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言霊遣いの受難の日々  作者: 春間夏
第一章 「強制力」編
8/29

その邂逅は日常の為に(後編)

どうも、春間夏です。


もう二度と操作ミスなんてしてたまるか…!


いや、必死に書いた部分が消えるって精神的にくるものがありますね。


とにもかくにも、漸く書き上がりました後編。納得いただける出来になっていれば幸いです。

「…いつまで階段を昇る必要があんだよ……」


「諦めろ。21階までは階段だ」


階段を昇る事自体に飽きてきた壱声に、青木の最後通告が突き刺さる。


「…マジ?」


「マジだ。通常のエレベーターは1階への増援で使えないからな。逆に、22階へは専用のエレベーターを使わないと行けない様になってる」


18階に辿り着くと、青木は壁に張り付いて廊下の先を伺う。

敵は3人。


「…成る程な」


そう呟いて。青木は平然と廊下の角から飛び出していく。


「っ!青木さんっ!?」


下の階から、青木が壱声側についた事は伝わっていたのか。3人の男達は慌てて銃を向けようとするが。


「動揺する前に撃てっつったろうが。減点だ、お前等」


立て続けに、3発。青木が放った銃弾は、それぞれ男達の拳銃を的確に弾き飛ばす。


「つぁっ!?」


そして、男達が怯んだ隙に、青木は素早く距離を詰める。

1人。頭を掴み、壁に叩き付けて。

腹に肘を突き込み、反対の壁に背中を着いた所で、胸部に蹴りを叩き込んで、2人。

辛うじて反撃に移ろうとした男の腕を掴み、体の回転に巻き込み。背負い投げで床に叩き付けて、3人。


壱声が出る幕も無く、単独で3人の男を制圧してしまった。


「…何してんだ、さっさと行くぞ」


「…いや、思ったんだけどよ」


壱声は青木に追い付いてから、疑問を口にした。


「…やけに実力差が開いてないか?」


「当然だろ」


あっさりと、青木は言った。


「総員120。これだけの数の人間全員を精鋭に育てられる訳が無い。殆どは基礎をかじった、素人に毛が生えた程度の連中だ。しっかりした技術と経験を持ってるのは、此処の発足当時から居る奴等。俺を含めて5〜6人ってとこだな」


「…って事は。意外と薄っぺらいのか、この組織」


「いいや」


考えが甘い、と。青木は首を横に振る。


「確かに、下っ端は冷蔵庫で作れる氷みたいなモンだけどな。初期のメンバーは、それで言うなら単独で天然物の氷山クラスの力がある。ぶつかり合って砕ける事はあるかも知れねぇが、楽観してると一瞬で潰される」


それに、と。青木は真剣な面持ちになる。


「…未だ、初期のメンバーと一度もぶつかってない。最上階に集まってるか…違うとすれば、1階の増援に回ってるのかも知れねぇな」


「…1階に、か」


前に進みながら、壱声は思う。


(…大丈夫ですよね、会長)


1階、エントランス。


増援を合わせ、約80人が床や壁際に倒れ伏す状況で。


実行は、4人の男と対峙していた。


(…厄介だな、こりゃ)


流石に、数で押された分の疲れは残っている。その上で、この4人。


(今までの連中とは格が違うじゃねぇの!)


戦い方も、能力も。全く別次元にあった。


先ず。4人居るにも関わらず、その数の優位性を利用する気が無い。

つまり、実行に向かってくるのは4人の内の1人だけ。

一斉に攻撃して、まとめて返り討ちに遭うという最悪のケースを起こさず、相手の戦力を徐々に削ぎ落として、確実に仕留める。4人全員で勝つのではなく、4人の内で誰か1人が勝てば良い。そんな戦法なのだ。


更に。

この男達、銃を持っていても使わない。

もし実行が銃を持っていれば、相手も銃を抜いたかも知れないが。実行に合わせて、メインは近接格闘。

近距離での銃の使用は逆にリスクが高い事を熟知した上で。実行を組み倒してから、銃で確実に殺す気なのだ。


そして、何より。

その戦闘センスが、段違いに高い水準にある。


「…っらぁ!」


高速機動から放つ実行の拳を、正面から受けずに横から弾く事で軌道を逸らし。僅かに生まれた隙を逃さず、カウンターの左フックが実行の側頭部に襲い掛かる!


