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言霊遣いの受難の日々  作者: 春間夏
第一章 「強制力」編
9/29

新しい日常

ども、春間夏です。


思っていたより時間が掛かりました。そして膨らみました。



…何故後日談的なスペースでこんな量に(汗)



まぁ、無茶苦茶です。特に四五六が。



では、お待たせしました。ご覧下さい〜

朝。

壱声は、目覚めた瞬間に違和感を覚えた。


起きた時間はいつもと変わらない。

隣で陽菜が寝ているのもいつも通り。


なら、この違和感は何だ?と。壱声は部屋のドアを開けて廊下に出た。


瞬間。


違和感の正体に気付いた。


「…この和風な匂い……味噌汁か?」


だが、普段朝食と弁当を作る苦労人・壱声は今起きたばかり。それに、壱声は朝、面倒なので味噌汁は作らない。


「…それじゃ、誰が」


疑問に思いながら、壱声はリビングに下りていく。

すると、そこに居たのは。


「…ん〜。もう少し早起きすれば、出汁もちゃんと取れたんだけどな〜…」


そんな事を呟きながら、味噌汁の味見をする詩葉だった。


「………詩葉?」


「あ…おはよ、壱声。起きるの早いんだね」


「あぁ、おはよ…まぁ、普段は俺が作ってるからな、朝飯」


「へぇ〜…じゃ、味見して?味の加減とか分からないし」


小皿に注がれた味噌汁を差し出され、壱声は言われるままに口に運んだ。


「………………」


「どうかな?出汁の風味がもう少し出てれば良かったんだけど…」


小首を傾げる詩葉に、壱声は驚愕の視線を向けた。


「…マジか?これでも120点付けるぞ、俺なら。少なくとも俺じゃこのレベルの味噌汁は作れねぇ」


壱声の評価に、詩葉は表情を綻ばせた。


「えへへ…良かった。そろそろ完成だから、陽菜ちゃんが起きたら朝ご飯にしよ?」


「あぁ…つぅか、詩葉…料理出来たんだな」


当然だよー、と。手際良く卵焼きの形を整えながら詩葉は微笑んだ。


「昔から料理を作るの好きだったから。作れる種類が増えるのが楽しくって、気付いたら色々作れるようになってたの」


「色々…だと…?」


「うん。和・洋・中が基本だけど。他の料理も勉強中だよ?」


さも当然のように言ってのける詩葉。


「…うっわー。陽菜に見習って欲しいな、この生活力…」


「…何か言った?お兄ちゃん……」


突如背後から聞こえた声に、壱声はビクゥ!と反応する。


「…ひ、陽菜?起きてくるなんて珍しいな…」


「こんなに美味しそうな匂いがしてたら、私だって起きるよ」


「…何だ、食欲が睡眠欲を上回っただけか」


「む。というか、私にだって生活力くらいあるよ!今を生きてるよ!」


「お前のは生活力があるって言わねぇの。生活欲求に忠実なだけって言うんだよ」


「私だってちゃんと家事を手伝ってたよ!お皿洗ったり!」


「むしろそれだけだろうが!家事のカテゴリで皿洗いしかやらねぇって、お前は倦怠期真っ只中のサラリーマンか!食事はコンビニ弁当で風呂は銭湯で洗濯はコインランドリーで掃除は月一か!?せめて掃除くらい受け持ってみろ!」


