた。

 青く浮かび上がる水槽の中には、一人の女が浮かんでいる。女、いや、少女というのが正しい。

 華奢で腰も胸もなだらかな、黒髪の少女だった。

 青白く浮かび上がる肌は、作り物のように真っ白に見える。一度目を開けた少女は、目を細めて微笑むと、また微睡んで沈黙した。

 ぞっとするほど美しい、悪趣味な置物だ。ジジは隔てるガラスに唇さえつけて、余韻を味わう様に目を閉じている。

 水槽の青に照らされる魔法使いの顔もまた、真っ白の作り物のように見えた。ダルタンは、それを遠目から眺める。

 理性を手に入れたジジは、なぜか以前より一層と人形のような顔をするようになった。理知をたたえて黙ったまま虚空を見つめる金の眼の子供の姿を、ふと視界に入れて思わずゾッとしてしまう。

 こうして目を閉じる子供の横顔もまた、姿に見合わない理が宿っている。

 女の顔を子供の顔を見比べて、(……ああ)と、ダルタンは納得した。

 ジジとこの少女は、確かに血縁があるのだろう。こうして目を閉じたときの目元が、とても良く似ていた。

 よくよく見ると、特徴はずいぶん受け継いでいる。伏せると強調される長い睫、小ぶりな鼻に唇、額から頬、顎の輪郭も。

 この少女は何者なのだろう。

 ダルタンが知っているのは、ジジという少年が、魔法使いを捕まえるための“檻”として用意されたというそれだけだ。まさか、本当にこの女の息子ということもあるまい。


 ……などと考えていると、唐突に明かりがついた。打ちっぱなしのコンクリート、殺風景な灰色の内装が照らし出される。周囲には、乱雑に試験管やらが転がっているが、この部屋には水場さえ無い。

 スイッチに手をかけたまま、入り口に小柄な人物が立っていた。

「……もうよろしいですか」

「グリム……」

 叱られたガキの声を出して、ジジは肩をすくめる。

 小柄で骨っぽい痩躯に、ずるずると長い白衣を引っかけた陰気なやつ、というのがこのグリムという人物へのダルタンの評価だった。ヘリウムガスを吸ったような、男にしては甲高い声をしている。

 小柄で猫背なくせに、鷲鼻の目立つ厳つい顔をしているので、敬語がやけに鼻につく。


「ジジ、根積ねづみ様がお待ちですよ。ダルタンも早く連れて行ってください」

「う、うん……」

「けっ、俺はついでかよ」

「ええ、あなたはオマケです。連れていったらすぐ戻ってきてくださいね。お話がありますので」

「けっ! 最悪だな! 」

 ダルタンは吐き捨てる。もちろん最悪なのは、陰気なグリムと顔を突き合わせて『お話』しなければいけないところだ。

 彼らが遠ざかっていくのをしっかりと確認して、グリムは深い溜息を吐いた。

 底の見えない泥のようなコーヒーを淹れて、カップを持つと水槽の前に立つ。水槽越しに少女の輪郭をなぞり、グリムはもう一つ、溜息を吐いた。


 ※※※※




 1.


 ミゲルには、トラウマと言える記憶が三つある。

 一つは遠い昔に徴兵された土地で見た光景で、それは後々ジャーナリストとなるミゲルの理由の一つになった。

 二つ目は20の初冬、迷い込んだ異世界で初めて未知の怪物を見た時。


 三つ目は物語管理局にスカウトされた後の28の時。追い求めた戦乱の中で見た、小さな鬼神の猛攻。



 舞い上がる砂が視界を黄色く霞をかけていた。ミゲルは腹ばいになって茂みの中に息をひそめ、フレーム越しの先にある光景をフィルムに収めていく。

 物語管理局の研修は、平均して三年ほどで終わる。その間に戦闘訓練・基本知識・実習などを経て、管理局職員の地位に立つのだ。平均の三年を少し過ぎ、四年で研修を終えた二年目。ミゲル自身、二十も後半で本業だった記者としても管理局に所属する異世界人としても、まだまだ新人の心持である。

 ミゲルがこの異境で、異端民族と原住民の陣取り合戦にカメラを向けているのには理由があった。

 ミゲルが所属する第二部隊。諜報を得意とするそこで、新人が最初にするのは、違法いほう異世界いせかい旅行者りょこうしゃ、通称『イレギュラー』相手の情報ファイルづくりだ。

 膨大な資料に特攻するのは、ミゲルの性に合わない。現地に飛んで生写真を手に入れなければ、記者ミゲルミゲルジャーナリストではないのだ―――――。

 今思えば、頭の悪い若者のプライドによるものである。ようするに、ほかの新人と混じってセコセコ資料作りをするのが我慢ならなかった。それだけだ。

 薄茶色の髪をした異端民族とミルク色の髪をした原住民の、血で血を洗う争い。

 衣食住のうちの住を求めて衣も食も削っているというのに、この土地はミゲルの目にはそれほど争うほどに魅力的な土地とは思えなかった。もともと豊かとは言い難い民族同士のことだ。戦は儲かると言うが、それにしたって程がある。所詮は身内の諍いかと部外者ミゲルは勝手に呆れ果てた。

(…ん?)