「――っ!!」


体ごと後ろに倒れる事で拳を辛うじて躱し、そのままサマーソルト気味に男の顎を蹴り上げようとしたが、僅かに後退する事で紙一重に躱される。


そして、後方に一回転して体勢を立て直した直後の実行に。男の後ろ回し蹴りが放たれる!


「く…そっ!?」


腕を交差して防いだが、その一撃は重く。骨が軋む感覚を残して、実行は後方に弾き飛ばされた。


「がっ!?つぅ……」


冗談だろ、と実行は思った。


(言霊を使った身体強化に対応出来る奴なんて初めて会ったぞ、オイ…)


ただの人間では、頭で理解出来ても体が付いて来れない速度。

それに初見で対応し、挙句上回る。そんな人間が居るなどと誰が予想するだろうか。


「諦めろ」


実行を蹴り飛ばした男は、短く告げた。


「言霊遣いだろうと、お前は所詮学生だ。俺達に敵う理由は無い」


「………」


確かに。

全く同じだけの戦力を残りの3人も持っているとすれば、とても勝てるとは思えない。


「……そうだなぁ」


立ち上がり、服に付いた埃を払って、実行はそんな風に呟いた。


「仕方が無い。アンタが言う通り、諦めるよ」


サッパリと。何か吹っ切れた調子で、実行は微笑んで。


「殺さない様に加減するの」


そんな言葉を口にした。


「……?何を」


男が呟いた瞬間。実行が目の前に現れ。

それに気付いた時には、既に実行の拳が男の腹に突き刺さり。

それを防ごうとした時には、男は遥か後方の壁に向けて吹き飛ばされていた。


先程まで対応出来ていた筈の攻撃への反応が、ワンテンポ遅れた。

男がその事実に気付いたのは、壁に激突した衝撃が全身に襲い掛かった後だった。


「っ…何、が……」


「俺ってさ。細かい設定とか嫌いなんだよ。面倒だから」


男を殴り飛ばしたままの姿勢で残心していた実行が構えを解く。


「だから、本来俺の高速機動には上限なんて無いんだよ。踏み込みの強さ、地を蹴る時の力の強弱。そういうので速度を調整してるだけ」


「…そんな…馬鹿な」


よろけながらも、男は再び立ち上がる。


「生身の…体で。そんな事をすれば…空気抵抗や、空間との摩擦に、耐えられない筈……」


「リサーチがなってねぇな。俺の『実行力』は、物理法則を無視するんだよ。言霊によって高速機動を『実行』してる以上、俺の体そのものが物理法則から外れてる状態なんだぜ?」


その言葉に、殴られた男だけではなく、他の3人すら愕然とする。


空気抵抗も、摩擦も発生しないなら。有言実行という男は、生身で気兼ね無く音速を叩き出し、平然としている事すら可能という推測。

自分達は今まで『圧倒していた』のではなく、『生かされていた』という事実が、4人の感覚を狂わせる。


自分達には、精密な殺人技術が備わっている。

急所を狙う精度。攻撃威力。速度。動作から一切の無駄を省き、より迅速に確実に殺す術を体得している自負があった。

言わば、万全のメンテナンスを施した車に乗り、何度も走り続けたコースで。何も考えずにロケットエンジンを積んだ出鱈目な車にボロ負けして、全てを台無しにされた様な感覚。


