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言霊遣いの受難の日々  作者: 春間夏
第一章 「強制力」編
6/29

守りたい者・救いたい者(後編)

どうも、春間夏です。


今度こそ後編、と意気込み。ページが増えましたww


今回、壱声が主人公してます。させてやりました。


お待たせしました。

どうぞ見てやって下さい。

朝。壱声は気怠さを感じながら目を覚ました。


部屋に差し込む自然光。外から聞こえる雀の声。


そして。

壱声の隣で幸せそうに眠っている陽菜。




「………………」


今更驚く事でもないな、うん。

そう思うと、壱声は特に気にせず体を起こした。


別に、兄妹仲良く一晩一緒に寝ていた訳ではない。



早起きが苦手にも関わらず壱声を起こしに来た陽菜が、壱声のベッドに辿り着いた所で限界に達し、再び眠りに就いただけだったりする。


「…無理しねぇで寝てりゃ良いのにな、全く…」


そっと陽菜の頭を撫でると、嬉しそうに微笑む。目を覚まさないのは当然の話だが。


「…さて、朝飯と弁当作らねぇとな」


およそ家庭的な台詞を言いながら、壱声は陽菜をそのままにして部屋を出た。




「…まだ起きないのか」


朝食をリビングのテーブルに並べ終え、壱声は階段を見上げた。


「仕方ねぇ、起こすか…」


今一度2階に上がり、自分の部屋に入る。

すると、案の定。未だ壱声のベッドで眠る陽菜の姿があった。


「…ったく。おい、陽菜〜?起きろ〜」


声を掛けても、全く反応しない。


「…陽菜、おい。起きろって、コラ」


陽菜の体をユサユサと揺らしてみると、今度は少し反応が返ってきた。


「……にゅぅ…おにいちゃん……」


「あー。とっくに朝だからそろそろ……」


「うぅ…だめだよ…」


「………」


黙り込む壱声を余所に、陽菜はゆっくりと身じろぎをして。


「…そんな、おっきいの…はいらない……こわれちゃうよぉ……」


「起きろコラ妹」


すぺしッ!と壱声にデコをひっぱたかれた。


「あぅっ!?……うぅ、痛い……何するのお兄ちゃん…」


「何するのじゃねぇよ。人のベッドでどんな夢見てたんだお前」


目をくしくしと擦りながら、陽菜はゆっくり身を起こした。


「ん〜…お兄ちゃんがね、リュックの中にゾウを詰め込もうとしてて……」


「ワンパク坊主だな、夢の中の俺」


「うん…リビングスタチューも困り顔」


「とってもワンパクだな!そしてファンタスティック!!ゾウってそっちの像!?」


因みにリビングスタチュー。よくゲームとかで顔合わせをする、動き回る彫像の事である。


「けど、そこでお兄ちゃんに起こされた…」


「あ〜…何か悪かった。近くにいる変態のせいで俺の心が汚れてたらしい」


「………?じゃあ、もう一回寝ていい?」


「遅刻するぞ」


「…起きる」


漸くベッドから立ち上がり、陽菜は自分の部屋に戻っていった。


「…確かに大きいよな、リビングスタチュー。うん、リュックに入るわけ無いよな、うん。壊れちゃうよな、リュックが。うん、うん…」


そんな呟きを繰り返しながら、壱声はリビングに戻っていった。


学校に辿り着いた壱声は、淀みなく教室に向かうと、ドアを開け。


「お、ヨッス壱声!今日は陽菜ちゃんと兄妹の垣根を越えてきたk」


「お前のせいだ!!!」


顔を見るなりバカ発言をかます四五六の顔面に右ストレートを叩き込んだ。


「ぶばっふ!待て、何の事?ネットの世界で誰に負けたのお前!?例えそうだとしても俺のせいじゃないと思う!!」


「うるっせぇ!兄妹に関してのお前の価値観を散々聞かされてたせいで、陽菜の寝言に要らんリアクションしちまったじゃねぇかぁ!!」


「ゴメン。それは確かに俺のせいだわるぷゅ!」


罪を認めた変態に壱声の追撃が決まり、1R24秒KO勝ち。


「…ふぅ。諸悪の根源ここに眠る、か」


爽やかに額の汗を拭う壱声のシャツを、くいくいっと誰かが引っ張る。


「ん?……あ」


壱声が振り返ると、そこには登校してきたみなもが居た。

昨日の今日なので、一体何を話したものかと壱声は迷ったが。


「おはよ、壱声…どうしていきなり四五六が昇天してるの?」


みなもがいつも通りに話し掛けてきたので、壱声もその流れに乗る事にした。


