表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

コメディ

ちょっとパソコンが壊れました。

作者: ルーバラン

 カタカタカタカタ、カタカタカタカタ。

 外では大雨が降っており、時々遠くでピカッピカッと、雷が光っている。とても荒れ模様の中、オフィスの中では、シンとした静寂の中、ただただパソコンのキーボードを打つ音が響く。

 昔はそろばんを使っていた人や、電卓を使っていた人も良く見かけたが、最近はもっぱらすべての人がパソコンで仕事をしている。

 資料を作るのもパソコン、計算をするのもパソコン、顧客に対しての発表資料を作るのもパソコンだ。私も、会社に入ってから仕事でパソコンを使い始め、いつの間にか、ブラインドタッチ、キーボードを見ずにパソコンが打てるくらいにパソコン能力は上がっている。


「松田さーん! ちょっとこの足立製作所に関連するデータ、メールで送るから、来週のお客様への資料としてまとめといてくれないか? 今日の夕方には足立製作所さんに郵送しときたいんだー! 急ぎな仕事だけど頼むよー!」


「はい、わかりましたー!」


 望月係長から仕事の依頼を受け、元気に返事をする。

 はいっと。受信受信。

 メールを受信して、いざメールを開こうとした瞬間、外が大きく光った。

 光ったと同時、鼓膜が破れるかのような轟音がした。

 私は思わずびっくりして目をつぶった。 バチンッ! と何かが嫌な音を立てたような気がするが、怖くて目を開けられない。


 今のは近かった。普段は雷がそこまで苦手じゃない自分にとっても、ここまで近いとやっぱり怖くなってしまう。ようやく、雷の音が収まってきたかと思い、目を開けてみると、目の前のパソコンが真っ暗にブラックアウトしていた。

 ……ああ、今私が目をつぶっている間に、停電があったのか。目を開けた時には、既に電気は復旧していて、蛍光灯は明るく光っていた。

 パソコンを再度立ち上げ直さないとと思い、私は電源ボタンのスイッチを押した。

 ……あれ? つかない。ポチポチと何度か試みているが、全くうんともすんとも言わない。電源を一度引っこ抜いて、再度差しなおして試してみると、とりあえず電源だけは入り、メーカーのロゴだけは出てくるようになったが、その後なかなか使用可能なところまで、動いてくれない。

 ううん、これ、この後どうすれば直るんだろう?


「今のはでかかったな。結構びっくりしたよ」


 私がパソコンを前に悪戦苦闘していると、望月係長から声をかけられた。


「松田さんは雷苦手なのか? しばらく固まってたみたいだけど」


「いえ、普段はそこまで苦手ではないんですが……」


「普段から元気で怖いもの知らずな松田さんが、そんな風におびえてるのを見ると、なんだか安心するねえ。ああ、この人も普通の人間だったんだなあって」


 ひどい。私は今まで望月係長からそんな風に見られていたのか。


「それより望月係長。私のパソコンなんですが、ちょっと故障しちゃったみたいで。この画面のまま固まっちゃいまして」


「ん? どれどれ……? ああ、なるほどなるほど」


 望月係長はフムフムと納得した顔で、うなずいていた。望月係長、直し方が何か分かったのかな?


「まあ電化製品って言うのはこうすれば直るもんだって」


「どうするんですか?」


 パソコンが壊れたときの対処法なんて全く知らない。せいぜいメーカーに問い合わせするくらいだ。

 今度壊れたら、自分で試そうと思って、望月係長の動きを見逃さないよう、じっと見つめる。


「角度よし。ターゲット捕捉。後は腕に力を入れて、右斜め45度……打つべし!」


 望月係長が叫ぶと同時、チョップの形を作った右腕がドン、と大きな音をさせてデスクトップのパソコンの上部に振り下ろされた。


 ピー、ピー、ピー、ピー、ブブブブブブブ……。


「ちょ、ちょっと! 係長! なんだか悪化してません!? ものすごく変な音がしてますよ!?」


「ふむ……もう1回やってみるか」


 心配になりながらも、私は望月係長を信じて見守ることにした。そして再度右斜め45度から、渾身の一撃が叩き落される。


 ピー、ピー、ピー……ブツン。


 ……とても嫌な音をさせながら、パソコンの電源が落ちた。

 その後、電源ボタンを何度押しても、何をしても、パソコンの電源が入ることがない。


「えっと……望月係長。これ、結構やばいんじゃありません?」


「大丈夫大丈夫。パソコンがご臨終しただけだから」


「何言ってんですか!? そんなほがらかにいうことじゃないでしょう!? 何やってるんですかあ!? 今日の仕事どうするんですか!?」


 今のご時世、パソコン無しじゃ仕事なんてほとんどできないって言うのに! 予算管理も、物品管理も、スケジュール管理もすべてパソコンでやってたんですよ!


