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IRREGULAR  作者: 陸一じゅん
観劇:砂上運行特急~魔法使いと魔女と恋する吸血鬼~
20/77

寂しがり屋の夢

ちょっと序盤に加筆しました。

第二話の【プロローグ】のところです。

これは第六部隊結成の話になります。

ちょっと物足りないなー、と思ったので、味付けに追加しちゃいました。テヘへペロ。


 挿絵(By みてみん)


12.


 ※少し前の話※

「悠々と生きてきたお前たちが知るはずがない! 五十年前、俺の祖父がどんなにひどい暮らしをしてきたか! 貧しさを利用し、政策に協力すれば保障金を出すと、生活が必ず楽になると甘言で惑わし、どうせ学も無いだろうとロクな説明もせず! 弱いものからあのおぞましいことを強行した!

 その結果――――出来上がったのが過去の記憶を再生するだけの、未来無い幽霊たちだ! 歴史は進まない…生者にその席を譲れ! 俺達はいずれ滅びてもかまわない。俺達はどんなに暗い未来でもアギャッ――――」

「――――んなっ……なんだね君は! 新手か! 」

 闇の中から、黒髪を垂らした影が浮かび上がる。丸いヒール、禁欲的な黒のタイツ、プリーツスカート、濃く濡れた紺色の瞳。

 魔女は面倒そうに首を掻いて、手を腰に当て、彼らを尊大に見下ろした。

「あら、お話し中に失礼」


 ※※※※


「むごい! 一世一代の台詞中にむごい! エリカは何でそう、すぐ暴力に訴えるんだ! 」

「……淑女の嗜みよ」

「言い切ったな? 突っ込むぞ? ……そんな淑女がいるかっ! 」

「私の国では、馬鹿は叩いて直せって教育方針なの」

「テレビかよ! 」

「私の故郷は現役で魔法の国よ。悪い頭には魔法は効かないわ。いざという時こその親に貰ったこの手足。重要な場面には、物理攻撃の方がドラマティックでしょう」

「それは淑女と認めねェぞ! 」

「あんた、思ってたより頭カタイのね。レディがなぜ腕っぷしが強くちゃいけないの? 教養あるしとやかな女性がスカートの下はお転婆だなんて、男性から見れば素晴らしくはなくて? 」

『ヒュー! イイねイイね、それ良いよ! 俺としては、是非とも仲良くしたい淑女だねェ』

「あらお兄さんたら。綴じが緩んできてますようね。糸で縫って、ボンドで全ページ補修してさしあげましょうか? 私で良ければお近づきになれますよ」

『俺、敏感肌なんだよね! 遠慮しとくよ! 』

「……あの、そろそろ話を戻しますよ」

 ビスは、マントの下の表紙を押さえつけながら言った。

 エリカによって、行く先々で扉が吹き飛ばされた車内。

 赤い絨毯を踏みしめ、管理局・第六部隊一行は後方車両に向かっている。揺れる車内にいよいよ足元がおぼつかなくなっているビスは、頭をぶつけないよう、身をかがめて進む晴光の小脇に抱えられての、情けない移動スタイルだった。


「この世界は今、魔法使いの影響下にかれています。魔法使いとは、この世界には存在しない正体不明の生命体です。それにより、この世界の筋書きは壊滅的。我々には予測不可能で、もう何が起きてもおかしくありません」

 ガタン…ゴトン…ガタン…ゴトン……

 車両と一緒にぶらぶら揺れながら、ビスは続ける。

「さらには、エリカさんが遭遇…もとい、接触した、吸血鬼らしき男と、棺桶の中の子供の異世界人らしき二人組。以上の三つのイレギュラーが、この世界に存在しています

 エリカさんの調査曰く、魔法使いとは実体的な形は無く、子供に寄生し、“願いを叶えること”もしくは、対価に“呪い”をかけることを目的とする。ダルタンという男は『病』と表現しましたが、僕と晴光君が接触した魔法使いらしき“もの”は、自身を『ウイルス』と自称しました。それにより、肉眼では捉えられないほど極小の“何か”。会話できるだけの思考能力があったため、おそらくは、寄生した人物を操ることができる存在―――【意志ある奇病】」

 ガタン…ゴトン…ガタン…ゴトン……

「病というのなら、“魔法使い”は感染するのか? 感染条件は? ……そこで、エリカさんが接触した吸血鬼の話に戻ります。彼らの目的は、『この特急にいる子供を全て殺すこと』。つまりは、魔法使いの感染条件は、【子供】―――――」

 ガタン…ゴトン…ガタン…ゴトン……

 エリカは口を開く。

「隊長、今、この特急に乗っている子供は四人です。吸血鬼はそう言ってました。一人は、ジジ君だとして――――もう一人は、貨物車両にいたリザという女の子。あとは――――」