「う…何だか今日はお兄ちゃんが厳しい…」


「いいや、今まで甘過ぎたんだ…詩葉を見て気付かされたよ。陽菜には何よりも!生活する為の術が欠けている!!」


ズビシィ!と指を突き付けられ、陽菜はその勢いに後退った。


「そ、そんな事無いよ?私だってやろうと思えば…」


「じゃあ問題。風呂の掃除の仕方は?」


「え〜と…水洗い?」


「…掃除機の使い方は?」


「コンセントを差せば後は勝手に動いてくれる…かな?」


「……オーケー、陽菜。0点だ」


「えぇっ!?」


陽菜と同等以上のショックを壱声は受けていた。まさか此処まで生活の基礎知識が無いとは思っていなかったからだ。


「…陽菜。今のお前は酷く無力だ。火山にホットドリンクを持って来た奴くらいに無力だ。それは分かったな?」


「…無力を通り越して役立たずって言われてるのは、分かった…」


「だが、陽菜はまだ頑張れる。今日から詩葉に師匠になって貰え。 女の子として、せめて料理くらいは出来るようになりなさい」


「…はい。よろしくお願いします、ししょー」


「え?え〜と…あはは、うん、頑張ってみる」


いつの間にか陽菜の師匠に位置付けられた詩葉は、苦笑しながらおかずの盛り付けを完了した。


「じゃ、とりあえず…朝ご飯、食べよ?」


「そうだな…ってちょっと待て陽菜!お前の茶碗にその量の白米は確実にキャパシティオーバーだろ!!」


「美味しそうなおかずがある以上、控え目な配膳は無礼にあたるよお兄ちゃん!」


「そんな量持ってかれたら、俺は控え目にせざるを得んわバカタレ!削ぎ落とせ、頂上から20cmは俺の領空域に含まれている!!」


「うわーん!私のパラダイスがー!!」


「主成分がコシヒカリの楽園が欲しいなら米所に行け!此処にお前の理想を叶えるだけの備蓄はねぇよ!!」


ギャアギャアと言い合いながら炊飯器の米を取り合う鶴野兄妹を、詩葉は楽しそうに眺めていた。


昨日までより少し騒がしい朝食を終え、留守を詩葉に任せた壱声は学校への通学路を歩いていた。


「…そういや、来週末から夏休みになるのか」


ここ数日のゴタゴタですっかり忘れていたが、もうそんな時期なのだ。


「…去年は猛暑で外に出る気にならなくて、殆ど寝てたんだっけ…今年はどうなるんだか」


およそ高校生とは思えない夏休みの過ごし方に懐かしさを覚えつつ、壱声は歩いていった。




昇降口で靴を上履きに履き代えていると、横から声を掛けられた。


「おはよ、壱声」


「ん?おぉ、みなも。おはよ」


壱声は、何となく。みなもが靴を履き代えるのを待って、並んで歩き始める。


「…何か良い事でもあったの?」


「あ?何でだよ」


「だって、何か…最近感じてた、緊張感みたいなのが無くなってるから」


「…知らぬ間にそんなモン出してたのか、俺は」


壱声としてはなるべく周りに悟られないようにしていたつもりだったのだが、大分失敗していたらしいな、と苦笑する。


「…まぁ、な。結果としちゃ、充分良い事かもな」


「やっぱり、何かあったんだ」


「あぁ。昨日の昼休みに言ってた助けたい奴、な。助けられたから」


「昨日…えっと。会長さんが言ってた…」


「そ。つっても、俺ん家に居候させる事になったのは予定外だったけどな…」


特に考え無しに呟かれた、壱声のその言葉に。しかし、みなもはピクリと反応した。


「…壱声。確か、壱声が助けたかったのって、詩葉ちゃんって言う女の子、だったよね」


「ん?あぁ」


「つまり、その詩葉ちゃんが。壱声の家に居候してるって事?」


「あぁ、昨日の夜からな」


「……ふ〜ん」


(……あれ?)