怒りでも、危機感でも無い。男達は初めて、己の肌身でそれを体感した。


紛れも無い『絶望』を。


「さて、と」


そして、実行は告げた。


「壊れたい奴から前に出ろ」


今から先、男達に主導権は無い、と。





21階。

壱声と青木は、エレベーターの前に立っていた。最上階に向かう為の、たった一つの道の前に。


「覚悟、出来てるか?」


青木は壱声に、静かに問い掛ける。


「コイツに乗っちまえば、あっという間だ。上に着いたら、半端じゃ帰ってこれねぇぞ」


「アンタこそ」


そんな確認は必要無いと言うように、壱声は不敵な笑みを浮かべる。


「再就職先は決まったのか?クビ確定だろ」


「…言ってろ、クソガキ」


上昇のスイッチを押し、2人はエレベーターに乗り込んだ。

決着に向けて、エレベーターは機械的に迷い無く進んでいく。


「…そろそろか。扉の目の前に立つなよ、壁に身を隠せ。着いて早々蜂の巣になっちゃ笑えねぇ」


青木の指示通り、壱声は扉の目の前を避け、四辺の角に身を寄せる。

これで、扉が開いた時に敵が居ても死角になる位置なので、即座に攻撃を受ける事は無い。


エレベーターの上昇が止まり、最上階に到着。扉がゆっくりと開いていく。

2秒ほど待っても、銃撃は無い。

未だ動くな、と壱声に目で合図して。青木が銃を構えながらエレベーターの外に飛び出す。


直後。

いや、正確には、飛び出そうとした時。青木の目の前に銃口が突き出されていた。


「っ…」


エレベーターの中に、音が反響する。

壱声の目に映ったのは、不自然にのけ反ってエレベーターの中に首から戻って来る青木の姿と。

その動きを追い掛けるように額から伸びる、余りに鮮やかな赤い線。


倒れた青木の頭から、床に。生きた赤色が広がっていく。壱声の目の前で、死んでいく。


「――青木っ!?」


『さん』を付けろ、と。呼び捨てする度に言葉を返してきた口は、もう動かない。壱声に視線が向く事も、無い。

それでも、壱声が青木に近寄ろうとした時。壱声の頭に、同じ銃口が押し当てられた。


「裏切り者には制裁を。当然の話だろう」


「……っ!テメェが」


「動くなよ、決定力の言霊遣い。会長に持っていく死体は一つで充分だからな」


その男は、青木が語っていた初期メンバー。その中でも、最も殺人に優れた技術と冷酷さを持つ男だった。




「………?」


鬼灯コーポレーションに向かう途中、信号待ちで立ち止まっていた詩葉は首を傾げた。


特に揺らした覚えは無い、携帯からぶら下がった猫のストラップ。

その鈴が、チリン…と。鳴った気がしたからだ。

風は吹いていなかった。車が通り過ぎた時の風圧も無かった。

決して、鳴る筈が無いのに。


「……何で?」


疑問に答えが出る前に、歩行者信号が青に変わり。詩葉はビルへと走り出す。


小さく鳴ったストラップの鈴。それは、きっと。

とある不器用な男が告げた、本当に素っ気ない最期の別れ。




銃を突き付けられたまま、壱声は歩かされる。

後ろには、無造作に青木を引き擦る男。

エレベーターから伸びた短い通路を抜けると、そこに。


「来客です、会長」


「あぁ」


100人に聞けば100人が悪人と答えそうな人相の、恰幅のよい中年の男。

今回の元凶たる存在。鬼灯嶽統ほおずき たけのりが居た。


「よく来たね、鶴野壱声くん。自ら訪ねてくれるとは嬉しい限りだ」


悠長にくゆらせていた葉巻を灰皿に置き、鬼灯は顔の皮膚を歪ませた(笑っているつもりらしい)。


「しかし随分と暴れたようだね。特に君の仲間が、だが。困るな、友好的でないのは」


「…何が友好的だ。だったら先ずはそっちが態度を改めたらどうだ」