「形だけが子供でいいのなら、ここの車掌もそうです。あとは――――」

「えっ、姿だけなら隊長もじゃないっすか? 」

 ガタン…ゴトン…ガタン…ゴトン……

「………」

「……な、なんで俺、エリカに睨まれてるんだよ」

「まぁ、その通りでしょう……四人目は自分ですね」

 エリカとビスは溜息を吐いた。

「……な、なんで俺を見て溜息吐くんだよっ」

「感心してるのよ……そのお目出度い色した頭にね」


 ガタン…ゴトン…ガタン…ゴトン……

 ガタン…ゴトン…ガタン…ゴトン……


「……吸血鬼の目的は、感染可能者の数を減らすこと。それにより、手元に居る“子供”に感染させ、この世界から持ち帰る。連れている少年は、そのための容器でしょうね」

「それこそむごいです……子供を利用するなんて」

 彼女は唇を噛む。

「“願いを叶えてくれる魔法使い”ですか……今の感染者は車掌です。急ぎましょう」

 部下は揃って無言で頷くと、歩みを早める。

 ガタン…ゴトン…ガタン…ゴトン……

 魔法使いは車内のどこかで、笑みを深めた。


 ※※※※


「リオン出てきなさいよ! あたしはここよ! 」

 ライラは足音も高らかに、二等車両の床板を踏みしめる。なぜか吹っ飛んでいる扉は、たぶんあのテロリスト野郎がやったのだ。

「さいっあく! 何よこれ。あたしの大事なリオンをこんな風にして――――」

『ボクのこと、そんなに大事? 』

 懐かしい声に、ライラは肩を強張らせ振り返った。記憶の中にしまった片割れが、そこにいる。

「あっ、あんたのことじゃないわ! ボクが言ってんのはこの特急のこと! 馬鹿弟のことなんて知るもんですか」

「変なの。ライラさっきまで、自分のこと『あたし』って言ってた」

 リオンは可笑しそうに肩をすくめて笑う。

 そしてふと、悲しげに眉を下げた。

「ライラ、ボクはね、誰も恨んでないよ」

「知ってるわ。あんたは人を恨めるやつじゃないもの」

「ボクは寂しくも無かったよ。一度だって、君がいなかった時が無かったから」

 ライラは口をつぐむ。

「今のボクは、けっして本物のリオンだとは言えないけど、ボクは知ってる。ボクは寂しいとは一度も思わなかったよ。君がずっとそばにいてくれたからだ。本当だよ、信じて」

 ライラは痛いほど唇を噛んだ。しかしもう、血が流れる体ではない。蘇るのは、リオンがいたあの頃。言葉が無くても、互いに考えることがなんとなく分かっていた。母ですら、父ですら、リオン亡きあとでは繋がりが切れてしまったようだった。

 リオンとライラは確かに別れてしまったけれど、かつては確かに同じ命の卵だったのだと、喪ってから気が付いたのだ。

「……あたしも分かってる」

 ライラは、ぽろりと一粒涙をこぼした。

「寂しかったのはあたしの方……昔っから、なんだかんだあんたは一人でもやってけたんだ。知ってるよ、一人じゃ何にも出来ないのは、あたしの方なんだ…」

 リオンは淡く微笑んだ。

 ライラは恐る恐る、弟に手を伸ばす。

 リオンはその手を、掴み取った。



 ※※※※


 寂しい。

 寂しい。

 寂しい?

 サビシイ?


 コドモがサビシいのはダメ。

 コドモがサビシい世界はダメ。

 サビシイのはだめだ。

 キミがサビシイというのなら、ボクがキミといっしょにいてあげる。

 サビシイ?

 まだサビシイ?

 そう、じゃあ、なんでもしてあげる。

 どうすればサビシくないのかな。

 ボクはキミがいるからサビシくなくなったよ。

 サビシくなくなったから、キミを助けてあげる。

 ねぇ、おしえてよ。

 ボクにはなんにもワカンないんだ。

 ナニがいい? ナニがホシい?


 ボクはなんでもできるよ。

 ボクならなんでもできるよ。

 だってボクは、魔法使いだから。


 コドモがサビシいのはダメ。

 コドモがサビシい世界はダメ。

 ママ、ママ。

 ねぇママ、そういっていたでしょう?


 ボクってイイコ!