壱声は、何だかこんな展開を、昨日生徒会室で体験したような気がした。


「良かったね。可愛い女の子と一つ屋根の下で生活出来る事になって」


「…いや、だからそれは予定外だと…言い、ましたよね?」


つい敬語で話してしまう程、今のみなもは尋常ではないプレッシャーを放っていた。


「嬉しい誤算なんだ?」


「いや、それは…ほら。結局、居場所が無くなって困ってたみたいだし、俺ん家は部屋も余ってたし…不可抗力ってものがあってだな?いや、あってですね?」


「別に私に弁解なんてする必要は無いよ?これっぽっちも気にしてないし」


ならどうしてさっきまで合っていた目線が一向にそっぽを向いてるんでしょう、とは言い出せず。壱声はガシガシと頭を掻いた。


「…まぁ、確かに。詩葉を助ける事が出来た、ってのもあるけどよ」


本人を前にして言うのも照れ臭いので、言わずにおこうと思っていたが。結局、壱声は本心を話す事にした。


「…これで、みなもを巻き込む心配も無くなって。危険な目に合わせずに済むんだな、って。ホッとしたってのもある」


「………………」


その言葉を聞いて、みなもは暫し黙っていたが。


「…今更そんな事言っても、遅いかも」


「かもな。けど、本心だ」


「…バカ。だから壱声は壱声なんだよ」


「意味分かんねーよ」


「分からなくて良いよ」


少しだけ、頬を赤くしたみなもは。それから教室に着くまで、壱声の制服の裾をほんの少し摘んでいた。


「っつあ〜!俺にだけ厳しくねぇか、この採点!?」


現代文の授業、期末テストの返却にて。

壱声の前の席である四五六が、そんな愚痴を漏らしながら戻ってきた。


「…んな訳ねぇだろ。少なくとも、漢字の書き取りで『キンパク』の解答欄に『緊縛』とか書いてるバカが言える台詞じゃねぇよ」


「え〜?緊縛の方が漢字として難しいし、何より燃えるだろ?」


「もう良いよ。黙れ、歩く猥褻(わいせつ)物。存在にモザイク掛けるぞ」


「ヒドッ!?」


答案用紙を机の中に放り込むと、四五六はこんな事を言い出した。


「ところで、壱声。夏休みにさぁ、何か刺激が欲しくないか?」


「…何だよ、刺激ってのは?」


「そりゃ決まってんだろ!例えば、夏の海で刺激と言えば…」


「クラゲの毒針」


「…夏の山で刺激と言えば!」


「スズメバチの毒針。または熊の歯牙」


「…壱声。実は俺に死んで欲しいだろ」


「そんなまさか」


「海と言えば女性の水着姿!!山と言えば川!川と言えば女性の水着姿だろうが!!」


「オーケー、お前の頭の中が残念なのは知ってるよ」


授業中なのを忘れんなよ、と釘を刺すが。それでも一度語り出した変態は止まらない。


「俺は…俺は!ひと夏の過ちを犯したい!!」


「既に誤ってるよ。お前に夏が来ない可能性すら出て来たよ」


「夏の日差しを浴びてはしゃぐ美少女、弾む胸…食い込む水着、露わになる瑞々しい尻のライン!あぁ、全て俺の愛と性で包み、汚したい!!」


「その前にこの教室がお前の断末魔と血で包まれ、汚されそうだよ。むしろ俺がそうするべきだと思い始めたよ」


壱声は四五六の背後に回り、首を腕でガッチリと固定した。


「え、ちょ、おまっ…うわなにをするやめr」


「さらばだ。理想を抱いて溺死しろ」


「たわばっ!?」


ゴキン、と生々しい音が響き、四五六の四肢がダラリと力無くぶら下がる。

意識を絶たれた変態を机に捨て置き、壱声は現代文担当の教師に平然と言ってのけた。


「とりあえず、これで手打ちって事で。今回は勘弁してやって下さい」


「まぁ、補習は勘弁してやろう。…特別に宿題は出してやるがな」


「それはご自由に」


夏休みが消えない代わりに、夏休みの時間の大半を削らざるを得ないだろうが。自業自得としては軽い方だろう、と壱声は席に着いた。罪を軽くした礼として何を要求するか考えながら、だが。