「あぁ、おはよ…俺の心を汚した元凶を討伐したんだよ」


「…よく分からないけど、壱声の心は綺麗になったの?」


「あぁ。間違いなく」


「…なら良かった」


くす、と微笑むみなもと壱声を見て、倒れていた四五六がのそりと起き上がった。


「……な〜んか、少し距離が縮まってねぇか?」


「お前と彼岸の距離か?」


「そっちは如実に縮まってるよ!誰かのせいで!!」


「さて、そろそろHRだな…席行くか、みなも」


「うん。…壱声、今日は昼休み、空いてる?」


「あぁ、ぽっかりと」


「じゃあ、ご飯。一緒に食べよ?」


「いいぜ。ついでに昨日言ってた話もするよ」


「うん、分かった」


そんなやり取りを見て、再度四五六が叫んだ。


「ほらやっぱり縮まってるじゃん!!」


「お前の毛髪がな」


「そうなんだよ、殴られただけにパンチパーマになっちゃって…んな訳あるかい!!…て、あれ?ちょ、せめて誰か笑って?え、笑ったら誰かに蹴られるの、ねぇ!?」


こうして、学校での平和な時間が過ぎていく。




「………………」


昨日、実行にフロントガラスを壊された物と同じ種類の車。

その後部座席に座り、詩葉は窓の外を眺めていた。


「………………」


ただ、無言で。

その目に映る風景も、ただ通り過ぎていくばかり。何かを目線で追う事も無く、他にする事も無いので外を見ているだけ。


「……おい」


そんな詩葉に、運転席の男が声を掛けた。


「そんな状態で大丈夫なのかよ。今日が決定力を仲間にする最後のチャンスなんだぞ」


「…分かってるよ」


抑揚の無い小さな声で、詩葉はそれだけを呟いた。結局、視線は窓の外に向いたままで。


「……ハァ。ったく。そんなんじゃこっちまでやる気失くすだろうが」


男はハンドルを切って、蒼葉ヶ原の中心部に向かい車を進める。


「…何処に行くの?」


「どうせ、向こうの下校までは手を出せねぇんだろ」


男は、腕時計で時間を確認する。

時刻はまだ昼前。


「暇潰しだよ。ついでにどっかの誰かの気分転換だ」


「………………」


それでも、詩葉はやはり無言で。

けど。その口元は、僅かに綻んでいた。


昼休みになり、壱声はみなもと廊下を歩いていた。

一緒に昼食を食べるだけなら、何処でも構わないのだが。言霊について話すのなら、周りに聞かれては困る。

なので、何処か話を聞かれる心配の無い場所は無いものかと思ったのだが……。


「…意外と色んな場所で飯食ってんだな、皆」


「そうだね…」


教室は勿論、理科室等の特別教室。中庭に屋上と、何処にでも人が居る。

結果、未だにフラフラとしている訳である。


「……あ、そうだ」


「……?」


壱声は携帯を取り出すと、ある人物に電話を掛けた。




「…で、此処に辿り着いた訳だ」


弁当を摘みながら、実行は手振りで「座れ」と指示した。


「秘密の話をするなら此処、でしょう?」


生徒会室で弁当を広げながら、壱声は適当な席に着き。少し躊躇いながら、みなもも椅子に腰掛けた(壱声の隣に)。


「つぅか、昼休みすら生徒会室に居るんですね」


「生徒会長だからな」


「いや理由になってねー…まぁいいか」


卵焼きを口に放り込み、壱声はみなもの方を向いた。


「あぁ、一応言っとくけど。会長も言霊遣いだから。話を聞かれても何の問題も無い」


「あ…うん。昨日ので、何となく分かってたけど…結局、言霊、って?」


「ん〜…いざ説明、となると難しいな。会長、何か上手い言葉あります?」


「そりゃお前、アレだよ」


ビシッ、と箸を突き出して。


「マジカル・パワー!」


「成る程、今日の会長の出番は以上ですね」


「待て待て、真面目にやるから」


慌てて咳払いすると、実行は話し出した。


「ま、簡単に言えば。言葉にした事を現実に反映する力、だな」


「…昨日のマネキン、みたいにですか?」


「そ。まぁ、遥か昔のご先祖様は、一人で何でも出来たらしいが…今は色々あって、力を分散。個人じゃ限界があるけどな」


「力を、分散…」


「例えば」


ここから、実行の言葉を壱声が引き継いだ。


「俺の場合は『決定力』。昨日スーツの男に対して話してたから少しは分かると思うけど、そこに存在する物事や、その場全体の流れ。それらの状態を俺が言葉にしたままに『決定』する事が出来る」