ふむ、と。鬼灯は椅子の背もたれを鳴らす。


「…わざわざ乗り込んできた理由は何だね?心変わりでもして、私と歩む気になったのかと思ったが」


「…詩葉を自由にしろ。お前の茶番に付き合わせるな」


「断る」


バッサリと。鬼灯は壱声の言葉を切り捨てた。


「何故アレを手放さねばならんのかね?折角無駄な苦労までして手に入れたのに。私こそ、君のこんな茶番に付き合う気は無いよ」


「…無駄な苦労?手に入れた?」


「気になるかね?」


「…詩葉から、此処に来た経緯は聞いてる。けどどうにも、その言葉じゃ食い違いがある気がしてな」


「あぁ、その事かね」


つまらなそうに、鬼灯は葉巻の煙を吐く。


「何も食い違いなど無いよ。最初は強奪しようと思ったがね。詩葉に不信感を与えない為に、わざわざ遠回りな方法を取った。それだけの話だが?」


壱声は思い出す。

詩葉は、強盗に両親を殺され。その後、預けられた施設からこの鬼灯に引き取られた筈だ、と。


「……まさか」


壱声は、行き着いた。

…辿り着いて、しまった。

最悪の予想に。


「詩葉の家を襲ったのも…親を殺したのも、アンタ等だってのか…!?」


そして。


「あぁ…惜しいな。部下を使うと後々面倒だろう?金欲しさに集まってきたクズを使ったのだよ」


最悪の、真実に。


「ソイツ等に…詩葉の両親を殺させたのか!」


「そうだ。高い報酬も払ったよ。なぁ、水谷」


「えぇ」


青木を殺した男…水谷が、懐かしそうに目を細めた。


「あの程度の連中に、鉛弾を二発。勿体無いとは思いましたが」


つまり、鬼灯は。

金を払う約束で雇った連中に、詩葉の両親を殺させて。

その連中も、金など払わずに始末したのだ。


「そして、後は。施設に預けられた詩葉を私自ら引き取りに出向いたのだよ。『善良なおじさん』としてな」


「…テメェは」


壱声は、鬼灯の顔を見ないように俯いていた。

そうしなければ、今すぐにでも殴り掛かってしまいそうだった。


「詩葉の幸せを奪った元凶のくせに…何食わぬ顔で、さも味方みたいに!詩葉にツラ見せたってのか!!」


「あぁ、そうだよ?そして詩葉は見事に引っ掛かってくれた」


ニヤニヤと笑いながら、鬼灯は壱声の言葉を肯定する。


「…詩葉は。アンタを育ての親だって言ってた。アンタ等と手を切れって俺が言った時も、そんな簡単に裏切れないって言ってたんだぞ!!それなのに、テメェは!最初から詩葉を裏切ってたのかよ!?」


「人間というのは宝石と同じだよ、壱声くん」


相手を見下した笑顔を、鬼灯は浮かべた。


「純粋なモノほど使い勝手が良い」


「―――っ!!!」


それ以上、耐えられる筈が無かった。

壱声は一気に駆け出し、机の向こうに居る鬼灯の顔面を殴り飛ばそうとする。


「動くな、と。俺はさっき言ったぞ?」


後ろから迫っていた水谷に、足を払われ、腕を拘束され。床に乱暴に組み伏せられ、頭に銃を押し当てられた。


「っ…テメェ…鬼灯!!詩葉を何だと思ってやがる!?アイツは…」


「私の道具だ。それ以上の何がある?」


「………っ!!」


壱声が反論しようとした、その時。

エレベーターが停まる音が、聞こえた。




1階では、実行が床に転がっていた。

そして、実行に差し向けられた初期メンバー4人は。

余す事無く。壁に叩き付けられ、床に倒れ伏し。意識を失っていた。


「…ったく。結局加減しちまってる辺り、俺も甘いよなぁ」


そう呟くと、実行はゆっくりと身を起こす。


本当に殺すつもりなら、音速に乗せた体で突っ込み、そのまま減速せずに壁にでも叩き付ければそれで済む。しかし、実行は。攻撃の瞬間にスピードを落とし、死なない程度に加減していた。