昼休みになり、壱声は生徒会室に顔を出していた。習慣的に、みなもも一緒に来ている。


「おぅ、壱声…と、みなもちゃんも一緒か。何だかセットが定番になってきたな」


実行に軽く冷やかされ、壱声は頭を掻きながら椅子に座った。


「みなもと一緒に来るのは今日で二度目じゃないですか…それで定番とか言われても。むしろ生徒会が揃ってるのを見た事が無いのは気のせいですか?」


「確かにな」


カッカッカ、と意味の分からない声で笑う実行に溜息を吐き、壱声は言葉を続けた。


「…で、何ですか。その頓狂なTシャツは」


「うむ、今日は『初回限定』で攻めてみた」


「攻めがテクニカル過ぎてついていけないです。つぅか誰に対してアグレッシブなんですか」


「いや、通常版と初回限定版があったら後者だろ」


「…否定は出来ませんね」


「エロゲーだと特に顕著だよな」


「同意を求められても困ります、年齢的に。あと女子が居る前で堂々とエロゲーとか言わないで下さい」


何でこれで生徒会長なんだろう、と壱声は本気で考え始めてしまった。一度不信任案でも提出してみるべきだろうか。


「…壱声」


みなもに呼び掛けられ、壱声はそんな思案を中断した。


「ん?どうかしたか?」


「…壱声は、オカズは要らないの?」


ぶぉほっ、と。出所の分からない息が壱声の口から噴き出した。


「お、おま、おか、オカズってお前オカズ!?」


「…だって、味気無いかな、と思って……」


「いや、確かにそれは味気無いかもしれないけどかと言っていきなりそんな心配をされても!?」


「でも、それ」


それ?と。混乱した頭を落ち着けて、みなもの視線を辿ると。

習慣で無意識の内に開かれた自らの弁当箱に広がる、100%白米の平原がそこにはあった。


「オカズ、何も入ってないけど…」


「……あぁ。こっちの。普通のオカズの方か。話の流れでつい……」


「…他に何があるの?」


「何も無い」


「うん。壱声が想像していたオカズはつまり……」


「嬉々とした表情で説明すんなやそこぉ!!」


ちぇー、と残念がる実行と、結局何の事だか分からず首を傾げる純粋無垢なみなもに少しだけ安堵しながら、しかし壱声は疑問符を浮かべた。


「…けど、あれ?何で飯しか入ってないんだ…?」


朝の事を思い出そうと、壱声は記憶を遡っていく。


(今日は朝飯は詩葉が作ってくれて…つまり俺が弁当を作ってもいない。だから、朝のオカズの残りを弁当に使おうとして…)


その時、壱声は忘れ物をした事に気付いた。


(それで、弁当は陽菜と詩葉に任せて…?)


壱声が部屋からリビングに戻った時には、既に弁当の支度は終わっていて。


(…そういえば、詩葉が俺に苦笑してたような……)


そして、一つの推論に辿り着いた。


「…陽菜の仕業か」


「…陽菜、って?」


聞き慣れない名前に、みなもが首を傾げる。


「あぁ、話してなかったか…妹の事だよ。多分、陽菜が自分の弁当に全てのオカズを詰め込んだんだろうな」


目を離すべきじゃなかった…と、壱声は白一色の弁当を眺めて後悔する。


「…今からじゃ、購買の買い残しも期待出来ねぇしな…」


今日は白米の味を噛み締めるしか無いのか…そう壱声が諦めかけた時。


「…え、と。壱声。私ので良かったら、あげようか?」


絶望しようとしていた壱声に、みなもという希望の光が届いた。


「…良いのか?本当に?」


「うん。私が自分で作ってるから、味の保証は出来ないけど…」


少し恥ずかしそうな上目遣いになるみなもに、壱声は心臓の鼓動が大きくなるのをごまかすように首を振った。


「いや、全然問題無い。むしろ、みなもの手作りなら俄然食べてみたいくらいだ」


「…あぅ…期待されても…それじゃ」


みなもは、自分の弁当箱に収まっていた卵焼きを箸で摘み上げ。


「…はい」


そのまま、壱声に差し出した。


「………え?」


「…だから。はい」


「……え〜と、それは、つまり…アレか?」


「………」


コクン、と。顔を赤くして頷くみなもに、壱声はつい思ってしまう。


恥ずかしいならやらなきゃ良いだろ、と。


「…ぁ」


壱声がどうするべきか迷っていると、みなもの口からか細い声が漏れた。


「…あ〜ん……」


(……うっわぁ!?ついに言ってしまったよこの子!!)


そう、それは。

男にとって、女の子に言われたら決して退けなくなってしまう、ある意味で言霊とも言える程の破壊力を秘めた言葉。

それを口にした者が、美少女であればある程に破壊力が上昇するものであり。つまり、みなもが使った場合、その破壊力は形容し難い領域に到達する。


(…待て、落ち着け!そもそも何で、その、あ、あ〜んをする必要があるんだ!?そういうのは常識的に考えて恋人同士がするものじゃないのかって事はつまりいやだから落ち着け俺の思考回路!!うぁあ、この間もみなもが期待と不安が混じったような上目遣いで俺を見てるしぃ!?どうする?どうするよ俺!どうすんの!?)


壱声の頭の中に浮かぶのは、カードに書かれた三つの選択肢。


食べる

諦める

観念する


(うぉおおい!?結局俺が受け入れる形しか存在してねぇじゃねえかよ!!いや、確かに嬉しくない訳じゃ無いからそれを本心で望んでるのは間違い無いけど!非常に恥ずかしいしそれに…)


ちら、と。みなもにバレない程度に視線を横に向けると。


「………(ニヤニヤ)」


そこには、その展開を実に真に本当に楽しんでいますと言わんばかりの笑顔を浮かべる生徒会長の姿があった。


(で、出来るかぁぁあ!!あんなヤバい顔をした会長に自分から弱みを提供しろってのか!?自殺行為だ自滅行為だ死亡フラグだぁぁあ!!)