それで、と。再び実行が言葉を発する。


「俺の力は『実行力』。俺自身が直接干渉する事が条件だけど、言葉にした事を『実際に行う事が出来る』。物理法則すら無視してな」


昨日に関しても、本来マネキンでは防弾ガラスは破れない。

しかし、実行が「マネキンでフロントガラスをぶち抜く」と言った為、マネキンは壊れずに防弾ガラスを貫通したのだ。


「……何て言うか、すごい人だったんだね。壱声も、会長さんも」


「まぁ、な。だからこそ、昨日の連中みたいにその力を利用したがる奴等も居るんだけど」


そこで、壱声は箸を止めた。


「…もう、利用されてる奴も居る。アイツを助けないと、全部がめでたしとは言えないんだよな」


「…壱声?」


「あのな、みなもちゃん」


実行はみなもの意識を自分に向けると、神妙な面持ちで。


「昨日の連中に利用されてる、詩葉ちゃんっていう可愛い女の子の言霊遣いが居るらしくてね?壱声はその子とフラグを立てたいんだよ」


そんな要らん事を囁いた。


「って、会長!人の動機に勝手な下心を付け加えないでくださ……うっ!?」


鋭く刺さる様な、ではなく。

まるで、とてつもなく巨大な鈍器をズルズルと引きずりながらゆっくりと近付いて来る。そんなプレッシャーを感じて、壱声が恐る恐る振り向いてみると。


「………ふ〜ん」


箸をくわえたまま、ジト目で壱声を睨むみなもの姿があった。


「…え、え〜っと…みなも?どうかしたのか?」


「…別に、何でもない。壱声はやっぱり壱声だと思っただけだよ」


「今の話で俺と納得出来る部分あったの!?」


「つーん」


そっぽを向いてモフモフと弁当を食べ始めるみなもに、壱声は頭を抱える。


「だあぁ!つか何でそこまで機嫌悪くなるんだよ………?」


そんな壱声に、実行はポン、と肩に手を置いて。しみじみと呟いた。


「壱声、やっぱお前が主人公だよ」


「いやもうワケ分かんねぇし!?」


鈍感な天然女たらしの昼休みは、苦悩のままに過ぎていった。


蒼葉ヶ原には、広大な敷地面積を誇るショッピングモールが存在する。


その広さ、四方4km。ありとあらゆる商店、百貨店、飲食店が軒を連ね。軍事用品以外なら全て此処で事足りるとすら言われている。


そんなショッピングモールの中を、詩葉と運転手の男は歩いていた。


「…良いのか?何処にも入らなくて」


「…大丈夫」


正直、男は歩き疲れてきたので、何処かで休みたかったのだが。

詩葉と離れるわけにもいかず、一緒に歩くしか無いのだった。


「……あ」


しかし。

歩き続けていた詩葉が、ふと立ち止まる。


「………………」


「………?」


男が詩葉の視線を辿ると、ファンシーショップのショーウインドウから見える、猫の形をしたストラップがあった。


「………可愛い」


そう呟く詩葉に、男が意を決して話し掛けようとした時。


男の携帯が着信音を鳴らした。


「…はい、青木です」


《何をしている》


電話の相手は、運転手の男――青木の上司であり。同時に、詩葉の形式上の雇い主であった。


「蒼葉ヶ原高校の下校時刻まで時間がありますので。時間を潰していましたが」


《車に戻れ》


「…しかし、まだ時間には」


《戻れ。貴様は誰の部下で、私が誰だか忘れたか》


「……了解しました」


一方的に通話が切られ、青木は携帯を畳む。


「…どうしたの?」


「…暇潰しは終わりだ。戻るぞ」


「………分かった」


名残惜しそうにストラップを見詰める詩葉。

それを見て、青木は短く舌打ちをすると、ポケットを漁り。


「………っ?」


詩葉に、車の鍵を放り投げた。


「…先に戻ってろ。便所に行ってくる」


「……分かった」