「…はぁ。加速と減速を繰り返したせいかねぇ。足がガタガタだよ」


暫く休んでようかなー、と実行が思っていた時。入口の自動ドアが開いた。


「…おや?」


実行がそちらに視線を向けると、そこには少女が立っていた。

この状況に似合わない、可愛らしい少女が。


「…ははぁ。もしかして、君が詩葉ちゃんかな?成る程、壱声が気にかけるのも納得だわ」


「…壱声を知ってるの?アナタは、誰?」


「蒼葉ヶ原高等学校の生徒会長、有言実行。『実行力』の言霊遣い、って言った方が分かりやすいかな?」


「…あぁ、マネキンの人」


「…やっぱアレだな。悪役へのお仕置きも、少し洒落たモノの方が良いかもしれないな」


まさか美少女にマネキンの人、とか呼ばれようとは…と、実行は少ししょんぼりする。


「…壱声は?」


「先に行かせたよ」


疲労困憊の足で、実行は立ち上がった。


「休んでようと思ってたんだけど…行くかい?」


コクン、と。詩葉も頷き。

増援も無くなり、動きを止めていたエレベーターに乗り込んだ。


「…あれ。21階までしかねぇの?此処って22階だよね、最上階」


「最上階は、専用のエレベーターで行くの」


「…豪華だねぇ、作りが」


「…壱声。大丈夫かな」


詩葉は知っている。この組織のトップ…自分の義父が、勝つ為の手段を選ばない事を。


「ヤバかったら助ければ良い。その為に行くんだろ?」


「……うん」


実行の言葉に、詩葉が頷いた時。エレベーターが21階に到着する。

廊下を走り、最上階へのエレベーターの前に立ち。上昇のボタンを押す。


「…上に停まってる」


「って事は、やっぱ壱声はもう上に居るんだな」


下降したエレベーターが、21階に停まり。扉が開いた瞬間。

詩葉と実行に緊張が走った。停止したエレベーターの床に、血が広がっていたからだ。


「……急ごう、詩葉ちゃん。ヤバいかも知れない」


「…うん」


そして、2人を乗せたエレベーターは。

22階に辿り着く。


部屋に姿を現した人物を、鬼灯は意外そうに見詰めた。


「…ほう。君は確か『実行力』の…と、なると。あの4人は負けた、という事か。それに……」


気味の悪い笑みを浮かべて、鬼灯はその名を呼んだ。


「お帰り、詩葉。随分遅かったね」


「……っ!詩葉!?」


その姿を確かめようと、壱声は首を後ろに回そうとした…が、水谷に押さえ付けられ、出来なかった。


「壱声!」


「お前…何で来てんだよ!?隠れてろって言ったろうが!!」


「だって……?」


何かを言いかけて、詩葉は不思議そうな、何処か安心したような声音に変わった。


「…壱声、怪我は?」


「…あ?してねぇよ」


「……じゃあ……エレベーターの、血は……?」


「っ!!それは……」


「あぁ、それなら」


壱声の言葉を遮るように、鬼灯が口を挟んだ。


「その男のものだよ」


「…え……?」


詩葉が、鬼灯の視線を追う。

…追って、しまう。

そして、見てしまった。


床に転がり。動かなくなった、青木の姿を。


「…青、木…さん…?どう、して……」


「私を裏切り、壱声くんの手助けをした。だから死んだのだよ」


「…そん、な」


灰皿に置いていた葉巻をもう一度口に運び、鬼灯は紫煙を吐き出す。


「全く。お前が強制力の言霊を使って決定力を従えなかったからこんな騒ぎになった…分かるか?詩葉。そうしていれば、青木も死ぬ事は無かったんだよ。お前の優柔不断のせいで、青木は死んだんだ」


「っ!?」


鬼灯の言葉に、詩葉の顔が青ざめていく。


「最後のチャンスだよ、詩葉。強制力を使って、今、此処で。決定力を引き込め」


「………」


詩葉に、迷いが生まれた。

やはり、自分は鬼灯の命令に従っていた方が良いのではないか。

自分が不自由でいた方が、周りの人達は幸せなのではないか、と。


しかし、そんな詩葉の迷いを。



「…ふざっけんじゃねぇぞ、鬼灯!!」


壱声の怒声が掻き消していく。


「詩葉が強制力を使わなかったから青木が死んだ、だと?テメェの思い通りに事が進まなかったのが気に食わなかっただけだろうが!玩具に腹を立てる子供と同じ理屈だろうが!!テメェの器の小ささが理由で部下を殺した責任を、詩葉に押し付けようとしてんじゃねぇよ!!」


「…壱声……」


「詩葉!確かに青木は俺が此処に辿り着くのを手伝ってくれた!結果として殺された!けどな、青木はお前が自由になる事を願って、クビになるのを覚悟で俺の味方をしてくれたんだ!!今更こんな奴の癇癪に耳を貸すな!青木の現実を受け止めて、それ以上に!青木の思いが無駄にしていいものか、詩葉の願いとは違うものなのか!ちゃんと考えて自分で答えを出してやれ!!」