しかし、だからと言って。自分の為を思って白米弁当のオカズを差し出しているみなもの純粋な気持ちを裏切って良いのか。


壱声は、みなもの優しさと自分の後の立場を安全秤に掛け。


「………あ、あ〜ん」


……腹を括った。

少し大きめに開けた壱声の口の中に、みなもが差し出していた卵焼きが収まった。


…瞬間。ピロリン♪という、携帯電話のカメラのシャッター音みたいなもの、というかそれそのものが聞こえたが。壱声はあえて無視した。

口を開けたその時から、その程度の覚悟は決めていたからだ。


「…え、と。どう、かな?」


恥ずかしさを堪えて、しっかりと卵焼きを味わって。飲み込んでから、壱声は感想を口にした。


「…美味い。文句無しに」


朝に食べた詩葉の卵焼きと比べても遜色無いレベルに。焼き具合、味の加減。何の問題も無く絶品だった。


「…良かった」


ホッとしたように笑顔を浮かべるみなもに、壱声も苦笑を返した。


「ったく、謙遜し過ぎだぜ、みなも。変に身構えて損した気分だ」


「…初めて食べて貰う時は不安だもん」


少し子供のように拗ねながら、何処か嬉しそうなみなもの姿を見て。壱声は食べておいて正解だったと思い。


「…保存保存、と。極上のネタは鮮度が命ってな」


後ろから聞こえる悪魔の声に戦慄し、自分が五体満足でいられる事を願うのだった。

授業終了のチャイムが鳴り、午後の時間が平和に過ぎた事を安堵していた壱声に、早速と言わんばかりに四五六が声を掛けてくる。


「壱声、今日暇か?」


「…別に構わねぇけどさ、俺以外に誘う相手は居ないのかお前は」


「うっせ。それは壱声が一番知ってるだろ?全てを許し合った仲なんだしぃ」


「…そうだな。会話する事は許してるな」


「俺の許可範囲、狭っ!?」


冗談に冗談を返した筈だが、必要以上にダメージを受けている四五六に溜息を吐いて、壱声は切り出した。


「…で、また賽銭箱に百円玉を飲み込まれに行くのか?」


「五百円の方がチャンスに恵まれるぜ?」


つまり、またゲーセンでUFOキャッチャーにチャレンジするらしい。


「…ま、良いか。久々に付き合ってやるよ」


「お、マジで!?」


「家で待ってる奴等に、土産が出来れば上等だけどな」


「奴等?…まぁいいか。早速行こうぜ!」


やたらテンションの高い四五六に引っ張られるように、壱声はショッピングモールにあるゲームセンターに向かった。




「…そう、もう少し奥までくわえて…もっと優しく…包み込むように…よぉし良いぞ、その調子で…へへへ、大分上手くなってきたじゃ」


「言い回しが無性にウゼェんだよ!!」


ゴンッ!と四五六の頭に壱声の拳骨が振り下ろされ、ほぼ同時にUFOキャッチャーのアームからぬいぐるみが零れ落ちた。


「何すんだよ壱声!もう少しでイけそうだったのに!!」


「俺のせいじゃねーよ。まずはその、いつ法律に触れるか分かったもんじゃない口を閉じろ」


「法律なんかじゃ俺は縛れないぜ?俺を縛れるのは…荒縄だけだよ」


「おや、こんな所に注連繩(しめなわ)が」


「太過ぎる!圧死するっつーの!!何故あったし!?」


「…あったら良かったのにな」


「無いのかよ!勢いで通り過ぎちゃったよ俺!!」


「…ま、いつまでお前のターンなんだよ、と言いたい訳だが。そろそろ俺の番だろ」


到着して10分、未だ四五六がアームの操作ボタンを占拠していた。


「…何勘違いしてやがる?俺のバトルフェイズh」


「狂☆魂!!」


「ちょ、それ俺の台詞…たわぁぁあ痛い痛い!ダイレクトアタック半端ねぇ!!分かったターンエンド!むしろサレンダー!!」


ちょっぴり(ただし壱声視点で)ボロボロになった四五六が、涙目で場を譲ってくれた。


「…さて、と」


壱声が向かうは、やけに丸っこい猫のぬいぐるみ。

『おはぎねこ』とかいうキャラクターで、容姿は確かに。食べ物のおはぎを胴体として、猫の頭と尻尾を付けたような感じだ。

陽菜がやたらと気に入っていて、詩葉も猫のストラップを携帯に付けていたので。取るとしたらこれで良いか、と壱声は百円玉を投入した。


「…しかし丸いな。掴めるのかこんなの」


とりあえず、物は試し。ぬいぐるみのど真ん中にアームを誘導してみる。