※※※※


 ジジは、前に出しかけた足を引いた。

 肌が粟立つ。その感覚を、この幼い頭は表現する術はない。

 何かに呼ばれるように、ジジは後ろを振り返った。

 ――――あちらには、何か心惹かれるものがある。

「うぅぅ」

 動物のように唸り、今しがた通った通路を睨み付け、ジジは首を振る。ダルタンのところに行くには、前に進まなければならない。

 ジジは混乱した。

 欲求のままに戻り、その“何か”のところに行く道と、このまま進んで、ダルタンのところに行く道と。

 あちらに行きたい。けど、あっちに行かなきゃ―――――

「うぅ……」

 ジジは考えることに疲れ、ついにその場にうずくまった。

 ぎゅっと目をつむる。

 ガタン…ゴトン…ガタン…ゴトン……

「ママ……」

 耳もふさぐと、知りもしない“母”に会える気がしていた。



「あっ、隊長、待ってください」

 エリカは晴光を押しのけ前に出た。その晴光が『隊長』を抱えているのだが、エリカはそれをコロッと忘れている。

「ウッ……」

 ビスはよろめいた晴光と座席の背もたれの間で、しこたま脇腹を打った。

 エリカは珍しく慌てた様子で駆けていく。駆け寄った先には、陰に隠れるようにして、子供が一人蹲っていた。

 膝に顔を埋めて塊の様になっているジジの肩を、エリカはやんわり掴む。

「……ジジくん」

 ジジはそろりと顔を上げて、エリカを見止めると目尻を少し柔らかくした。

 白い頬に、くっきりと涙の痕がある。

「ママ……」

「…ママ? 」

 ジジはむずがるように首を振る。

「サビシイ……」

 そしてぽろりと、音もなく泣き出した。

「エリカ、その子は」

「例の子です。……ジジくん、私たちと一緒に行きましょう? 」

 ジジは首を何度も振る。もう涙をまき散らすスプリンクラーだ。

「ダルタン、ダルタンが……」

「うっ、それは……」

「ダルタン……」

 しくしく泣く子供を前に、エリカは右往左往する。晴光も小さな子供は専門外だ。ビスは今、痛みをやり過ごすのに忙しい。

「……とりあえず、私たちは行かなきゃならないの。とりあえず一緒に行きましょう? 」

「でも、でも、でも……」

 ジジはさらに混乱する。彼女らが行くのは、自分が行きたい方向だ。けれど、行かなければならない方向を、この本能に生きる少年は知っている。

 いつもならば、ダルタンが方向を示してくれる。『あっちに行け』と言ってくれる。

 一人で考えることが苦痛だった。

 ジジにしてみれば、いきなり専門外のことを実践しろと言われたようなものである。それも今度は、目の前に現れたエリカが選択を迫ってくる。

「う、うぅぅうう……」

 ジジにとって、選択は未知の恐ろしいものだ。無知故に、どちらに安心があるのかが分からない。


「ちょっと待ってください」

 そこで介入してきた声に、ジジの混乱に待ったがかかった。


「彼は確か、結界を通り抜けられると言っていましたね? 」

「はい、確か……」

「それなら……」

 ビスは晴光の腕の中から降りる。棒立ちになったジジ少年の前まで、よろよろ進むと、ぎこちなく笑いかけた。部下は、初めて見た鉄仮面上司の笑顔に、度肝を抜かれている。

「ぼくらと一緒に、来ませんか? 」

 ジジに第三の答えが開けた。


 ジジは白髪の少年の顔を見つめ、ポケットに手を突っ込む。

『いいか? 今回のやることはな、子供を殺すことだ』

『奴を見つけしだい殺せ』


 ジジはナイフを振りかぶった。

「隊長! 」

 ビスの襟首を晴光が掴み、後ろに引きずる。

 ぱっくり裂けた制服の下で、とっさに胸元の“本”をかばった右腕の裂傷から、とたんに血が噴き出した。

「ジジくん! 」

「エリカさん駄目です! 彼はもう獲物のことしか見えていない―――――」

 ジジが軽く床を蹴る。打ち上げられたように、その体は軽く飛び上がった。頭上を小さな体躯が飛ぶ。

「晴光逃げて! 」

「うわっ! 」

 ――――速い

 晴光の大きい体躯では、座席に狭まれた通路で、大きく逃げることは出来なかった。とっさにナイフを避け、ジジの体をそのまま空に弾き飛ばした。

 ジジは空中でくるりと身を起こすと、難なく床に着地する。間髪入れずに、刃を構えてビスに躍りかかった。

 パン!

 威嚇射撃だ。ビスが武器を持っていることが分かり、ジジも距離を取る。

「隊長! 」

「エリカさん、晴光くん! 君たちは先に! 君たちの武器は、この狭い車内では向いていない! 」

 ジジが身を低く構えた。今度は続けざまに、ビスは弾幕を張る。

「隊長! 」

 エリカが悲鳴染みた声で呼んだ。

「エリカ、任せて行くぞ! 」

 動いた晴光に、ジジがわずかに身動ぎする。それすら許さず、ビスが足元に穴を穿った。エリカを引きずるようにして、晴光らはその場を後にする。


「……君は子供を狙っているのでしょう」

 パン

 ビスの発砲を合図にして、ジジの脚が床を離れる。ジジはあっというまに、天井を足で捉えた。

 ダルタンがやったように、轟音と共に天井に穴が開く。

 これで、ジジのジャンプの幅が広がった。


 ガタン…ゴトン…ガタン…ゴトン……

 どこか似た、金の目が交差した。


 そして、長かった夜が明ける――――――――



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