壱声の言葉を全て聞いて、詩葉は。猫のストラップにそっと触れた。

チリン、と。小さな鈴が鳴った。


「…壱声。どうして此処に来た、って。聞いたよね」


「…あぁ」


「ゴメンね、隠れてろって言われたのに、守らなくって。でも…」


詩葉は、壱声を見据えていた…万全とは言えない。悲しみを拭い切れていない。それでも、確かな笑顔を浮かべて。


「…私だって。自分の居場所を守りたいよ」


その言葉に。

鬼灯は笑みを浮かべた。詩葉の居場所に心当たりなど一つしか無かったから。

しかし、鬼灯は気付かない。壱声もまた、詩葉の言葉に笑みを浮かべている事に。


そして、両者の思惑に決着を付ける言霊が、詩葉の口から告げられた。


「銃を下ろして、壱声から離れて」


その視線は、壱声の上。水谷に向いていた。


「……っ」


壱声の体の上から、重みが消える。向けられていた銃口も、床を睨むばかりで意味が無くなった。


「…な………」


鬼灯が状況を飲み込めず狼狽する中で、壱声はゆっくりと立ち上がり、鬼灯に視線をぶつけた。


「分かったか、鬼灯。これが、お前が受け入れるべき答えだよ」


「う……」


その結果にわなわなと震え。歯を剥き出しにして。鬼灯は吠えた。


「詩葉ぁぁぁああああアアアア!!!!!!」


同時。

机の引き出しから取り出した大口径の銃を詩葉に向かい突き付けた。

壱声が反応するよりも速く。その引き金は引かれた。


しかし、遠目から見ていた分。それより速く行動していた者が居た。


「俺が居るのを忘れんなよ、ってな。弾くぜ」


瞬間。詩葉と銃弾の間に影が割り込み。

詩葉を殺す筈だった銃弾は、夜景を映す防弾ガラスの窓へと弾け飛んだ。


鬼灯はそれに構わず。立て続けに発砲する。

しかし、どの銃弾も。

窓に壁に床に花瓶に天井に弾かれ突き刺さり四散した。


全て。詩葉の前に立った実行に弾かれた。


もう、引き金を幾ら動かそうと、出るべき弾は残っていない。


鬱憤が晴れないと言わんばかり。鬼灯は言葉を吐き出していく。


「何のつもりだ詩葉ァ!道具として役に立たないばかりか私の命令に従う事すらしないだと!?親の代わりをしてやった私の命令を聞かないなど、貴様なぞ娘としても道具としても失格だ!このゴミめ!!」


「…言いたい事はそれだけか」


ゆらり、と。壱声は鬼灯に向かい足を進める。


「いい加減ふざけた事しか吐かねぇな、テメェの口は。娘としても道具としても失格だと?詩葉を強制力の言霊遣いとして利用する為に本当の親を殺して、娘としてではなく道具として詩葉を育てようとして、言う事を聞かなくなったら殺そうとしたテメェがそんな事言える立場だと思ってんのか!!」


「だ、黙れ!言霊遣いなんてものは、私の様な有能な人間に使われていれば良いんだ!自分の役目を果たさずに堕落しているより余程マシだろう!!」


「うるっせぇ!!見て分からねぇのか、言霊遣いだって言霊を使わなきゃ普通の人間だ!!道具じゃねぇんだよ!テメェに生き方決められなきゃならねぇ筋合いなんざ何処にも無い、自分なりの幸せの価値観を持ってる人間だ!!」


ついに、鬼灯の目前で立ち止まり。壱声は拳を握り締めた。


「そんな当たり前の事も分かろうとしないで、娘の我が儘も聞こうとしないテメェの方こそ!親としても人間としても失格だ、この馬鹿野郎が!!」


本当に全力で、壱声は鬼灯の顔面を殴り飛ばした。椅子から転げ落ち、床に叩き付けられ、鬼灯は鼻と口から血を零す。


「っが、ふぅ…!?」


「…言霊を持たない人達だって、心が篭ってればただの言葉で周りの人達の同意を得られる。感動させる事が出来る。言霊が無くても、言葉にはちゃんと力があるんだ。それを理解しないまま、言霊に縋ろうとしたアンタは。元々、人の上に立てる器じゃない」