 ミゲルは鼻頭にしわを寄せ、カメラを置いて双眼鏡を構えた。異端民族の薄茶色でも、原住民のミルク色でもない。原住民の方の鎧を着た黒い頭が見えた。

「みつけたっ!」

 ミゲルは茂みの奥で小さく跳ねた。

 異端者イレギュラーの中でも相当に若い異端児。十代前半という年齢にして、三十を超える世界を渡り歩いた旅人。

 ミゲルの目的は、彼の写真を撮ることだった。異端者達というのは見つけるのが難しい上に、いざ見つけても特徴というものは目撃者の口伝や、報告書に書かれる僅かな単語の羅列でしか知るすべはない。『青のシャツ・青い目・金髪』なんて資料で、どうやって特定しろというのだ。現状を知った時のミゲルの頭に浮かんだのは、『写真を撮る』という発想だった。


(シロウトが使い慣れないカメラをとっさに構えるなんてことはできない。でも、俺なら……戦場でカメラを抱いて眠っていた俺なら、きっとそれが出来る!)



 ※※※※


 少年は身を低くして地を滑空するようにはしる。額に巻いた布が光線の様にひるがえり、身を捻れば空に曲線を描く。

 軽い身なりで驚くほど大きな敵を弾き飛ばし、戦闘分野には秀でていないミゲルの目には、あまりに容易く軽快な動作に『簡単そうだ』と、錯覚を覚えるほどだった。

(得物は長太刀、体格は小柄で華奢だが……体力や力は人並み以上にあるんだろうな。あの武器は彼の体格じゃ、本の強化無しに振り回すのは辛いはずだ。しかし生身でアレとは……)

「……イリ、視力の強化頼む」

「わかった」

 ほぼ強引に引っ張ってきたはずのパートナーも、ぐんぐん上昇するミゲルの情熱に素直に協力した。視界が透明感を増し、ぐっと遠くまで見渡せるようになる。カメラを構えた。




 その時だった。




(まずい!こっちを見た!)

 少年兵の目が、茂みの奥のミゲルを捕らえる。

(いや、見えてるのか!?まさか!)

 でも目が合ったのだ。杞憂かと思った一瞬も、彼がまっすぐこちらへ向かってくることで壊される。(まさか、まさか、まさか!)

 邪魔な敵は薙ぎ払う。視線はこちらを外さない。足の歩みは異様に早く、彼はミゲルまで一直線だった。

 黒髪に黒目だと思っていた瞳の色が濃い紺色だという事にミゲルが気付いたとき、彼はなりふり構わず通信機器に叫んだ。

「帰還!帰還します!ミゲル・アモ即刻帰還――――――」


 ミゲルが最後に見たのは、太刀の先にある鬼神の瞳――――――。


 ※※※※


『―――――ちょう、たいちょう、起きてください隊長」

「うぅん…」

 唸り声を上げて第三部隊隊長・・・・・・――――ミゲル・アモはテーブルから顔を上げた。

 部隊の研究室だ……。どうやら、ここ数日の徹夜でついに意識が落ちたらしい。冷たく固い研究室のテーブルを枕に睡眠はとるものではないことを実感した。

(ひどい夢を見た…)

 坊主頭を掻き、まぶたを揉む。「お疲れですね」と、側らの部下が言った。


「そういや隊長、今期の新入隊員の話はパアになったんですか?」

 うつらうつらする前に淹れたすっかり冷えたカップを傾けながら、「ああ」ミゲルは首肯した。

「第六部隊っつー新設部隊に取られたんだ」

「新設部隊!新人を入れるってことは、どういう趣旨の部隊なんですか?」

「さぁねェ。『異端者イレギュラーの保護・捕縛・排除を主とした部隊』とかナントカ言ってたな。まー、夢人としての本質を押さえる部隊だな。基本的なことしかやらん」

「でも研究ばっかしてるウチと違って、花形って感じですね」

「花形ってのは、前線部隊の第四や特別部隊の第一だろう。なにせまだ若いの三人しか隊員がいないらしい。まだまだ試運転の正式な部隊じゃないってことさ」

「なぁんだ」

 あらかさまに肩を落とすと、部下は白衣をひるがえし研究室を出て行った。

(…俺の世話に残っていたのか、あいつ)

 実にわかりにくい気遣いである。寝こける上司を置いて帰らないところに、いい部下を持ったと改めて思う。

 しかし仮眠を取りに行ったのだろう部下を無言で見送ってしまったことに、一抹の申し訳なさが湧いた。

 自分も目が覚めたことだし、ちょうどいい。そういえば部屋に帰るのは半月ぶりだと、衝撃の事実にめまいがした。



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