そうして、詩葉が駐車場に戻っていくのを確認すると、青木は一つ溜息を吐いて、便所を借りに店に入った。

目の前のファンシーショップに。




詩葉が車に戻って、数分後。漸く戻って来た青木は、運転席のドアを閉めるなり、後部座席に…正確には、詩葉に紙袋を放り投げた。


「……?」


「中を見たけりゃ勝手にしろ」


詩葉が紙袋の封を切り、中を覗くと。


「……あっ……」


ストラップが入っていた。詩葉が見詰めていた、猫のストラップが。


「…何で……?」


「…便所借りて、何も買わずに出て来たら気分悪いだろうが。畜生、無駄な出費だ。そんなモンじゃ領収書も通らねぇ」


ブツブツと不満を漏らしながら、エンジンを掛ける青木。

その背中に、ストラップを両手で包み込んだ詩葉は微笑んだ。


「……ありがと」


「…っ。もう行くぞ!」


少し乱暴にアクセルを踏み込んで、青木は車を走らせる。

今だけでも笑顔を浮かべる詩葉を、バックミラーに映しながら。


蒼葉ヶ原高校、本日最後の授業終了を告げるチャイムが鳴り響く。


「んじゃ、今日はここまで。日直、号令」


「きりーっつ、礼ー」


清掃こそ残っているが、これで今日の勉強は終わり。教室の中は放課後に向けて喧騒に包まれていく。


「いっせー、帰りゲーセンに寄ってこうぜー!」


四五六もまた然り。壱声を誘おうと近寄って来る。


「あぁ〜…悪いな四五六、ちっと無理だわ」


「あ?そうなん?」


「用事があってな…暫く無理かもしれねぇ」


恐らく、次は詩葉が来る。みなもや四五六と一緒に居ると巻き込んでしまう可能性がある以上、行動を共にする事は出来ない。


「マジかよ…しょうがねぇなぁ。一人でUFOキャッチャーに投資してっか…」


「見返りあんのかそれ」


「あったら…素敵やん?」


「無いんだな、見込み…」


「…良いんだよ。UFOキャッチャーは賽銭箱だ!!」


「何かを叶えてくれる気配は無いけどな」


いけずー!!と叫んで四五六は教室から走り去っていく……つもりだったのだが。


「リアクションついでに逃げられると思ってんじゃないわよ掃除当番!!」


出口付近で空手3段の女子により、鳩尾に正拳を叩き込まれた。


「ぐぶっふぅ…!し、しかし…美少女の拳なら…俺は…耐え……ゴメンやっぱ無理………」


ガクン、と全身から力が抜けて、四五六は床に倒れ伏した。


「…いや、気絶させたら結局掃除出来ないよな…?」


そう呟きながらも、特に当番を代わってやるつもりは無いので。

壱声は倒れている四五六を跨いで、教室を出るのだった。




「壱声、今帰りか?」


昇降口に向かう途中、壱声は実行に声を掛けられた。


「えぇ、まぁ」


「そっかそっか。そんなお前に朗報がある」


実行は壱声の耳元に顔を寄せ、周りに聞こえない様に囁いた。


(例の車。今日も出没してるみたいだぜ)


(――っ。本当ですか!?)


実行はそれ以上は何も言わず、壱声の肩を軽く叩いて離れていく。

ただ、その背中は。

「頑張れよ」と言っている様に、壱声には見えた。


(………)


壱声も踵を返し、昇降口に向けて歩き出す。

その道中、携帯を開いてメールを打つ。

送信先は実行。


<情報ありがとうございます。あと、みなもを頼みます>


送信して直ぐ、実行から返信が届く。


が、それはただの空メール。しかし、壱声は微笑んで携帯を閉じる。

内容が伝わった。それさえ確認出来れば充分だったから。


そして、実行も。廊下を歩きながら微笑んでいた。


(まったく)


一瞬だけ。獰猛とも見える笑みを浮かべると、実行は心の中で呟いた。


(言われなくても。生徒会長が一般生徒を守るのは常識だぜ?)