「……っ!」


顔を押さえて座り込む鬼灯に背を向けて、壱声は呟いた。


「もう二度と、言霊遣いを巻き込むのは止してくれ。お互いの為にならないからな」


そして、そのまま歩いていく。エレベーターに続く廊下へと。


「帰りましょう、会長。…詩葉も」


壱声の言葉に、実行は頷いて踵を返し。詩葉もまた、一歩踏み出した。




『鬼灯の方へと』。


「…詩葉?」


「…ちょっと、待ってて」


それだけ呟いて、詩葉は鬼灯に近付いていく。


「……何の用だ」


「…私は、貴方を許せない。許せる所なんて、一つも無い。私だって、そんなに心は広くないから」


そう言って、しかし詩葉は。

鬼灯に頭を下げた。


「それでも、私は貴方に育てて貰った。私に、居場所を与えてくれた」


だから、と。顔を上げた詩葉は、笑みを浮かべていた。


「今までありがとうございました、お義父さん」


「………な」


恨み言をぶつけられると思っていた鬼灯は、拍子抜けしてしまった。


そのまま唖然としている鬼灯を余所に、詩葉は水谷に視線を移した。


「…お義父さんを、宜しくお願いします」


「あ?あぁ…」


水谷も、また。曖昧な返事しか出来ない。

だが、返事には違いない、と。詩葉は今度こそ壱声達へと踵を返す。


「…もう良いのか?」


「うん。もう…大丈夫。行こ、壱声」


あぁ、と壱声は答え。

心の中で、青木の冥福を祈って、エレベーターに乗り込んだ。


「…うわぁ」


エレベーターを使って、エントランスに戻ってきた壱声の第一声はそれだった。


何せ、その状況はまさに死屍累々。誰も死んでいないのは奇跡と言うべき有様だった。


「会長…暴れ過ぎじゃないですか?」


はっはっはー、とわざとらしい笑い声を実行は上げる。


「いや、流石に俺も死ぬのは勘弁だったし。拳銃とナイフ相手に、丸腰でこの結果なら俺は責められる理由は無いじゃん?」


「自然災害レベルの爪痕残して丸腰ってふざけてんですか」


つくづく敵には回したくねぇな、この人…と、壱声は呟いた。


「ん〜…まぁ確かに好き勝手暴れた気はするなぁ。日頃の鬱憤を晴らす感じで」


ビルから外に出た所で大きく伸びをして、実行はふと思い立ったように壱声に尋ねた。


「…そういや、壱声。詩葉ちゃんはどうすんの?」


「……?どうすんの、とは?」


壱声だけでなく、名前を出された詩葉も首を傾げる。実行は呆れたように息を吐いて、だから、と続けた。


「詩葉ちゃん、今まで何処に住んでたの?」


「…?お義父さんの家だけど…」


「…で?俺と壱声はそれぞれ自宅に帰るとして。詩葉ちゃんは何処に帰れば良いのさ」


「「……あ」」


たった今その問題に気付いたらしい壱声と詩葉は、同時にそんな声を上げていた。


「考えてなかったのか…」


と。不意に実行は何かを考えると、ニヤリと笑った。それを見た壱声の直感が告げる。

あれはとてもマズイ事を思い付いた顔だ、と。


「…いやいや、成る程。考えてなかったんじゃなくて考える必要が無かったのか。そうだよなぁ、詩葉ちゃんの今の居場所は壱声の傍みたいだし。って事は必然的に壱声の家に一緒に帰れば良いって事だよな。となると俺も既に邪魔者だよねそれじゃ先に帰るぜまた明日学校で初夜の話でも聞かせろよ壱声じゃあなー!」


一気にまくし立てると、実行は高笑いしながら走り出した。


「ちょ、待っ!?色々トンデモな爆弾投げ付けて逃げるつもりかアンタ!うわチクショウ言霊使って速度上げてやがる!!誰か言葉の爆弾処理班は居ませんかぁー!?」


元来人通りの少ない道で叫んだ所で、応える人など居る筈も無い。


「…え、と。壱声…」


「……何かな、詩葉」


ギチギチと。関節が錆びて電池も切れかけな玩具のロボットのように、壱声が振り返ると。


胸の前で両手をもじもじとさせながら顔を赤くしている詩葉が、上目遣いに壱声を見詰めていた。


「…その。初めてだから、優しく……」


「ストォップ!その発言は大層危険だ!つぅか何故『初夜』の部分だけをピンポイントかつ抽象的に拾ってんのお前!?一番聞き流すべき場所だろうがぁぁあああ!!」


因みに、この後。

鶴野家の内部で、壱声は鬼灯コーポレーションでの戦い以上のダメージを受け。


鶴野家に、1人の居候が増えたそうだ。

…はい、お送りいたしました後編。実質解決編、と言うべきでしょうか。


過去の真実だけでなく、現実時間でも衝撃的な何かが欲しかった…ので、青木には逝ってもらいました。登場からずっといい人だったのはその布石です。


惜しい人を亡くした…ゴメンよ、青木。


次話で、『強制力』編は完結します。普通のライトノベルで言う後日談な部分です。


では、次回。徹底的に笑いを詰め込もうと思います。それでは。

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