「んー……と言っても、予備のパソコン、うちの社内にはないしなあ。まあ、足立製作所への資料だけは、自分が作っとくよ。あ、足立製作所さんに郵送するとき、どなたに送ればいいか聞いといて」


「……はあい」


 これ以上望月係長に文句を言ってもどうにもなりそうにないので、足立製作所さんに電話を掛けようと、諦めて席に戻る。

 あ、そう言えば私、足立製作所の電話番号、パソコンにしか保存してないよ……。

 えっと、名刺名刺……この前に向こうに営業に行ったときにもらったんだけど……どこだ足立製作所さんの名刺。

 何しろ行く先々で名刺をもらうもんだから、2000枚以上の名刺があって、探すのにも一苦労。今までスキャナで取り込んでパソコンで管理してたから、紙の方は全然整理してない……ああ、こんなことになるってわかってたら、名刺の整理もきちんとしておけばよかった。

 20分くらい探し続け、ようやく足立製作所の名刺が見つかった。えっと、045-×××-××××か。えっと、営業の人の名前は、山本あずささんね。

 電話の子機を持って、急ぎ足立製作所に電話を掛ける。


 TRRRR、TRRRR。


「はい、足立製作所営業部のカワベです」


 カワベという男の人が電話にでた。


「もしもし、MMSS株式会社の松田と言います。いつもお世話になってます」


「はい、お世話になっております」


「すみません、営業の山本あずささんはいらっしゃいますでしょうか」


「山本ですか……すみません、山本は先日、寿退職いたしまして」


「何おぅ。ずるいぞ山本あずさ。私だって早く結婚したいのに」


「……はい?」


「あ、すみません。なんでもありません」


 しまった。つい本音が。


「現在は私が引き継いでおりますので、ご用件でしたら私がうかがいますが」


 ……うん、カワベさんも気にせず話をしてくれたので、私も先ほどの発言は忘れ、仕事の話を切り出す。


「えっと、来週そちらに営業にうかがうのですが、先行して資料をそちらに郵送させていただこうと思いまして。カワベ様宛にお送りすればよろしいでしょうか?」


「少々お待ちください……来週火曜日の14時からの予定のですね……あ、はい。私宛にお送りしてくだされば結構ですよ」


 よしよし、早々と仕事が片付きそうだ。


「それでは横浜市○○、足立製作所、カワベ様宛にお送りさせていただきますね。すみません……フルネームと漢字をお教えいただけますでしょうか」


「あ、はい。かわは河童のカワで、べは刀にしんにょうです。」


 えっと……カッパのカワに刀にしんにょうね……うぅん。こういうのもパソコンで調べられたら一発なのになあ。めんどくさい。


「下の名前はユウキと言います。裕福の裕に、おのれと書きます」


 はいはい、ゆうふくなおのれ、ね。いい名前じゃないですか。私の名前とは大違い。聖子とつけた私の両親を小学生のころはよく恨んだものだ。


「はい、カワベユウキ様ですね。了解しました。それではカワベユウキ様宛にお送りさせていただきます。明日か明後日には届くと思いますので、ご確認お願いいたします」


「はい、ありがとうございます」


「それでは失礼します」


「はい、失礼します」


 そう言って、電話を切った。うん、後は望月係長が資料を作ってくれるのを待つだけ。

 新しいパソコンの購入するために、どんなパソコンがあるか物色したいけど、それもパソコンがないとどうにもならない。……パソコンがないというのがここまで不便とは。



 そして、望月係長に作ってもらった資料を封筒に入れ、足立製作所のカワベさんに送った。


------

 宛先:横浜市○○ 足立製作所 皮辺祐乙様

------


 ……後日、河辺裕己さんから資料到着の電話がかかってきたとき、妙に笑いをこらえていたのはなんだったのだろう。

パソコン使ってると、漢字どんどん書けなくなっていきますよね。

たまには手で書かないと。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 河童の皮かー、と笑ってしまいました。 そして、「おのれ」が「乙」になってるところも絶妙ですね。 確かにPCを使い始めてから、本当に漢字をかけなくなりました。たまに、漢字ドリルやっちゃうくらい…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