正門を出た壱声は、真っ先に人通りの無い道に入っていく。すると、既にそこには黒塗りの車が停まっていた。


「………」


特に迷う事も無く。壱声は車に近付いていく。

すると、運転席の窓が開いた。


「……乗れ」


後部座席を指し示し、運転手の男が言った。


「詩葉が待ってる。俺はただの誘導役だ」


「…そうかよ」


今更、交渉相手を騙す様な真似はしないだろう。そう判断した壱声は、言われた通りに車に乗り込んだ。


そして、車は壱声を乗せて走り出した。

蒼葉ヶ原の郊外に向けて。




走り始めて、約10分。


「此処だ」


外に出てみると、車が停まったのは廃工場だった。そういえば、何年か前に火事で潰れた工場があったな、と壱声は思い出してみる。


「…詩葉、居るんだろうな」


「嘘を吐いてまで野郎とドライブする趣味はねぇよ」


それだけ言うと、男は運転席の窓を閉めて何処かに走り去ってしまった。


「…マジで運び役、か」


視線を廃工場に戻して、壱声は今は意味の無い門をくぐった。


工場の中を覗くと、火事で焼け焦げたままになっていたり、割れた窓が散乱していたり。

この中で、詩葉が待っているとは考えづらかった。


「…て事は、外か」


近くに立っている案内板を見ると、中庭のような空間がある事が分かった。


「行ってみるか」


少し歩いていくと、そこは確かに中庭だった。

そして、そこに。


「…久し振りだね、壱声」


「…詩葉」


前に会った時と変わらない素振りで、詩葉が立っていた。


「それじゃ、始めよう?最後の交渉を」


詩葉のその言葉に、壱声は首を振った…横に。


「…いいや」


そして、詩葉を見据えて、こう宣言した。


「交渉はしない…始めようぜ、詩葉。最初で最後の『説得』だ」


壱声の言葉に、詩葉は動揺したように視線をさ迷わせた。


「…どういう、事?」


「詩葉。昨日、お前の仲間が俺の所に来たのは知ってるよな?」


「…うん」


「俺が交渉を蹴り、そっちが『平和的な』解決法を持ち出した。それでも俺は断った。…これも、知ってるか?」


「…知ってる。その後、『実行力』の言霊遣いに介入された事も」


そうか、と。壱声は呟いた。


「なら、詩葉。その『平和的な解決法の内容』は知ってるか?」


「………?特に、聞いてないけど………」


やっぱりな、と壱声は納得していた。その部分も把握しているなら、詩葉が今、素直に従うとも思えない。


「お前の仲間はな、詩葉。俺のクラスメイトに銃を突き付けたんだよ。ご丁寧に誘拐までしてな」


「……え?」


「俺が従わなければ殺す、とも言ったんだよ。それに『平和的』なんて言葉を使う連中なんだぞ、お前の雇い主は!」


「…そん、な…」


しかし、詩葉は思い出す。

昨日、自分が何を渡されたのか。

今回の命令がどんなものだったか。

自分が隠し持っている、この重みの正体は何だったか。


「………………っ」


薄々感付いてはいた。

自分がどんな場所に居るのか、という事には。


「詩葉…そんな所に居ちゃダメだ。何が正しいか、なんて俺も分からない。けど、今の詩葉はきっと間違ってる」


けど、それでも。


「あの連中に肩入れするのはもう止せ、詩葉。手を切らなきゃ手遅れになる」


「……切れないよ」


壱声の言葉に、詩葉は否定を返した。

…いや、拒否と言った方が正しいか。


「…分かってる。おかしな方向に進んじゃってるのは、私だって分かってるんだよ、壱声…」


「…なら、どうして!」


「私ね。小さい頃に、両親が居なくなったの。…ううん、正しくは」


今にも泣きそうな目で、詩葉は壱声を見た。


「殺されたの。強盗に」


壱声は、何も言う事が出来ない。言うべきじゃない。そう思って、ただ詩葉の言葉を聞いていた。


「私はまだ幼くて。家に入って来た人達が何を言っているのか良く分からなかったし、もう覚えてもいない。けど、お父さんとお母さんはそれを拒んだの。そして…私の目の前で撃ち殺された」