「…手応えは有り、だけどな…」


確かに、アームは胴体を捉えた。が、持ち上げようとすると、思ったより頭のウェイトが重いのか、少し浮いただけでずり落ちてしまった。


「…難敵の予感だな」


低コストで取るのは難しいと判断し、壱声は五百円を投入した。


「お、本気だな壱声」


「やるからには当然だ」


今度は、先程より頭よりに重心を移動。あるかどうかは分からないが、首の辺りを狙いアームを下ろす。


「………来い!」


すると、アームと本体部分にぬいぐるみの頭が丁度引っ掛かる大きさだったらしく。安定した形で持ち上げられていく。


「おぉっ、これは!?」


「あぁ…勝ったな」


壱声のその宣言通り。

見事ポケットまで落ちずに運ばれたぬいぐるみは、ポトン、と取り出し口に落とされた。


「…まず一つ、と」


「スゲェな壱声!今日はツイてるんじゃねぇ?」


「あぁ…良い出来だ。これならもう一つも…」


しかし。

そんなに都合良く行かないのが、UFOキャッチャーが貯金箱とか言われる由縁である。


「…チィッ。同じポイントを押さえている筈なのに……!」


立て続けに、四度。標的を取り損ねてしまう。


「後は…五百円のボーナスで追加される、この一回だけか……」


投入分、ラスト一回。慎重に慎重を重ね、壱声はアームを操作していく。


「…今更別の方法を試しても意味は無い、な」


今までと同じように。

おはぎねこの首の辺りを掴むように、アームを誘導していく。


「…っ、ちょ、待て!ぬいぐるみ自体が傾いてるじゃねぇか…!?」


アームを完全に移動してから、気付く。

ぬいぐるみが傾いている以上、重心のバランスも変わっている。となれば、成功したままのイメージで掴んでも取れる保証は無い……!


「…くそっ、頼む…!今日の懐事情じゃ、これ以上は注ぎ込めないんだよ…っ!」


壱声の願いが届いたか。アームはしっかりとおはぎねこを捉える。

…しかし。やはり重心のズレが仇になり、途中で落ちてしまった。


「…ダメだったか」


しかも、何の因果か。落ちたおはぎねこは、今度こそ確実に取れるであろう位置に転がっていた。重心すらも完璧に修正されている。


「…皮肉だな、こりゃ」


それがどれ程のチャンスだろうと、金に余裕が無ければどうしようもない。壱声が溜息と共に諦めようとしたその時。


「ほらよ、壱声」


ピィン、という音を立てて。四五六の指で弾かれた百円玉が放物線を描き、思わず差し出した壱声の掌に収まった。


「…何でか分からねぇけど、ソイツも取らなきゃならねぇんだろ?俺の夏休みを補習から守って貰った借り、返しとくぜ」


不敵に笑う四五六に、壱声は少しだけ呆気に取られて。


「…百円程度で借りが返せるか。って、いつもなら言うとこだけどな」


掌の百円をほんの少し握り締めて、笑った。


「これで取れなきゃ、俺が借りを返さなきゃならないな」


そして、投入口に百円が吸い込まれる音は。


ポスン、という。

取り出し口に落ちるぬいぐるみの音に変わった。




「ただいま、と」


壱声が自宅に戻り、リビングに顔を出すと。


「…陽菜ちゃん。味付けはちゃんとしたよね?」


「そ、それはししょーも横で見てたと思うけど…」


「…何をしたら、入れた筈の調味料が姿を消すの…?」


「うぅ…私だって分からないよぉ……」


陽菜が持つ驚愕の料理スキル…『透明な(クリアテイスト)』を目の当たりにした詩葉と、それを指摘され項垂れる陽菜が居た。


「…分からない。ただ普通に掻き混ぜていただけの筈なのに…」


「…詩葉でも分からなかったか、陽菜の『透明な味』の原因は」


「お兄ちゃん!?」


漸く壱声が帰宅した事に気付いたらしく、陽菜が驚いたように振り返る。


「…あ、お帰り、壱声。…『透明な味』って?」


「ただいま。…まぁ、詩葉も見た通り。陽菜は、調理行程には何一つ問題は無いんだ。にも関わらず…完成した料理を口に運ぶと、何故か入れた筈の調味料の味は何処にも無く、あるのは使われた材料の素材そのままの味だけ。故に『透明な味』…食べられない事は無いけど、美味いと言えるレベルには決して届かない。それが陽菜の料理スキルなんだよ」