それは、余りに残酷な事実だった。


「強盗は結局、何も盗らずに出て行って。私は警察に保護されて、その後孤児院に預けられたの。そんな私を引き取ってくれたのが、私の雇い主…育ての親なんだよ。間違ってたとしても、そんな簡単に裏切れないよ…」


「…そう、だったのか」


簡単ではないと、覚悟はしていた。何か特別な事情があるのかもしれないとは思っていた。

しかし。これは余りにも特別な事情ではないか。


「……それにね?壱声」


見ると、詩葉は悲しげな笑みを浮かべ、右手を背中に回していた。


「…もう、手遅れなんだ」


「?何を…っ!?」


詩葉が、壱声に右手を差し向けた。

その手に不釣り合いな、拳銃を握って。


「壱声。私ね…壱声を強制力で従わせるのは、嫌なの。本当は、強制力を使って仲間に引き入れろって言われてるけど」


「………」


「だからお願い、壱声。仲間になってくれないなら…殺せって。命令、だから」


「………っ!!」


そこまで聞いて、壱声は。我慢の限界が来ていた。


「………けんな」


「………え?」


壱声は、詩葉に拳銃を向けられている事を気にする事なく。ただ言葉を発し始めた。


「ふざけんな…そんなモン素直に持たされて、要求を飲まなきゃ殺せって命令されて!おかしいって分かってるとか言っといて!それなのに『育ての親だから』の一言で納得したふりしてんじゃねぇよ!!」


「…っ!ふり、なんて」


「してるじゃねぇか!大体何が手遅れだ…そんな大型の拳銃を無理に片手で持って震えてるくせに。どうせ実際に撃った事も無いんだろ?」


「……それは………」


言われて思い出したように、詩葉は拳銃を両手で持った。しかし、それでも腕の震えは止まらない。


「…怖いんだろ?人の命を簡単に奪える物を持っている事が。それを実際に人に向けている事が。そうやって腕が震えてるのは拳銃の重さのせいじゃない。本当はこんな事したくないって!人を殺したくなんかないって!詩葉がちゃんと人の命の重さを感じてるからだろうが!!」


「………っ」


「手遅れなんかじゃねぇんだよ、詩葉!お前はそっちに歩こうとしてなかった。立ち止まったままで助けて欲しくて、誰かに手を取ってほしくて!お前の雇い主に手を引かれてたって、ずっと後ろを眺めて歩いて来たんだろ!?」


自分が居る場所が正しいなんて、偉そうな事を言うつもりは無い。

ただ、詩葉を。

もう一度、自分で。歩く道を選べる場所に連れ戻してあげたい。それが壱声の願いだった。


「…そう、かも。知れないね……」


詩葉は、俯いて。そう呟いた。


「…詩葉」


「…壱声」


詩葉は、その目から零れる涙を隠そうともせず。

顔を上げて、こう言った。

 ・・・・・・・・・

「ゴメン、動かないで」


瞬間、まるで初対面の時と同じ様に。

壱声は身動きが出来なくなった。


「……っ!詩葉!?」


「ゴメン…ゴメンね、壱声」


泣いているのに。

その心は、壱声の言葉を認めているのに。

詩葉は、その銃口を下ろそうとしない。

下ろす事が、出来ない。


「本当は…撃ちたくないよ…こんな命令、聞きたくないよ……けど」


内から溢れる感情を抑え切れずに。詩葉は叫んでいた。


「だけどっ!この命令を無視したら!お義父さんの手を振り解いたら!!私の居場所は何処に行っちゃうの!?もう…もう独りになりたくない!傍に居て!手を繋いで歩いてくれるなら!その手が汚れてたって構わないよ!!」