「…言い返せないのが辛いよぉ…陽菜だって、ちゃんと作ってる筈なのに……」


最早泣き出しそうな陽菜の頭を、壱声はよしよしと撫で付ける。


「…それが、今まで俺が飯を作ってた理由だ。味が付いてるだけ、まだ俺が作った方がマシだったからな」


「…朝から不思議に思ってたけど、今ので納得したかも。あと、現代科学でも解明出来ないと思う」


そう言いながら、詩葉は自分で塩と胡椒を振り直し、作っていた料理…クリームシチューをもう一度味見する。


「…私が入れると、ちゃんと味が付くのに…」


「…今日は特訓は諦めて、とりあえず飯にするか」


「うん…そうだね。陽菜ちゃんも頑張ってたからお腹空いたでしょ?」


「…うん」


半泣きで壱声にしがみ付いていた陽菜は、頷いて顔を上げる。


「…お兄ちゃん、詩葉…お姉ちゃん」


「…ん?」

「え?」


お姉ちゃん、と呼ばれて驚いている詩葉と壱声を交互に見ると、陽菜はポツリと呟いた。


「…また、作っても良い?」


「…妹に努力するなって言う馬鹿な兄貴が何処に居るんだよ。なぁ?」


微笑む壱声につられて、詩葉も笑顔で返した。


「…うん。そんな馬鹿なお姉ちゃんも居ないと思う」


二人の返事を聞いて、陽菜も笑顔を取り戻した。


「…えへへ。ありがと」


「…んじゃ、これからも頑張る陽菜と、それに付き合ってくれる詩葉にプレゼントだな」


え?と揃って首を傾げる二人に、壱声は鞄から二つのぬいぐるみを取り出した。


「ほれ。おはぎねこ」


ポス、と掌に置かれたぬいぐるみを見て、陽菜は嬉しそうに目を輝かせた。


「…うわぁ、おはぎねこだ!ありがと、お兄ちゃん!!」


可愛いよぉ〜、とぬいぐるみに頬擦りしている陽菜を横目に、詩葉にも同じ物を渡す。


「ほら、詩葉にも」


「…ありがと。けど、何で…?」


「ん?…まぁ、携帯に猫のストラップ付けてたし、好きかな…と思って。猫」


「…意外と細かい所も見てるんだね」


受け取ったおはぎねこを見て、詩葉は頬を赤く染めて微笑んだ。


「…うん、嬉しい。好きだよ、猫も」


「そりゃ良かった…?も、って…他の好きな物は何なんだ?」


「…秘密」


ペロ、と舌を出す詩葉に、壱声は肩を竦めた。


「…女の秘密は聞けそうにねぇな。んじゃ、飯にしようぜ」


「うん」


今度は陽菜に白米を強奪されないように牽制する壱声に聞こえないように、詩葉は呟いた。


「…本気の好きは、そんな簡単に伝えられないよ」


「お兄ちゃん!お皿から10cmは私の領地だよ!」


「俺に飯を食うなって言いたいのかお前は!?おい詩葉!ボッとしてると陽菜にお前の分も略奪されかねないぞ!!」


「…それは困るかも。その炊飯器は私の土地だから」


「「いつの間に!?」」


詩葉の地主宣言に驚きながら、壱声は思っていた。


こんな日常も悪くないな、と。


「…結局、壱声はシチューだけで構わない?」


「やっぱり15cmは陽菜の領地ね!」


「おはぎねこ没収すんぞお前等!?」

…はい。お疲れ様です。



これで一応、詩葉が話の主軸となる『強制力』編は終了です。


まだ文の組み立てなどが甘く、構成も不十分な感じが否めませんねorz



これから進化していこうと思います。



さて。編、とか付けてるのでお気付きかも知れませんが。この程度で終わっては言霊の力を分散させた意味がありませんw



多少平和な時間を過ごした後、次の言霊遣いとご対面する事になります。予告しますがチート紛いです。




では、今回はこれにて。暇で親切な方は感想とかくれると嬉しいかもです。質問とか矛盾点とかでも。

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