余りに悲痛で、切実で。もう、親を失いたくない。そんな気持ちが溢れていて。


「…詩葉」


けど、それでも。

壱声は気付いていた。

それでも、やっぱり詩葉は、助けて欲しいと願っている事に。心では、止めて欲しいと叫んでいる事に。


「…震えないで!」


詩葉は、自分の腕の震えを強制力で押さえ付ける。しかし、やはり細かい狙いを付ける自信は無いのか、壱声の体の中心に銃を向けた。


「…それが、答えなんだな」


「…うん。ゴメン、壱声。交渉も、説得も。此処まで…だよ」


これから自分が命を奪う。そう思うと、詩葉は壱声を直視出来ず。俯いたまま引き金に力を込めていく。

そして。


「…サヨナラ」


乾いた音と共に、銃弾が吐き出された。


瞬間。その発砲音を掻き消す様に。

壱声の叫びがこだまする。


「その銃弾は俺には当たらない!!!」


銃弾は、一秒足らずで壱声の位置に到達。本来の狙いから少し上に逸れ、頭部を貫通し、壱声を即死させる


『筈だった』。


しかし、壱声の眼前で軌道が不規則に変動。まるで、川の水が岩の形に沿って流れる様に、壱声の頭の横を通り過ぎ。遥か後方の工場の壁に着弾した。


「……あ………」


殺せなかった。

殺さずに済んだ。

その事実を受け入れた瞬間、詩葉はその場に座り込んでしまった。


壱声は確信していた。

あの一発の銃弾さえ防いでしまえば。もう詩葉にそれ以上の気力は残っていないと。

事実、壱声を縛り付けていた強制力すら消えて、体の自由が戻っている。


「…俺を本当に殺したかったら、動けなくするだけじゃない。言霊を使えない様に、喋る事も禁止するべきだった。そんなの、同じ言霊遣いなら分かってた事だろう?」


そう話し掛けながら、壱声は詩葉にゆっくりと近付いていく。


「それをしなかったって事は。やっぱり、助けて欲しかったんだろ?」


詩葉は、俯いたまま。地面に涙の粒を落としながら、小さく頷いた。


「…手を繋いでくれるなら、汚れてたって構わない。居場所を失いたくない、か」


詩葉に合わせる様に、壱声はしゃがみ込んで。


「これでもいいか?」


そっと。詩葉の手を握った。


「っ…壱声……」


「居場所が何処に行くか、だって?馬鹿な事言ってんじゃねーよ」


くしゃ、と。優しく詩葉の頭を撫でながら。


「何処にも行かねぇよ。詩葉の居場所は詩葉が勝手に決めれば良い。詩葉が居たいと思えば、俺の隣だって詩葉の居場所だぜ?」


「っ…ぁ…いっ、せぇ……!!」


詩葉は、壱声に抱き着いて。縋り付く様に身を寄せて、堪える事無く泣きじゃくった。


壱声は、そんな詩葉の背中に手を置いて。頭を撫でながら泣き止むのを待つ事にした。


(さて…余り時間は取れねぇな。いつまでも後手じゃ分が悪い)


空では夕日が顔を隠し。間もなく夜の帳が下りてくる。


(思い立ったが吉日…か。やるなら徹底的にやってやりたい所だな)


そんな事を思った時、携帯に着信があった。


「もしもし」


《おっす、生徒会長様だけど。電話に出たって事は終わったのか?》


「…はい。半分は、ってとこですけど」


《成る程。残りの半分は?》


答えようとして、詩葉が居る事を考えて躊躇して。

けどやっぱり、壱声は正直に答える事にした。


「今回の黒幕に反省して貰おうと思ってます」


《…ハハ、そりゃいいな。丁度良かったぜ》


丁度良かった?と、壱声は首を傾げ。次の実行の言葉で全て納得した。


《割れたぜ、連中の身元。昨日の車を修理してる業者から聞き出してきた》


アンタ何者だ、というツッコミを飲み込んで。壱声は頷いていた。


「…場所、教えて下さい」


《バーカ。そこは合流しましょう、だろ?》


「…分かりました。合流しましょう」


実行との待ち合わせ場所を確認して、壱声は電話を切った。


「……壱声?」


いつの間に泣き止んだのか。目を赤くした詩葉が壱声の顔を覗き込んでいた。


「詩葉、何処かに隠れていられるか?」


「…何処、行くの?」


「決まってんだろ」


壱声は立ち上がると、工場で遮られて見えないビル群の方に視線を向けた。


「お前のバカ親父に説教してくんだよ」

…はい、後編でございました。


伏線が回収され、また新たな伏線が張られましたww


壱声の主人公っぷり(色んな意味で)、いかがでしたでしょう?


今回の物語も、いよいよ佳境。殴り込みますよww



それでは、次回!またお会いしたいと思います!


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